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第一章:再起

淑女教育(2)

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「まずは簡単に皇室の話をしましょう。当代のポーラニア皇帝はアーサー陛下です」

 そう言ってクラリスは名鑑の冒頭を示す。姿絵は間違いなく、私が皇宮の謁見の間で相対した人物だった。

「皇后陛下はレイジ殿下が三歳のころお亡くなりになりました。それ以降、アーサー陛下は後妻をお迎えになっていません」

「へえ……皇太子が唯一の皇子だったのね。確かに他の皇子がいるなんて聞いたことはなかったわ」

「そうなんです。陛下は皇后陛下を心から愛されており、新たに妻を迎える気はなかったとのことです。一時は後継ぎであるレイジ殿下の資質に問題があった場合はどうするんだという貴族の騒ぎもあったのですが……殿下は誰もが驚くほどに聡明で、不安視する声はあっという間になくなりました」

 まあ、あの皇太子を見て資質に欠けるという者はいないだろう。敗戦続きだったイクリプス王国との戦争を勝利に導いたというのは、それだけの功績であったはずだ。

「お嬢様は戦場にてレイジ殿下とお話しする機会が多かったと思いますが、アーサー陛下もまた皇帝としての資質を疑う余地はありません。とはいえ、イクリプス王国との通商開通にあたって対話ではなく戦争を選択したのは事実」

「確かに……協力して発展していくというよりは、力での支配を望んだということよね」

「ええ。その理由は、レイジ殿下も懸念していた帝国の停滞感を打破するためのものでした。目新しい出来事のない帝国で、帝国民の注目を戦争にそらすため」

「そういうこと……だけど、それじゃあ一時しのぎにしかならないわ」

 人々が不安や不満を持っているとき、それが領主である貴族や国主である王族・皇族につながると、やがて反乱が起きるおそれはある。
 そうなる前に別の敵を用意することで国民の不安や不満の矛先をそちらに向けるという手法は確かにあるけれど……。

「そのとおりです。だからこそ、殿下は新しい刺激としてお嬢様を連れてきたのかもしれません」

「それはまあ、刺激はされるでしょうけど……ちょっと強すぎない?」

「強すぎるでしょうね」

 あっけらかんと言われて唖然とする。

「殿下の方針に反発して革命を志すような不穏分子が現れるかもしれない。いわゆる貴族派と皇帝派に分かれ、派閥争いが発生するリスクも懸念されています。しかし、それも込みで貴族を発展に向かわせろというのが殿下のご意思です」

「それはまた、ずいぶんと力業ね……皇室を打倒するには今以上の力が必要になるから、それもまた発展のひとつということね?」

 しかし、そんな不穏分子をそのまま放置しておくわけにもいかないでしょう。

「ひょっとして、最終的には貴族派も取り込んで貴族の意思を統一することまで求められてる?」

「おそらくは」

 なるほど、これは果てしない道のりになりそうだ。

「早まったかしら……」

「そんなことをおっしゃらないでください。お嬢様にお仕えできるなど、私にとっては望外の喜びなのですから」

「クラリス……」

 本当に、クラリスは私なんかの侍女にするにはもったいないくらいの人物だ。彼女の期待に応えるためにも、目の前の課題に取り組んでいこう。

「さあ、話がそれてしまいましたね。説明を続けましょう。お嬢様と関わる機会が多いと思われる上位貴族の家門については私が説明いたしますが、下位貴族については自力で覚えていただきますからね」

 ……やっぱり早まったかもしれない。
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