『人外×少女』:人ならざる魔物に転生した僕は、可愛い少女とあれこれする運命にあると思う。

栗乃拓実

文字の大きさ
56 / 57
第一章『人外×幻想の魔物使い』

第35話:雑な水洗い

しおりを挟む
 
 背中に軟らかいようで硬い衝撃。
 視界が荒波に飲まれるように白く染まり、大量の泡が僕を包んでこそばゆい。

 やがてクリアになった紫紺の揺らめきに映るのは、仄かな赤色に揺らめく天井。
 数を減らした宝石のような気泡が、伸ばした腕を超えて昇っていく。
 悠々と天井が遠ざかる。僕は……沈んでいるのだろうか。

『――其方そち……』

 肌を刺す冷水は鎧の身体から体温を容赦なく奪っていく。
 思考が徐々に緩慢に。いっそ溶けて消えてしまいそうな気さえする。

 ドクン、と脈打つ胸の魔石。
 太陽とドラゴンに重なった契約の紋様が、微かに暖かく感じられた。
 けれど、それは雪の上に落ちた涙のように、すぐに温もりは消失していき……

『其方……其方……!』

 沈んでいく。
 僕は光の届かぬ水底へと、どこまでも沈んでいく。

其方そちッ!!』

「がぼ、ごぼぼ? (え、何?)」

 脳内に木霊していた輩の声が一際大きく響き、消失の一途を辿っていた僕の意識は覚醒した。

 その瞬間、腹部が猛烈な勢いで上に引っ張られる。
 その正体はロープ、、、。ただのロープだ。

 けれど僕の腹に何重にも巻き付いたロープソレは猛烈な勢いで巻き取られ、僕は上体を仰け反らせて遠ざかっていた淡赤の天井に接近。

 そのまま魚が跳ねるような勢いで――いや、普通に顔を出した。
 ぷかぷかと冷たい水面に仰向けに浮かんでいる僕。ロープが引っ張られる方へと流れていき、次第に背中に芝生のチクチクを感じ始める。水が完全になくなり、地上に引っ張り出された先に見たものは、

「おかえりエロ騎士。少しはスッキリした?」

 茜色に染められた花が開花するような、美しい笑顔を見せる少女。
 膝を曲げしゃがみこんで僕の顔を覗いているため、さらさらと前に垂れる髪を華奢な指で耳にかける動作は、なんとも様になっていて見惚れてしまいそうだ。

 だから僕は口を開いた。

「ちがぁあああうッッ!! いや僕が汚れてるからって湖に投げ入れるのは違くないッ!? 絶対違うから! 色々間違えてるからぁ!!」

 ちょっと話し合う必要があるのは、僕がこの寒い季節に水中に潜っていた件について。否、あれは潜っていたんじゃない、潜らされていたんだ。否、あれは潜らされていたんじゃない、投げ入れたのだ。

「え? 何言ってるのよ。ちゃんとロープもつけて引き上げてあげたじゃない」

「そうだぞ新入りィ。そもそもお前が血を浴びるような戦い方をするのがいけないんだァ」

 本当に不思議そうな顔をするから僕も不思議でなりませんわぁ!
 でもわかるんですわぁ! それだけは違うってわかっちゃうんですわぁ!
 
「ちがぁあああう!! いやフラム先輩の言い分はごもっともでございますけど、エルウェに関しては全っ然ちがぁあああう!! あるでしょ? ねぇもっとあるでしょ? こう、『汚れちゃったから綺麗にしましょうね』って言って優しい手つきで手洗いしてくれるとかさ? なのに何よ? 『汚れちゃったから綺麗にしましょうね』って言って腹にロープくくりつけて湖に投げ入れるって何よっ!?」
 
 すごい早口で捲し立てた。だが実際そうなのだ。

 なんとこの二人、僕がドラゴブリンを始めとする魔物の血で汚れてしまったからと言って、黄昏の花園エールデン・ガーデンの隅にある湖へと僕を放り込んだのだ。眷属かぞくを物のように扱うなんて酷い仕打ちだ! いや、えっ? 酷すぎるぞ!?

「何よ、最初は洗おうとしたじゃない。でも私が触るとエロ騎士、変な声だすんだもの。キモチワルイからパパッと済ませようと思って……」

「そうだぞ新入りィ。変態性もそこまで極まったら主に嫌われるぞォ」

「ふぇえええすみませんでしたぁああ」

 うんうん、ここは素直に謝っておこう。
 そういえばそうでした。最初はエルウェが湖の浅いところで洗ってくれようとしたのでした。でもあのエルウェの柔い手でまさぐられると思わず……はい、僕が悪かったです誠にすみませんでした。

「まったく。ほら、拭いてあげるから……手上げなさい」

「はぃぃい……」

 そう言って腰のポーチから小さめの手ぬぐいを取り出すエルウェ。
 僕は成されるがまま。もはや小さな子供を世話するお母さん的な感じになっているエルウェ。え? プライド? 美少女と関わるうちに何処かへ落っことしちゃったよ。多分もう帰ってこない。

『格好悪いのぉ、其方そち……』

(うるさい。……そういえばシェルちゃんさ、さっき僕のこと呼んだ? 何の用だったの? もしかして心配してくれたりして? どんだけ僕のこと好きなの?)

『はぁ……いやの、少し水底に不穏な影が……まぁ其方に危害が及ばなかったみたいじゃから、もう気にすることもないであろ』

(あ、あぶなーっ! 危険な魔物がいたってこと? 僕ってば二人の無邪気なおふざけのせいで死ぬところだったの!? あ、あぶなーっ!)

 シェルちゃんが言うには、水底にそれなりに強力な魔物がいたらしい。
 まぁこの5階層自体が安全地帯セーフティーゾーンに間違えられるけど、実際のところ魔物はいる。

 今も横を見ればのそのそとのんびり歩いている姿が目に入る。

 内包する悪性がこの領域エリアの美しい花々のおかげで浄化されているとかなんとか、少し嘘っぽいが人間に対して敵愾心を持たない小さな蜥蜴。スライムより害のない《亜竜の巌窟》のみ生息している愛玩用と言っても過言ではない魔物だ。

 ましてやこんな辺鄙な湖に魔物が存在するなど誰も気づかないだろうね。関わらないことまったなし。襲ってくる様子はないので早く離れるべきだろう。

「これでよし、と。それじゃぁさっそく――お茶会をしましょうっ!」

「おォー!」

「お、おぉ~……」

 エルウェが実に楽しそうに鼻息を荒くしている。フラム先輩もノリノリだ。
 もうここが迷宮だって完全に忘れてるよね。お茶会なんて女の子らしいと言えばらしいけど……普段は大人っぽいエルウェも女の子なんだなぁ。

 ということでお茶会をするらしい。
 うんうん、そうだね。唐突に僕を綺麗にしようという案が浮上したのも、この夕焼け色の景色を楽しみながらお茶したら楽しそうねって提案したエルウェのせいなんだよね。
 
 それで湖に投げ入れられるんだから堪ったもんじゃない。
 やっぱり納得いかないなぁ……と内心ふて腐れる僕であった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...