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第一章『人外×幻想の魔物使い』
第33話:亜竜の巌窟
しおりを挟む冒険者組合テューミア支部は物々しい喧騒に包まれていた。
結局、エルウェの寝顔を見ながらスキルの確認を行っていたら、無性に抱きしめたくなって再びベットにダイブ。起きる必要なかったじゃないか、と豊満な胸に挟まれながらステータスの確認をしているうちに昇天。
お風呂に入って良い匂いになったフラム先輩も後から合流し、温もりが増したせいかエルウェもなかなか目覚めず、ギルドに着いた頃には午前九時を回っていた。
そしてギルドはというと、いつになく真剣な顔つきをした冒険者達が集まって何やら話し込んでいる。各々の武装を念入りに点検し、これから戦争でもするのかという殺伐とした雰囲気だ。
作戦会議、とでも言えば良いのか、ギルドマスターであるヨキさんの指示する大声が響く。最後の勇ましい号令の後、数人ずつのパーティーに別れた冒険者達が扉を壊す勢いで出て行った。
通例の挨拶を済ませようと忙しそうなヨキさんに近づくと、その顔には濃い隈が浮き出ているのが見て取れる。どうやら非情に多忙を極めているらしい。
「通り魔……?」
がやがやとした喧騒の中、エルウェが首を傾げてそう零す。
「ああ。今日もまた被害が出た。それもうちの冒険者の多くが世話になってる、北門近くの肉屋の店主が襲われたらしい。酒場の方に肉を卸してくれていたのもそこの店だ」
「それで最近、みんなの血の気が多かったのね」
「……そうかァ? ここの奴らはいつもウザいくらいうるせェだろォ」
なるほど、とエルウェが暢気に手を打つ。
フラム先輩は半眼で呆れた様子だ。
その後もヨキさんから端的な話を聞き、要点を纏めてみるとこうだ。
この騒ぎの原因は《皇都》に紛れる通り魔――夜な夜な人目に付かない場所で人が襲われているらしい。それも今日に限った話ではなく、ここ最近――だいたい二週間程前からだそうな。
「ギルドに来るまでの街路で皆がひそひそしてたのはそういうことか。でもヒースヴァルムって軍事力に優れた大国――それも《皇都》ともなれば、並の冒険者なんか目じゃないくらい強い騎士団がいるはずだよね? 通り魔なんてすぐに掴まるんじゃないの?」
そこで不思議なのは、二週間という日数が経過しているのに事件が解決していないこと。ならず者の冒険者ならまだしも、国の騎士団は無能じゃない。
「ああ、もしかしたら神薙――いや、ちと面倒くさい連中が絡んでるかもしれなくてな。騎士団の連中も必死こいて捜索してるが、未だ足がかりも掴めてないのが現状だ」
言ってる最中ちらりとエルウェの方を気にする素振りを見せたヨキさんが言うには、そうとう厄介な連中が絡んでいるらしい。
(……まさかとは思うけどさ。【風天】のあの子じゃないよね?)
『それこそまさかじゃの。あの小娘はこそこそと隠れてそんな真似はしないであろ。やるなら国ごとドカーンじゃ』
(いやそれはそれで大問題だけどね。あの子迷子だったみたいだけどちゃんと帰れたかな? 帰ってくれたかな? 僕すごい心配だよぉ)
『昔から極度の方向音痴じゃからなぁ……』
僕の脳裏にちらりと浮かんだ犯人像は、角の生えた褐色娘――【風天】のオラージュ・ヴァーユ。まぁシェルちゃんの言うとおり、言動からしても通り魔なんて真似をするような子には見えなかったしね。違うか。
「……新入りの眷属。一応聞くがお前じゃないよな? 騒動は二週間前から始まった……ちょうどお前がエルウェに連れられてヒースヴァルムに来てからなんだが」
何てことを言うじじいだ。犯人が見つからないあまり僕を疑い始めたぞ。
確かに僕は華のある英雄というよりは、人外――悪役側の存在だろうけどさ。
「ヨキさんの性癖を徹底的に調べ上げて『おじさん気持ち悪い! 大っ嫌い!』っていつかエルウェに言わせてやる……」
「まて、悪かった。疑って悪かったって……」
わかってくれたなら何よりだ。お互い穏便に済まそうじゃないか。
と、もはや定位置とし張りついていた柔い太股の持ち主――エルウェが兜の天辺から出てる白妙の紐の付け根を優しく撫でてくれた。
「この子に限ってそんなことないわよ……ないですよ。それに一日中私に張りついてるんですよ? お風呂の時もトイレの時も何食わぬ顔で付いてこようとするし……寝るときまで抱きしめてって……ま、まぁそういうことですから! いくらおじさ――ヨキさんでもそんな根も葉もないことを言ったら怒りますよ!?」
半分くらい冗談だったのだけど、エルウェは僕に疑いがかけられたことに怒りを表しているみたい。
うん、僕のために怒ってくれるなんて素直に嬉しい。だけどなんだろうか、素直に喜べないこの複雑な気持ちは。なんかいたたまれない感が拭えないんだよ。
『其方が変態行為ばかりしてるからであろ……それなのにどうしてこんなに厚い信頼を築けているのか、甚だ疑問じゃのぉ』
(そこはほら、僕の人柄ってヤツ?)
