上 下
24 / 41
第2章・高校二年生

恋する表参道♪ ②

しおりを挟む
 ――そして、待ちに待った五月三日。お天気にも恵まれ、絶好のお出かけ日和びより

「叔父さまー! お待たせいたしました」

「やあ、みんな。よく来てくれたね」

 東京は渋谷しぶや区・JR原宿はらじゅく駅前。愛美・さやか・珠莉の三人は、そこで純也さんに迎えられた。

 三人とも、今日は張り切ってオシャレしてきた(珠莉はいつもファッションに気を遣っているけれど)。普段着よりはファッショナブルで、それでいて〝原宿〟というこの街にも溶け込めそうな服を選んだのだ。

 愛美は胸元に控えめのフリルがあしらわれた白のカットソーに、大胆な花柄のミモレ丈のフレアースカート。そこにデニムジャケットを羽織り、靴は赤のハイカットスニーカー。髪形もさやかにアレンジしてもらい、編み込みの入ったハーフアップにしてある。

 さやかは白い半袖Tシャツの上に赤のタータンチェックのシャツ、デニムの膝上スカートに黄色の厚底スニーカー。

 珠莉は淡いパープルの七分袖ニットに千鳥ちどり格子ごうしの膝丈スカート、クリーム色のパンプス。髪には緩くウェーブがかかっている。

「こんにちは、純也さん。今日はお招きありがとうございます」

 純也さんにお礼を言った後、愛美は彼の服装に見入っていた。

(わ……! 私服姿の純也さんもカッコいい……!)

 愛美の知っている限り、いつもはキチっとしたスーツを着ている彼も、今日は何だかカジュアルな格好をしている。
 清潔感のある白無地のカットソーにカーキ色のジャケット、黒のデニムパンツに茶色の編み上げショートブーツ姿だ。

「あら、叔父さま。今日は何だかカジュアルダウンしすぎじゃありません?」

「あのなぁ……。原宿歩くのに、スーツじゃいくら何でも浮くだろ?」

 いつもは紳士的な口調の純也さんも、姪の珠莉が相手だと砕けた物言いになるらしい。

 「それにしたって、ちょっと若づくりしすぎじゃございません?」

「失礼な。おれはまだ若いっつうの。今日び、三十なんてまだまだ若者だって」

(〝俺〟……? こんな打ち解けた純也さん、初めて見たかも)

 愛美は今まで知らなかった純也さんの一面を知り、嬉しくなった。

「愛美ちゃん、今日はいつもと髪形違うね」

「あ、分かっちゃいました? さやかちゃんがやってくれたんですけど、どう……ですか?」

 純也さんは女性不信らしいと聞いたけれど、女性のちょっとした変化には気がつくらしい。気づいてもらえた愛美は、さっそくできた彼との会話のキッカケに食らいつく。

「さやかちゃんが? そっか。可愛いね。よく似合ってるよ」

「あ……、ありがとうございます」

 女性をストレートに褒められる男性が減ってきているこの時代に、純也さんはどストレートに褒めてくれた。男性にまだ免疫のない愛美は、今にも顔から火を噴きそうな気持になった。

「まあまあ、叔父さまったら。キザなんだから!」

 珠莉が呆れているような、面白がっているような(愛美の気のせいかもしれないけれど)口ぶりで、叔父をそう評した。

「さやかちゃん、ヘアメイク上手だね。美容師目指してるのかい?」

「いえ。ウチに小さい妹いるんで、実家ではよく妹の髪やってあげてるんですよ」

 さやかは数週間前のチョコレートケーキが効いているのか、まだ会うのが二度目なのにもう純也さんと打ち解けている。
 彼女曰く、「チョコ好きに悪い人はいない」らしいのだ。

(いいなぁ……。わたしも二人みたいに、純也さんともっと打ち解けてお話できたらいいのに……)

 親戚である珠莉はともかく、さやかまでもがものじせずに純也さんと話せていることが、愛美は羨ましかった。
 というか、ロクに男性と話す機会に恵まれなかった、高校入学までの十五年のブランクがうらめしかった。

