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第六十四話 それはおかしい。
アーシェリヲンとメリルージュ、二人をガルドランに任せたビルフォードは、身の丈ほどある鉈のような大剣を担いで建物に侵入しようとする。入り口から出てくる敵を見つけるやいなや、峰の部分で一刀両断の形に殴りつける。
アーシェリヲンと大剣、どちらの重量が上かわからないほどのものを、片手で軽く振り回すビルフォード。もちろん、斬り殺しても構わないのだろうが、支部長のヘイルウッドに考えがあるらしく、従うことにしたから騎士たちとは盗賊の扱いが違っているようだ。
「俺も手加減してるんだぞ、これでもな」
「いや兄さんそれ、下手すると死んでるから……」
「そうか? こっちにいるヤツはそれだけで運がいいんだ。だからまぁ、気にするな」
死にはしないだろうが、骨の二本や三本は軽く折れるだろう。斬られたと思った相手は痛みと衝撃で気を失う。そこで後ろから来る探索者が捕縛するという手順。実に連携の採れた見事なものだった。
▼
「マグダウェイ殿。どうです? 例の男は見つかりましたか?」
宿場町の中央広場でビルフォードと騎士団副団長マグダウェイが落ち合い、何かを確認しあっている。
「いえ、今のところは……」
「そうですか」
何やら二人は誰かを探している模様。そこに一人の鎧を着けた騎士が小走りのように駆け寄ってくる。踵を鳴らして、直立不動のままマグダウェイ副団長へ報告があるようだ。
「副団長殿、報告がございます」
「聞こうか?」
「はい。件の者と思われる男を発見したのですが」
「それでどこへ?」
「いえ、その」
騎士は何やら口ごもってしまう。
「取り逃がしたことを問い詰めはしない。それでどの方角へ逃げたのか?」
「それ、が、ですね。追い詰めはしました。ですが、その、壁を背にして、足下からその、徐々に消えてしまったのです……」
「それは本当か?」
「なんとも妙な話だな。属性魔法か? それとも魔道具か? 姿を消すようなものは、そうそうないはずだが……」
ビルフォードは腕組みをして首をかしげる。
「おそらくは、我々も知らぬ加護かもしれませんな」
「なるほどな……」
「まだ辺りにいるかもしれない。とにかく警戒は怠らないように」
「了解しました」
そんな三人を見ながら、ガルドランがぼそっと呟いた。
「師匠、いいですか?」
「どうしたの? ガル」
「あっちの方角に、……鼻につく嫌ぁな香の匂いがするんですよ」
ガルドランが指さす方角は、この宿場町の外へ抜ける方角。騎士たちが殲滅したであろう側の一番奥側。香の匂いというのはおそらく、香水などを指してくると思われる。
「ガル、もっと正確な場所を示しなさい」
「はい、ここです」
ガルドランが指さしたほうへ、アーシェリヲンとメリルージュは躊躇わずに弓を射る。建物の陰からにいた、何かに、着弾したと思われた。なぜなら、小さくうめく声が聞こえたからだ。
奇妙としか言いようがない。そこに何もいないはずなのに、矢だけが見える。その場所に、血に濡れた何かが見えたのだ。アーシェリヲンはその血をじっと見て、照準を合わせる。
「『あの赤いやつ』」
アーシェリヲンは手を伸ばして魔力を手のひらに流した。すると手のひらに何かが握られた。
その何かを失ったはずの匂いが、遠ざかっていくのがガルドランにわかっただろう。
「すみません師匠。逃げられたようです」
「そう。見えないんじゃ仕方がないわ……」
アーシェリヲンは手のひらを開けて少し驚く。
「あ、あの、メリルージュ師匠」
「どうしたの、アーシェ君?」
「これ、見てください」
アーシェリヲンの手のひらにあったのは、誰かの指、第一関節より先あたり。爪があるから指だと判断できたのだろう。
「……アーシェ君、あなた」
メリルージュの背筋に、凍るほどの寒気が感じられた。
「アーシェ君あなた、それがもしかして、本当の空間魔法、なのね?」
「はい、そうです」
「……なんてことなの」
驚愕の表情を現すメリルージュ。
「これ、あたしが預かってもいいかしら?」
「はい。お任せします」
メリルージュは指先らしきものを、魔法袋へ格納する。
「いいこと? あたし以外に話しちゃ駄目よ?」
「はい。約束します」
