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第三章:ヴァンパイア王妃
第八話:魅了
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――――レベッカ・アビー・モーガン
古代神の時代、闇の神々が寵愛した吸血人種の始祖がモーガン家だ。
そのヴァンパイアの王モーガンの妃が、レベッカだった。まだ見た目が若く、人間の女で例えると三十路に満たないくらいだろう。だが、すでに八百歳を超えていると言われている。
「モーガン王はつい先日、息を引き取ったわ。私たちは二千五百歳以上は生きられない運命なの、そして王は、先日二千五百歳の誕生日を迎えた。しかし、次の王は決まっていない。私たちの間には子供ができなかったわ。どんなに頑張ってもね、身籠もることができなかった……」
悲しげな表情でうつむくレベッカの手に、手を重ねて寄り添うメリーの目に涙が浮かんでいる。
「王には他に妃はいなかったのか?」
俺は素朴な疑問を突きつけた。カールトン国の国王には五百人ほどの妃がいる。世継の男子が必要だからだ。だが、ヴァンパイア一族の王には妾や子を作らせる女はいなかったのだろうか。
「いなかったわ。モーガンは私だけを愛してくれた。いつか子供ができると信じてくれていたの。いつも励ましてくれたし、有名な魔術師に縋っても見たけど効果はなかった。私たちはまだまだ時間があると思っていたし、彼も寿命のことなんて考えたこともなかったから、いずれ子供を授かるだろうって……」
俯いたレベッカの目から涙が落ち、手の甲にポトンと落ちた。そこには、至高の種族の王妃の面影はなく、一人の子を授かりたい女性が俺の前に座っていた。
長寿ゆえの油断、或いは達観なのか。俺は一人の妻を愛し続けたヴァンパイア王に畏敬の念を抱いた。
「俺の眷属化と、王が死んだことの話が繋がらん。他に何か理由が?」
メリーがその時、レベッカの手を離し俺の方を向いた。事の顛末は彼女が説明すると言う。
メリーの話を要約すると、ヴァンパイア王は七人の兄妹がいた。王は三男で、二人の兄は既に他界。年の離れた弟が二人いると言う。
だが、弟の一人は王の器ではないとモーガンが破門にしたが、モーガンが死んだことで、弟は王になる権利を欲してヴァンパイア城の明け渡しを要求しているという。
レベッカたちには子供がいないことから、正統の王位は四男の弟だと言う側近たちも出て来た。
しかし、王の意思を尊重するレベッカ側についた者も少なくはない。
そこで、王家の重役たちは二つに割れ、結論として百五十日後にヴァンパイア城を占領した者が『力ある王』として認められる、としたのだ。
メリーは、淡々とした口調でそこまで話をして俺の顔を見た。悲しみと強い意志を持つ眼差し。俺は琥珀色の瞳に吸い込まれそうになった。
「百五十日後とは、まだ随分先の話だな」
ヴァンパイアは、気が長い人種ではない。短気でカッとしやすい人種だ。百五十日にしたのは何か理由があるはずだ。
「実は王には二人の弟がいまして、戦いを挑んできているのは四男のデルバートと言います。もう一人、五男のレックソンがいるのですが、放蕩癖があり今どこにいるのか……でも、情報はありまして」
俺はやや食い気味に答えた。
「アルーナにいるのだな」
こくんと頷いた。既に涙を拭き、平常心に戻ったレベッカが優しくメリーの肩を抱いた。
「レックソンを探すのに、俺を眷属にして何の意味がある?」
「私たちは、たとえ王家とはいえ、こちら陣営に残ったのは女ばかり、強い男たちは数えるほどしか残っていません。反対に、元々王家にいた男達の半数近い者はデルバート陣営に下っています。とても、今のままでは戦えません。たとえ、レックソン様を擁立したとしても……」
言いたいことはわかった。要するに、俺の手も借りたいが、人間だとヴァンパイアに勝てないから眷属にしてヴァンパイア化して、自分たちのために戦わせようという魂胆なのだ。
「もう察しがついているようね…… どう、眷属になる気は無い?」
「無いな。だいたい、なぜ俺が勝てないと思う」
「だって、あなた昨日負けたでしょ。幻視だとしても女の子を見たら鼻の下伸ばしてホイホイ騙され……」
俺は慌ててレベッカの話を遮った。
「わかった、わかった。確かに、俺は油断した。反省もした。女につい甘くなるというのも、認める」
「なら……」
「ダメだ。それとこれとは別だ。それに、俺には慈愛の女神が付いている。闇の勢力の一員となったらバチが当たりそうだ」
レベッカは、目を丸くして驚いていた。
「貴方には、マーファの加護が付いているというの?」
「ああ、そうだ」
「ふーん、どうりで……」
ポツリと呟くように言うと、しばらく思案していたレベッカだが、もう一度尋ねた。
「眷属になって、共に戦ってくれたらなんでもするわ」
「駄目だ」
「お願い、力になって」
「サルバトーレ様、お願いします」
メリーもレベッカと一緒になって俺の膝に手をおき懇願する。メリーよ、その上目遣いはやめてくれ。レベッカは、俺の足を擦り擦りするのをやめてくれ、俺は女たちが籠絡しようとしてくるのを頭を振って堪えた。
「駄目なものは駄目だ。女にお願いされて自分の意思を曲げるほど俺は落ちぶれてはいない」
「でも、昨日は女に鼻の下伸ばして、自分が伸ばされちゃったのに……」
レベッカは、口を尖らせながら甘い声で、俺の失敗をグイグイと付いてきた。やめてくれ!
