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密室
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水絵さんとの打ち合わせから
1週間が経っただろうか。
喜びに満ちた笑可のLINEから新曲の完成を知る。
シンプルなギターロックだった原曲はイントロにディレイの効いたピアノが追加され、Aメロからポップなシンセ、Bメロはオルガンと木琴、サビはストリングスの和音とピアノのアルペジオが絡んでとてもバリエーションのある曲へ変貌していた。
「聴いてて飽きないよね」
「あとイントロでネコネコ~って連呼してたのがラストのサビ前の間奏に移動させられてるな」
「しっかり曲を聴いてくれたリスナーへのご褒美って感じでいいよね」
「山沢さんよりスゴくね?」
「そうやって人を比べるのはどうかと思う」
極めて正論をぶつけられ、ボクは反省する。
「そういえば、今山沢さんってどうしてるの?」
「近況聞きにLINE通話してみる?」
そう尋ねると、笑可は力強く言った。
「いや、行ってみよう」
16:30。
明日から学校に行くボクは笑可と一日中いれる日々に名残惜しくて、彼女の家に入り浸ってたのだった。
山沢邸。
山沢母はいないようで、山沢さんと女性が話す声が聞こえてくる。
万年女性にモテない彼がどうしたのか?
そんなことを思いつつ、山沢さんの部屋のドアを開ける。
小さい女の子を連れたその子の母親らしき若い女性と山沢さんが仲良く音楽談義していた。
「こ、こんにちは、山沢さん。その方はいったい?」
「広瀬彩風という、シングルマザーの方だ。楽曲提供から仲良くなって今付き合ってるみたいな関係だ。
ボクは彼女で初めて素人の女の子との経験を持った」
笑可の前でいらない情報まで話し出す彼。
とにかく嬉しかったんだろう。
「えっと、あなたたちが親せきの豹馬くんとその友達の笑可ちゃん? 私彩風です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。でもなんで山沢さんの彼女になろうと思ったんですか?」
ボクは直球に彩風(あやか)さんに聞いた。
「実は私も元ダンナと結婚する前に性被害に遭ったことがあって、山沢さんは歌の上手さはあんまりかもだけど性被害の女性を想う歌が良いと思ってこの人なら元ダンナより力になってくれるんじゃないかって思って、私から付き合って欲しいって言ったの」
そんないきさつがあったとは。
「笑可と申します。かわいい娘さんですね」
「えみちゃんのこと、私応援してるよ。真剣に音楽やれてるのがスゴイ。その……まだ性被害に遭って3ヶ月経つか経たないかくらいなのに。
カナリアボックス、原曲もカバーも最高だよ」
「ああ、そう評価してもらえるとうれしいです。山沢さんもしかして初の恋人になるんじゃ?」
「そうだよ。30代後半にもなって、女性と交際できるなんて思ってなかった」
山沢さんをSNSで応援してた非モテの男たちは最初こそ彼をなじったものの、アカペラやアコギの弾き語りで名曲のラブソングを歌ったりして彼の恋愛成就を祝ったらしい。
「あれ、何か話があって来たんじゃないか?」
山沢さんがボクらに尋ねる。
そこで、彼に猫の歩く時が完成したことを知らせに来たことを思い出した。
正直とにかくモテない山沢さんに恋人ができたという衝撃が大きすぎて、色々忘れてた。
「ほぉん。ロックなコード進行とかに曲をアレンジされてて良いんじゃない? バンド組んでただけはあるね」
そう山沢さんは水絵さんの編曲を褒めちぎった。
「ねえ、私のために歌作ってよ」
ミュージシャン志望からすると嬉しすぎる言葉を恋人から言われ、照れつつ「ああ、わかったよ」と答える山沢さん。
「お母さん、お腹空いた」
そう言う娘にもはや夫婦みたいな2人が「ポンデリングダブルショコラでおなかいっぱいになるかな?」と仲良く声をかける。
そして、テーブルに置いていたドーナツを彼女の娘に渡してあげる山沢さん。
「おじさん、好き!」
ドーナツを頬張りながら、笑顔で言う娘さん。
「なんか子供見てると自分にとっての子供欲しくなるよな。まあ笑可ちゃんたちにはまだわからないかもな」
「ちょっと空気読んだ方がいいんじゃない?」
彩風さんの声が怒気を孕んでいた。
彼女は性行為がトラウマな笑可を案じたのだろう。
山沢さんも自身の失言に気付き、慌てて「そういうつもりじゃなかったんだ」と取り繕う。
「大丈夫です、私気にしてないです。寂しそうにしてた山沢さんにカノジョできてホッとしてますよ」
笑顔で言う笑可。
「失言癖さえ無ければ、カンペキなのにね」と冷たい声で言う彩風さん。
「あと聞きたかったんですけど、ビクター目指すってどう思いますか?」
「え? サカナクションやくるりやさだまさしや木村カエラがいるどメジャーなレコード会社じゃないか」
「なんとか所属してみたいんですよね。私の作風ってアングラな訳じゃないし、ある程度武者修行すれば少しは通用するんじゃないかって」
「そうか、それならボクに良いツテがある。音楽理論やギターを上手く弾きこなす元メジャーの引退から2年経った女性SSWの知り合いがいる。
その子を紹介しよう。
玖蘭さんには同じ事務所でいつでも会えるんだ。
その子は今年の夏にはフランスへ移住してしまう。その前になんとか紹介できそうで良かった」
山沢さんはその知り合いの『竹松ゆりあさん』に長くLINE通話で説得してるようだった。
アポ無しかよ!
