魔物の森のハイジ

カイエ

文字の大きさ
45 / 135
#3

15

しおりを挟む
 街の周りの森は魔物が少く、今のところジャッカロープにしか遭遇していない。
 ジャッカロープは群れで生きる魔物だから、事前に数を減らしたいところなのだが、弓は森から持ってきていないため、レイピアで狩るしかない。

(遠距離攻撃ができないのは面倒ね)

 遭遇すると、ジャッカロープはあたしのことを「弱そうな人間の子供が迷い込んできた」と、警戒心もなく突進してくる。
 人間の子供など簡単に狩れると舐めきっている。

(……遅い。それに角が短い)

 あたしはジャッカロープの首を撥ね、その場で解体する。
 危険は皆無。寂しの森のウサギと比べると、雑魚もいいところだった。

(それでも肉にはかわりない。久しぶりのウサギ肉だ)

 街ではあまり魔物の肉は流通していない。ウサギ肉もあるにはあるが、基本的に飼育された角のない普通の動物の肉だ。
 魔物は元の世界で言うところのジビエみたいな扱いで、日々の食卓に並ぶことはほとんどない。

 ウサギ肉を手に入れたあたしはいそいそと血抜きをし、毛皮を傷つけないように剥ぎ取る。
 毛皮はギルドで買い取ってもらおう。
 虫眼鏡と油紙とほぐした麻ひもを使って火を起こす。
 鍋やフライパンはないので、ナイフで切り分けて枝に刺し、そこらに自生しているハーブとポケットに常備している塩で味付けして、ウサギの串焼きである。
 脂肪分の少ないウサギは火の通りが遅いので、焚き火で焦がさないようにじっくり焼く。
 時間はいくらでもあるのだ。急ぐ必要はない。
 本でも読みながら、ゆっくり遠火で火を通してやればいい。
 あたしはせっかくのウサギ肉が焦げたり固くなったりしないよう、世話をしながら本を読む。

 と、ここで違和感を覚える。
 あたしは魔力を広げ、違和感の正体を探った。

(人の気配ね)
(……強者ってほどではないわね……放っておけばいいか)

 あたしは気にするのをやめて、読書と肉の世話を続けることにした。
 お茶すすりつつ、肉の位置を動かしたり薪代わりに小枝を火に焚べたりしていると、ウサギから脂が滴り、香ばしい香りが立ち込め始める。

(上手くいきそうだ)
(ウサギは二日ほど寝かしたほうが美味しいんだけど、これはこれで悪くないわね)

 などと考えていると、がさりと足音がした。
 危険はなさそうだが、万一に備え、いつでもレイピアを抜けるようにしておく。

「……こんな森の奥に人がいるぞ」
「おいおい、女じゃねぇか。何してんだ? 嬢ちゃん」

 話しかけてきたのは、二人の男だった。
 軽装だが、腕とふくらはぎを皮で覆い、武器や辛子袋(鼻の効く魔獣に投げつける)などを腰に下げた、冒険者風の出で立ちだ。

(ギルドで見覚えのある顔ね)
(たしか……傭兵ではなく冒険者だったはず)

 悪意のある表情ではないし、魔力感知でも害意はみとめられない。
 盗賊の類ではなさそうだ。

(仕方ない)

 両親から「無視は人としてやってはいけないことだ」と強く躾けられてて育ったあたしには返事をするしかなかった。

「見ての通り、食事中よ」
「……それ、ウサギ?」
「そう、ジャッカロープ」
「ジャッカロープ?!」

 あたしの座る側には、木の葉の上に3匹のジャッカロープが皮を剥がれて積まれている。
 内蔵は少し離れたところに捨て、心臓と肝臓だけは目の前で爆ぜる焚き火に炙られている。
 今のあたしにとってはごく自然な光景なのだが、もしも日本に居た頃のあたしが今のあたしを見たら、あまりの血なまぐさい光景にひっくり返るだろう。

「魔物じゃねぇか……」
「……それが?」
「嬢ちゃんが一人で狩ったのか?」
「そう」
「……いや……大したもんだな」
「処理も完璧なようだし、良い腕をしてる」

 男たちはしきりに感心しながら、なぜか焚き火を挟んであたしの向かいに座り込んだ。
 なんだか面倒くさいことになってきた。

「……何かご用?」
「いや、すまん、ちょっかいを掛けるつもりはないんだ。安心して欲しい」
「……あんた、ギルドでよく見る顔だ。えーっと名前は……たしかリンっていったか?」
「あってるわ」
「俺たちも冒険者だ。俺は ヨアキムで、そっちがアルノー」
「よろしくな」