「おい、それをいうな! わかった、手は貸そう。だが眷属にはならん」
「いいわ、今はそれで……じゃあ、お願いね」
レベッカは、さっきまでの懇願モードから、ツンと済ました淑女に戻って座席の背もたれに寄りかかった。腕組みして、脚まで組んでいる。
なんという切り替えの早さ。潮が引くかのように二人の女は、すっと座席に戻った。それとなく、メリーの方を見ると召使いの顔に戻っている。さっきまで上目遣いで、可愛い声でお願いしてた女と同じ女とは思えない。
なんなんだ、俺は女に手玉に取られたのか?
「お前ら、いっぱい食わせやがったな……」
レベッカとメリーはクスッと笑うと、満面の笑顔となって俺の左右に座り、抱きついた。
強く抱きしめられ、俺の頬にレベッカが口づけをする。遅れて、メリーが頬に口づけをしてきた。
なんだかわからないが、なんとなくこの二人が可愛く思えてきた。
俺の負けだ。身の上話からの涙、そして懇願、一度そっけなくして不安にさせた後に満面の笑顔。さすが八百歳の奥様は一枚も、二枚も上手だった。
……俺は、この美しい二人のヴァンパイアに魅了された。
◇
◇
馬車は、休憩のために止まったのは宿場町にあと一刻ほどで着くという距離にある休憩所だった。ちょうど魔物がいる森の東側面になる。魔物の森を迂回する道の中間地点にある村の一角に休憩所あった。
魔物討伐のために冒険者が立ち寄り、宿にすることもあるため一つの小さな村となっている。
俺は、休憩所のカウンターでエールを一杯頂いていた。カシの木のカウンターはピカピカに磨かれていて、顔が映るほどだ。カウンターの奥には雇われの女店員がいる。
丸顔で、団子鼻だが愛嬌のある可愛らしい女だ。胸は大事な先端だけを隠し、他は丸出しという羞恥心の欠片も見られない格好をしている。
色白の腹回りは細く、スカートと腹に隙間が空いている。
窮屈そうだが、そう見えないのはスカートも辛うじて大事なところを隠せる程度の長さだからだ。
「そんな格好で寒くはないのか?」
「キャハハ! おじさん、ほんとおじさん」
「俺はまだ二十四だ。おじさん呼ばわりされる覚えはない」
「なーんだ、年下かぁ。あたしは……」
トイレに行っていた二人の女が、戻ってきて俺の横に座る。それを見た店員の女は、話の途中で言葉を失った。ベールを脱いだレベッカは、この店員にとっては、おそらく一生に一度会えるか会えないかというぐらいの絶世の美女だ。
その場にいるだけで、薔薇の香りがしてくると錯覚するほどの妖麗な女が、突然目の前に現れたのだ。
店員は目玉が落ちるのではないかと心配するほど目を見開いて驚いている。
「もう、女の子を見つけて口説いてるのね」
レベッカは、肘で俺の脇を突くと、俺と同じ物を店員に注文した。
店員は、ハッと我に返ったかのようにグラスを取り出し、ボトルからエールを注いでいる。
メリーはというと、律儀にレベッカの後ろで直立して待っていた。
「お前も一杯飲んだらどうだ」
俺は、メリーに向かっていうと、蚊の鳴くような小さな声で、仕事中ですと答えた。
「メリーは仕事中は酒は飲まないの。あなたと同じ護衛だからね。あら、あなたちゃっかりお酒飲んでるのね。護衛なのに」
「あ、いや、その、ちょっと待て、休憩だ、護衛も休憩が必要だろ」
俺は柄にもなくしどろもどろになった。やはり、闇の種族ってやつは苦手だ。魔族マーリン、ヴァンパイアのレベッカ、この二人は絶世の美女は俺をおもちゃにしやがる。
「あのー、おじさんの奥さんです? じゃないよね?」
