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第一章『人外×幻想の魔物使い』
第21話:ぶれない男
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「つ、疲れた、今日は本当に疲れたわ……すっかり遅くなっちゃった。あ、ほら、遠慮せずに入って良いわよ。ここが私とフラムの部屋――」
疲れの色が濃いそんな歓迎の言葉とともに、エルウェが木造の扉を開いて僕を招き入れてくれる。
鼻腔(のような感覚器官)を擽るカビ臭い匂い。歩く度にギシギシと軋んで、近いうちに床が抜けて一階へと落ちそうな板張りの床。
夜風がガタガタと揺らすのは、ひび割れた硝子を布と粘着テープで補った窓。天井には蜘蛛の巣が幾つも張っていて、隙間風にぼよよんと揺れている。
導線が切れそうなのかチカチカと不規則に明滅する、小さな魔導ランプが一つ。
先に部屋へ入ったエルウェは、足が一本折れている木造のテーブルの腕に設置されていた蝋燭に火を灯した。ボウッと揺らめく仄かな橙色の明かりに照らされて、大量の埃がはらはらと側を過るのが窺えた。
「ようこそ、小さな騎士さん。契約は明日になるけど、もう今日からあなたは私の眷属――家族の一員よ」
「まァ、精々頑張れやァ。よろしく頼むぜェ」
こちらに向かって手を広げた、可愛い笑顔のエルウェ。続けて部屋へと入り、彼女の隣にちょこんと座ったフラム先輩も歓迎の言葉を投げてくれる。
うんうん。いいね、こういうの。家族っていいね。独りじゃないっていいね。
それだけで暖かい。じんわりと心に染みて、幸せな気分にしてくれるんだ。
うん、と一つ頷いた僕は意気揚々と一歩を踏み出して。
――そしてうわずった声を上げるのだ。
「お邪魔しま――いやボロくないっっ!?」
****** ******
「まさかこんなおんぼろ宿に住んでるなんてね……」
あんなに可愛い少女が、しかも種族等級Bのカーバンクルなんて強力な魔物を眷属にしているエルウェが暮らしている宿の一室をぐるりと見回して、僕はしみじみとそう零した。
貴族だと言われても否定できない化粧要らずの端正な顔をしているからこそ意外だ、それなりに値段の張る小綺麗な所に済んでると思ってたから。
因みに彼女は今、一階の浴場へと足を運んでいる為この場にはいないよ。
フラム先輩によると、この荒びた宿の中で唯一清潔感を保っているのがその浴場なのだとか。魔物禁制だけど、フラム先輩は幸を呼ぶ幻獣だから特別にって大家さんから許可が出て、いつもは一緒に入ってるんだって。
しかも女湯に。あっはは、羨ましすぎて殺したい。
「我慢しろォ、新入りィ……主は今、金を返すのに躍起になってるンだァ」
「か、金を返す……?」
うん、殺すのは我慢する。
でも黒ずんだ毛布が綺麗に畳まれているベットにちょこんと座っているフラム先輩の言葉に、僕は嫌な予感を覚えた。
だってさ何よ? 金を返すって、めっちゃ黒い匂いがするぞ? エルウェが何かやらかすとも思えないから、そうだな親とか親戚あたりがやらかしてしまったんだろうか? その精算だろうか?
