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泣きじゃくるあたしを、男たちは遠巻きにして「こんなに愛されるなんて、あいつも幸せ者だな」とか、「あいつこそ本物の英雄だ」などと話している。
違う。そんなんじゃない。
断じて、あたしはあの男のことを愛してなんていない。
死んで英雄扱いされるなんて風習は間違えてる。
あたしはよたよたとカウンター向かい、突っ伏して、もう一度泣いた。
ハイジのことを思い出す。
無視された記憶がほとんどだが、今思い浮かべるのは、優しくされたことばかりだった。
狼から救ってくれたときのこと、食事を与えてくれたときのこと、せがんだものを用意してくれたときのこと……。
守ってくれた。
助けてくれた。
親切にしてくれた。
気を配ってくれた。
料理を教えてくれた。
考えてみれば、あの男がやったことは、徹頭徹尾あたしのためだった。
そんな彼に、あたしは文句ばかり言って、生意気を言って、感謝の言葉すらまともに言えていない。
(あたし、最低だ!!)
突っ伏したあたしに、カウンター越しにギルドの店員が話しかける。
「何か……飲むかい?」
「……お酒頂戴。うんと強いの」
「出せるわけないだろ」
どこかで聞いたようなセリフだなーと思ったら、ヤーコブ少年だった。
ハイジに懐いていた、痩せっぽちの野生児のことを思い出す。
(ヤーコブ君、ハイジが戦に向かう時、随分心配してたな)
(あの子も、ハイジが死んだと知ったら、どんなに悲しむだろう)
伝えてやろう。
きっと泣かれてしまうだろうけど……あたしも一緒に泣いてやろう。
彼とはほとんど面識はないけれど、ハイジに世話になった子供同士、彼を弔って、彼のために泣こう。
めそめそと泣き続けていると、そっと背中に手が添えられた。
ミッラだった。
「リンちゃん……」
ミッラは泣きはらした目であたしの背中をさすってくれる。
「大丈夫?」
「……はい……」
「ショックだったわね……」
「はい……」
「あの人のために泣いてくれるのね」
「当たり前じゃ……ないですか……」
「そう……そうよね」
そう言って、ミッラは悲しそうに微笑えむ。
「もう、会えないんですね」
「えっ? ……ええ、ええ、そうね。……もう……彼には会えないです」
「お礼も何も、まだちゃんと言えてないのに」
「お礼……、ですか?」
「ええ、あれだけ世話になったのに……あたし……あたしは……!」
あたしは耐えられなくなって、ミッラに抱きつく。
「あたし……最低です……! ハイジのこと……あんなに悪く言ったりして……! ずっとあたしのことを気にかけてくれていたのに!」
すると、ミッラはギュッとあたしを抱き返してくれる。
「リンちゃん……やっぱりハイジさんのこと……?」
「……いいえ! いいえ! 違うんです! そういうんじゃないんです!……でも、あたし気づいたんです……!」
「……どんなことを?」
よかったら聞かせて? とミッラはあたしの背中を優しく撫でる。
優しくされると、また涙がこみ上げてくる。
「……ハイジは……今から考えてみれば、初めて会ったときから優しかったんです。でも、あたし、初めてハイジを見たときに悲鳴を上げてしまって」
「それは……うん、無理もないわね」
彼って、体が大きいし、顔も怖いからね、とミッラは言う。
「恥ずかしいんですけれど……あたし、彼に襲われるんじゃないかって……勝手にそんなことを思ってしまって……怖くて……だって、あたし、男の人って家族くらいしか知らなかったし……」
「わかるわ」
「そうしたら、ハイジは、あたしを怖がらせないように、何も言わずにそこを立ち去っってくれたんです……」