『その人柄だからこその疑問なんじゃぁあ……』
シェルちゃんとのやり取りの間、ムキーっとお冠だったエルウェ。
彼女をどうにか宥めようとヨキが必死に弁明している。年若い女の子に対して大柄で屈強な男が頭が上がらない状況というのは、見ていてけっこう面白い。
「わ。悪かったってエルウェ。すまねぇ、本当に疑ってたわけじゃねぇんだ。ただフラムやうちの召喚獣みたいに善性の塊じゃない……少なからず悪性を持ちあわせてる魔物だから、一応聞いてみただけだ。な? だから機嫌直してくれぇえ……」
もはやギルドマスターとしての威厳もクソもない。
父親という生物はいつになっても娘に適わないものなんだなぁ、と惨めに思った僕であった。
その後、どうにか機嫌を直したエルウェ。
ヨキさんは終始彼女の機嫌を伺うように振る舞っていて、いつの間にか様子を見に来ていたリオラさんに「仕事しますよ」と連行されるまで、「おいしいお菓子屋ができたんだ」とか「きのうサエのやつが」などと好感度を取り戻そうと必死だった。
そして冒険者組合を出発する。
天気は快晴、抜けるような青空は僕たちの門出を祝福しているようで。
うっすらと世界を見下ろす満月が儚げで綺麗だった。
****** ******
「やっと着いた。ここが――《亜竜の巌窟》かぁ」
雪の水気が抜け、乾いた地面に降り立った僕は感慨深い息を吐いた。
面甲の隙間から生じた白い息が、緩やかな寒風に連れられて消えていく。
その見た目は巨大な砦だ。
洞窟型の迷宮という事もあって、地面から隆起した焦げ茶の岩壁にごちゃごちゃとした出入り口が設けられている。人の通りはそれこそ《皇都》の冒険者が全員訪れてるんじゃないだろうかと言う程に多く、壁に沿うような階段が至る所に奔り、そのせいか地上だけでなく岩壁を埋め尽くすほどの屋台が煙を噴いていた。規模は街と言うには少しだけ小さいが、その一部だけを切り抜けば立体都市だ。
他にも歯車等の機械仕掛けの仕組みが目立つし、飛行船も一隻砦の上の方に浮かんでいた。壁に取り付けられた木造の道では多くの冒険者が畏怖の欠片もなく歩いている。
うわぁ、あんな高いところで飲み食いしてて怖くないんだろうか……僕だったらちびる自信があるね。
「なんていうか……でっかいね。それに人が多くて混沌としてる。ヨキさんの言ってた通り、ここはヒースヴァルムで一番人気かつスタンダードな迷宮なんだね」
「はぁ、はぁ……やっと、やっとついたわ……」
と、僕の背中側から少女の声が。
振り返ってみれば膝に手をつき息も絶え絶えの有様であるが、首筋を垂れる汗が妙に艶めかしい。ローブのスリットから覗く黒タイツからうっすらと湯気が立っていて、いますぐ担いで夜の街に消えたくなるぜ。
「あなた達は、ほんとにもう……っ!」
ちょっとだけ恨みがましい声色で睨めつけてくるけれど、そんなエルウェの声は今日も可愛らしいね。
彼女がここまで疲れた様相なのは、その移動距離にある。
なんとまぁ予約していた幌馬車が昨日のうちに野生の魔物に襲われて粗大ゴミになってしまったようで。これだから魔物は、と僕は呆れてしまったよ。
もう一度言うがこの迷宮はヒースヴァルムでも一、二位を争う人気ダンジョンなのだ。
流石に一日や二日前から予約していれば問題ないが、その日行き当たりばったりで乗せて貰うとしたら必然空いている席がない。
仕方がないから約一日かけて徒歩でやってき訳だが……
「どうして自分の足で歩くという簡単なことができないのかしら……! 魔物使いは乗り物じゃないのよ!? もう、もう……早く騎乗できる眷属が欲しいわ……っ!」
ぼそぼそと愚痴を垂れているエルウェの言動から察するに、太股に掴まる僕と今もまだ肩に乗っているフラム先輩もまた、少しだけ疲労を深める一因となっているようだ。
「ドラゴンが孵れば多分乗れると思うんだ」
「あァ、楽しみだなァ。オレとしても主が楽できるなら、それに越したことはなィ」
「そ、そうよね……早く孵らないかしら。でもここが迷宮……冒険者が一度は訪れてみたいランキング一位の《亜竜の巌窟》なのね!」
そうは言うけど、『召喚獣の原石』は秘める召喚獣が強力な存在であるほど必要とされる魔力や時間は多い。眉唾物だが、産まれるまでに篭められる『想い』にも感化されていくのだとか。
あと何のランキングだろうか。訪れたい迷宮って……確かに幻想的な景色を楽しめる迷宮や極上の珍味が採れる迷宮なんかも多いけどさ。相応に命の危険があるわけで、リゾート地に行くんじゃないんだし……いや旅行気分なのは否めないか。
少しだけ呆れてから、なんにせよ、と。
一歩送れて感動を噛みしめているエルウェのローブを捲った僕は、黒タイツに包まれた柔い太股にしがみついた。
「まぁドラゴンが生まれても、僕の定位置はエルウェの太股か膝の上だけどね」
「オレも肩から降りる気はねェなァ」
「少しは自分で歩きなさいよっ!?」
そんなやり取りをしながら、『ようこそラズマリータの街へ』という大きな文字が大書されている看板の下をくぐるのだった。
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