「……あのぅ借金か何かしてるんですか? あはは~僕もう帰ろうかなぁてではお世話になりまし――ぐぇっ」
「まァ待て」
どちらにせよ金関係に窮している人間というのは、往々にしてトラブルの渦中にいるものだ。僕が即座に見捨てる選択をとり立ち上がろうとすると、フラム先輩の尻尾が胴体にしゅるしゅる巻き付いてきた。
――フラム先輩め、僕を逃がさない気だ。
一度知ってしまったからには一蓮托生、そういうことか。
僕の体重が軽いことを良いことに、ふわふわと持ち上げて揺らしてくる。あんまり暴れると酔うから抵抗はしないし、そもそも逃げる姿勢を見せたのだって冗談だ。一種のボケだ。ほんとだよ。
「借金じゃねェよ。ヨキのヤツに育てて貰った恩を返そうとしてるんだァ」
「へぇ、あの親しげだった厳ついおじさんか……全然似てないけどさ、親子なの?」
右へ左へ、上へ下へ、フラム先輩の気まぐれで僕は宙を漂う。
フラム先輩は僕に背中を向けているが、その背中からはやりきれない思いが伝わってきた。
「……主の親はずっと前に死んだァ。その代わりの義理の父。まァ生みの親ではないが、育ての親ってヤツだァ」
「へぇ……」
「そのことに恩を感じてる主は、今の冒険者稼業で稼いでる金の八割をヨキに送りつけてるゥ。もちろンヨキのヤツは断るンだがァ……主はそこの所、結構頑固な性格でなァ」
「あー、だからかぁ。ヨキさんって人によそよそしい態度をとってたのも、それが理由なんだね。合点承知の助」
「あァ……せめて主を傍らで支える存在、そうだなァ――兄弟でもいればよかったんだけどなァ」
はぁ、と嘆息するフラム先輩には哀愁が漂っている。彼女の成長を見守ってきた眷属として、血の繋がらない家族として、やりきれない思いが強いのだろうね。
「だから新入りィ、お前も主を支えてやってくれ。あれで傷つきやすいんだァ、あんまり虐めてやるなよォ」
ちらり、と子猫の顔を半分こちらに向けて、若干蔑んだ目を向けてくる。
うん、言わずともわかるよ。眷属になるためにエルウェへと出した条件の事を言ってるんだよね。大切にしろとか、夜寝るときはおっぱいに挟めだとか、食事はおパンツですだとか。
「俺がいついなくなるかもわからねェし……」
ぼそり、と溢れた黒い靄のかかった言葉。
僕は聞き逃しはしなかったけれど、そりゃあ冒険者の眷属なんてやってれば命の危険は多いしね、と納得する。むしろ僕が死ぬ方が早いんじゃないだろうか。
あ、でもでも防御力にだけは自信があるわけでして、悪運が強くともしぶとさにかまけて生き延びようじゃないか。上等上等。そんなことで怖がってちゃあ、冒険者なんて務まらないってもんよ。
ま、どうとでもなるさ。人生って言うのは為すがまま、成されるがまま。自分の意志で運命を変えよう何て大仰な事、そうそう出来るわけがないのだから。
今は、そうだな。
――エルウェには少しだけ、優しくしようかな……とは思った。
フラム先輩が僕を床へと降ろしてくれる。
逃げられる前にこの話を聞かせて、同情を誘うという作戦だろうか。まんまとやられたよ、僕はもうエルウェにちょっとだけしか意地悪できないじゃないか。
「あはは、そうだね。僕は魔物であっても悪鬼じゃないんだ。本意ではないにせよ、半ば無理矢理だったにせよ、そんな話聞いちゃったからには、ね。泉のように湧き出るこのあくなき情欲にも蓋を――」
言ってる最中、ガチャリ、と扉が開く。
「帰ったわよ。ふぁあ……良いお湯だった。ここの宿って環境最悪だけど、浴場だけは改装したとかで綺麗なのよねー……」
