魔物の森のハイジ

カイエ

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#5

幕間 : Laakso - 6 (Jäähyväiset)

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 できれば全員に見守られながらかっこよく死にたかったんだが、何故か全員から拒否されてしまった。
 おい、お前ら! 最後くらい我儘を聞いてくれたっていいだろうがよ?!


 ▽


 おー、ヘルマンニ。入れ入れ。

「おじゃしゃーっす」

 飲むか?

「もちろんっす。ってか、実はこっそり秘蔵してた、とっておきの黍酒ラム持ってきたんすけど」

 おー、気が利くな!って、お前これ、俺が昔買ってきて隠してたやつじゃねぇか! ギッてやがったな、テメェ。
 ……まぁいいや。よし、乾杯だ。

「乾杯」

 結局一人ずつ挨拶して、最後にハイジが息の根を止めるってことになっちまったな。まぁ……考えみりゃそりゃそうか。見てる前で知人の首がはねられるのは流石にキツイか。

「そりゃそうっすよ、バカなんすか、アンタは」

 そう言うなよ……でもまぁ、ハイジにも悪いことを頼んじまったなぁ。

「まぁ、しゃあなしっす。最後なんだし、湿っぽいのは無しにして、楽しくやりましょう」

 そうだな! さすがはヘルマンニ、解ってやがる!
 っかぁーっ! やっぱいい酒は効くなっ! うめぇっ!

「ところで、ちょっと白状しときたいことがあるんすけど、いっすか」

 おー、なんだ? この酒以外にもちょろまかしてたか?
 まぁいいぜいいぜ、最後なんだ、怒ったりしねぇよ。

「じゃあ、遠慮なく。あ、その前に師匠、俺の能力のこと、気づいてますかね?」

 ん? ああ……なんか普通の『遠見』とはちょっと違うなとは思ってたよ。

「ふーん。まぁ、後もつっかえてるし、引っ張るのもあれなんでさっさとゲロっちゃいますと、俺の能力って、知りたいことを覗き見る力、なんすよね」

 へー。例えば?

「人の心の中とかっす。そうっすね……例えば、実は今、師匠が隠し子のことで頭いっぱいのこととか、それで俺との会話にいまいち集中してないこととかっすかね」

 …………。
 マジ?

「マジっす」

 おいおいおいおい、じゃあ、お前おれの×××××のこととか××××のこととかも知ってたの?

「……生々しい情報をどうもっす。いや、『必要があって』、『意識して』、『知りたいことに焦点』を合わせてようやくわかるというか……だから、今の情報は知らなかったっすね」

 ……忘れてくれ。

「嫌っす。で、つまり俺、今のアイツらの気持ちとかも、だいたい把握してるんすよ」

 はぁ……道理でお前、世渡りうますぎると思ったんだよなぁ……そうかぁ……。

「それと、未来に焦点をあわせると、ちょっとした未来視にもなるんすけど……あ、あんまり時間ないっすよね。さっさと結論から話しちゃいますけど、俺、この傭兵団をぶっ壊そうと思ってます!」

 ………………。
 ………………はぁっ!? おい、ヘルマンニ、気は確かか? まさか裏切るつもり……って、それはないな。じゃあなんだ? うん、理由があるならとりあえず話してみろ。

「おお……今も見てましたけど、師匠、本気の本気で俺のこと信頼してたんすね」

 当たり前だろ。お前ら全員のことを信じてるよ。親なんだからよ、当然だろ。
 で、続きは?

「俺、今更ですけど、こう見えて師匠のこと本気で尊敬してるんすよ。だから、心苦しいんですけど」

 本当に今更だな。気を使ってどーすんだよ。いいから言えよ。

「師匠の遺言ですけど、無理して、表面だけ仲良くしても意味ねぇんすよ。師匠だって昔よく言ってたでしょ、好きでい続けるためには努力が必要だ、って。恰好だけ取り繕って、仲がいいフリなんてしててもだめなんすよ」

 ……そうだな。もしかすると、あの遺言は失言だったかもしれん。
 でもよぅ、あの状況じゃいいたくもなるだろ?

「もしかしなくても、かもじゃなくて、失言っすね。アホでしょう、師匠」

 お前、いつになく辛辣だな?!

