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第一章『人外×幻想の魔物使い』
第6話:かくして鎧は滝から落ちる
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「待って待って僕ちんを置いていかないでルイ様ぁぁあああっ!?」
僕の必死に咎める声にルイは振り返りさえしない。
そりゃそうだよな。
僕はルイに良い印象を持たれるようなことは何一つしていないのだから。
偽姫の双果実を発見したときだってルイにあげなかったし、水晶林檎に関しては僕が集めてってお願いしてたからルイは律儀に持ってきたのに、それを取り上げる始末。あと全体的に揉みすぎた! 揉みすぎたんだよぉ!!
僕はひぃひぃ言いながらルイの背中を追いかける。鎧の身体だから走りにくいのなんて言い訳言っている場合ではない。出所不明の息がゼェゼェとあがり、金属が擦れる擦過音だけで僕の心臓がオーバーヒートしそうだ。
『走れ走れ、もっと速く走るのじゃ其方ぃっ!! 追いつかれて潰されてただの金属板になるのじゃぁああ!!』
「わかってるからぁあぁあっ! わかってる、わかってるけどっ、げほげほぉっ、もぉ、きつい……ッ!! ねぇシェルちゃん、聞いて……僕が死んだら、女冒険者用の胸当てに加工してくれ……一生のお願いだぁ、頼むよぉ……ッ」
『何を意味わからんことを言っておるか! ほれ、見えたぞ川じゃ! 目論見通り凍ってるようじゃし、サイクロプスが踏めば氷は割れる。水位は深い。よっぽどの馬鹿な個体でない限りは諦めるじゃろうて!!』
意味不明な弱音を吐く僕に、シェルちゃんが叱責を飛ばす。
そして言われるがまま前を見ると、白く凍り付いた川が見えた。まさしく光明だ。
なるほど、冬とはいえ川が凍るのは表面のみであって、氷の下には大量の水が流れている。サイクロプス程の巨大な魔物が踏めば氷が割れて溺れてしまうだろう。あいつ泳げなそうだし。
「はぁっ、はぁっ……なるほど川の上まで逃げれば安全って訳ね! そうだよね、川の氷が薄いって気づいてくれるよね、よっぽどの馬鹿な、ヤツじゃなければ……よっぽどの……馬鹿な、やつじゃ……――」
ふと、胸を過る不安。過るというか、どんどん堆積していく。
なんともいえない感情に口を引き結び、腕を振りながら後ろを振り返る。
すると、すぐそこには――、
「――グボラァボボヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォッッ!!」
顔が真っ赤になるほど頭に血を滾らせて血走る白目を剥き、涎をまき散らしながら発狂したように追い縋るサイクロプスがいた。格好は葉っぱで股間部を隠しているだけの、どこぞの変態民族のようだ。
僕はその魔物の姿を目に焼き付け、再び前を向く。
「ダメだぁぁあいつ馬鹿だよぉっ! 見たらわかるっ! 狂った馬鹿みたいな顔してるよぅ! 狂った阿呆みたいな格好してるよぅ!? 絶対あいつ状況見えてないからぁぁあああっ!!」
『ま、まさか。サイクロプスはあれで、知能が高い……魔物じゃぞ……』
僕の叫びに恐々としたシェルちゃんの言葉。
語尾が弱々しいのは、徐々に自分の立てた予想とは違う展開になりそうで不安になって来てるのだろう。
そこで僕は森を抜け、川へと到達。
身体に巻き付いた蔓やら葉っぱを振り落とし、滑りそうになるのをどうにか堪えて直角に方向転換。川を下る方向へと、のろのろ歩くしか能のない放浪の鎧系統とは思えない程の猛烈なスピードで疾駆する。
そしてサイクロプスは川の一歩手前で――
「ゲベラァボボヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォウッッ!!」
――止まらないぃィッッ!!
やっぱりと言うべきか、サイクロプスは戸惑いと躊躇の欠片もなく凍った川へと脚を踏み入れてきた。ビキビキッと背筋が凍るような、不吉な音がするにも関わらず、サイクロプス三つの眼は僕しか捉えていない。
「ほら見ろよ馬鹿だよあいつっ! やっぱり極上の馬鹿だったよあいつぅ!? 魔物なんかに最低限の知能を期待した僕が馬鹿だったよこんちくしょうっ!?」
『まさかの……本能でわかると思うんじゃが……種族等級Cにこんな馬鹿な個体がいるとは思わなかったのじゃ……』
シェルちゃんが驚きと言うよりは、呆れた吐息を零す。
今となっては『馬鹿なサイクロプス』と結論づけるしかないが、わからない点が一つ。
なんで僕を狙うの? 目標すり替わってない?