「――さてと、そろそろ行こうか。ミュージカルは二時開演だから、それまでに昼食を済ませて、ちょっと街をブラブラしよう」

「「はーいっ!」」

 純也さんの言葉に、愛美とさやかがまるで小学生みたいに元気よく返事をした。

「……この二人、ホントに高校生かしら?」

 珠莉ひとり、呆れてボソッとツッコむ。――彼女には、叔父と愛美たちが「遠足中の小学生とその引率いんそつの先生」に見えたのかもしれない。

 ――それはさておき、四人は駅前のオシャレなカフェでランチを済ませた後、竹下たけした通りを散策し始めた。

「――あっ、ねえねえ! このスマホカバー、可愛くない? 三人おソロで買おうよ! 友情のしるしにさ」

 とある雑貨屋さんの店内で、さやかがはしゃいで言った。

「わぁ、ホントだ。可愛い! 買おう買おう♪ ……待って待って。いくらだ、コレ?」

 あまり高価なものだと、愛美は買うのをやめようと思っていた。

 所持金は十分にある。〝あしながおじさん〟からクリスマスに送られてきたお小遣いも、さやかのお父さんからお正月にもらったお年玉(中身は一万円だった!)も、短編小説コンテストの賞金もまだ残っているし、そのうえ四月の末にまたお小遣いをもらったばかりだ。

 でも金額の問題ではなく、愛美は一年前に金欠を経験してから、節約するようになっていたのだ。〝あしながおじさん〟から援助してもらったお金は、いつか独り立ちできたら全額返そうと決めていたから。

「そんなに高くないよ、コレ。二千円くらい」

「じゃあ買っちゃおっかな」

「私はいいわよ。スマホのカバーなら、高級ブランドのいい品を持ってますから」

「いいじゃん、珠莉。買えば。こんな経験できるの、今のうちだけだぞ」

 自慢をまじえて拒もうとする姪に、唯一の男性で大人の純也さんが口を挟んだ。

「大人になってからは、友達とお揃いで何か買うの恥ずかしくなったりするから。今のうちにやっとけば、後々いい思い出になるってモンだ」

 純也さんの言い方には、妙な説得力がある。珠莉はピンときた。

「……もしかして、叔父さまにも経験が?」

その通りザッツライト。俺にだって、学生時代の思い出くらいあるさ。――あ、そうだ。それ、俺からプレゼントさせてくれないかな?」

「「「えっ?」」」

 思いがけない純也さんの提案に、三人の女子高生たちは一同面食らった。

「そんな! いいですよ、純也さん! コレくらい、自分で買えますから」

「そうですよ。そこまで気を遣わせちゃ悪いし」

「いいからいいから。ここは唯一の大人に花を持たせなさい♪ じゃあ、会計してくる」

 そう言って、品物を受け取った彼が手帳型のスマホケースから取り出したのは、一枚の黒光りするカード――。

「ブラックカード……」

 愛美は驚きのあまり、思考が止まってしまう。
 ブラックカードは確か、年収が千五百万円だか二千万円だかある人にしか持てないカード。存在すること自体、都市伝説だと思っていたのに……。

「純也さんって、とんでもないお金持ちなんだね……」

 今更ながら、愛美が感心すれば。

「当然でしょう? この私の親戚なんですものっ」

 珠莉がなぜか、自分のことのようにふんぞり返る。……まあ、確かにその通りなんだけれど。

「ハイハイ。誰もアンタの自慢なんか聞いてないから」

 すかさず、さやかから鋭いツッコミが入った。

「――はい、お待たせ。買ってきたよ」

 しばらくして、会計を済ませた純也さんが、三つの小さな包みを持って、三人のもとに戻ってきた。

「一つずつラッピングしてもらってたら、時間かかっちゃった。――はい、愛美ちゃん」

 彼は一人ずつに手渡していき、最後に愛美にも差し出した。

「わぁ……。ありがとうございます!」

 受け取った愛美は、顔を綻ばせた。これは、彼女が好きな人から初めてもらったプレゼントだ。――ただし、〝あしながおじさん〟から送られたお見舞いのフラワーボックスは別として。

「わたし、男の人からプレゼントもらうの初めてで……。ちょうど先月お誕生日だったし」

「そうだったんだ? 何日?」

「四日です」

「そっか。遅くなったけど、おめでとう。前もって知ってたら、こないだ寮に遊びに行った時、何かプレゼントを用意してたんだけどな」

 純也さんが寮をおとずれたのは、愛美の誕生日の後だった。

「いえいえ、そんな! わたしは、純也さんが来て下さっただけで十分嬉しかったですよ。あと、ケーキの差し入れも」

「っていうかさ、男の人からのプレゼントって初めてじゃなくない? ほら、おじさまから色々もらってるじゃん。お花とか」

「おじさまは別格だよ。だって、わたしのお父さん代わりだもん」

 いくら血の繋がりがないとはいえ、親代わりの人を〝異性〟のカテゴリーに入れてはいけない。

「あー……、そっか」

 その理屈にさやかが納得する一方で、珠莉は何だか複雑そうな表情を浮かべている。
 この半月ほど――純也さんが寮を訪れた日から後、彼女のこんな表情を、愛美は何度も見ていた。
しおりを挟む

処理中です...