「とにかく純粋に音楽を作ってる子なんだ。君はもう音楽のことなんて考えたくないかもしれないけど、彼女と接することで新しい見方ができるかもだし引き受けてくれ」
20分ほど話し合いをしてるみたいだった。
「決まったよ、2ヶ月ゆりあさんの所で武者修行しなさい。もちろんその期間の生活費などはボクが出す。
あと豹馬、お前に話がある」
「何?」
「彼女のバンドのベーシストになれ。大丈夫、ベースなんてそのキーに合った音を鳴らしてれば成り立つ」
ボクが笑可のバンドのベーシスト!?
まあ、やってみたいけど楽器はとにかくできないのに。
「じゃ、私ピアノ弾けるからキーボードで入っちゃおうかな」
ここで彩風さんまでが驚きの提案をする。
「あれ? 子どもの面倒は?」
「バンドが多忙になりすぎたら抜けるか、私よりさらに上手い子と交代制でやるわ。
正之くん、あなた面倒見てよ。たまには育児の大変さを知るといい」
こうしてトントン拍子にバンドは決まりかけている。
問題はドラムがいないということだが、サポートメンバーでまかなえば? って話で片付いた。
1週間が経っただろうか。
喜びに満ちた笑可のLINEから新曲の完成を知る。
シンプルなギターロックだった原曲はイントロにディレイの効いたピアノが追加され、Aメロからポップなシンセ、Bメロはオルガンと木琴、サビはストリングスの和音とピアノのアルペジオが絡んでとてもバリエーションのある曲へ変貌していた。
「聴いてて飽きないよね」
「あとイントロでネコネコ~って連呼してたのがラストのサビ前の間奏に移動させられてるな」
「しっかり曲を聴いてくれたリスナーへのご褒美って感じでいいよね」
「山沢さんよりスゴくね?」
「そうやって人を比べるのはどうかと思う」
極めて正論をぶつけられ、ボクは反省する。
「そういえば、今山沢さんってどうしてるの?」
「近況聞きにLINE通話してみる?」
そう尋ねると、笑可は力強く言った。
「いや、行ってみよう」
16:30。
明日から学校に行くボクは笑可と一日中いれる日々に名残惜しくて、彼女の家に入り浸ってたのだった。
山沢邸。
山沢母はいないようで、山沢さんと女性が話す声が聞こえてくる。
万年女性にモテない彼がどうしたのか?