どうして君がルイを追いかけてたのか知らないけど、こっちとしては完全にとばっちりなんだよこんちくしょう!
ビシビシッとサイクロプスの後を追うように氷に亀裂が走る。
それでもなお状況に気づかないサイクロプス。死んでくれ。頼むから今すぐ死んでくれ。やばいよぉ。
そもそも原因は何? 事の発端は何?
何がそこまで君を駆り立てている? 何をそんなに怒っているのか?
『む……あの角、もしやルイが……』
走ることに必死で考えが及ばない僕の代わりに、シェルちゃんが気づく。
もう一度振り返ってみれば、もう腕を伸ばせば届きそうな距離しかなくて嗚咽が漏れた。それでもどうにか眼を凝らすと――確かに立派であっただろう角がひしゃげている。酷く間抜けだ。
そこでピンときた。
わかったぞその角かっ、その角かぁっ! うちのルイがもしやあなた様のご立派な『強靱な角』をひん曲がった『歪な角』にしてしまったのですかぁ!?
『サイクロプスという種にとって、生涯に渡りたった一本しか生えてこない角は、個の強さを証明するための大事な一種のステータス――』
「そりゃ怒るよねそうだよね誰だって怒るわ! うちの子が狼藉を働きまして誠に申し訳ございません――っ!!」
『――という訳ではないんじゃがな。多分ルイがぶつかって痛かった程度であろ』
「死ねよっ、今すぐ死ねよぉ!? そんなでかいなりしてどんだけ狭量なんだよ! もっと寛大に生きろよあそこはでかいんだからぁ、ちらちら見えるんだよぉ汚いんだよぉ……ふぇえぇえええ」
あまりの理不尽さに涙が出てきた。ルイの泣き虫が移ってしまったようだ。
そして小さき存在である僕の背中へ、指先でプチッと潰せてしまいそうな程巨大な腕が伸びる。氷に生じる亀裂はサイクロプスを追い越し、僕の横にまで達した。
グゥアバッと開かれる緑色の手。
僕の周囲に影が落ちる。
もうダメだ。掴まる。掴まってしまう。そうしたら引きちぎられて食べられるんだ、鎧なんか食べてもおいしくないだろ――なんて最悪な未来を幻視した直後、
「ヴォッホォゥっ!?」
サイクロプスの素っ頓狂な声が木霊した。
伸ばされていた巨腕は僕のすぐ背後に叩きつけられ、僕はその物量によって生じた突風で吹き飛ばされて氷の上を転がった後に、くるくると滑る。目が回ってふらつきながらも、どうにか立ち上がって見た先では、
「ガブラァボボヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォウッッ!?」
足元の氷が砕け、下半身が埋まってしまったサイクロプスがこちらへと手を伸ばしていた。
顎が外れるんじゃなかろうかと言うほど口をおっ開き、悪寒が走る二股に分かたれた舌をびちゃびちゃと暴れさせて涎をまき散らす。きもい。まじできもい。
吐きそうなほどきもいが、サイクロプスはその状態のまま抜け出せそうになかった。それどころか暴れる程に穴が広がって沈んでいく。
ひとまずは大丈夫そうだ。想定通りとは言わないまでも、上手くいってほっとした。安堵の息を吐いてッしゃがみこむように頽れる。
「ぜハァ、ぜハァっ……ひぇえええ助かった……げぇほっ、た、助かったよぉお」
安心して腰が抜け、しばらくは立てそうにないやなんて思った直後――ビキビキビキビキィイッ、と。
一際大きな、連鎖的に氷が裂ける音が響く。
そして。
「――はぇ?」
サイクロプスの埋まる穴を中心に、そこら一帯の氷塊が砕け散った。
無論僕の足元も一気に爆発を起こしたように崩れ、一時的に宙に投げ出された反動で開かれた面甲の隙間からは調子外れな声が漏れた。
「ちょ、まって」
その『待って』は、砕け散った氷に対してか、それとも先に行ってしまったルイに対してか、はたまた腕だけ出して水の中へ消えようとしているサイクロプスに対してか。
