天国は空の向こう

ニーナローズ

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第三章

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「聞いてませんよー!」
 委員長の渾身の叫びと共に轟音が炸裂していた。吹っ飛んできた彼女を難なく受け止めて、イツトリは地面に下ろしてやる。
「委員長、採取できた?」
「出会って早々、質問がそれですか!?最低ですよ、もうちょっと何かあるでしょう、何か!」
「怪我もしてなさそうだし、元気そうだし、何を聞けと?弱者扱いしたら怒るだろ、委員長」
「そういう事じゃないんですよ、このスカポンタン!」
「スカポンタンってきょうび聞かない罵倒だなおい」
 怒っているのはわかるが怒りの理由がいまいちわからないイツトリにぎぃー!!と歯軋りせんばかりの勢いで怒る委員長。結局イツトリをポコポコ殴るだけで終わってしまう。
「遊んでないでさ、何があったんだよ委員長」
「はっ!そうでした!大変なんですよ、イツトリくん!此処に!やばい人達がいます!」
 やばいって何が、と具体的なことを聞く前に委員長が飛んできた方向からどデカい火の玉が飛んできた。
 瞬時に巨獣に姿を変えたノーチェスが二人を庇う。イツトリが付与した魔術と獣の分厚い皮膚に弾かれて誰も怪我をすることはなかった。
「いきなり何しやがんだ」
 と、ブチギレのイツトリくんが前に出る。指先で宙に円を描く。
「【暴発+水属性+氷結+蒸気】」
 ヴォヴォヴォン、と特殊な音を重ねながら小さな水の球が無数に浮かび上がる。それぞれ複雑な軌道を描いて、直線、曲線、上下、左右と全方向に弾丸のように飛んでいった。
 次いで庭園の奥に直撃したのか轟音が炸裂する。遅れて到着したシルヴィーネが絶叫してた。
「妾の庭園!何しとるんじゃ、子よ!?」
「先に攻撃してきたのは向こうだよ。お前の縄張り意識ガバガバじゃないのか?侵入者普通に許してんじゃん」
「妾を完全無欠の存在とでも思っているのかえ?虫の一匹や二匹を見逃しても仕方あるまい!」
「酷いなぁ、虫扱いされたの人生で初めてだよ」
 奥から声がした。
 粉塵を難なくかき消して、じゃりと土を踏む音を鳴らす。
 太陽の光を存分に受け取って光り輝くゆるふわな金の髪。端整な顔立ちは甘く、優しげに垂れた目が穏やかな印象を与える。
「オレ達は侵入している側だ。何を言われても仕方ないだろう」
 こちらは闇を溶かし込んだような黒髪。暗い印象というよりは月のような、氷のような鋭さを持つ鋭利な男。
「【獣のジェミニ】!」
 委員長の悲鳴のような声が答えだった。
 帝都特異魔術学園きっての主席。ナンバーワン、現在の最強だ。双子でありながらトップを独占し、互いに全く同じ実力を持つと言われる本物の天才。当然、在籍するクラスもトップの獣だった。
 黒髪の方が委員長を見て呟く。
「トランジアか」
「嘘でしょう!?なんでトレジャーハントなんて選択しているんですか、あなた達なら騎士団で良いはずなのに!」
「ん?だって僕達既に騎士団に所属してるんだもの。たまには違う科目を取ったって良いでしょう?違う刺激がないとつまらないしね」
「そんな理由で?」
 簡単で良いでしょうと笑った金髪の方が腰に下げた剣に手をかける前に、イツトリの魔術が発動した。
 背後から氷の刃が飛んでくる。黒髪の方が両手に持った大きな剣で防がなければ背中に突き刺さっていただろう。
「チッ」
 上手くいかなかったな、と舌打ちしたイツトリに金髪が叫んだ。
「危ないなぁ!いきなり何するんだよ!」
「同業者なんだろう?獲物がかち合ったらやり合うのはしょうがなくないか?」
 殺すつもりはない。当たれば怪我をするのは必須だが、死にはしないだろうとわかっていた。そもそも小手調べだ。
 不意打ちでも反応されたのでそれなり以上の強者だろうということはイツトリもわかっている。
 あの癖の強い、実力主義な学園の中の主席様だ。生半可な者ではなれるはずがない。
「イツトリ・ヘルムート、だったか。落ちこぼれのクラスとは思えない能力だな」
「名乗ってもいないのに名を呼ぶなよ、気色悪い」
 例え名前を知っていたとしても自分から名乗るまでは呼ばないのが礼儀というものだろう。勝手に知られているのは気色が悪いものだ。
「む、」
 イツトリの反論に黒髪が押し黙る。横で委員長が絶望的な顔をしていたのが見えた。言葉にするならなんてことを!といった感じだろうか。
「なんてことを言うんですかイツトリくん!」
 しかも実際に言われた。
 ひょいと肩をすくめてイツトリは委員長の言葉を流すとノーチェスを近くに寄せる。課題のものは既に委員長が採取済みなので究極的な話、このまま飛び降りれば良い。
 だが、それを目の前の双子が見逃してくれるかは別問題だ。ある程度押し退けてから逃げるのが一番良い。学園の中に戻ってしまえば二人は表立って喧嘩を売りに来れない。
 トップと最底辺ではそれだけの違いがある。上が下に喧嘩を売るなんてことはしないだろう。
「ギル!彼とやりあうよ」
「良いぜ、人間ども。これでも退屈していたんだ、存分に暴れられるなら歓迎しよう」
 双子の剣に魔力がこもる。どうせいつかは相手をしてもらうのだ。今のうちに試し打ちしたって問題ないだろう。
 それに今のイツトリは気分が良かった。
 やる気がある時なのだから、楽しそうな戦闘なら余計に逃げ出すこともない。
「ああ、もう、この根っからの戦闘狂どもめ!話し合いを知らないんですか野蛮人!」
「それ言っちゃったら向こうが先に攻撃してきたんだけど。やらたらやり返すの委員長の十八番だろ」
「ノーコメントで!」
 これがあるからトレジャーハントは面白いのだ。予定調和などつまらない。たまに強敵とかちあうぐらいが丁度いい。
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