メリルージュは思い出す。前にアーシェリヲンが、自分の魔法を話そうとしていたときのこと。あのときは、口にしてはいけないと諫めた。あれは正解だと改めて思っただろう。
ここにいる誰より長く生きているメリルージュ。彼女は空間魔法を何度も見ている。だからある程度は把握していた。もちろん、魔力消費が多くて続けて行使できないということも理解している。
空間魔法を使う職人が、寸分違わず石材を組み上げて、立派な建物を建てているのもまた熟練者の技だということも知っていた。『引き寄せたり』、『置いたり』する速度は遅く、手で持って移動させるのとそれほど変わらない。その実演を目の前で見せてもらったこともあったから、空間魔法がどういうものかも知っていたはずだった。
アーシェリヲンが『馬鹿魔力』と言われるほどに魔力総量が多くて、もしかしたら非常識ともいえる利用ができるかもしれない。何度も空間魔法を作用させて、熟練の域に達しており、それを薬草の採取に使っていたのだろう。それまでは予想していた。
だが、今さっきアーシェリヲンが行使した空間魔法は、熟練という範囲を超越していた。あの距離を『取り寄せて』しまったことも、その速さも驚異的だったのだが、それ以上に驚愕したことがあったのだ。
それは、『生き物を引き寄せた』こと。それも、一部だけを削り取るなどという、危険な魔法としてメリルージュは認識してしまった。彼女は、今は秘匿しなければいけない、それだけ思ったはずだ。
なぜならアーシェリヲンは、自らの意思で人を破壊することができてしまうから。いや、既にやってしまったのだろう。彼がリルメイヤーという狐人の少女と一緒にここを逃げ出したあの日。盗賊二人を一部、壊したはずだからだ。
「とにかくね、アーシェ君」
「はい?」
「お手柄よ」
「そうなんですか?」
「探査魔法を持ってる人が探索者協会にいるの。あれがあればね、逃げた男を追うことができるわ」
「探査の加護。確かに本で読んだことがあります。そんな珍しいものが実際にあるんですね」
「そうなの。だから、この事件も時間が解決してくれると思うのよね。……さてとアーシェ君」
「はい?」
「あなたが捕らえられていた建物、どこだか覚えているかしら?」
「はい。案内できますよ」
「そうしたら一度見ておきましょうね。ガル、いくわよ」
「はい、師匠」
アーシェリヲンと大剣、どちらの重量が上かわからないほどのものを、片手で軽く振り回すビルフォード。もちろん、斬り殺しても構わないのだろうが、支部長のヘイルウッドに考えがあるらしく、従うことにしたから騎士たちとは盗賊の扱いが違っているようだ。
「俺も手加減してるんだぞ、これでもな」
「いや兄さんそれ、下手すると死んでるから……」
「そうか? こっちにいるヤツはそれだけで運がいいんだ。だからまぁ、気にするな」
死にはしないだろうが、骨の二本や三本は軽く折れるだろう。斬られたと思った相手は痛みと衝撃で気を失う。そこで後ろから来る探索者が捕縛するという手順。実に連携の採れた見事なものだった。
▼
「マグダウェイ殿。どうです? 例の男は見つかりましたか?」
宿場町の中央広場でビルフォードと騎士団副団長マグダウェイが落ち合い、何かを確認しあっている。
「いえ、今のところは……」
「そうですか」
何やら二人は誰かを探している模様。そこに一人の鎧を着けた騎士が小走りのように駆け寄ってくる。踵を鳴らして、直立不動のままマグダウェイ副団長へ報告があるようだ。
「副団長殿、報告がございます」
「聞こうか?」
「はい。件の者と思われる男を発見したのですが」
「それでどこへ?」
「いえ、その」
騎士は何やら口ごもってしまう。
「取り逃がしたことを問い詰めはしない。それでどの方角へ逃げたのか?」
「それ、が、ですね。追い詰めはしました。ですが、その、壁を背にして、足下からその、徐々に消えてしまったのです……」
「それは本当か?」
「なんとも妙な話だな。属性魔法か? それとも魔道具か? 姿を消すようなものは、そうそうないはずだが……」
ビルフォードは腕組みをして首をかしげる。
「おそらくは、我々も知らぬ加護かもしれませんな」
「なるほどな……」
「まだ辺りにいるかもしれない。とにかく警戒は怠らないように」
「了解しました」
そんな三人を見ながら、ガルドランがぼそっと呟いた。