そこには湯気が揺蕩う風呂上がりの美少女――エルウェがいて。
雫が滴る薄緑の長い髪。眠いのか睫の降りた半眼の銀眼。服装は上下が繋がった厚手のリネン服。パツンパツンの胸の膨らみが服の白生地と少女の身体との間に隙間を作っていて、艶めかしく火照った太股がチラリズム。綺麗な足に齧り付きたい衝動に駆られれれれれ。
僕の紫紺の双眸が細められる。
籠手先の人差し指をいつの間にやら開いた面甲の隙間に咥え、軽く首を傾げて無垢な感じを演出。そして湧き上がる欲情を隠すことなく告げた。
「ねぇエルウェ。ご飯まだぁ?」
「お前はほんとにブレねェのなァッ!?」
べしんッと炎の灯る尻尾が鞭のようにしなり、僕の後頭部を打つ。
フラム先輩の爽快な突っ込みが炸裂した瞬間だった。
疲れの色が濃いそんな歓迎の言葉とともに、エルウェが木造の扉を開いて僕を招き入れてくれる。
鼻腔(のような感覚器官)を擽るカビ臭い匂い。歩く度にギシギシと軋んで、近いうちに床が抜けて一階へと落ちそうな板張りの床。
夜風がガタガタと揺らすのは、ひび割れた硝子を布と粘着テープで補った窓。天井には蜘蛛の巣が幾つも張っていて、隙間風にぼよよんと揺れている。
導線が切れそうなのかチカチカと不規則に明滅する、小さな魔導ランプが一つ。
先に部屋へ入ったエルウェは、足が一本折れている木造のテーブルの腕に設置されていた蝋燭に火を灯した。ボウッと揺らめく仄かな橙色の明かりに照らされて、大量の埃がはらはらと側を過るのが窺えた。
「ようこそ、小さな騎士さん。契約は明日になるけど、もう今日からあなたは私の眷属――家族の一員よ」
「まァ、精々頑張れやァ。よろしく頼むぜェ」
こちらに向かって手を広げた、可愛い笑顔のエルウェ。続けて部屋へと入り、彼女の隣にちょこんと座ったフラム先輩も歓迎の言葉を投げてくれる。
うんうん。いいね、こういうの。家族っていいね。独りじゃないっていいね。
それだけで暖かい。じんわりと心に染みて、幸せな気分にしてくれるんだ。
うん、と一つ頷いた僕は意気揚々と一歩を踏み出して。
――そしてうわずった声を上げるのだ。
「お邪魔しま――いやボロくないっっ!?」
****** ******
「まさかこんなおんぼろ宿に住んでるなんてね……」
あんなに可愛い少女が、しかも種族等級Bのカーバンクルなんて強力な魔物を眷属にしているエルウェが暮らしている宿の一室をぐるりと見回して、僕はしみじみとそう零した。
貴族だと言われても否定できない化粧要らずの端正な顔をしているからこそ意外だ、それなりに値段の張る小綺麗な所に済んでると思ってたから。
因みに彼女は今、一階の浴場へと足を運んでいる為この場にはいないよ。
フラム先輩によると、この荒びた宿の中で唯一清潔感を保っているのがその浴場なのだとか。魔物禁制だけど、フラム先輩は幸を呼ぶ幻獣だから特別にって大家さんから許可が出て、いつもは一緒に入ってるんだって。
しかも女湯に。あっはは、羨ましすぎて殺したい。
「我慢しろォ、新入りィ……主は今、金を返すのに躍起になってるンだァ」
「か、金を返す……?」
うん、殺すのは我慢する。
でも黒ずんだ毛布が綺麗に畳まれているベットにちょこんと座っているフラム先輩の言葉に、僕は嫌な予感を覚えた。
だってさ何よ? 金を返すって、めっちゃ黒い匂いがするぞ? エルウェが何かやらかすとも思えないから、そうだな親とか親戚あたりがやらかしてしまったんだろうか? その精算だろうか?
