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第一章:仇討ち
第六話:廃農園での戦い
しおりを挟むビズリーの廃農園に2000メリルの位置に俺は立っている。
農園だけに遮る建物は少なく、雑草が見渡す限り続いている。
廃業する前の農園だったなら、短く刈られた草に牛がいるのどかな光景だったはずだ。
風は静かに吹いて草のこすれる音が聞こえるのみ。静かなところだ。
横にはナミが耳をすまして周囲を気にしているようだ。
ナミの耳は遠くの小声でも聞こえる耳の良さだ。
耳をピンと伸ばし、辺りを見回していたと思ったら廃農園の中央にある小屋の方を指差した。
「あそこの小屋から男の声が聞こえるど。男の方は叫んでる」
「そうか。さすがだな、その耳は上級スキル並みだな」
「えへへ、あたいの聴力を舐めないでくれ。獣人の中でも兎族の耳は特別いいんだど」
小柄な兎族の女が胸を張って、俺に片目をつぶって見せた。
「ああそうだった。ナミの耳にはいつも助けられている」
ポンポンとナミの頭を叩いてやると、目を細めたナミは踏ん反り返って大きな胸を張った。
「そうだど。いつも助けているんだからもう少し報酬も多くして欲しいど」
「この件が片付いたら、アンダルシアで好きなだけ食わしてやる」
「ホントな!約束だど!」
《あいかわらず、食い意地が張ってやがる》
俺は、ナミの肩をポンと叩き、顔を見合わせてお互いの無事を心の中で願った。
農園はすでに作物はなく、雑草が生えて荒れ放題になっている。きっと住んでいた者が死んだか、借金が返せなくなって逃げたかだろう。
ジョーたちは空き家になっている農園の小屋をねぐらに使っているのも、この広い農園は見渡す限り視界をさえぎるような物がないからだろう。
「ナミは、ここで待っていてくれ。俺だけで行く」
ナミにはやってもらわなければならない役目がある。
耳のいいナミには、遠くで監視や援護をしてもらう。
「わかった。兄貴のことだから心配はしないけど、何かあったら助けるど」
「不容易に近づくな。どんなヤツがいるのかわからんからな」
ナミは、近くの木の裏に隠れた。器用に耳だけ出している。
《 後ろから見たらどんな格好になっているのか…… 》
小屋に向かってしばらく歩く。特に周囲を警戒していたが、雑草もせいぜい膝までの高さしかないため人が隠れられる遮蔽物はない。
一気に小屋まで走る。
確かに、小屋の中には人がいるようだ。俺は、ズボンから剣鞘を取り出しておく。
ジョーがどんな野郎かは知らないが、東地区で絡んできた男たちはジョーに恐怖を感じていたようだった。
どれほどの強さの男なのかわからない。慎重になるのに越したことはない。
ソロでダンジョンに入ることを思えば、そこまで慎重になる必要はないのかもしれないがな、俺は軽く息をはいて気を落ち着かせた。
小屋の窓ガラスは白茶色に変色していて、室内を確認することができない。
そのまま入口の方に回った。中から男のすすり泣きが聞こえてきた。泣いてるのか?
俺は、一気にドアを開けた。
そこには、東地区で果物を道路にぶちまけていたレオンがいた。
腕には、レオンの女を抱いている。
レオンは俺がいきなりドアを開けたため、目を丸くして驚いていた。
彼はマリンをかばうようにして俺に背を向けた。
「何をしている?」
「…… マ、マリンが何者かに…… 」
レオンは涙を流して、必死に彼女を揺さぶり、ひたいに手をやり、頬をさすっている。
俺は、マリンの手首をとって血液が流れるときに脈打つ場所に手を当てる。
「血管が脈打っている。大丈夫だ、気を失っているだけのようだ。外傷はないのか?」
「はい、おそらく。血が出ているところもアザもありません」
「よし、無理に揺すらずに静かに寝かせておけ」
「はい」
レオンは、抱き上げていたマリンを床の上に仰向けにし、衣服を整えた。
どんな時でも女に対して丁寧に扱うことができている男のようだ。
「なぜこの小屋にお前たちがいるんだ、聞かせてくれ」
「実は、昨日の夜遅くに男が訪ねてきて、昼前にこの小屋にマリンを派遣して欲しいと…… 仕事の依頼でした」
男が訪ねてきたということは、ジョーか。しかしなぜだ。
「娼婦は自室でするのが決まりなのではないのか?」
「いえ、時々ですがお金持ちの方からは、お客さんの自宅に女を派遣して欲しいと言う依頼はたびたびあるのです」
金持ちなら奴隷の中でも見てくれのよさそうな女を囲っていることが多い。
だが、奴隷は高価だ。大金持ちでない限りは、性処理に娼婦を呼ぶやつもいるってことか。
「それがなぜ、こんなことになった」
「二人でこの小屋にきて、マリンだけが小屋に入ったのです。わたしはそこの柵のところで待っていました」
「小屋には誰かいたのか?」
「いえ、わかりません。ただ、昼前になってもマリンが出てこないので、気になってドアを開けてみたのです。そうしたら、マリンが倒れていて。そうしたらあなたがここに来たってわけです」
レオンとマリンがこの小屋におびき出された。なんのためだ。ここがジョーのアジトなら、真っ先にレオンを始末してマリンを自分の女にしようとするだろう。だが、マリンを眠らせレオンは無傷だ。
俺は、起こっている状況が理解できずに、しばらく考え込んだ。ジョーは何がしたいんだ?
