孤独の病

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初期症状

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 目を覚まして、真っ先に飛び込んできたのは、知らない天井だった。 

 天井と言うには硬さにかけ、さらには風に揺られているように感じるのは気のせいではないだろう。何より、今自分が寝転んでいる布の向こうが地面だということが、ここがテントであるということを物語っている。 

 だが、痛む俺の体と心を癒すのには場所はどこでもよかった。一人であるならば。 

  

「やぁ、あんたぁ!目覚めたかぁい?」 

 

 俺の療養を邪魔するかのようにテントに入ってきたのは、上等な上着を着た薄汚い男だった。というよりも、男が着ていたのは俺の上着だった。 

 

 「大丈夫そうだなぁ。服は残してあるがぁ、かぜぇひかねぇようになぁ?」 

 

 それだけ言い残すと、男はテントから出て行った。 

 それに、男の言葉を聞いて自分の状態に気が付いた。自分が上着も着ておらず、ポケットの中身も空っぽだということに。 

 本当に服以外、俺には何も無かったのだ。 

 

 「なんてこった。」 

 

 隣で男の子が自殺する。部下に殴られる。挙句の果てには身ぐるみを剝がされる。と、今まで生きていた中で体験したことも無かった数々のハプニング。そのせいか、身ぐるみを剥がされた怒りよりも、呆れの方が上回った。 

 きっと、これ以上の事が起こることが無いであろう不幸が、ここ数日の内に俺に降りかかった。 

 

 何が悪かったのだろう? 

 

 頭に浮かぶのは、単純な疑問。 

 普通に生きてきた。何か悪さをした訳でも無い。特にいいこともしてはいないが。 

 なら、そんな俺を神様が嫌いになってしまった? 

 そもそも、この世界に神様なんて居るのか? 

 

 考えれば考えるほど、悩んでいた論点とはズレていき、答えの出ないものに悩む。結局、何に悩んでいたのかも分からなくなり、俺は考えるのをやめた。 

 

 「おい、めしぃ買ってきたぞぉ。」 

 

 テントを出て行った男は、コンビニ袋を片手にぶら下げながら帰ってきた。 

 心底嬉しそうに。 

 

 「あんたぁ、金持ちなんだなぁ。おかげでぇ、俺も金持ちになれたよぉ。」 

 

 どうやら、コンビニ袋の中に入っているのは、自分のお金ではなく、俺のお金で支払ったものらしい。 

 男は、コンビニ袋から、ビール、おつまみを次々と取り出し、俺の目の前で貪り始めた。 

 

 「あの、俺の分は?」 

 

 取られた財布も、上着もどうでもよかった。 

 ただ、俺の限界に近い体に栄養を与えてくれるものが欲しかった。 

 

 「なんだぁ、知らねぇのかぁ?ここでは、物はみんなで分け合うんだよぉ。」 

 

 そう言って男は、自分の飲んでいたビール缶とおつまみを差し出してきた。 

 俺は、差し出されたビールをすべて飲み干した。その時に、やけに焦った男の顔が見えたが、気にはしない。 

 喉が焼けるように痛い。 

 

 「お前ぇさんも辛かったんだなぁ。あんなにも殴られて。痛かったろうなぁ。でも、あの人も辛かったんだろうなぁ。」 

 

 男はビールを飲み、つまみを貪っている俺を見ながら、衝撃の一言を放った。その一言は、俺の手を止めるのに十分すぎるものだった。 

 

 俺を一方的に殴ったあいつが辛いだって?冗談も大概にしろよ。アイツのせいで、金も服も取られた。会社にだって遅刻した。 

 そんなアイツを労わるのか?お前は? 

 

 声にならない怒りが溢れてくる。 

 でも、そんな俺に構わず男は続ける。 

 

 「あんたもあの人も本当にかわいそうだぁ。本当にかわいそうだよ。」 

 

 それ以降の男の言葉は、俺の耳には入らなかった。 

 怒りで埋め尽くされた俺は「お世話になりました。」と一言言ってから、このオンボロのテントから出て行った。 

 静かな怒り、悲哀、不安を抱えながら家へと足を運ぶ。 

 

 しかし、服以外を盗まれた俺には何も残っていなかった。そこにはもちろん家の鍵も含まれる。 

 出て行った矢先に何だが、俺は仕方なく薄汚い男の元へ戻った。 

 

 

 翌日、俺は会社へ行った。 

 俺を殴ったアイツと出会うのは正直、気乗りはしないが、アイツに復讐してやりたいという思いの方が強かった。 

 殴られた、蹴られた痛みが、俺の思いをさらに後押しする。 

 

 自分の机に荷物を降ろしている俺の所に、アイツはやってきた。 

 アイツは俺の前に立ち、軽く頭を下げた。 

 

 「前のことは悪かった。これ、お詫びのお菓子だ。これで、あの時の事は水に流そう。」 

 

 正直、意味が分からなかった。鳥肌が立つくらいには。 

 何かを言おうとしたが、言葉が出なかった。やり返してやろうと思っていたが、手が出なかった。 

 結局出たのは。 

 

 「そうですね。」 

 

 の一言だった。 

 

 

 後日、俺からの上司への報告のおかげで、例の男は会社から姿を消した。 

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