「……あのぅ借金か何かしてるんですか? あはは~僕もう帰ろうかなぁてではお世話になりまし――ぐぇっ」
「まァ待て」
どちらにせよ金関係に窮している人間というのは、往々にしてトラブルの渦中にいるものだ。僕が即座に見捨てる選択をとり立ち上がろうとすると、フラム先輩の尻尾が胴体にしゅるしゅる巻き付いてきた。
――フラム先輩め、僕を逃がさない気だ。
一度知ってしまったからには一蓮托生、そういうことか。
僕の体重が軽いことを良いことに、ふわふわと持ち上げて揺らしてくる。あんまり暴れると酔うから抵抗はしないし、そもそも逃げる姿勢を見せたのだって冗談だ。一種のボケだ。ほんとだよ。
「借金じゃねェよ。ヨキのヤツに育てて貰った恩を返そうとしてるんだァ」
「へぇ、あの親しげだった厳ついおじさんか……全然似てないけどさ、親子なの?」
右へ左へ、上へ下へ、フラム先輩の気まぐれで僕は宙を漂う。
フラム先輩は僕に背中を向けているが、その背中からはやりきれない思いが伝わってきた。
「……主の親はずっと前に死んだァ。その代わりの義理の父。まァ生みの親ではないが、育ての親ってヤツだァ」
「へぇ……」
「そのことに恩を感じてる主は、今の冒険者稼業で稼いでる金の八割をヨキに送りつけてるゥ。もちろンヨキのヤツは断るンだがァ……主はそこの所、結構頑固な性格でなァ」
「あー、だからかぁ。ヨキさんって人によそよそしい態度をとってたのも、それが理由なんだね。合点承知の助」
「あァ……せめて主を傍らで支える存在、そうだなァ――兄弟でもいればよかったんだけどなァ」
はぁ、と嘆息するフラム先輩には哀愁が漂っている。彼女の成長を見守ってきた眷属として、血の繋がらない家族として、やりきれない思いが強いのだろうね。
「だから新入りィ、お前も主を支えてやってくれ。あれで傷つきやすいんだァ、あんまり虐めてやるなよォ」
ちらり、と子猫の顔を半分こちらに向けて、若干蔑んだ目を向けてくる。
うん、言わずともわかるよ。眷属になるためにエルウェへと出した条件の事を言ってるんだよね。大切にしろとか、夜寝るときはおっぱいに挟めだとか、食事はおパンツですだとか。
「俺がいついなくなるかもわからねェし……」
ぼそり、と溢れた黒い靄のかかった言葉。
僕は聞き逃しはしなかったけれど、そりゃあ冒険者の眷属なんてやってれば命の危険は多いしね、と納得する。むしろ僕が死ぬ方が早いんじゃないだろうか。
あ、でもでも防御力にだけは自信があるわけでして、悪運が強くともしぶとさにかまけて生き延びようじゃないか。上等上等。そんなことで怖がってちゃあ、冒険者なんて務まらないってもんよ。
ま、どうとでもなるさ。人生って言うのは為すがまま、成されるがまま。自分の意志で運命を変えよう何て大仰な事、そうそう出来るわけがないのだから。
今は、そうだな。
――エルウェには少しだけ、優しくしようかな……とは思った。
フラム先輩が僕を床へと降ろしてくれる。
逃げられる前にこの話を聞かせて、同情を誘うという作戦だろうか。まんまとやられたよ、僕はもうエルウェにちょっとだけしか意地悪できないじゃないか。
「あはは、そうだね。僕は魔物であっても悪鬼じゃないんだ。本意ではないにせよ、半ば無理矢理だったにせよ、そんな話聞いちゃったからには、ね。泉のように湧き出るこのあくなき情欲にも蓋を――」
言ってる最中、ガチャリ、と扉が開く。
「帰ったわよ。ふぁあ……良いお湯だった。ここの宿って環境最悪だけど、浴場だけは改装したとかで綺麗なのよねー……」
そこには湯気が揺蕩う風呂上がりの美少女――エルウェがいて。
雫が滴る薄緑の長い髪。眠いのか睫の降りた半眼の銀眼。服装は上下が繋がった厚手のリネン服。パツンパツンの胸の膨らみが服の白生地と少女の身体との間に隙間を作っていて、艶めかしく火照った太股がチラリズム。綺麗な足に齧り付きたい衝動に駆られれれれれ。
僕の紫紺の双眸が細められる。
籠手先の人差し指をいつの間にやら開いた面甲の隙間に咥え、軽く首を傾げて無垢な感じを演出。そして湧き上がる欲情を隠すことなく告げた。
「ねぇエルウェ。ご飯まだぁ?」
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