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褐色の肌の王子と騎士《ナイト》 Ⅴ
「これはあくまで、わたしの考えに過ぎません。聞くか聞かないかはあなたにお任せします。――ただ、あなたを苦しめることになるかもしれませんが……」
「何でしょう? 仰って下さい」
ためらうリディアに、覚悟を決めたらしいカルロスが懇願する。
「……わたしは、あなたが国王として即位し、サルディーノ様には政治から手を引いて頂いた方がお国のためにもいいと思っています」
「は……?」
カルロスは困惑していた。それは、伯父を庇いたいからなのか、伯父を恐れているからなのか。
「昼間伺ったお話によれば、あなたは形だけの王で、伯父上であるサルディーノ様が実権を握っているとか。それは、王国として非常に危うい状態です。彼はいずれ、甥であるあなたをも抹殺し、自ら支配者として君臨することでしょう。それは事実上、王族の権威が失墜することを意味します」
王妃の親族であるサルディーノには本来、王になる資格――つまり権力を振るう資格はないのだ。
「それで……、私はどうすれば……?」
思った以上にショックを受けている様子のカルロスは、うろたえながら皇女に問う。
「先ほども申し上げた通り、あなたが国王に即位なさることが第一です。形だけの王ではなく、本当の意味での国王に。そのうえで、国王としてサルディーノ様をお裁き下さい」
スラバットの法において、王族を裁くことができるのは国王だけだ。――ここに来る少し前に、リディアは父からそう聞かされた。
カルロスは正統な王位継承者である。彼が国王として即位すれば、同じ王族であるサルディーノを排斥することも、裁くことも可能となるはずだ。
「あなたは充分、その資格をお持ちのはずですわ」
「……本当に、私にその資格があるとお思いですか?」
カルロスが、声を震わせながらリディアに訊ねた。
「えっ? それは、どういう……」
彼に問われた意味が分からず、今度はリディアが戸惑う番だった。
「私は、あなたほど強くありません。伯父を恐れているから、両親亡き後は伯父の言いなりになるしかなかった。こんな弱い私に、国王になる資格があるのでしょうか?」
リディアは先ほどまでの険しい表情を少し和らげ、カルロスにこんな話をする。
「わたしだって、最初から強かったわけではありませんわ。生まれついての皇位継承者ではありますけれど、昔は弱かったのです。わたしが強くなれたのは、この国や国民や、大切な人を守りたいという強い想いがあったからですわ」
「強い、想い……」
リディアは大きく頷く。そして、こう続けた。
「誰だって、守りたいものさえあれば、人は強くなれるんです。あなたにだってあるはずですわ」
スラバットという国を、そこに暮らす民達を、「守りたい」という強い意志が――。
「――私に、できるでしょうか?」
「ええ、カルロス様なら……きっと」
愛する母国を守るために、民を苦しめ権力を貪る宰相――自らの伯父を排除すること。そのために、国王になること。
「分かりました。帰国したら早速、重臣達に宣言します。『そなたらが仕えるべき王は、伯父ではなくこの私だ』と」
「ええ。ぜひ、そうなさって下さいませ」
カルロスが即位を決意してくれたことで、リディアは安堵した。
「リディア様、我が国の厄介事にお心を砕いて下さり、感謝致します。これからも両国間で、友好な関係を築いていきましょう」
「ええ、もちろんですわ。カルロス様、明日は港町を楽しんでいらして下さいね」
四阿を後にするカルロスに、リディアは穏やかに笑いかけた。
「――明日は、伯父上様もご一緒にいらっしゃるのですか?」
ふと不安が頭の中を掠め、彼女はカルロスに訊ねた。
「いえ、伯父は迎賓館に残るそうです。『もう若くないから、旅に出るのは疲れる』と申しまして」
「そうですか……。では、おやすみなさいませ」
****
――カルロスを見送った後、リディアとデニスは四阿の長椅子に腰を下ろした。
すると、カルロスがいる間は一切口を挟まなかったデニスが、二人っきりになった途端に不機嫌になる。
「おい、リディア。昼間からずっと、あの王子に見蕩れてたろ!」
「あら、バレてたの?」
そりゃあ、あれだけ露骨に見入っていたのだから、バレていて当然である。
「ゴメンなさいね。あの方の瞳があまりにもキレイで、あなたによく似ていたものだからつい……」
浮気心なんて欠片もなかったのだと、リディアは釈明した。そんな彼女を、デニスは「まあいいか」と簡単に許してしまう。
「――なあ、リディア。もしもオレと出会ってなかったら、お前はあの王子との縁談を受け入れてたのかな?」
リディアは首を横に振った。
「きっと、あなたに出会うのをずっと待っていたと思うわ。わたしは、あなたが運命の人だと信じているもの」
デニスはドギマギしつつ、リディアを見つめる。
「だって、父親三人が身分を越えた友人同士で、その三人の子供達も幼なじみ同士で、しかもそのうちの二人が恋に落ちるなんて。もう運命だとしか思えないでしょう?」
「リディア……」
確かに、「偶然」の一言で片付けてしまうには、偶然が重なりすぎている。もうここまでくると、神が巡り合わせたとしか言いようがないかもしれない。
「わたしはもう、あなたと離れられないの。あなたしか愛せない」
――そしてまた、二人はいつものように口づけを交わした。それは日ごとに甘く、濃厚になっていく気がする。
抱擁の後、リディアは中庭の東側に建つ迎賓館二階の窓を見上げた。カルロスが滞在している部屋だ。
灯りは消えている。もう休んでいるのだろうか?
