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第一章:仇討ち
エピローグ
しおりを挟む俺とナミ、レオンとマリンの4人が西地区の酒場アンダルシアに到着したのは日が落ちてすぐだった。
すでに店には明かりが灯り、客も多く入っている。
この店は、この国では一番大きな規模を持つ300席以上ある酒場だ。
大きなバーカウンターがあり、その裏で少女たちが客の注文に合わせて酒を作って行く。
さらに、三日に一度はステージやバーカウンターで踊り子が踊る。
その踊り子を目当てに来る客もいるくらいだ。
冒険者はダンジョンで狩りの後、この店で酒を飲むのを楽しみにしている者も多い。
給仕は全て女性。しかも、若くて美人が多いと評判だ。
よくよく見るとそうでもない女もいるのだが、好みは人それぞれ。
気前よくチップをはずむ客も多い。
天井は高く、木で組まれた梁は大きく太い。
その梁から呪文紙の灯りが店内を照らしている。
呪文紙はこの国の一般家庭でも普及していて、外が暗くなると自然と火が灯るので重宝されている。
その灯りの下で、俺とナミ、レオンとマリンの4人がテーブルについていた。
女主人のカトリーナが案内してくれたテーブルは、店の奥まった一角にあり俺のお気に入りの場所だ。
この位置は店内がよく見渡せるように少し高く床が作られている。
十人ほど座れるくらいの大きなテーブルだが、ナミと俺が隣同士で座り、レオンとマリンが横に並んで座っている。
「セイヤさん、助けていただいてありがとうございました」
マリンが満面の笑みで俺に礼を言った。
笑うと目尻が下がり愛嬌のある。こういう女は男にモテるし金が稼げる。
レオンと仲が良いのか、肩が触れ合う程度まで引っ付いて座っている。
広いテーブルにそんなに引っ付いて座ることはないだろうと俺が言うと、いいんですって二人が口を揃えて言った。
「ナミ、飲みすぎるなよ」
両手にジョッキを持ち、交互に酒を飲んでいるナミを見て言った。
「大丈夫だど。今日はたらふく飲んで、食べてもいいって兄貴がいった!」
「そうだが、倒れても介抱はしないぞ」
鼻の頭と目の下がほんのりと赤くなったナミは、自分がどれだけ活躍したのかレオンたちに語っている。
レオンはそれに適当に相槌を打っているから、ナミが調子に乗って同じ話を繰り返していた。
マリンも酔っ払いのナミを嫌な顔せずに、笑顔で話を聞いている。
「ところでレオン。お前は働かないのか」
レオンは、面食らったような顔をして俺を見た。
「俺は、マリンが気持ち良く働いてくれたらそれでいいんです。
マリンのために食事を作ったり買い物したりしているときが一番幸せなんです」
よほど彼女のことが好きなのだろう。彼女の役に立ちたいという気持ちが伝わって来る。
「お前は、自分の彼女が他の男に抱かれていることは嫌ではないのか?」
レオンは、もちろん嫌ですよと答えると半分残ったエールを飲み干した。
「マリンはどうだ。娼婦の仕事は好きか?」
「好きかと聞かれても……」
マリンは困ったような仕草をして、うつむいた。言いにくいのだろうか。
「ただ、生きて行くためにはそれくらいしか方法がなくて」
レオンの手前、自分が本音では身体を売りたくないってことだろう。
だが、男が働かないのであれば生活するためには手に職のない女には、娼婦くらいしか思いつかないのか。
しかし娼婦を続けるには、この女は優しすぎる。
娼婦は常に男を手玉に取るくらいの肝が座っていないと、逆に利用されたり騙される。
「レオン、酒がなくなっているぞ。好きなだけ注文しろ」
えっ、いいんですか! と満面の笑みを浮かべたレオンが、近くにいた給仕の女を呼ぶ。
そして、俺たちの飲み物が少ないことに気づいていたのだろう、俺とナミの酒も注文した。
気配りができる男だ。ただのヒモにしておくのは勿体無い。
レオンの他人に気を配る性格が活かせる仕事を見つけてやろう。
俺は煙管にタバコの葉を詰め、火をつけてから店内を見渡した。
今日も多くの冒険者や地区の住人が入っていた。
ある者は本日の成果を自慢し、ある者は自分の武器を見せびらかしている。
男だけのパーティもあれば、魔術師の女がいるパーティも見える。
大きな声で馬鹿騒ぎしている者もいれば、顔を突き合わせヒソヒソと何やら相談をしている者たちもいる。
それぞれが、思い思いに酒を楽しみ、会話をし、この店の雰囲気を楽しんでいる。
宴会か祝賀会のような状態のテーブルもあれば、成果がなかったのかパーティ全員が暗い顔をしているテーブルもあった。
この酒場『アンダルシア』の女主人であるカトリーナが俺たちのテーブルにやってきた。
周りの客が、カトリーナが近くに来たものだからドッと騒がしくなる。
ドレスから溢れんばかりの胸、大きくて丸みのある尻、程よい筋肉をつけた手足は長く、背も高くてこの店で一番目立っている。