その時、空気が大きく振動した。棚にあった皿がガタガタと音をと立て、窓ガラスが振動して音を鳴らす。
レオンが耳に手を当てている。空気の振動がさらに大きくなって耳の奥まで響くからだ。
俺は、そのまま周囲に耳をすまして様子をみる。地揺らしを想定したが、わずかに詠唱の声が聞こえる。
魔法だ!
俺たちを小屋ごと押しつぶそうとしている、と思った瞬間に詠唱が止まった。
「レオン、マリンを連れて出ろ。ここは危ない! 早く!」
「はい」
レオンはマリンを抱き上げ、俺の後ろをついて小屋を出た。
空間圧縮魔法を使えるのは上級魔術師だ。術の途中で止まったのはナミが対処してくれたからだろう。
どんな小声でも詠唱をはじめたらナミが弓で攻撃するはずだ。
そのために、遠くに隠れさせていた。
ナミがいた木をチラッと見たがすでに姿がない。さすが早い、隠れたのか。
農園の柵の前で、腕を押さえて膝をついている男がいた。
黒いフード付きのローブを着ている。
顔は見えないが、刺さった矢を抜いたのか血が腕を伝って指先から滴り落ちている。
ローブを纏った男の後ろから、一人の男が現れた。手を叩き、満面の笑みでだ。
「潰されずに逃げたのは、さすがセイヤ・サルバトーレ。だが、お前はこの場で死ぬんだ」
俺のことを知っているようだが、男に見覚えがなかった。
恨まれているのは顔を見たらわかる。ヤツの性格が悪いのが顔にありありと出ている。
「どうせ逆恨みだろう?俺のことを知ってるようだが、俺はお前を知らない」
「ああ、よく知ってるとも。恨んでも恨みきれん、ここで死にやがれ!」
そう言うと、男は地面に魔法の呪文紙を叩きつけた。
すると、雑草まみれの普通の大地があちらこちらで隆起していく。
おびただしい数の生気のない手が地面から出て、次に頭、そして上半身と、地面から人が湧き出てくる。
瞬く間に人の形となった。生ける屍だ。
「ほぉ、なるほど闇の力を手にしたのか。だがこんなレベルの低いモンスターなら束になってかかってきても俺は倒せないぞ」
「この数のアンデッドを倒すのはいくらお前でも無理だろうよ。それに人質もいるしな」
男は高笑いして、後ろに手をあげて合図を送る。
腕に傷を負っていたはずの先ほどの魔術師がナミを後ろから羽交い締めにしている。
ナミの姿が見えないと思ったら捕まっていたのか。
だが、ナミもだてに俺の相棒をしているわけではない。
足をバタバタさせて抵抗しているフリをしているが、ナミに怯えた様子はない。
あのレベルの魔術師なら、いつでも倒せる。しばらくナミを抱きかかえていてもらおう。
なにせアンデッドがウジャウジャと湧いてきている、そんなに俺は暇ではない。
体のあちこちに土や草を付けたアンデッドが、三体同時に俺に襲いかかる。
手には剣を持っているが、錆び付いた泥だらけの汚い剣だ。
単調な動きのアンデッドも、何匹も固まって攻めてくると、さすがに俺も疲れる。
疲れて倒れた頃に、この男は俺を殺そうとするだろう。
アンデッドの攻めを左右に避けながら、確実に心臓部分に剣を突き立てる。
アンデッドの核は胸の中心にある。
三体同時に横に剣を払うと、一瞬の遅延もなくアンデッドの胸の位置で上下に切り離した。ボロボロの衣装のやつもいれば、防具をきたやつもいる。アンデッドの皮膚はただれ、筋肉なんてないに等しい。
俺は、次に襲ってくる敵も、その次も、その次の次も、胸の位置で滑らかに剣を振り、切断していった。
さらに、俺の前には、横に数百体のアンデッドが地面から出てきていた。
それぞれ手に剣を持ってる。
俺は腰を落として剣鞘を横に構える。
《一気に片付けるとするか……》
魔剣ガーリアンは見えない剣、しかも長さが自在に伸びる。そのことを知っている者はほとんどいない。
俺は、一気に横に薙ぐ。剣先は約500メルチは伸びているだろう。
ただの一閃でその場にいるアンデッドの胸の位置で切り分けた。
アンデッドは、一気に上下に切り分けられると、積み重なるように倒れたアンデッドは黒い煙を吐きながら消滅する。
「…… な、なんだ、どうなってる! 」
男が慌てるのも無理はない。こいつには、俺が剣鞘を振るっただけに見えたはずだ。
「どうだ、一気にカタがついたぞ。まだやるか?」
「クッソ! …… お、女がどうなってもいいのか!」
魔術師がナミを男に渡すと、男はナミを素早く首に腕を回して締め上げた。
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