魔物の森のハイジ

カイエ

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「リンちゃあああああああん!!」

 教会から戻ったニコは、あたしを見るなりドカーンと全力疾走でぶつかってきた。

(ごふっ)

 まさか避けるわけにもいかず、あたしも全力でニコを受け止めた。
 あたしはスピードと変則的な動きで敵を翻弄するタイプの戦士なのであって、決してパワータイプではない。細っこいとはいえ、全力疾走のニコを受け止めるのは正直キツイ。

(しかたない。これも自業自得だ)
(というか、全部ハーゲンベックが悪い)

 あたしに力いっぱい抱きついて泣きじゃくるニコをよしよしと撫でながら、あたしは謝り続けた。
 
「リンちゃんのバカ! あたし、リンちゃんが死んじゃうんじゃないかって、毎日心配で心配で……っ! リンちゃんのバカぁ……!」
「ごめん、ごめんね」
「仕事してても不安だし……変な夢は見るし、もうーーー!」
「ごめんね、ニコ。ごめん」

 いい加減肋骨が痛くなってきた。
 ニコ、力が強くなったなぁ……。

「そういえば、ペトラから聞いたよ。あたしがいない間もちゃんと訓練してたんだって?」
「うん……だって、体動かしてないと不安だったんだもん……」
「あたしなら大丈夫だよ、ほら」
「本当? 怪我とかしてない? 男の人ばっかりだったんでしょ? 嫌なことされてない?」
「怪我はないよ。男ばっかりだったけど、それも平気。嫌なことといえば……」

 ––––麗しき黒髪の戦乙女!!
 
 ぶるぶるぶる、と頭を振る。
 絶対にニコに知られるわけにはいかない。

「うん、概ね問題なかったよ」
「……もうヤだよ……戦争なんて……」
「……ごめんね」

 あたしは抱きついたまま離れようとしないニコをベリリと引き剥がした。
 恨みがましくあたしを見るニコを見て思い出す。
 そういえばあたしも昨日こうやって引き剥がされたなぁ……。

「ニコ、あんたリンと模擬戦やんな」
「「はぇ?」」

 ペトラが変なことを言い出した。

「訓練の成果を見てもらえるし、それにリンの実力の一端がわかれば、少しは安心できるだろ、一石二鳥さね」
「ああ……なるほど」

 ペトラは上手く話をつないでくれたらしい。
 
 ––––残念ながら、あたしはこれからもまだ戦うのだ。これからもニコと友達で居たいなら、納得してもらう必要がある。

(でないと、ニコが心配で戦に出られない)
(あたしが『戦う者』だと納得すれば、たとえ嫌々でも戦争に行くことを止めたりはしないだろう)

「よし、じゃあニコ、訓練の成果を見せて?」
「う、うんっ!」

 そういう事になった。
 
 
 * * *
 
 
 ギルド裏の訓練場に皆で連れ立って歩いていく。
 向かう途中に、途中でヘルマンニも合流した。
 なんとも壮観である。

「で、なんでリンとちびっ子が模擬戦を?」
「ニコがね……リンが戦に行くのが嫌だと言うんで、しかたなくさ」
「それがどういう関係が……ああ、なるほどな。もう他の生き方ができないってことを見せようってことか」
「……荒療治だがしかたない」
「それよりもっと簡単な方法があるじゃねぇか」
「何だい、そりゃあ」

 大人たちがあーだこーだと話ししているうちに、訓練場に到着した。

(ああ、たった一年ぶりなのに、妙に懐かしいな)

 夏の間、いつも早朝、ここで子どもたちの相手をしていた。
 そして––––ハイジが初めてあたしの存在に気を許した場所。

(––––無様な姿は見せられないな)

「それじゃ、ニコ、いつでもかかってきていいよ」

 あたしが言うと、大人たちから野次が飛んだ。

「ニコ! 殺す気で行きな!」
「リンー! ちびっ子を泣かすなよ!」

(うるさいなぁ……)

 もしかしてこの人達、酒でも入ってるんじゃなかろうな。
 ちらりと見ると、ヘルマンニは手のひらサイズの水筒みたいなものを持っている。
 やっぱり飲んでたよ、この人。
 
 横のハイジを見ると––––目があった瞬間に軽く首を左右に降った。

 ––––能力は一切使うな。魔力も、威圧も。
 
(了解)

 ハイジと無言でやり取りする。
 言われなくても、ニコ相手に本気を出したりはしない。
 
「始めっ!」

 ペトラの声に、ニコは弾かれたように飛び出した。
 
(おおっ?!)

 想像を遥かに超えるスピードに、あたしは驚く。
 ニコはあたしの目をしっかり見据え、鋭く斬り込んでくる。
 ヒョイ、ヒョイと避けるが、思ったよりも速い。

「凄いじゃない、びっくりした」

 あたしが言うと、ニコは珍しく不機嫌そうに顔を歪めて、更にスピードを上げる。
 
 ––––フュッ! フィフィッ!
 