「師匠、いいですか?」
「どうしたの? ガル」
「あっちの方角に、……鼻につく嫌ぁな香の匂いがするんですよ」
ガルドランが指さす方角は、この宿場町の外へ抜ける方角。騎士たちが殲滅したであろう側の一番奥側。香の匂いというのはおそらく、香水などを指してくると思われる。
「ガル、もっと正確な場所を示しなさい」
「はい、ここです」
ガルドランが指さしたほうへ、アーシェリヲンとメリルージュは躊躇わずに弓を射る。建物の陰からにいた、何かに、着弾したと思われた。なぜなら、小さくうめく声が聞こえたからだ。
奇妙としか言いようがない。そこに何もいないはずなのに、矢だけが見える。その場所に、血に濡れた何かが見えたのだ。アーシェリヲンはその血をじっと見て、照準を合わせる。
「『あの赤いやつ』」
アーシェリヲンは手を伸ばして魔力を手のひらに流した。すると手のひらに何かが握られた。
その何かを失ったはずの匂いが、遠ざかっていくのがガルドランにわかっただろう。
「すみません師匠。逃げられたようです」
「そう。見えないんじゃ仕方がないわ……」
アーシェリヲンは手のひらを開けて少し驚く。
「あ、あの、メリルージュ師匠」
「どうしたの、アーシェ君?」
「これ、見てください」
アーシェリヲンの手のひらにあったのは、誰かの指、第一関節より先あたり。爪があるから指だと判断できたのだろう。
「……アーシェ君、あなた」
メリルージュの背筋に、凍るほどの寒気が感じられた。
「アーシェ君あなた、それがもしかして、本当の空間魔法、なのね?」
「はい、そうです」
「……なんてことなの」
驚愕の表情を現すメリルージュ。
「これ、あたしが預かってもいいかしら?」
「はい。お任せします」
メリルージュは指先らしきものを、魔法袋へ格納する。
「いいこと? あたし以外に話しちゃ駄目よ?」
「はい。約束します」
メリルージュは思い出す。前にアーシェリヲンが、自分の魔法を話そうとしていたときのこと。あのときは、口にしてはいけないと諫めた。あれは正解だと改めて思っただろう。
ここにいる誰より長く生きているメリルージュ。彼女は空間魔法を何度も見ている。だからある程度は把握していた。もちろん、魔力消費が多くて続けて行使できないということも理解している。
空間魔法を使う職人が、寸分違わず石材を組み上げて、立派な建物を建てているのもまた熟練者の技だということも知っていた。『引き寄せたり』、『置いたり』する速度は遅く、手で持って移動させるのとそれほど変わらない。その実演を目の前で見せてもらったこともあったから、空間魔法がどういうものかも知っていたはずだった。
アーシェリヲンが『馬鹿魔力』と言われるほどに魔力総量が多くて、もしかしたら非常識ともいえる利用ができるかもしれない。何度も空間魔法を作用させて、熟練の域に達しており、それを薬草の採取に使っていたのだろう。それまでは予想していた。
だが、今さっきアーシェリヲンが行使した空間魔法は、熟練という範囲を超越していた。あの距離を『取り寄せて』しまったことも、その速さも驚異的だったのだが、それ以上に驚愕したことがあったのだ。
それは、『生き物を引き寄せた』こと。それも、一部だけを削り取るなどという、危険な魔法としてメリルージュは認識してしまった。彼女は、今は秘匿しなければいけない、それだけ思ったはずだ。
なぜならアーシェリヲンは、自らの意思で人を破壊することができてしまうから。いや、既にやってしまったのだろう。彼がリルメイヤーという狐人の少女と一緒にここを逃げ出したあの日。盗賊二人を一部、壊したはずだからだ。
「とにかくね、アーシェ君」
「はい?」
「お手柄よ」
「そうなんですか?」
「探査魔法を持ってる人が探索者協会にいるの。あれがあればね、逃げた男を追うことができるわ」
「探査の加護。確かに本で読んだことがあります。そんな珍しいものが実際にあるんですね」
「そうなの。だから、この事件も時間が解決してくれると思うのよね。……さてとアーシェ君」
「はい?」
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「はい、師匠」
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