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第ゼロ章『人外×金龍の迷宮オロ・アウルム』
第9話:君と僕の契り
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…………。
……。
しばらく口を噤んでいた僕だが、おもむろにドラゴンの頭部の金鱗をコンコンと叩く。いくら友情が培われようとも、部屋に入るときのノックって大事よ。
「ねぇシェルちゃん」
「ん? 何じゃ何じゃ。まだ旅は始まったばかりじゃぞ。あ、わかったのじゃ。其方、花を摘みたくなったのであろ? まったくこれだから排泄を必要とする下級の魔物は――」
名前を呼んだだけだというのに、よくもまぁぺらぺらと喋るものだ。
「あのさ、僕に名前つけてよ」
「我ほどの高位の存在となると排泄など必要な――――はぇ?」
地底湖を出て湿った洞窟内を歩く……いや、どこか楽しそうにスキップする駄龍の頭に腰を下ろし、僕は目の前に広がる見慣れた洞窟の光景を前にそう零していた。
そして予想通り、素っ頓狂な声が返る。
同時に踏み出していた足が止まった。
出し抜けに静止したため強力な慣性が働き前のめりになり、短い手足を振ってどうにかバランスを取ろうとするも、「ひょえぇ」と我ながら情けない声を挙げてシェルちゃんの頭上を転げ落ちる。この鎧の身体にバランス能力を求められても困るのだ。
しかし地面に叩きつけられることはなく、どうにか鼻先にしがみつくことに成功。するとちょうど目の前でドラゴン特有の細い瞳孔を持つ金色の瞳が、ぶら下がる小さな白い全身鎧の魔物を映していた。
気を取り直したシェルちゃんが慌てて爪先で僕を持ち上げてくれ、無傷で元のポジションに戻ってくる。ふぅ、ヒヤヒヤしたよ。
いつもなら悪口の一つや二つ飛ばすのだが、今はこちらがお願いする場面であるし、すっかりお気に入りになった白鎧に傷も付かなかったのでよしとしよう。
ごほん、と一つ咳をしてから会話を再開する。
「いやさ……こうしてシェルちゃんのおかげで『放浪の矮鎧』から『流浪の白鎧』に進化できたわけじゃん? スキルも増えたし満足なんだけど、やっぱりさ――ステータスの初っ端、名前の欄が空白だと味気ないんだよね」
僕がいきなりこんなことを言い出したのにはもちろん理由がある。
ずばり、ステータスの始めに来る個体名の欄が空白なのが気に入らない。
誰にステータスを見せるわけでもないが、元冒険者としての性なのか空白が目に付く。
例えばスキルであれば、空白とは何もスキルを持っていないということを示すので、何か一つでもと獲得のために躍起になるだろう。それと同じような感じ。
空白だと心許ないというか、落ち着かないのだ。
「ほ、ほう……我には其方のステータスは見えぬが、そ、そうか……いやしかし、其方が我に頼むとは意外じゃ。その……我でいいのかえ?」
「いいも何も、僕はシェルちゃんにつけて欲しいんだよ」
「――っ、よ、よいのじゃ! 我が其方の名前をつけるのじゃぁあ……!」
僕のキリッとした断言に、シェルちゃんはむふーと言わんばかりの興奮度だ。
何がそこまで嬉しいのかわからないが酷く鼻息が荒く、巨大な翼もばたつかせるものだから突風が吹き荒れている。天井の魔結晶が雨のように降り注ぎ、何発か的中して痛かった。
「あいたたたたぁっ! な、なんて凶悪な洞窟だ……しかも何でそんなに嬉しそうなんだよシェルちゃん。気持ち悪いな、やっぱりやめとこっかな」
「それは酷すぎるであろっ!?」
大袈裟なまでにショックを受けるシェルちゃん。金の瞳がうるうるしている。
妙案。シェルちゃんを泣かせればいい素材が手に入るな。
ドラゴンの素材はいつの時代も用途が多く、滅多に出回らない貴重品だ。
魔物全般にいえるが、涙だと主に回復薬方面で。
まぁ今すぐにつけて欲しいわけじゃないし、そもそもこの駄龍のセンスを信じてもいいものかと今更ながら不安に思った次第だ。今は我慢、我慢の時なのだ。
「っていうかさ、名前って自分じゃつけられないの?」
「むぅ、つけたかったのに……そうじゃな、魔物において名前というものは極めて大きな意味を持つ。大抵の魔物は進化を重ねるうちに自然と名が定着するのじゃ」
「それが強力な力を持つ魔物――名前付きの魔物だよね」
「うむ。もちろん例外はあっての、より上位存在の知恵を持つ魔物――魔王に配下として名付けられる場合と、人間の冒険者――いわゆる魔物使いの眷属となった際に名をもらい受ける場合。大抵はそれらのうちどれかであろ」
自然と定着するというのは、例えば馬鹿でかい斧をぶん回すオーガ上位種の場合、名前が【大戦斧の大鬼】と言う風にその魔物の特徴を押さえた個体名になる。僕が覚えてる限りでは【双頭の金獅子】や【血色の醜豚】なんてのもいたっけ。
「へぇ……面白い。魔物使いかぁ……」
「……やはり元人間ゆえ、冒険者に興味があるのかえ? 魔王も格好いいと思うのじゃが……その、我が名付けてやっても……や、名付けさせてもらってもいいのじゃよ……?」
未練がましく、こちらの顔色を伺うように問いかけてくるシェルちゃん。
どこかなよなよしいその姿からは威厳もくそもない。
君は本当に伝説の始祖龍なのかい?