女店員は、俺たちが会話しているのを見て話しかけてきた。どう見ても、夫婦には見えないだろう。
「恋人よ、私たち。ねぇー」
何が、ねえーだ。いつから恋人になったというんだ。またおちょくられているのはわかっているので、俺は黙ったままでいた。
「恋人かぁ。いい人を捕まえたね、おじさん。こんな美人と付き合えるなんて、私だって羨ましって思うよ。しかも年上でしょ」
「ああ、まぁそうだな……」
俺は、どうにでもなれと適当に相槌を打ってやった。
レベッカはクスクス笑うと、エールを一気に飲み干した。年上の彼女……とんでもない年上の彼女だな。
その夜のレベッカとメリーは、一日目、二日目の夜伽の数倍は激しく荒れた。宿場町に出入り禁止になるのではないかというほどの、絶頂と絶叫。ほとんど寝ることができなかった。
翌日、朝食の時には小声で皆が、眠れなかっただの、あの声ってどなたのかしらと犯人探しをしているのを聞いて、生きた心地がしなかった。
当然、澄まし顔で淑女を気取った奥様と召使いは、自分たちではないわとばかりに静かに朝食を取っている。
この二人を疑う者は誰もいなかった。流石としか言いようがない。
俺は、当分女の裸は見たくない、と思うほど、精も根も尽き果てていた。
そして、蚊の鳴くような声メリーの声が、倦怠感を増幅させる。
「サルバトーレ様、召し上がらないんですか?
お疲れですか? 目の下にクマができてますよ……」
<つづく>
古代神の時代、闇の神々が寵愛した吸血人種の始祖がモーガン家だ。
そのヴァンパイアの王モーガンの妃が、レベッカだった。まだ見た目が若く、人間の女で例えると三十路に満たないくらいだろう。だが、すでに八百歳を超えていると言われている。
「モーガン王はつい先日、息を引き取ったわ。私たちは二千五百歳以上は生きられない運命なの、そして王は、先日二千五百歳の誕生日を迎えた。しかし、次の王は決まっていない。私たちの間には子供ができなかったわ。どんなに頑張ってもね、身籠もることができなかった……」
悲しげな表情でうつむくレベッカの手に、手を重ねて寄り添うメリーの目に涙が浮かんでいる。
「王には他に妃はいなかったのか?」
俺は素朴な疑問を突きつけた。カールトン国の国王には五百人ほどの妃がいる。世継の男子が必要だからだ。だが、ヴァンパイア一族の王には妾や子を作らせる女はいなかったのだろうか。
「いなかったわ。モーガンは私だけを愛してくれた。いつか子供ができると信じてくれていたの。いつも励ましてくれたし、有名な魔術師に縋っても見たけど効果はなかった。私たちはまだまだ時間があると思っていたし、彼も寿命のことなんて考えたこともなかったから、いずれ子供を授かるだろうって……」
俯いたレベッカの目から涙が落ち、手の甲にポトンと落ちた。そこには、至高の種族の王妃の面影はなく、一人の子を授かりたい女性が俺の前に座っていた。
長寿ゆえの油断、或いは達観なのか。俺は一人の妻を愛し続けたヴァンパイア王に畏敬の念を抱いた。
「俺の眷属化と、王が死んだことの話が繋がらん。他に何か理由が?」
メリーがその時、レベッカの手を離し俺の方を向いた。事の顛末は彼女が説明すると言う。
メリーの話を要約すると、ヴァンパイア王は七人の兄妹がいた。王は三男で、二人の兄は既に他界。年の離れた弟が二人いると言う。
だが、弟の一人は王の器ではないとモーガンが破門にしたが、モーガンが死んだことで、弟は王になる権利を欲してヴァンパイア城の明け渡しを要求しているという。
レベッカたちには子供がいないことから、正統の王位は四男の弟だと言う側近たちも出て来た。
