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第三章:ヴァンパイア王妃
第十話:踊り子レイラ①
しおりを挟む後ろを振り向く、だが薄暗い裏通りには人影は見えない。
先ほどから何者かに尾行られている。
踊り子レイラを探して二軒ほど酒場を回ったが、見つけることができなかった。
そして、次の店に行こうと裏通りを俺たちは歩いていた。
裏通りは、かなり薄暗い。表通りと違い街灯がないためだ。
俺も夜目は効くほうだ。レベッカたちも言わずもがな……
だが、警戒していることが相手に伝わったのか、今は気配が消えている。
宿屋の荷物持ちが教えてくれた店は、裏路地に入ってしばらく奥に入ったところにあった。
間口は狭いが、奥に広い店のようだ。煉瓦造りの建物は古く、煉瓦が所々割れていた。
建物は古いが、入り口のドアには色鮮やかな看板が掛けられていた。
「ここのようね。これで三軒目よ。そろそろ見つかってほしいものだわ」
店内は、賑やかな音楽が流れ、赤や青などの照明が壁に配置されていた。
それでも、薄暗いのは光量の少ない呪文紙を使っているのだろう。その分、数多く配置されていて華やかだ。
店の中心には机も椅子もなく、十数人の客が音楽に合わせて踊っている。
俺たちは、壁際に配置されたテーブルに座った。
「騒々しい店ね。この音楽って南国の曲よね」
この店の音楽は、レベッカの趣味に合わないようだ。板張りの壁に掛けられた絵を見て、フンと鼻で笑っている。
このような酒場に芸術性なんて求めてはいけない。
そんなレベッカたちを横目に、客が踊る先にあるカウンターを見た。
店の横幅は八メルチほどだが、木製のカウンターはほぼ横幅いっぱいに設置されている。
その上で、一人の女が曲に合わせて踊っている。よく見えないが、褐色の肌なのは確かだ。
俺は、客をかき分けてカウンターに向かった。
カウンターの上で踊る女は、紫色の布を腰に巻いているが、側面に大きな割れ目があり、美しい肢体が見えている。布には、華やかな装飾がつけられて、腰を振るたびにシャンシャンと音を奏でていた。その、筋肉質の足には、踵が異様に高いブーツを履いている。
上半身は、同じ紫色の布をクロス状に巻き、かろうじて胸が隠されている。布からはみ出た乳房も、褐色だ。
音楽に合わせて踊るたびに、衣装に抜けられたビーズ状の小さな宝石が光を反射し輝いている。
俺は、優しく揺れる胸の動きに目を奪われた。褐色の肌、長い耳、切れ長でツリ目に長いまつげの女。
…… レイラだった。
「悪いが、この踊り子の知り合いだ。あとで、彼女と話がしたい。取り持ってもらえるか?」
俺は、カウンターの裏にいる店員を手招きして呼び寄せると、金貨を1枚握らせて言った。
店員の女は、訝しげに俺を一瞥し、手のひらにおかれた金貨を見て、口笛を鳴らすと微笑んだ。
どうやら会わせてくれるらしい。
エールを三杯頼んだ俺は、それを持ってレベッカたちのテーブルまで戻った。
「どうだったのかしら?」
「レイラがいた。今は話しかけられないから、あとで会わせてくれるよう店の者に頼んでおいた」
「よかったわ。で、そのエールは私たちの分もあるのかしら」
レベッカは、俺の両手にあるジョッキを受け取ると、一気に半分まで飲み干した。
ヴァンパイアも、普通に酒も食事も取るんだな、と感心した。
今まで、ヴァンパイアは人間の生き血を吸って生きていると思っていたのだが。
あとで聞いた話だが、ヴァンパイアは人間の生き血を吸うことで体の組織を蘇生しているのだそうだ。
体の活動のために必要な栄養は血からも取れるが、食事で取ることもできるらしい。
だが、味覚はほとんどないのだという。あまり美味しい料理を食わせる必要はないということだ。
どうりで、くそまずい宿屋の食事でも平気に食っていた。
「ふーん、あのお姉ちゃんがあなたが探していた女なのね」
「ここからでも見えるのか?」
俺の目には、女が踊っている程度しかわからないが、この二人は目の前にいるかのように見えているらしい。
目の仕組みから違うのだろうか。
曲調が変わると、さらに四人の踊り子がカウンターに上がっていく。
一気に客たちは沸き、口笛と喝采を浴びせた。
中央に黒い長い髪の女、その右にも髪の長い女、そのまた右にも髪の長い女……
俺には、その程度しか見えない。目がいいと思っているが、点滅する照明と薄暗がりは視力が落ちる。
「すまないが、少しだけ前で見てくる」
《せっかく来たのだ。いい女がいたら連れて帰りたい》
「ふーん、お目当の女は見つかったって言うのに、今度はなに目的かしら……」
レベッカは、若干不機嫌そうだ。すでに、そっぽを向いている。嫉妬ではないはずだ。
だが、どうも俺は奥様に気に入られているようだ。
それにしても、先ほどからメリーはスケベだのスケコマシだの俺を罵っている。
聞こえないほどの小さな声だから、始末が悪い。
◇
◇
踊り子たちは、全部で五人。もちろん、中央がレイラだ。
ダークエルフはレイラだけで、猫人族が二人、人間が二人という構成だった。
どの娘も、口元に笑みを浮かべ、流れるような身のこなしで曲に合わせて体をくねらせている。
どの女も甲乙つけがたい美女だ。自信に満ち溢れた姿もまた魅力的だった。
その女たちがいる控え室に、俺はいた。店員が案内してくれたのだ。
鏡の付いた壁沿いに、テーブルと椅子が並べられている。そこで五人はそれぞれ化粧を直していた。
「久しぶりだなレイラ……」
名を呼ばれたレイラは、チラッとこちらを振り向く。そして、俺に気づいて目を見開いて驚いていた。
「な、なぜあなたがここに……」
他の女たちは、俺の顔とレイラを交互に見て、何事かと手を止めた。
「お前を探しに来た」
「えっ、ご、ごめんなさい、勝手にいなくなったりして……」
レイラは、俺に目を合わさずに震える声で謝る。周りの女たちは、何も言わずに聞いていないフリをして化粧直しを続ける。
興味はあるのだろう、猫人族の二人の女の耳はこちらに傾いている。
「ずいぶん探したぞ」
俺は、静かに一言だけ言うとレイラは、膝に頭が付くほど体を曲げて頭を下げた。
「ごめんなさい。借りているお金はきっと返すわ」
「返す気持ちがあるのなら、黙って街を出たりしないだろう」
俺は、わざとドスを効かした声で言う。
「ち、違うのよ! ほんと、急にアルーナに来ることになって……」
「俺はそんなことを言っているのではない。なぜ連絡をしなかったのかが知りたい」
本心では逃げたのだろう、連絡できなかった理由なんてないのだ。
俺が想像した通り、レイラはなにも言えずに口をつぐんだ。
金を借りた奴は、借りるときは必ず返すと言うが、返せなくなると何も言わずに逃げる奴が多い。
この女も、金を借りるときは体を売ってでも必ず返すと言いながら、逃げたのだ。
「まぁいい。とにかく、明日の夕方にはこの街を出る。それまでに準備しておけ」
「ど、どこに連れていくつもりなの?」
レイラは、怯えたような目で俺を見て言った。握りしめた手が震えている。
「お前には、やって欲しいことがある」
<つづく>
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