 人懐っこい顔で挨拶してくるヨキアムとアルノーだが、あたしはまだ警戒を解いたわけではない。
 相手の目的がわからない限り、気軽によろしくする気にはなれなかった。

「そのヨキアムさんとアルノーさんが、あたしに何の用?」
「……いや、まいったな、嫌われちゃったか」
「嫌ってないわ。警戒してるだけ」

 とはいえ、この二人に害意がないことはすでにわかっている。
 狙いがわからないので手放しでは信用できないだけだ。
 あたしの言葉を聞いて、二人は納得したように頷いた。

「まぁ、警戒は冒険者としては当然だ」
「そうでないと、街の外では行きていけないからな」
「ま、声をかけたのは、単純に街の外で女性を見かけることが珍しくてな」

 二人は「心配になってつい」などと言いつつ頷いている。
 どうやらいい人たちっぽい。
 ならば、あまりぶっきらぼうにするのも失礼だろう。

「そう。心配させたなら申し訳なかったわね」
「いやいや、さすがに俺たちも見ればわかるよ。キミは心配しなくても大丈夫そうだ」
「余計なおせっかいだったらすまんね。言っておくが下心はないぜ? 女に限らず、子供や駆け出しっぽい奴を見かけたら、いつもこうして声をかけているのさ」

 嘘では無さそうだ。
 警戒レベルを少し下げる。

「親切なのね」
「一応、先輩だからな」
「こんな森でも、魔獣が出ることもあるからさ」
「そうね」

 魔獣なら目の前でこんがりと焼けているけれどね。
 そろそろ食べ頃なのだけれど、この人たちどこかに行ってくれないだろうか。

「キミは、なぜこの森へ? 何かの依頼かい?」
「階級を上げるために依頼を受けまくってるだけよ」
「階級を? 何故また……階級を上げたからと言って、収入が激増するわけでもないだろ?」
「キミみたいな女の子が、わざわざ危ない真似をしてまで階級を上げるメリットなんてあるか?」

(……何を根掘り葉掘りと……)

 プライバシーの侵害だぞと言いたくなったが、考えてみればこの世界にプライバシーなんて概念があるわけもなかった。
 仕方なく、少しだけ事情を教えることにする。

「……パーティを組むために五級まで上げないといけないのよ」
「パーティ?」
「そう。腕はあるのにまだ子供だからという理由で割の良い依頼を受けられない冒険者がいてね」
「ほう?」
「そうした子供はせっかく腕があっても、大人とパーティに組むか級を上げないと害獣駆除の依頼は受けられない。大人は足手まといとパーティを組んだりしない。だからなかなか級が上がらない。ホームレスの子供が冒険者として独り立ちしたくても、システムに欠陥があるから貧乏から抜け出せない」

 悪循環なのよ、と説明する。

「なるほどなぁ」

 ヨキアムとアルノーは関心した様子で何度も頷づいた。

「じゃあ、嬢ちゃん」
「……リンよ」
「リン。一度、オレたちとパーティを組んでみないか?」
「あなた達と?」
「そうだ。リンはまだ級が低いんだろ? ならパーティに参加したこともないんじゃないか?」
「そうね……」

 森の熊さんハイジとの過激な害獣駆除ならいくらでも経験はあるけどね、とは言わなかった。

「じゃあ、パーティの運用だってわからないだろ」
「なんならその子ども冒険者って連中も誘ってみればいい。どうだ?」
「……あなた達のメリットは?」
「慈善事業さ! ……と言いたいところだが、ちゃんと理由はある」
「俺たちはもう七級でね。ここまで来ると討伐や採集ではなく、ギルドへの貢献がないと級が上がらないんだ」
「上手く八級まで上がれれば、貴族からの依頼も受けられるし収入も上がるだろ。生活も安定する」
「その日暮らしから抜け出して、市民権を得たり、結婚することを考えれば、級はできるだけ上げておきたい」
「なるほど」
「だから、森で怪我した冒険者や、子供なんかを保護して、ポイントを稼いでいる」
「僕らのことが信用できないなら、ギルドに問い合わせてくれ」

 ……なんだか妙な話になってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ハイエルフ少女と三十路弱者男の冒険者ワークライフ ~最初は弱いが、努力ガチャを引くたびに強くなる~

スィグトーネ
ファンタジー
 年収が低く、非正規として働いているため、決してモテない男。  それが、この物語の主人公である【東龍之介】だ。  そんな30歳の弱者男は、飲み会の帰りに偶然立ち寄った神社で、異世界へと移動することになってしまう。  異世界へ行った男が、まず出逢ったのは、美しい紫髪のエルフ少女だった。  彼女はエルフの中でも珍しい、2柱以上の精霊から加護を受けるハイエルフだ。  どうして、それほどの人物が単独で旅をしているのか。彼女の口から秘密が明かされることで、2人のワークライフがはじまろうとしている。 ※この物語で使用しているイラストは、AIイラストさんのものを使用しています。 ※なかには過激なシーンもありますので、外出先等でご覧になる場合は、くれぐれもご注意ください。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...