今日という日は、彼の生涯において忘れがたい日になるだろう。信頼していた伯父の本性を知った日。そして、その伯父を自らの手で追放するために、王になることを決意した日なのだから。
――それにしても。
「長い一日だったわ……」
リディアはぐったりと疲れたように、恋人であるデニスの肩にもたれかかった――。
「何でしょう? 仰って下さい」
ためらうリディアに、覚悟を決めたらしいカルロスが懇願する。
「……わたしは、あなたが国王として即位し、サルディーノ様には政治から手を引いて頂いた方がお国のためにもいいと思っています」
「は……?」
カルロスは困惑していた。それは、伯父を庇いたいからなのか、伯父を恐れているからなのか。
「昼間伺ったお話によれば、あなたは形だけの王で、伯父上であるサルディーノ様が実権を握っているとか。それは、王国として非常に危うい状態です。彼はいずれ、甥であるあなたをも抹殺し、自ら支配者として君臨することでしょう。それは事実上、王族の権威が失墜することを意味します」
王妃の親族であるサルディーノには本来、王になる資格――つまり権力を振るう資格はないのだ。
「それで……、私はどうすれば……?」
思った以上にショックを受けている様子のカルロスは、うろたえながら皇女に問う。
「先ほども申し上げた通り、あなたが国王に即位なさることが第一です。形だけの王ではなく、本当の意味での国王に。そのうえで、国王としてサルディーノ様をお裁き下さい」
スラバットの法において、王族を裁くことができるのは国王だけだ。――ここに来る少し前に、リディアは父からそう聞かされた。
カルロスは正統な王位継承者である。彼が国王として即位すれば、同じ王族であるサルディーノを排斥することも、裁くことも可能となるはずだ。
「あなたは充分、その資格をお持ちのはずですわ」
「……本当に、私にその資格があるとお思いですか?」
カルロスが、声を震わせながらリディアに訊ねた。
「えっ? それは、どういう……」
彼に問われた意味が分からず、今度はリディアが戸惑う番だった。
「私は、あなたほど強くありません。伯父を恐れているから、両親亡き後は伯父の言いなりになるしかなかった。こんな弱い私に、国王になる資格があるのでしょうか?」
リディアは先ほどまでの険しい表情を少し和らげ、カルロスにこんな話をする。
「わたしだって、最初から強かったわけではありませんわ。生まれついての皇位継承者ではありますけれど、昔は弱かったのです。わたしが強くなれたのは、この国や国民や、大切な人を守りたいという強い想いがあったからですわ」
「強い、想い……」
リディアは大きく頷く。そして、こう続けた。
「誰だって、守りたいものさえあれば、人は強くなれるんです。あなたにだってあるはずですわ」
スラバットという国を、そこに暮らす民達を、「守りたい」という強い意志が――。
「――私に、できるでしょうか?」
「ええ、カルロス様なら……きっと」
愛する母国を守るために、民を苦しめ権力を貪る宰相――自らの伯父を排除すること。そのために、国王になること。
「分かりました。帰国したら早速、重臣達に宣言します。『そなたらが仕えるべき王は、伯父ではなくこの私だ』と」
「ええ。ぜひ、そうなさって下さいませ」
カルロスが即位を決意してくれたことで、リディアは安堵した。
「リディア様、我が国の厄介事にお心を砕いて下さり、感謝致します。これからも両国間で、友好な関係を築いていきましょう」
「ええ、もちろんですわ。カルロス様、明日は港町を楽しんでいらして下さいね」
四阿を後にするカルロスに、リディアは穏やかに笑いかけた。
「――明日は、伯父上様もご一緒にいらっしゃるのですか?」
ふと不安が頭の中を掠め、彼女はカルロスに訊ねた。
「いえ、伯父は迎賓館に残るそうです。『もう若くないから、旅に出るのは疲れる』と申しまして」
「そうですか……。では、おやすみなさいませ」
****
――カルロスを見送った後、リディアとデニスは四阿の長椅子に腰を下ろした。
すると、カルロスがいる間は一切口を挟まなかったデニスが、二人っきりになった途端に不機嫌になる。
「おい、リディア。昼間からずっと、あの王子に見蕩れてたろ!」
「あら、バレてたの?」
そりゃあ、あれだけ露骨に見入っていたのだから、バレていて当然である。
「ゴメンなさいね。あの方の瞳があまりにもキレイで、あなたによく似ていたものだからつい……」
浮気心なんて欠片もなかったのだと、リディアは釈明した。そんな彼女を、デニスは「まあいいか」と簡単に許してしまう。
「――なあ、リディア。もしもオレと出会ってなかったら、お前はあの王子との縁談を受け入れてたのかな?」
リディアは首を横に振った。
「きっと、あなたに出会うのをずっと待っていたと思うわ。わたしは、あなたが運命の人だと信じているもの」
デニスはドギマギしつつ、リディアを見つめる。
「だって、父親三人が身分を越えた友人同士で、その三人の子供達も幼なじみ同士で、しかもそのうちの二人が恋に落ちるなんて。もう運命だとしか思えないでしょう?」
「リディア……」
確かに、「偶然」の一言で片付けてしまうには、偶然が重なりすぎている。もうここまでくると、神が巡り合わせたとしか言いようがないかもしれない。
「わたしはもう、あなたと離れられないの。あなたしか愛せない」
――そしてまた、二人はいつものように口づけを交わした。それは日ごとに甘く、濃厚になっていく気がする。
抱擁の後、リディアは中庭の東側に建つ迎賓館二階の窓を見上げた。カルロスが滞在している部屋だ。
灯りは消えている。もう休んでいるのだろうか?
今日という日は、彼の生涯において忘れがたい日になるだろう。信頼していた伯父の本性を知った日。そして、その伯父を自らの手で追放するために、王になることを決意した日なのだから。
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