それにしても、魔物使いか。
この世界の人族という種は一人につき一匹の『召喚獣』を召喚できる。召喚獣とは無垢な善性を持つ魔物のことであり、冒険者にとっては大事なパートナーとなる。もちろん、それなりに問題はあるのだが……。
その中でも魔物使いという職業につくものは、一人につき一匹という制限が課されておらず、何匹もの悪性たる魔物を使役する事が出来ることからそう呼ばれるようになったとかなんとか。
つまりだ。
僕がこの先、仮に人間に仕えることになるのであれば、召喚獣を持ってない冒険者か制限のない魔物使いかなのだけど――後者の確率がうんと高くなるということである。
「うーん。そこまで未練があるわけじゃないけどさ、これから目的も特にあるわけじゃないし。とりあえず少女といちゃこらしたいからさ。巨乳で可愛い魔物使いを探すのもありかなって。谷間に挟んでもらうんだ」
「我、其方のその欲望に忠実なところ、素直に凄いと思うのじゃ」
一転、呆れたように半眼になるシェルちゃん。
言いたいことはわかるけど、僕は自分に素直でいたいのさ。猫かぶりなんてやってらんない。空気なんていちいち呼んでられない。ぱーっとやってどーんって行こうぜ! それが一番気楽な生き方さ。
「まぁなるようになるさ。正直シェルちゃんに名付けてもらうのは不安しかないから却下かな!」
「最初に言ってたことと全然違うのじゃぁあ……む、むむむ、そうだ。其方、それなら我と共通の名を持たぬかえ? それならいいであろ?」
「えー、共通の名? 何それ、すっごい胡散臭いぞ。詐欺はダメっておじいちゃん言ってた」
はやりにはやったおれおれ詐欺だっけ?
僕のおじいちゃんは魔導電話に応じる時「はいもしもし」じゃないからね。「儂に息子などおらんわッ!!」だからね。よく電話をかけると開口一番にそう叫ばれたものだ。あなたの息子の息子が僕ですよってね。
……名前や顔は相変わらず想起されないが、そんな身内がいた気がするんだよ。
「胡散臭くなんかないのじゃ! 個体を特定する個体名の他に、第二の名、いわゆる『ファミリーネーム』――『家族』の印、とでも言うべきかの。いろいろと必要な儀式に誓約などもあるのじゃが、共通の名を持てばメリットも大きいのじゃ」
「――家族、か。……人間で言うセカンドネームみたいなものだね。因みにシェルちゃんのファミリーネームは? 君のセンスを聞いておきたいところ」
「そ、それは名付けるときのお楽しみというヤツじゃ! 個体名とは違って、共通の名の根源となった魔物が上位種であればあるほど、その恩恵にもあやかれるのじゃぞ……すごいであろ?」
変わらず胡散臭そうな目を向ける僕に、「なっ? なっ? すごいであろ?」と繰り返し訴えてくる。
そんなに必死にならなくても僕は受け入れるつもりだんだけどな。本当は個体名も折りを見て頼もうかと思ってたんだけど……まぁいっか、と一笑に付す。
「……ま、いいよ。どっかで名前ゲットした時にでもシェルちゃんに頼もうかな。どうせ今の状態じゃ僕の身体が耐えきれないとかで無理なんでしょ? 知ってる。僕弱いもんね」
「そ、その通りなのじゃが……確かに聞いたぞ! 約束なのだからの! 言質は取ったからの! いいか、絶対の絶対に我と共通の名を持つのじゃぞ? 勝手に他の魔物に名をもらい受けるでないぞ? 我は確かにこの耳で――」
「あーわかったわかった! わかったから……シェルちゃんと家族になれる日を楽しみにしてるよ」
僕は自分に正直なのだ。
少し喧しくダメッ子ぶりを発揮する残念な部分はあるが、彼女と家族になれるのならその選択に是非もない。産まれながらに独り身の僕は友達が欲しい。家族が欲しい。人は一人じゃ生きていけないんだから。
「っ……!! ふ、ふふん、楽しみにしておるがいいのじゃ」
「え、今なんて?」
「楽しみに待ってて欲しいのじゃぁあぁあ……ッ!!」
涙目になるシェルちゃんに、僕は高笑い。
ああ、悪くないな。悪くない。
ほんと、楽しみにしてるよ――シェルちゃん。
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