しかし、王の意思を尊重するレベッカ側についた者も少なくはない。
そこで、王家の重役たちは二つに割れ、結論として百五十日後にヴァンパイア城を占領した者が『力ある王』として認められる、としたのだ。
メリーは、淡々とした口調でそこまで話をして俺の顔を見た。悲しみと強い意志を持つ眼差し。俺は琥珀色の瞳に吸い込まれそうになった。
「百五十日後とは、まだ随分先の話だな」
ヴァンパイアは、気が長い人種ではない。短気でカッとしやすい人種だ。百五十日にしたのは何か理由があるはずだ。
「実は王には二人の弟がいまして、戦いを挑んできているのは四男のデルバートと言います。もう一人、五男のレックソンがいるのですが、放蕩癖があり今どこにいるのか……でも、情報はありまして」
俺はやや食い気味に答えた。
「アルーナにいるのだな」
こくんと頷いた。既に涙を拭き、平常心に戻ったレベッカが優しくメリーの肩を抱いた。
「レックソンを探すのに、俺を眷属にして何の意味がある?」
「私たちは、たとえ王家とはいえ、こちら陣営に残ったのは女ばかり、強い男たちは数えるほどしか残っていません。反対に、元々王家にいた男達の半数近い者はデルバート陣営に下っています。とても、今のままでは戦えません。たとえ、レックソン様を擁立したとしても……」
言いたいことはわかった。要するに、俺の手も借りたいが、人間だとヴァンパイアに勝てないから眷属にしてヴァンパイア化して、自分たちのために戦わせようという魂胆なのだ。
「もう察しがついているようね…… どう、眷属になる気は無い?」
「無いな。だいたい、なぜ俺が勝てないと思う」
「だって、あなた昨日負けたでしょ。幻視だとしても女の子を見たら鼻の下伸ばしてホイホイ騙され……」
俺は慌ててレベッカの話を遮った。
「わかった、わかった。確かに、俺は油断した。反省もした。女につい甘くなるというのも、認める」
「なら……」
「ダメだ。それとこれとは別だ。それに、俺には慈愛の女神が付いている。闇の勢力の一員となったらバチが当たりそうだ」
レベッカは、目を丸くして驚いていた。
「貴方には、マーファの加護が付いているというの?」
「ああ、そうだ」
「ふーん、どうりで……」
ポツリと呟くように言うと、しばらく思案していたレベッカだが、もう一度尋ねた。
「眷属になって、共に戦ってくれたらなんでもするわ」
「駄目だ」
「お願い、力になって」
「サルバトーレ様、お願いします」
メリーもレベッカと一緒になって俺の膝に手をおき懇願する。メリーよ、その上目遣いはやめてくれ。レベッカは、俺の足を擦り擦りするのをやめてくれ、俺は女たちが籠絡しようとしてくるのを頭を振って堪えた。
「駄目なものは駄目だ。女にお願いされて自分の意思を曲げるほど俺は落ちぶれてはいない」
「でも、昨日は女に鼻の下伸ばして、自分が伸ばされちゃったのに……」
レベッカは、口を尖らせながら甘い声で、俺の失敗をグイグイと付いてきた。やめてくれ!
「おい、それをいうな! わかった、手は貸そう。だが眷属にはならん」
「いいわ、今はそれで……じゃあ、お願いね」
レベッカは、さっきまでの懇願モードから、ツンと済ました淑女に戻って座席の背もたれに寄りかかった。腕組みして、脚まで組んでいる。
なんという切り替えの早さ。潮が引くかのように二人の女は、すっと座席に戻った。それとなく、メリーの方を見ると召使いの顔に戻っている。さっきまで上目遣いで、可愛い声でお願いしてた女と同じ女とは思えない。
なんなんだ、俺は女に手玉に取られたのか?