そんなのしったこっちゃないけれど、事態は待ってはくれない。
サイクロプスが一足先にザバァーンッと水の中に消え、指先すらも見えなくなる。そのあまりにでかすぎる物量は巨大な『波』を発生させ、砕けた氷ごと僕をさらっていった。
「まってまってまっひゃぁぁああああああ――ッッ!?」
波は僕を直撃し、氷と共に運んでいく。さらにはそれより先の氷床もぶち割りながら絡め取っていき、土石流のような破壊力で進む、進む、進む。
「…………!? (ぷるぷるぷるるん!?)」
「がぼべべべぶばらららららららっっ」
僕はと言えば、魔力を流すと自動で衣服を洗ってくれる魔導具、魔導洗濯機の中に放り込まれたような有様で何が何だかわからない。水と氷とでぐちゃぐちゃの視界の端に一瞬、黄金色が見えた気がするが自業自得なのではなんて思ったりしないよぉ。
そのまま波の勢いは衰えることをせず、川の凍った表面を砕きつながら進む。
そしてついに川が途切れ、曇り空が広がる場所――『滝』に到着して――――、
「ぁぁあぁあああぁぁああああああぁあああ――っっ!?」
土石流のような勢いのまま飛び出し、僕は空を舞ったのだった。
冷たい水と、大小様々な氷の欠片と、やっぱり巻き込まれてたルイと一緒に。
空を舞ってなお、自分からする悪臭にはうんざりだった。臭い。
不幸中の幸いだったのは、咄嗟の判断で『金剛化』を発動できたこと。流れで掴んだルイにまで『金剛化』が伝播したこと。落ちた先の氷が薄かったこと。滝壺が深かったこと。サイクロプス先輩が続けて落ちてこなかったこと、だろうか。
とにかくワールドスキル『六道』のデメリット『幸運値に甚大な下方補正』のせいか不幸続きだった僕にしては、幸いとして運が良かったのだろう。状況自体は最悪だが。あと臭い。ひたすらに臭い。
目立った損傷を受けることなく、けれど大量の魔力消費のせいで魔力枯渇に陥り、僕の意識は闇に包まれていった。
黒色に閉じていく視界に、なんだか無性に怖くなって。
僕は遠ざかる水面の光に手を伸ばす。
意識が途切れる最後の瞬間、その手に絡みつく黄金の塊を見た気がした。
やっぱりおっぱいみたいな柔らかさだな、なんてくだらない考えが浮かぶほどに。
僕は内心、ほっとして小さく溜息をついた。
こうして、僕は意識を完全に失ったのだった――
僕の必死に咎める声にルイは振り返りさえしない。
そりゃそうだよな。
僕はルイに良い印象を持たれるようなことは何一つしていないのだから。
偽姫の双果実を発見したときだってルイにあげなかったし、水晶林檎に関しては僕が集めてってお願いしてたからルイは律儀に持ってきたのに、それを取り上げる始末。あと全体的に揉みすぎた! 揉みすぎたんだよぉ!!
僕はひぃひぃ言いながらルイの背中を追いかける。鎧の身体だから走りにくいのなんて言い訳言っている場合ではない。出所不明の息がゼェゼェとあがり、金属が擦れる擦過音だけで僕の心臓がオーバーヒートしそうだ。
『走れ走れ、もっと速く走るのじゃ其方ぃっ!! 追いつかれて潰されてただの金属板になるのじゃぁああ!!』
「わかってるからぁあぁあっ! わかってる、わかってるけどっ、げほげほぉっ、もぉ、きつい……ッ!! ねぇシェルちゃん、聞いて……僕が死んだら、女冒険者用の胸当てに加工してくれ……一生のお願いだぁ、頼むよぉ……ッ」
『何を意味わからんことを言っておるか! ほれ、見えたぞ川じゃ! 目論見通り凍ってるようじゃし、サイクロプスが踏めば氷は割れる。水位は深い。よっぽどの馬鹿な個体でない限りは諦めるじゃろうて!!』
意味不明な弱音を吐く僕に、シェルちゃんが叱責を飛ばす。
そして言われるがまま前を見ると、白く凍り付いた川が見えた。まさしく光明だ。
