天国は空の向こう

ニーナローズ

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第一章

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「この帝都特異魔術学園の一大イベント、ツイステッド・ゲーム。ボクらは単純に試合って呼んでいるこのイベントはトーナメント式による物理的な殴り合いだ」
 投影されている文字が切り替わる。
 今日発表されたトーナメント表になった。イツトリ達の名前の所はわかりやすいように色を変えてある。
「勝敗は相手を倒すこと。完膚なきまでに叩き潰しても良いけど殺しはなし。致死の怪我が確認されれば治癒魔術が発動する仕組みだね。どーんってわかりやすく目印が打ち上がる。これが確認されれば試合は終了。もし治癒魔術が発動しているにも関わらず攻撃を加えて殺しそうになったら試合は中止、追い詰めた側は失格だ。投降するのも有りだよ。後は審判による判断かな。これ以上やっても無駄だよねって思われた場合は試合が終了する。例え怪我を負っていなくても、治癒魔術が発動していなくても、ね」
「うん」
「特異魔術による殴り合いですから、当然相性が悪ければ敗北します。そうやって尖ったもの同士が集まり、より尖っていくんですよね」
 デフォルメされた魔術師っぽいイラストがポコポコと殴り合いをしている映像になった。ちゃんと四人いて、二人同士に分かれている。しかも魔術を撃ったり、武器を使ったりと無駄に多様性に富んでいた。
 片方のチームがもう片方を打ち負かす。いえーい、とコミカルに飛び跳ねて喜びを表現する魔術師(デフォルメ)達の上にキラキラとした宝箱が降ってきた。
「そう。それで優勝者にはこの学園の禁書閲覧権利その他諸々が与えられるという訳。権利だから優勝者が認めた数人にはその権利を行使することも出来る。出ない生徒がトーナメントに出る相手に群がるのはこのせいだね。お近づきになればもしかすれば美味しいとこを貰えるかもしれない。媚を売っておいて損はない。相手だって有権者とのコネクションを作ることにも繋がるから、悪い話じゃない」
「なるほど、より優勝者に近い相手を見定めるってのも大事なことだ、と」
「学園だけで生活が終わる訳ではありませんからね。将来性を含めてどのようにしてコネクションを築き上げるか。自分の実力に自信があるならトーナメントに出ること自体で自らの有用性を示す、という考え方もあります」
「負けてもいいのか?」
 イツトリはことりと首を傾げた。優勝者以外に価値はないと思ったが、そうではないらしい。
「勿論。学園ですよ?そんな勝者以外は無価値、なんて決めてしまったら学園の方針に合いません。異質さとは他と違うこと。勝者である、最強であることは異質さの一つでしかないんです」
「まぁ、そゆことだね。だから安心して挑むと良いよ!勝っても負けても、何かしらの糧にはなるからさ。それで話を続けるけど、試合は二人一組。パートナーが撃破されちゃうともう片方が無傷でも試合終了になる。まぁ弱い方を狙って優先的に撃破っていうのがセオリーな戦い方じゃないかな。二対一の構図に追い込んで強いのを撃破するのも良くあるパターンだよね」
「ほうほう。パートナーとの関係もちゃんと考えろよって話か。連携しないと分断されて終わる」
「大正解。ワンマン野郎で突っ切れるほど試合は甘くないってことですよーっと」
「そして此処からが本題です」
 委員長が言うとライヤーも頷いて、また映像を切り替えた。
 特異魔術、と文字が大きく出る。
「ボクらが扱う魔術、特異魔術は召喚術の分類だ」
 あらゆるものを召喚する魔術。それが特異魔術の正体だ。召喚術の上位互換ともいえる。
 召喚するものは無機物、有機物を問わない。ものによっては土地ごと召喚できる者もいるほどだ。当然、そんな能力を持っている者と敵対するのは脅威といえる。
「トーナメントでは特異魔術を使うことが必須条件。特異魔術を見せないで戦うことは許されない。そこで聞きたいんだけど、」
 教授は真剣な顔つきでイツトリに質問した。
「君が扱うのはどっちだい?」
「え?教授、それはどういう……?」
 異様な質問だった。特異魔術は一人一つだ。委員長も教授も一つしか所有していない。
 勿論、隣にいる少年も。例外はないはずだ。彼はことりと首を傾げる。飾りがちゃらりと涼やかな音を立てた。
「へぇ、あのじじい、そこまで教えてるんだ」
「知っておかないと困るって言われたからね」
「まぁいいや。質問の答えならノーチェスの方。もう片方使ったら死人が出るし」
「なら、安心かな」
「まっ、待って。待ってください!私にも説明を!どういうことなんですか!?」
「どういうことも何も。何にもないよ。ただ戦うだけだ。俺の場合、ノーチェスも一緒ってだけさ」
 答える気はない。
 アレは委員長が知っていてもどうしようもないものだからだ。
「それに、アレは面倒くさいから使うことは無いよ。ノーチェスがいれば万事解決さ」
 イツトリの言葉に同意するようにパタリとノーチェスの尻尾が床を叩いた。
「そういうことなら文句はないさ。トランジア君も気にしない、気にしない!彼、一度決めたら曲げないよ」
「知ってます!もぅ、本当に必要になったら教えてくださいね?」
「うん」
 理由があって言わないだけで意地悪でも何でもない。必要になったらきちんと説明するつもりだ。
 嘘偽りなく、しっかり頷くと委員長はそれ以上追求してこなかった。
「初戦の相手は……、おや、これまたスタンダードなタイプが来たねぇ。肩慣らしにはちょうどいいんじゃないかい?」
「えぇ。だからこそ私達の敵じゃないです。ねぇ、イツトリくん」
「そうだな。初戦は華々しく、相手を叩きのめすとしよう」
 三人の視線の先、魔術で投影された映像の中ではデフォルトされた二人の少女がいた。その傍らにはそれぞれが召喚したものが立っている。
 花弁を渦巻かせた妖精と、土で出来た巨人だった。