「彼らしいわね」
「きっと……きっと彼は、誤解されて、怖がられて、悲しかったと思うんです。でも、彼は何も言わなかった。説得も弁解もなく、ただ距離を置いて、そっとしておいてくれた……!」
「うん、うん」
「でも、そのあと、バカなあたしはそこから逃げ出して……そしたら、狼に襲われて……っ!」
「……彼に、救われた?」
「…‥はい。でも……あたしはそんな、狼をあっという間に倒してしまうハイジのことを、野蛮だ、恐ろしいって……感じてました」
「それは仕方ないことわ。女の子なんですもの、自分を責めないで」
「でも!」
話し始めると、もう止めることができなかった。
優しくあたしを撫でてくれるミッラにすがりつきながら、あたしは心の中にある何もかもを吐き出していた。
「その後も! 彼は一言も、何も言わずに! それでもあたしが快適に過ごせるよう、いつも気遣ってくれた! 寒くないように温かい部屋を与えてくれた! 美味しい食事を用意してくれた! 危険が及べば黙ってそれを退けてくれた! あたしが危ない目にあったら叱ってくれた! 自由にさせてくれた! あたしを尊重してくれた! それなのに!」
最後の方は、悲鳴になっていた。
「あたしは最後まで彼に対して、ちゃんと感謝することができていなかった! あたしは、バカだ! 最低だ!!」
「まだ……間に合うわよ、リンちゃん」
「……駄目です、もう……たとえ、お墓の前でどれだけ謝っても、お礼を言っても、彼に伝わらない。そんな気がするんです」
そう言って、あたしはまたミッラに抱きついて涙を流す。
ミッラも感極まったのか、ブルリと震えて、あたしを抱く力を強くした。
「リンちゃん……実は、あなたに伝えておかなくてはならない、大事な話があるの」
「……なんですか」
「これを伝えることが……あなたにとって本当にいいことなのか、あたしにはわからないのだけれど……」
「……言ってください」
「……あのね、とても言いづらいことなのだけれど」
そう言ってあたしを抱きしめるミッラは、小刻みに震えていた。
「……ハイジのことですか」
「ええ、ハイジさんの話。リンちゃん、辛いだろうけど聞いてちょうだい」
「はい」
「彼ね……生きてるわよ」
「はぇ?」
あたしは素っ頓狂な声を上げた。
今、なんつった?
恐る恐るミッラから離れる。
ミッラは、ブルブル震えながら、笑いを堪えていた。
「……ミッラ……?」
「ふぐっ……くくっ、うくくく……」
つまり、ミッラから伝わってくる、すすり泣くような体の震えは。
堪えていたのは、涙ではなく……。
「よ、よく聞いて頂戴、リンちゃん……亡くなったのは」
「な、亡くなったのは?」
「ハイジさんとは全然別の男の人よ」
「はぃいいいい?!」
ミッラは笑いを堪えすぎて辛くなったのか、涙をボロボロ流しながら、静かに爆笑した。
違う。そんなんじゃない。
断じて、あたしはあの男のことを愛してなんていない。
死んで英雄扱いされるなんて風習は間違えてる。
あたしはよたよたとカウンター向かい、突っ伏して、もう一度泣いた。
ハイジのことを思い出す。
無視された記憶がほとんどだが、今思い浮かべるのは、優しくされたことばかりだった。
狼から救ってくれたときのこと、食事を与えてくれたときのこと、せがんだものを用意してくれたときのこと……。
守ってくれた。
助けてくれた。
親切にしてくれた。
気を配ってくれた。
料理を教えてくれた。
考えてみれば、あの男がやったことは、徹頭徹尾あたしのためだった。
そんな彼に、あたしは文句ばかり言って、生意気を言って、感謝の言葉すらまともに言えていない。
(あたし、最低だ!!)