なるほど、冬とはいえ川が凍るのは表面のみであって、氷の下には大量の水が流れている。サイクロプス程の巨大な魔物が踏めば氷が割れて溺れてしまうだろう。あいつ泳げなそうだし。
「はぁっ、はぁっ……なるほど川の上まで逃げれば安全って訳ね! そうだよね、川の氷が薄いって気づいてくれるよね、よっぽどの馬鹿な、ヤツじゃなければ……よっぽどの……馬鹿な、やつじゃ……――」
ふと、胸を過る不安。過るというか、どんどん堆積していく。
なんともいえない感情に口を引き結び、腕を振りながら後ろを振り返る。
すると、すぐそこには――、
「――グボラァボボヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォッッ!!」
顔が真っ赤になるほど頭に血を滾らせて血走る白目を剥き、涎をまき散らしながら発狂したように追い縋るサイクロプスがいた。格好は葉っぱで股間部を隠しているだけの、どこぞの変態民族のようだ。
僕はその魔物の姿を目に焼き付け、再び前を向く。
「ダメだぁぁあいつ馬鹿だよぉっ! 見たらわかるっ! 狂った馬鹿みたいな顔してるよぅ! 狂った阿呆みたいな格好してるよぅ!? 絶対あいつ状況見えてないからぁぁあああっ!!」
『ま、まさか。サイクロプスはあれで、知能が高い……魔物じゃぞ……』
僕の叫びに恐々としたシェルちゃんの言葉。
語尾が弱々しいのは、徐々に自分の立てた予想とは違う展開になりそうで不安になって来てるのだろう。
そこで僕は森を抜け、川へと到達。
身体に巻き付いた蔓やら葉っぱを振り落とし、滑りそうになるのをどうにか堪えて直角に方向転換。川を下る方向へと、のろのろ歩くしか能のない放浪の鎧系統とは思えない程の猛烈なスピードで疾駆する。
そしてサイクロプスは川の一歩手前で――
「ゲベラァボボヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォウッッ!!」
――止まらないぃィッッ!!
やっぱりと言うべきか、サイクロプスは戸惑いと躊躇の欠片もなく凍った川へと脚を踏み入れてきた。ビキビキッと背筋が凍るような、不吉な音がするにも関わらず、サイクロプス三つの眼は僕しか捉えていない。
「ほら見ろよ馬鹿だよあいつっ! やっぱり極上の馬鹿だったよあいつぅ!? 魔物なんかに最低限の知能を期待した僕が馬鹿だったよこんちくしょうっ!?」
『まさかの……本能でわかると思うんじゃが……種族等級Cにこんな馬鹿な個体がいるとは思わなかったのじゃ……』
シェルちゃんが驚きと言うよりは、呆れた吐息を零す。
今となっては『馬鹿なサイクロプス』と結論づけるしかないが、わからない点が一つ。
なんで僕を狙うの? 目標すり替わってない?
どうして君がルイを追いかけてたのか知らないけど、こっちとしては完全にとばっちりなんだよこんちくしょう!
ビシビシッとサイクロプスの後を追うように氷に亀裂が走る。
それでもなお状況に気づかないサイクロプス。死んでくれ。頼むから今すぐ死んでくれ。やばいよぉ。
そもそも原因は何? 事の発端は何?
何がそこまで君を駆り立てている? 何をそんなに怒っているのか?
『む……あの角、もしやルイが……』
走ることに必死で考えが及ばない僕の代わりに、シェルちゃんが気づく。
もう一度振り返ってみれば、もう腕を伸ばせば届きそうな距離しかなくて嗚咽が漏れた。それでもどうにか眼を凝らすと――確かに立派であっただろう角がひしゃげている。酷く間抜けだ。
そこでピンときた。
わかったぞその角かっ、その角かぁっ! うちのルイがもしやあなた様のご立派な『強靱な角』をひん曲がった『歪な角』にしてしまったのですかぁ!?