獅子族の女は、見た目は人間と同じだ。
少し大柄だが、むしろ肢体の長さと、美しい顔立ちが目立つ。
群れることを好まず、一人でいることが多い獅子族だがカトリーナは酒場で客に囲まれて毎日楽しんでいる。
「セイヤいらっしゃい。ナミちゃんも元気そうね、めっちゃ飲んでるみたいだけど大丈夫?」
ナミはジョッキで飲みながら、カトリーナに軽く会釈した。カトリーナは、そんなナミに、いっぱい飲んでねって言って俺の方を向いた。
「ああ、こいつなら大丈夫だ。飽きるほど飲んだらコテンと寝てしまうだろう」
カトリーナが、俺とナミの向かい側に座る。
レオンとマリンが肩が触れ合うくらい近寄って座っているためスペースは十分にある。
「ところでセイヤ。昨日の事件の犯人はわかったの?」
テーブルに肘をつき、俺の顔を覗き込むようにして女が言った。
豊満な胸がテーブルに乗っている。
レオンは横からカトリーナの胸の谷間が気になるらしい。
目が釘付けになっていたが、マリンに頬をつねられ、涙目になっている。
「ああ、見つけてある人に引き取ってもらった」
魔族の魔術師マーリンに引き渡したジョーは、今ごろ俺の女に手をかけたことを後悔しているはずだ。
「復讐は終わったのね」
「いや、まだだ。まだ裏があると俺は思っている。
それをいま調べてもらっているところだ」
カトリーナは無理しないでね、と言って心配そうに俺を見た。
その後は、レオンやマリンを紹介したり世間話をしていたが、ゆっくりしていってねと言ってカトリーナは席を立った。
あれから、随分と長居をした。ナミはあれからも飲み続けた。
この小さな体のどこに酒は入って行くのだろうかと思ったくらい飲んでいた。
そして予想通り、ナミは酔いつぶれてしまった。
店を出た俺の腕の中でスヤスヤと寝息を立てているナミを心配そうに見ていたマリンに、俺の事務所の場所を書いた紙を手渡す。
「さっきも言ったがお前たちは、スラッツから出たほうがいい。この西地区で住んで働いてみろ」
「本当に仕事を紹介してくださるのですか?」
俺はレオンとマリンに仕事を紹介するから西地区に来てみるか誘っていた。
「ああ、お前たちにできることはいくらでもある、だから二人で話し合って決めたら尋ねてこい」
スラッツは『だらしない女」という意味だ。その呼称になった経緯はわからないが、大昔からそう呼ばれている。
今では、娼婦が多く住んでいるためだとか、だらしない女の吹き溜まりだとか罵る奴もいるくらいだ。
東地区のこんなところに住んでいるよりは、西地区のほうが二人は幸せに暮らせるだろうと俺は二人に言った。
「住むところも俺が世話してやる。もちろん金はもらうが、もっとまともな生活ができるだろう」
「何から何まで、親切にしてくださってありがとうございます」
マリンも少し酒が入って、目の下がほんのりと赤い顔で礼を言った。
レオンも、礼を言う。
「セイヤさん、ごちそうになりました。とても楽しかったです」
二人は頭を下げ、そして二人は手を取って帰っていった。嫌味のない二人だ。
つい応援したい気持ちになる。
俺たちも帰ろうとしたところ、カトリーナが店先まで出て来た。
俺に口づけをする。他の客に見られたらまずいと、すぐに離れた。
カトリーナ目当ての客も多い、見られると何かと面倒だ。
もちろん、カトリーナが俺の情婦だということは誰も知らない。
最近は忙しくて、ずいぶんカトリーナを抱いていない。
月に一度の集金の日は近い。その時は楽しむことにしよう。
「セイヤ、また会いにきてね。いつでも待ってるから」
「ああ、必ず近いうちに会いに来る」
俺は、もう一度カトリーナに口づけをした。
やわらかい花の香りが鼻腔をくすぐる。いい香りだ。
料理や酒を飲むのに邪魔にならない程度の、かすかな香りだが印象に残る。
良い香りは良い女の条件だ。この香りを嗅ぐたびに男たちはカトリーナを思い出すだろう。
ナミを家に送っていく道すがら、俺はミオンのことを考えていた。
死んだミオンも良い香りがしていた。爽やかな果物の香りだった。
悪い男に良いように働かされていた時は、体を清潔に保つ暇も与えられなかったのかひどい臭いだった。
その後、俺が知り合いの調合士に作らせた香水をミオンにプレゼントした。
とても喜んでいた顔が今でも目に焼き付いている。
必ず無念は晴らしてやる。働いて金を稼いだら食べ物屋がしたいと言っていたミオンの笑顔を思い出す。目頭が熱くなるのを感じた。
涙がほんの少しだけ出たが、あくびしたときに出る涙の量よりも少ないだろう。まだ仇をとっていないのだ、感傷に浸っている場合ではない。
とりあえず、ナミが寝ていてくれてよかった。
<第一章 完>
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