突っ伏したあたしに、カウンター越しにギルドの店員が話しかける。
「何か……飲むかい?」
「……お酒頂戴。うんと強いの」
「出せるわけないだろ」
どこかで聞いたようなセリフだなーと思ったら、ヤーコブ少年だった。
ハイジに懐いていた、痩せっぽちの野生児のことを思い出す。
(ヤーコブ君、ハイジが戦に向かう時、随分心配してたな)
(あの子も、ハイジが死んだと知ったら、どんなに悲しむだろう)
伝えてやろう。
きっと泣かれてしまうだろうけど……あたしも一緒に泣いてやろう。
彼とはほとんど面識はないけれど、ハイジに世話になった子供同士、彼を弔って、彼のために泣こう。
めそめそと泣き続けていると、そっと背中に手が添えられた。
ミッラだった。
「リンちゃん……」
ミッラは泣きはらした目であたしの背中をさすってくれる。
「大丈夫?」
「……はい……」
「ショックだったわね……」
「はい……」
「あの人のために泣いてくれるのね」
「当たり前じゃ……ないですか……」
「そう……そうよね」
そう言って、ミッラは悲しそうに微笑えむ。
「もう、会えないんですね」
「えっ? ……ええ、ええ、そうね。……もう……彼には会えないです」
「お礼も何も、まだちゃんと言えてないのに」
「お礼……、ですか?」
「ええ、あれだけ世話になったのに……あたし……あたしは……!」
あたしは耐えられなくなって、ミッラに抱きつく。
「あたし……最低です……! ハイジのこと……あんなに悪く言ったりして……! ずっとあたしのことを気にかけてくれていたのに!」
すると、ミッラはギュッとあたしを抱き返してくれる。
「リンちゃん……やっぱりハイジさんのこと……?」
「……いいえ! いいえ! 違うんです! そういうんじゃないんです!……でも、あたし気づいたんです……!」
「……どんなことを?」
よかったら聞かせて? とミッラはあたしの背中を優しく撫でる。
優しくされると、また涙がこみ上げてくる。
「……ハイジは……今から考えてみれば、初めて会ったときから優しかったんです。でも、あたし、初めてハイジを見たときに悲鳴を上げてしまって」
「それは……うん、無理もないわね」
彼って、体が大きいし、顔も怖いからね、とミッラは言う。
「恥ずかしいんですけれど……あたし、彼に襲われるんじゃないかって……勝手にそんなことを思ってしまって……怖くて……だって、あたし、男の人って家族くらいしか知らなかったし……」
「わかるわ」
「そうしたら、ハイジは、あたしを怖がらせないように、何も言わずにそこを立ち去っってくれたんです……」
「彼らしいわね」
「きっと……きっと彼は、誤解されて、怖がられて、悲しかったと思うんです。でも、彼は何も言わなかった。説得も弁解もなく、ただ距離を置いて、そっとしておいてくれた……!」
「うん、うん」
「でも、そのあと、バカなあたしはそこから逃げ出して……そしたら、狼に襲われて……っ!」
「……彼に、救われた?」
「…‥はい。でも……あたしはそんな、狼をあっという間に倒してしまうハイジのことを、野蛮だ、恐ろしいって……感じてました」
「それは仕方ないことわ。女の子なんですもの、自分を責めないで」
「でも!」
話し始めると、もう止めることができなかった。
優しくあたしを撫でてくれるミッラにすがりつきながら、あたしは心の中にある何もかもを吐き出していた。
「その後も! 彼は一言も、何も言わずに! それでもあたしが快適に過ごせるよう、いつも気遣ってくれた! 寒くないように温かい部屋を与えてくれた! 美味しい食事を用意してくれた! 危険が及べば黙ってそれを退けてくれた! あたしが危ない目にあったら叱ってくれた! 自由にさせてくれた! あたしを尊重してくれた! それなのに!」
最後の方は、悲鳴になっていた。
「あたしは最後まで彼に対して、ちゃんと感謝することができていなかった! あたしは、バカだ! 最低だ!!」
「まだ……間に合うわよ、リンちゃん」
「……駄目です、もう……たとえ、お墓の前でどれだけ謝っても、お礼を言っても、彼に伝わらない。そんな気がするんです」
そう言って、あたしはまたミッラに抱きついて涙を流す。
ミッラも感極まったのか、ブルリと震えて、あたしを抱く力を強くした。
「リンちゃん……実は、あなたに伝えておかなくてはならない、大事な話があるの」
「……なんですか」
「これを伝えることが……あなたにとって本当にいいことなのか、あたしにはわからないのだけれど……」
「……言ってください」
「……あのね、とても言いづらいことなのだけれど」
そう言ってあたしを抱きしめるミッラは、小刻みに震えていた。
「……ハイジのことですか」
「ええ、ハイジさんの話。リンちゃん、辛いだろうけど聞いてちょうだい」
「はい」
「彼ね……生きてるわよ」
「はぇ?」
あたしは素っ頓狂な声を上げた。
今、なんつった?
恐る恐るミッラから離れる。
ミッラは、ブルブル震えながら、笑いを堪えていた。
「……ミッラ……?」
「ふぐっ……くくっ、うくくく……」
つまり、ミッラから伝わってくる、すすり泣くような体の震えは。
堪えていたのは、涙ではなく……。
「よ、よく聞いて頂戴、リンちゃん……亡くなったのは」
「な、亡くなったのは?」
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「はぃいいいい?!」
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