「お前ら、いっぱい食わせやがったな……」
レベッカとメリーはクスッと笑うと、満面の笑顔となって俺の左右に座り、抱きついた。
強く抱きしめられ、俺の頬にレベッカが口づけをする。遅れて、メリーが頬に口づけをしてきた。
なんだかわからないが、なんとなくこの二人が可愛く思えてきた。
俺の負けだ。身の上話からの涙、そして懇願、一度そっけなくして不安にさせた後に満面の笑顔。さすが八百歳の奥様は一枚も、二枚も上手だった。
……俺は、この美しい二人のヴァンパイアに魅了された。
◇
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馬車は、休憩のために止まったのは宿場町にあと一刻ほどで着くという距離にある休憩所だった。ちょうど魔物がいる森の東側面になる。魔物の森を迂回する道の中間地点にある村の一角に休憩所あった。
魔物討伐のために冒険者が立ち寄り、宿にすることもあるため一つの小さな村となっている。
俺は、休憩所のカウンターでエールを一杯頂いていた。カシの木のカウンターはピカピカに磨かれていて、顔が映るほどだ。カウンターの奥には雇われの女店員がいる。
丸顔で、団子鼻だが愛嬌のある可愛らしい女だ。胸は大事な先端だけを隠し、他は丸出しという羞恥心の欠片も見られない格好をしている。
色白の腹回りは細く、スカートと腹に隙間が空いている。
窮屈そうだが、そう見えないのはスカートも辛うじて大事なところを隠せる程度の長さだからだ。
「そんな格好で寒くはないのか?」
「キャハハ! おじさん、ほんとおじさん」
「俺はまだ二十四だ。おじさん呼ばわりされる覚えはない」
「なーんだ、年下かぁ。あたしは……」
トイレに行っていた二人の女が、戻ってきて俺の横に座る。それを見た店員の女は、話の途中で言葉を失った。ベールを脱いだレベッカは、この店員にとっては、おそらく一生に一度会えるか会えないかというぐらいの絶世の美女だ。
その場にいるだけで、薔薇の香りがしてくると錯覚するほどの妖麗な女が、突然目の前に現れたのだ。
店員は目玉が落ちるのではないかと心配するほど目を見開いて驚いている。
「もう、女の子を見つけて口説いてるのね」
レベッカは、肘で俺の脇を突くと、俺と同じ物を店員に注文した。
店員は、ハッと我に返ったかのようにグラスを取り出し、ボトルからエールを注いでいる。
メリーはというと、律儀にレベッカの後ろで直立して待っていた。
「お前も一杯飲んだらどうだ」
俺は、メリーに向かっていうと、蚊の鳴くような小さな声で、仕事中ですと答えた。
「メリーは仕事中は酒は飲まないの。あなたと同じ護衛だからね。あら、あなたちゃっかりお酒飲んでるのね。護衛なのに」
「あ、いや、その、ちょっと待て、休憩だ、護衛も休憩が必要だろ」
俺は柄にもなくしどろもどろになった。やはり、闇の種族ってやつは苦手だ。魔族マーリン、ヴァンパイアのレベッカ、この二人は絶世の美女は俺をおもちゃにしやがる。
「あのー、おじさんの奥さんです? じゃないよね?」
女店員は、俺たちが会話しているのを見て話しかけてきた。どう見ても、夫婦には見えないだろう。
「恋人よ、私たち。ねぇー」
何が、ねえーだ。いつから恋人になったというんだ。またおちょくられているのはわかっているので、俺は黙ったままでいた。
「恋人かぁ。いい人を捕まえたね、おじさん。こんな美人と付き合えるなんて、私だって羨ましって思うよ。しかも年上でしょ」
「ああ、まぁそうだな……」
俺は、どうにでもなれと適当に相槌を打ってやった。
レベッカはクスクス笑うと、エールを一気に飲み干した。年上の彼女……とんでもない年上の彼女だな。
その夜のレベッカとメリーは、一日目、二日目の夜伽の数倍は激しく荒れた。宿場町に出入り禁止になるのではないかというほどの、絶頂と絶叫。ほとんど寝ることができなかった。
翌日、朝食の時には小声で皆が、眠れなかっただの、あの声ってどなたのかしらと犯人探しをしているのを聞いて、生きた心地がしなかった。
当然、澄まし顔で淑女を気取った奥様と召使いは、自分たちではないわとばかりに静かに朝食を取っている。
この二人を疑う者は誰もいなかった。流石としか言いようがない。
俺は、当分女の裸は見たくない、と思うほど、精も根も尽き果てていた。
そして、蚊の鳴くような声メリーの声が、倦怠感を増幅させる。
「サルバトーレ様、召し上がらないんですか?
お疲れですか? 目の下にクマができてますよ……」
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