「愛情の裏返しっす」

 裏返すな。愛情を。

「で、未来を見てわかったんす。一度壊したほうがいいって。演技なんてやめて、それでも生きていれば、いつか、黒い山羊さんがやってきて、俺たちは本当の仲間に戻れる、って」
 
 なんだその山羊ってのは。何かの暗喩かい?

「いや、俺にもわかんないんすけど。でも、確かっす」

 ほーん。……信頼していいんだよな、その未来視。

「サーヤちゃんの未来視と比べたらさすがに範囲は狭いんすけど、精度は彼女よりも高いっすよ」

 あの娘っ子より?! おいおいおい……相当だな。お前、また貴族に目をつけられないように気をつけろよ?

「その時にはケツの穴を守るために、相手が誰だろうとぶった切ってやるっす。……まぁそういうわけで、師匠が死んだらすぐに傭兵団をぶっ壊します」

 そか。わかった。好きにしろ。お前が言うなら大丈夫だろ。……余計な遺言を悪かったな。

「遺言の撤回は不要っすよ。あ、あと師匠、ヨーコの気持ちには気付いてますか?」

 …………聞き辛いことを聞くね、お前。

「気付いてるならいいっす。師匠が女好きなのは解ってるんで、別に気持ちに応えろとかそういうことを言うつもりはないっすよ。どうするかは師匠が決めるべきっす」

 あー……わかったわかった。
 もう細けぇこたぁいいだろ! 飲め飲め!

「俺は飲むっすけど、師匠は程々にしてくださいよ。後が閊えてるんすから」

 いいから。ほら、乾杯だ乾杯。

「……じゃ、師匠の華々しい最期を祝って、乾杯!」

 乾杯!


 ▽


「……お邪魔します」

 おー、なんだ、次はペトラか。てっきり次はヨーコ辺りかと思ったぜ。

「ヨーコとハイジは、できるだけギリギリの方がいいでしょ」

 何、女の気遣いってやつ?

「……師匠、あたし、女扱いされるのあんまり好きじゃないです」

 なんでえ、最後だからって、恨み節かい?

「そういうんじゃなくて。……あたし、男とか女とか……そういうの抜きにして、もっとみんなの仲間になりたかったんですよね」

 立派に仲間になってたじゃねぇか。いっつもみんなでつるんで悪さばっかしやがって。まぁ、俺も混じってたから偉そうなことは言えねぇか。

「……でも、やっぱり女扱いというか、どこか疎外感っていうかですね」

 サウナだって一緒に入ってた仲じゃねぇか。
 素っ裸を見せあった間柄だろ、水臭いこと言うなぃ。

「それは忘れてください」

 いやぁしかし、何でサウナで見ると、女の裸なのにエロく見えねえんだろうな。あのヘルマンニでさえ、サウナだと全然アプローチしてこなかったろ。すぐ目の前に女の乳おっぱいがあるってのに、不思議だよな。

「そういやそうですね」

 その分、おまえが水浴びしてる時にはこっそり覗きに行ってたけどな、あいつ。

「あとで殺しときます」

 ククク……許してやれって。だってよ……男とか女とかってよ、要するに個性じゃねぇか。背が高い奴、低い奴。太ってるやつ、痩せてるやつ。酒が好きな奴、嫌いな奴。男に女。しょうがねぇじゃねぇか。酒が飲めないやつには無理に酒を薦めないし、太って背が高いやつに斥候の技術を教えても仕方ねぇ。
 お前が女だから気を使ってるのが気に入らないって言うなら、ハイジにも斥候役を任せなくちゃな? ヘルマンニは特攻隊長か?