『サイクロプスという種にとって、生涯に渡りたった一本しか生えてこない角は、個の強さを証明するための大事な一種のステータス――』
「そりゃ怒るよねそうだよね誰だって怒るわ! うちの子が狼藉を働きまして誠に申し訳ございません――っ!!」
『――という訳ではないんじゃがな。多分ルイがぶつかって痛かった程度であろ』
「死ねよっ、今すぐ死ねよぉ!? そんなでかいなりしてどんだけ狭量なんだよ! もっと寛大に生きろよあそこはでかいんだからぁ、ちらちら見えるんだよぉ汚いんだよぉ……ふぇえぇえええ」
あまりの理不尽さに涙が出てきた。ルイの泣き虫が移ってしまったようだ。
そして小さき存在である僕の背中へ、指先でプチッと潰せてしまいそうな程巨大な腕が伸びる。氷に生じる亀裂はサイクロプスを追い越し、僕の横にまで達した。
グゥアバッと開かれる緑色の手。
僕の周囲に影が落ちる。
もうダメだ。掴まる。掴まってしまう。そうしたら引きちぎられて食べられるんだ、鎧なんか食べてもおいしくないだろ――なんて最悪な未来を幻視した直後、
「ヴォッホォゥっ!?」
サイクロプスの素っ頓狂な声が木霊した。
伸ばされていた巨腕は僕のすぐ背後に叩きつけられ、僕はその物量によって生じた突風で吹き飛ばされて氷の上を転がった後に、くるくると滑る。目が回ってふらつきながらも、どうにか立ち上がって見た先では、
「ガブラァボボヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォウッッ!?」
足元の氷が砕け、下半身が埋まってしまったサイクロプスがこちらへと手を伸ばしていた。
顎が外れるんじゃなかろうかと言うほど口をおっ開き、悪寒が走る二股に分かたれた舌をびちゃびちゃと暴れさせて涎をまき散らす。きもい。まじできもい。
吐きそうなほどきもいが、サイクロプスはその状態のまま抜け出せそうになかった。それどころか暴れる程に穴が広がって沈んでいく。
ひとまずは大丈夫そうだ。想定通りとは言わないまでも、上手くいってほっとした。安堵の息を吐いてッしゃがみこむように頽れる。
「ぜハァ、ぜハァっ……ひぇえええ助かった……げぇほっ、た、助かったよぉお」
安心して腰が抜け、しばらくは立てそうにないやなんて思った直後――ビキビキビキビキィイッ、と。
一際大きな、連鎖的に氷が裂ける音が響く。
そして。
「――はぇ?」
サイクロプスの埋まる穴を中心に、そこら一帯の氷塊が砕け散った。
無論僕の足元も一気に爆発を起こしたように崩れ、一時的に宙に投げ出された反動で開かれた面甲の隙間からは調子外れな声が漏れた。
「ちょ、まって」
その『待って』は、砕け散った氷に対してか、それとも先に行ってしまったルイに対してか、はたまた腕だけ出して水の中へ消えようとしているサイクロプスに対してか。
そんなのしったこっちゃないけれど、事態は待ってはくれない。
サイクロプスが一足先にザバァーンッと水の中に消え、指先すらも見えなくなる。そのあまりにでかすぎる物量は巨大な『波』を発生させ、砕けた氷ごと僕をさらっていった。
「まってまってまっひゃぁぁああああああ――ッッ!?」
波は僕を直撃し、氷と共に運んでいく。さらにはそれより先の氷床もぶち割りながら絡め取っていき、土石流のような破壊力で進む、進む、進む。
「…………!? (ぷるぷるぷるるん!?)」
「がぼべべべぶばらららららららっっ」
僕はと言えば、魔力を流すと自動で衣服を洗ってくれる魔導具、魔導洗濯機の中に放り込まれたような有様で何が何だかわからない。水と氷とでぐちゃぐちゃの視界の端に一瞬、黄金色が見えた気がするが自業自得なのではなんて思ったりしないよぉ。
そのまま波の勢いは衰えることをせず、川の凍った表面を砕きつながら進む。
そしてついに川が途切れ、曇り空が広がる場所――『滝』に到着して――――、
「ぁぁあぁあああぁぁああああああぁあああ――っっ!?」
土石流のような勢いのまま飛び出し、僕は空を舞ったのだった。
冷たい水と、大小様々な氷の欠片と、やっぱり巻き込まれてたルイと一緒に。
空を舞ってなお、自分からする悪臭にはうんざりだった。臭い。
不幸中の幸いだったのは、咄嗟の判断で『金剛化』を発動できたこと。流れで掴んだルイにまで『金剛化』が伝播したこと。落ちた先の氷が薄かったこと。滝壺が深かったこと。サイクロプス先輩が続けて落ちてこなかったこと、だろうか。
とにかくワールドスキル『六道』のデメリット『幸運値に甚大な下方補正』のせいか不幸続きだった僕にしては、幸いとして運が良かったのだろう。状況自体は最悪だが。あと臭い。ひたすらに臭い。
目立った損傷を受けることなく、けれど大量の魔力消費のせいで魔力枯渇に陥り、僕の意識は闇に包まれていった。
黒色に閉じていく視界に、なんだか無性に怖くなって。
僕は遠ざかる水面の光に手を伸ばす。
意識が途切れる最後の瞬間、その手に絡みつく黄金の塊を見た気がした。
やっぱりおっぱいみたいな柔らかさだな、なんてくだらない考えが浮かぶほどに。
僕は内心、ほっとして小さく溜息をついた。
こうして、僕は意識を完全に失ったのだった――
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