そんなことを思いつつ、山沢さんの部屋のドアを開ける。
小さい女の子を連れたその子の母親らしき若い女性と山沢さんが仲良く音楽談義していた。
「こ、こんにちは、山沢さん。その方はいったい?」
「広瀬彩風という、シングルマザーの方だ。楽曲提供から仲良くなって今付き合ってるみたいな関係だ。
ボクは彼女で初めて素人の女の子との経験を持った」
笑可の前でいらない情報まで話し出す彼。
とにかく嬉しかったんだろう。
「えっと、あなたたちが親せきの豹馬くんとその友達の笑可ちゃん? 私彩風です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。でもなんで山沢さんの彼女になろうと思ったんですか?」
ボクは直球に彩風(あやか)さんに聞いた。
「実は私も元ダンナと結婚する前に性被害に遭ったことがあって、山沢さんは歌の上手さはあんまりかもだけど性被害の女性を想う歌が良いと思ってこの人なら元ダンナより力になってくれるんじゃないかって思って、私から付き合って欲しいって言ったの」
そんないきさつがあったとは。
「笑可と申します。かわいい娘さんですね」
「えみちゃんのこと、私応援してるよ。真剣に音楽やれてるのがスゴイ。その……まだ性被害に遭って3ヶ月経つか経たないかくらいなのに。
カナリアボックス、原曲もカバーも最高だよ」
「ああ、そう評価してもらえるとうれしいです。山沢さんもしかして初の恋人になるんじゃ?」
「そうだよ。30代後半にもなって、女性と交際できるなんて思ってなかった」
山沢さんをSNSで応援してた非モテの男たちは最初こそ彼をなじったものの、アカペラやアコギの弾き語りで名曲のラブソングを歌ったりして彼の恋愛成就を祝ったらしい。
「あれ、何か話があって来たんじゃないか?」
山沢さんがボクらに尋ねる。
そこで、彼に猫の歩く時が完成したことを知らせに来たことを思い出した。
正直とにかくモテない山沢さんに恋人ができたという衝撃が大きすぎて、色々忘れてた。
「ほぉん。ロックなコード進行とかに曲をアレンジされてて良いんじゃない? バンド組んでただけはあるね」
そう山沢さんは水絵さんの編曲を褒めちぎった。
「ねえ、私のために歌作ってよ」
ミュージシャン志望からすると嬉しすぎる言葉を恋人から言われ、照れつつ「ああ、わかったよ」と答える山沢さん。
「お母さん、お腹空いた」
そう言う娘にもはや夫婦みたいな2人が「ポンデリングダブルショコラでおなかいっぱいになるかな?」と仲良く声をかける。
そして、テーブルに置いていたドーナツを彼女の娘に渡してあげる山沢さん。
「おじさん、好き!」
ドーナツを頬張りながら、笑顔で言う娘さん。
「なんか子供見てると自分にとっての子供欲しくなるよな。まあ笑可ちゃんたちにはまだわからないかもな」
「ちょっと空気読んだ方がいいんじゃない?」
彩風さんの声が怒気を孕んでいた。
彼女は性行為がトラウマな笑可を案じたのだろう。
山沢さんも自身の失言に気付き、慌てて「そういうつもりじゃなかったんだ」と取り繕う。
「大丈夫です、私気にしてないです。寂しそうにしてた山沢さんにカノジョできてホッとしてますよ」
笑顔で言う笑可。
「失言癖さえ無ければ、カンペキなのにね」と冷たい声で言う彩風さん。
「あと聞きたかったんですけど、ビクター目指すってどう思いますか?」
「え? サカナクションやくるりやさだまさしや木村カエラがいるどメジャーなレコード会社じゃないか」
「なんとか所属してみたいんですよね。私の作風ってアングラな訳じゃないし、ある程度武者修行すれば少しは通用するんじゃないかって」
「そうか、それならボクに良いツテがある。音楽理論やギターを上手く弾きこなす元メジャーの引退から2年経った女性SSWの知り合いがいる。
その子を紹介しよう。
玖蘭さんには同じ事務所でいつでも会えるんだ。
その子は今年の夏にはフランスへ移住してしまう。その前になんとか紹介できそうで良かった」
山沢さんはその知り合いの『竹松ゆりあさん』に長くLINE通話で説得してるようだった。
アポ無しかよ!
「とにかく純粋に音楽を作ってる子なんだ。君はもう音楽のことなんて考えたくないかもしれないけど、彼女と接することで新しい見方ができるかもだし引き受けてくれ」
20分ほど話し合いをしてるみたいだった。
「決まったよ、2ヶ月ゆりあさんの所で武者修行しなさい。もちろんその期間の生活費などはボクが出す。
あと豹馬、お前に話がある」
「何?」
「彼女のバンドのベーシストになれ。大丈夫、ベースなんてそのキーに合った音を鳴らしてれば成り立つ」
ボクが笑可のバンドのベーシスト!?
まあ、やってみたいけど楽器はとにかくできないのに。
「じゃ、私ピアノ弾けるからキーボードで入っちゃおうかな」
ここで彩風さんまでが驚きの提案をする。
「あれ? 子どもの面倒は?」
「バンドが多忙になりすぎたら抜けるか、私よりさらに上手い子と交代制でやるわ。
正之くん、あなた面倒見てよ。たまには育児の大変さを知るといい」
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