「……似合いませんね」

 だろ。適材適所。あー、ただヨーコはなぁ……アイツのことだけは勘弁してやってくれ。あいつ、女に故郷をめちゃくちゃにされて、母親にも置いていかれてよ、相手が女だってだけでもうダメなんだよ。

「……へぇ、そうなんですか……」

 そうなの。でもよ、お前とだけは、まともに会話が成立してるじゃん? つまり、あれでもあいつなりにお前のことは認めてるんだよ。

「……師匠がそう言うなら、そういうことにしておきます」

 疎外感を感じるってのもわかるけどな。ほら、男ってエロいからよ。どうしてもお前みたいなイイ女がいると、意識しちゃうわけよ。やっぱオトコノコだからよ。

「そうなんですか? まぁ、あまり嬉しくないですけど」

 お前、ハイジのことしか見えてないもんな。

「えっ、そ、そんなことは、ない、ですけ、ど」

 おい……慌てすぎだろ。まさか気付いてないとでも思ってんのか。全員にバレバレだぞ。

「えええ……」

 まぁ、当のハイジだけはは『自分を目標にしてるやつ』くらいの認識だろうけどな。あいつ、そもそもまだ思春期が来てないから、恋愛感情とかそういうの、全然わかってねぇんだよ。童貞だしよ。

「……酷い言いようですけど、わかりやすいですね」

 それに、お前もお前だぞ。ヘルマンニの気持ちには気づいてるか?

「ヘルマンニ? あいつがどうかしたんです?」

 はあ……俺の弟子って、こんなのばっかりかね。

「なんか失礼なこと言ってませんか」

 いいや?
 で、言いたいことは恨み言だけか?

「そうですね。まだまだ言い足りないです」

 おお……じゃあ、全部吐き出しちまえ。言え。言え。

「……なぜ、ハイジを選んだんです?」

 お前もそういう事言うのな。
 んー、まぁ何ていうか、正直、俺も理由はわからん。ただ、精霊の導きがあったとしか言えんな。

「……師匠がそんなに信心深いとは思わなかったですね」

 茶化すなよ。もう、他に選択肢はなかったんだ。むしろ逆だよ。ハイジの失った力を補完するために、おれの力が使われることになったんだ。たまたまだよ、たまたま。俺じゃなけりゃ、他の誰かだったんだろうが、まぁ俺が選ばれたなら仕方ねぇだろ。

「でも、ハイジは苦しんでます。その、すごく」

 ……俺も悪いとは思ってるよ。
 でも、終わってみれば、そうでもないと思うぜ?

「何でそんなことが言えるんですか?」

 ……これは、お前の心の中にだけしまっといてくれ。

「なんです、藪から棒に」

 茶化すな。いいか、絶対人に言うな。

「わ、わかりました」

 俺も、受け継いだんだよ、この力を。
 俺の母親も今の俺と同じような状況になってな……。
 でもよぅ、殺せって言われて殺せるもんじゃねぇだろ。散々苦しんで、悩んで、でもそんなに時間があるわけでもねぇ。
 結局、俺は母親の願いを叶えた。というか、母親がよ、自分で短剣を喉につきつけて、どうか自殺させないでくれ、自殺したらヴァルハラに召されることができなくなるから、って懇願されてな。

「……なんてこと……」

 でもよ、母親が死んで、どれだけ苦しむかと思ったら、全然だった。
 ていうかさ……生きてる間には感じたことがなかったくらい、母親の存在を身近に感じることができるようになったんだ。
 力を受け継ぐってなぁ、こういうことなのかと思ったな。

 母親の魂はすでにヴァルハラにある。が、同時に俺の中にも確かにあるんだよ、母親の愛情のようなものが。
 だから、ペトラ。残酷だと思うかも知れないが、ハイジは大丈夫だ。
 しばらくは苦しむかも知れねぇが、絶対に立ち直る。

 でもよ……、あいつ、見た目に反して心が弱いだろ。
 だからペトラ。お前が支えてやってくれ。
 頼む。
 そして、あいつが誤って『はぐれ』を殺しちまわないように……できるだけ気をつけてやってくれ。
 それが、俺がお前に頼みたい––––最後の願いだ。

「……わかりました。その役目、あたしにできるかどうかわかりませんが、それが師匠の最後の願いだというのなら、精一杯やらせてもらいます」

 あ、ペトラ、悪いけどそっちにある瓶から、酒注いでもらっていい? 酒切れちまった。

「言ってるそばから次の願い事してるじゃないですかッ!」

 クククっ。

===

 本日は三話同時更新します。 
 暗い話が続きすぎなので、とっとと終わらせようキャンペーン。
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