 ニコの剣が風切り音を響かせる。
 昔のヘッピリ剣など見る影もない。その剣は速く、薄く、鋭いかった。
 ニコの眼差しは真剣だ。燃えるような闘志をあたしにぶつけてくる。

(なるほど、上から目線が気に入らないってか)
(しゃべる余裕があると思われたわけね。なら––––)

 ––––あたしも反撃しようではないか。

「シャッ!」

 足を踏み出して、剣を振るった。
 その剣を、ニコはしっかりと目で追いながら、焦る様子もなく綺麗に避けきった。
 冷静だ。

(やるじゃん!)

 返す手で、変則的な軌道で首筋を狙う。しかしそれすらも読んでいたのか、フッと脱力して重力で避けるニコ。
 
(おおおお、凄い凄い、なんじゃこりゃ)
(これはあたしもうかうかしてられないぞ)

 避けるばかりでは決着は付かない。それが解っているのか、ニコはどんな体制からでも剣を突き出してくる。どうやら刺突スタイルらしい。もちろん難なく回避。

 お互いがお互いの剣を避けたことで、二人の距離が開く。
 思わず心からの称賛の声を送る。

「驚いた……ニコ、強くなった」
「リンちゃんはおしゃべりになったね」

 ニコはそう言うと、剣を振りかぶって襲いかかってきた。

「なっ……!?」

 ––––驚愕。
 それは予想外の速攻で、あたしは余裕を無くした。

 (速い! それに隙がない!)
 
 あたしは思わずそれを、避けずに剣で受けてしまった。
 受けた瞬間。

(しまっ……!!)

 手に強烈な衝撃が走る。
 そもそもが、あたしは鍔迫り合いが得意なタイプではない。というよりは、力の弱さを技術で補うタイプだ。
 つまり、あたしが一番苦手とするタイプは……!

(まさか、ニコがパワータイプとは!)

 手から木剣が離れそうになる。
 
「ぐっ……!!」
 
 もしこれを手放せば、地力でニコに負けたことになる。グッ、と力を入れて弾き飛ばされるのを防ぐ。ニコが片手を剣から離して腰から抜き取った小剣でがら空きになった胴を狙う。

 ––––カ・カンッ!!
 
 ニコの持つ剣を両方弾き飛ばし、首に木剣を当てる。

「はぁっ! はぁっ! はぁっ……!」
「フーッ、フーッ……!!」

 二人とも息が切れている。ニコはおそらく全体力を一瞬で使い切ったことで、あたしはニコを甘く見て追い詰められた緊張で。
 
 はぁー、と二人で息を吐く。

「……参りました」
「……うん」

 見れば、鋭い眼光は鳴りを潜め、いつものぼんやりとした可愛いニコに戻っている。
 顔には汗が流れていて、あたしをまっすぐ見つめている。

「ごめん。あたし、正直、ニコを舐めてた」
「うん」
「びっくりした。何? あれ」
「最後の攻撃のこと?」
「うん。弾き飛ばされそうだった。正直、負けるかもと思った。本気で」
「ペトラの仕込みだよ。打点よりもほんの少しだけ先に力を送る技術なんだ」
「へぇ……、あっ」

 アレか。あの異常に痛いゲンコツ!!

「……でも、負けちゃった。もし勝てたら、リンちゃんを止められると思ったのに」
「ううん、こんな苦戦、久しぶりだよ。本当に強くなった」
「でもリンちゃん、力の半分の半分の半分も使ってないよね」
「……まぁ……」
「だから、あたしの負け。あーあ、勝てるかもと思ってたんだけどなぁ」
「……純粋な剣技だけだったら、もう上位者と言えるくらいだよ」
「リンちゃんに勝てなきゃ、意味ないんだよ」

 だからもう文句は言わないよ、とニコは笑った。
 その言葉はあたしの胸に響いた。

「ありがとう、ごめんね、ニコ」
「ううん。こちらこそごめんね、リンちゃん」

 お互い自然に歩み寄って抱き合う。
 ニコは汗だくだったが、あたしのためにここまで強くなってくれたことが嬉しくて、あたしはギュッとニコを抱きしめた。
 
「……ハイジとの模擬戦を見せてやったらどうだ」

 後ろからそんな声が聞こえてきた。

(お、いつの間に)

 ヴィーゴだった。
 これだけの強者なのだ、近づいてくればわかりそうなものなのだが、ニコに集中していたからか、あるいは邪魔しないように気配遮断をしていたのか、全然気づかなかった。

「……ハイジと?」
「そんな素人娘との模擬戦では何もわからんだろう」
「……ヴィーゴさんって、ほんっと性格悪いですね……」
「ハイジとの本気の模擬戦を見せてやれば、その娘も納得するだろうが」
「うん……! リンちゃんとハイジさんの模擬戦なら、あたしも見てみたいなっ!」
「おお、やれやれ! やっぱ、それが一番手っ取り早いって!」
「あたしも見てみたいね!」

 ニコやヘルマンニ、ペトラまでがヤンヤヤンヤと手を叩く。

(ええ~……)

「では、見せてやるか、リン」

 のそり、と猛獣ハイジが立ち上がった。

「木剣じゃなく、真剣で行くぞ。だ」

 ハイジが獰猛に笑った。
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