『人外×少女』:人ならざる魔物に転生した僕は、可愛い少女とあれこれする運命にあると思う。

栗乃拓実

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第一章『人外×幻想の魔物使い』

第30話:フラム先輩は荒れ模様

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 《龍皇国ヒースヴァルム》の冬は、極寒と呼べるほど気温が過剰に低下する事はない。
 厚い曇天に覆われていようとも精々が粉雪程度であり、ここ最近は雪がめっきり降っていなかったためか森の地面は茶と白のまばらに染まっていた。

 ズズン、ズズン――と森を揺さぶるような不規則的な振動が、溶けかかっていた冠雪を木々から落とす。森に暮らす動物たちは揺れの源地とは正反対へ一目散に逃げ、多量の魔素マナを取り込み濃厚な悪性を肥えた屈強な肉体を持つ魔物へと変異した者達は、各々のペースで爆発音のするそちらへ向かう。

 魔物とは血の臭いに敏感だ。
 森の澄んだ空気に乗って流れてくる鉄の匂いは、弱者たる彼女にとっても本能を擽られるものだった。そして彼女にとって、一緒に漂ってくる肉が焦げるような匂いは『合図』でもある。

 夜に限り、それは違うのだけれど。

 ――どうやら今日もまた、彼がきたようだ。

 本当は会いたくない。だって嫌になって逃げ出したのは自分だから。
 けれど、離れてみて自分の粘性の身体に残ったのは、やっぱり迷宮で味わったものと同じ感慨で。それに、意地悪な彼のことが気になって気になって仕方がないから。

 だから彼女は進む。
 その柔い身体をボインボインと跳ねさせながら。


 ****** ******


 仮契約の儀式を終えてから、早くも二週間が経過しようとしていた。

 一日一日が非情に濃いからか、はたまた希有な回り合わせを心の底から享受していたからか、刺激的な時間が過ぎるのはあっという間だった。そして仮契約を終え、エルウェとの本契約を結ぶ日も迫ってきている。今よりもっと深く繋がれる(意味深)なんて、楽しみでしょうがない僕だった。
 
 一方で。
 人との関わり合いの記憶の一切を持ち合わせないまま転生し、さらには長きに渡る洞窟放浪の独り法師を舐めた僕にとって、一癖も二癖もある風変わりだった日々は半ば日常となり始めてもいた。

 視界に入る光景が、耳に入る音色が、鼻腔を擽る香りが、柔く暖かい感触が。
 その全てが僕の乏しかった価値観へと定着し、多種多様な鮮やかさを放っていた日々が混ぜ合わされ、自分色に染まっていく。

 遠足に出かけてステップを踏みたくなるようなウキウキ感が、自宅に腰を据えて紅茶を片手に、穏やかな時の流れを噛みしめたくなるような緩慢な移ろいの感じへと変わっていったわけである。

「おらおらおらおらおらァーッ!! くたばれやァぁああァッ!!」
 
 そして、今や聞き慣れてしまった極めて柄の悪い叫声がいつもの如く轟き、それを起爆剤にした爆発の衝撃が《荒魔の樹海クルデ・ヴァルト》を襲う。

 鬱蒼と茂る森の中、爆煙を引いて縦横無尽に暴れ回っているのは丸く磨かれた赤い結晶――ザクロ石を額に持つ、人の肩に乗る程度の大きさの猫型の魔物。

 カーバンクルのフラム先輩だ。

「フラム先輩……ストレスでも溜まってるのかなぁ」

 幸せを呼び込む幻獣であるはずなのに、魔物君たちとの出会い頭に『死』という無上の不幸をまき散らすフラム先輩の姿に、僕は痛切な面持ちで呟いた。

 もちろん兜が形状変化しているわけではないが、天辺から生える白妙の紐もしなって元気がないし、紫紺の瞳も可哀想な物を見るように軟らかい輪郭をしているし、佇まいからだって痛々しい感じが出ている。はずだ。はずです。

 つまりフィーリングで大体察して欲しいわけ。
 だって仕方ないじゃん鎧の魔物なんだから。今のところ人化する予定もございませんし。

 その辺、エルウェは偶に察してくれるから大好き。
 今も当たり前のように太股に張りついている僕と同じような顔つきでフラム先輩を見ていた。好き。唯一の違いは若干の憂慮が混じっている点だろうか。愛してる。

「……否定できないわね。私だってフラムのことを完璧に把握してる訳じゃないのよ。わかってあげたいとは常々思ってるけれど……」

 別に僕は心配してるわけじゃない。どちらかというと呆れが礼に来たとでも言うべきか、次々に葬られていく魔物達を見てうわー、って感じ。少し憐れ。

「エルウェが僕のこと好きすぎて嫉妬してるんじゃない?」

「その頭の紐引っこ抜くわよ?」

「ごめんなさい」

 そんなことを言うエルウェも可愛いなぁ。直球の言葉で否定しないって事は本当に僕のこと好きなんだね知ってる知ってました幸せですぅ。

 ぶるる、といけない意味で震える身体。
 いけないいけない。今僕がいるのは戦場、常に命の駆け引きがおこなわれている弱肉強食の世界だ。僕には僕に出来ることをしなくてはね!