 イツトリと委員長が最初に挑む相手である。
 
 作戦会議という名前の雑談に移行した三人は綺麗になった研究室(イツトリがまとめておいた酒瓶の山はライヤーが責任を持って片付けた)で教授が投影したままの映像を囲むようにそれぞれ椅子に座っていた。
 ライヤーとイツトリ達が向き合う形で腰掛ける。少年の足元には獣が丸くなっていた。妖精と巨人を指差しながら、少年は言った。
「これ、やりすぎそうで心配になる。ちゃんと戦ってくれる相手かなぁ?」
「私としては【獣のジェミニ】みたいな化け物と初戦でぶち当たらなかったことにまず感謝ですけど」
 委員長の言葉に反応して黒と金の双子にイラストが変わる。武器を振り回す彼らをライヤーが指先で軽く突いた。
「人気だよねぇ、彼ら。魔術師としての才能のピカイチなんだけどさ、ボクはいまいち惹かれないなぁ。攻撃に特化しているからかな?」
「教授の趣味ってちょっと不思議だよな。でも、多人数の思う価値観に囚われないその考え方は好ましい」
「トランジア君の特異魔術も、ヘルムート君の特異魔術も通常のものとは違うからねぇ。土地持ちとも少し違うし」
「俺も委員長の魔術好きだぜ。アレ、偶像の具現化だろう」
「えへへ、ありがとう、イツトリくん。私もイツトリくんの魔術好きですよ」
「うん。こっちこそ、ありがとう」
 頬を赤く染めて照れる委員長。
 それを眺めて可愛いなぁ、可愛いなぁ!と叫ぶライヤーに同意して、イツトリは足元の獣を撫でた。
 さらりとした純白の毛並みが光を反射して鈍く光る。
「(さて、どうなるかな)」
 試合という狩にイツトリは緩く笑みを浮かべた。
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