「今日も頑張るなぁフラム先輩。いいぞぉ、そこっ、右右! そうっ、いけぇ! ナイスファイヤ!! よーし次は逆だ! いいぞいいぞもっとやれぇーっ!」

「フラムの調子は良さそうね……っていうかエロ騎士、どうしてあなたは戦わないのよ!? いつも私の太股に張りついてばかりじゃない!?」

 頑張る僕の上から、急にエルウェが吠えた。

「ええっ、なんだいなんだい。今まで全然言及してこないから、てっきり公認なのかと思ったてたよ」

「あなたがあまりにも自然にそこに掴まってるから忘れてたのよ!? えぇっ、今まで何してたの!?」

 なんて目を剥いたエルウェに言われている僕だが、否定はできない。

 だってここ二週間、魔物との戦闘に参加したためしは一度だってないのだから。ええ、はいそうですよ、僕はずっとエルウェの太股に掴まってましたよ。とても気持ちよかったですよ。それが何か。

「まぁまぁ、フラム先輩がああやって無双してくれるんだからいいじゃん。逆に僕が参加したら丸焦げにされそうな迫力があるし、ね? いいでしょお願いだよぉ」

「だめよ、そんな脛を囓るような真似して。それにスキルは使えば使うほど洗練されていくものなの。ちょっと珍しいスキルを持ってるからって調子に乗ってると、いつか痛い目見るんだからね」

 むむむ。一理ある。
 確かに僕は最近、努力という物を怠っていたようだ。

 でもさ。ハッキリ言って誘惑に勝てない。だって柔らかいし良い匂いがするし……ああああ、口が勝手に動いて言い訳を述べ始める始末でございます。

「のんのん。いい、エルウェ? 僕はエルウェの太股が堪能できる、エルウェは僕という最強の騎士に守ってもらえる。ほら、うぃんうぃん?」

「うぃんうぃん? じゃないわよッ!?」

 ぎぎぎ――と僕の兜を掴んで引き剥がそうとしてくるエルウェ。
 今まで堪っていた鬱憤を晴らすように「あなたも眷属なんだから戦いなさいよ」「働きなさい騎士ニート」だとか「だいたい『火属性無効』スキル持ってるでしょ」だとかうるさいが、僕は断じて離れたりなど――ぁ。

「ふぁあああぁあああ――ばべしッ!?」

 雪の白と焦げ茶に濃緑という大森林の色彩の中、僕の視界の端に極めて異色を放つ存在を見つけて――ぐわりと世界が揺れた。その後急速に情景が流れる。

 生じた一瞬の気の緩み、その隙をついてエルウェが僕の兜を奪取、怒りにまかせるまま遠方へ放り投げたのだ。
 
 奇しくも目に映った異彩を放つ存在――黄金の塊の方へ投げられ、着地の衝撃で雪と湿った土が飛散する。口内に侵入したそれを処理する暇もなくゴロゴロと転がっていき……ぴたり、と止まった先。

 目と鼻の先にいる『家族』に話しかけた。

「や、やぁやぁ、久しぶりだね――ルイ?」

「…………!? (ぷるぷるぷるっ!?)」

 まさかここまで急に接近されるとは思ってなかったのか、黄金のおっぱいことゴールデンスライムのルイは跳ね上がり――そのままボインボインッとその名に恥じぬ走りで逃げ去った。

 再会の喜びを噛みしめる暇もなく、というかつもりもなく。
 その判断にかけられた時間はコンマ零点何秒といった具合だ。

『……逃げたの』

「うん、逃げたね」

 脳内に直接響く、端的な事実を伝える声。
 シェルちゃんが呆れて物も言えないとばかりに零し、僕も軽い同意を示した。

「まぁ、うん。だよね、久しぶりの再開にしてはちょっと刺激が強すぎたかもだよね」

 そうだそうだ。首上の兜が飛んできた挙げ句、急に挨拶なんかされたら誰だって逃げ出したくなるよねそうだよね。

『其方でもショック受けることがあるのじゃなぁ……』

「ええ、別にショックなんか受けてないよぉ。うん。兜だけで挨拶に来た僕も悪かったしぃ、うんうん、そうだよねそうだよねぇ。僕としてはルイと同じようなまん丸体型になっていいかなって思ったんだけどねぇ」

『そうとうキてるのじゃぁあ……』

 ぼくがあーだこーだと言い訳を述べつつ、自然とおろおろ涙を流していると、少しだけ申し訳なさそうな顔をしたエルウェが胴体を抱えて拾いに来てくれた。

「……悪かったわよ」

 謎の原理で胴体とこんにちはすると、僕は何も言わずそのまま彼女の太股までよじ登り張りつく。エルウェは半眼で見守るに止めるようだけど、僕はより強く顔を押し当ててめそめそと涙を流し、ローブをすごい勢いで湿らせた。

「……ねぇ、エロ騎士。ちらっとしか見えなかったけど、今の金色の物体って……ってなんでそんなに泣いてるのよ!? ひぇええローブが濡れる、気持ち悪いっ! 泣き止んで、私が悪かったからもう泣き止んでよぉ!?」

 その後、ギルドに帰還するまでシェルちゃんとルイに慰められ続けた僕であった。別に悲しくなんかない。これは素敵な再開を喜ぶ涙なのだ。
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