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<第一巻:冷酷無慈悲の奴隷商人>

第二十六話:奴隷商人の息子は父の演出に舌を巻く

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 昼を過ぎてから屋敷に戻ると、入口で正装した親父が立っていた。
 いつもよりも気合が入っている。
 会合は昼からだと聞いていたが、まだ始まっていないのだろうか。

「遅くなってすみません、父さん。帰りの馬車の手配に手こずってしまいました」

 俺は、遅れたことを詫びると、ニコニコとした親父は、いいんだよと俺に声をかけ、そのまま屋敷へと戻った。

 アルノルトも、いつもの白いハーレムパンツとシャツではなく、黒の上下を着ている。

「さぁ、ニート様も着替えてください。汗びっしょりではないですか!」
「ああ、走ったからな。汗を流してくる」

 俺は風呂で汗を流すと、急いでアルノルトが用意した衣装を着た。
 この国の正装といえば、元いた世界でいうアラビアンナイトのような服だった。
 このスティーンハン国が南国だから、この衣装でも違和感がないが金髪の俺が着ると、どうも観光客が粋がって民族衣装を着て歩いているように見える。
 アジアの民族衣装って、黒髪が一番似合うんじゃないだろうか。金髪にはどうも似合っていない気がする。

「アルノルト。お客様はもう全員揃っているのか?」
「はい、みなさま、首を長くしてお待ちですよ」

 俺は急いで身支度をすると、部屋を出た。

「会合では、俺は何をしたらいいんだ? 何かスピーチすることってある?」
「もちろん、跡継ぎになられるわけですから、抱負を語っていただきとうございます」

 抱負……人前でスピーチなんてしたことないよ。大丈夫かな。
 大広間に近づくとどんどんと緊張感が高まる。

 ドアを開ける前に、立ち止まり大きく深呼吸を数回繰り返しする。
 よし、行くぞ!

 アルノルトが大広間の扉を開ける。
 中は予想に反して、真っ暗だった。なぜ真っ暗なんだろう。
 すると、パッと照明がつけられ、室内が一気に明るくなった。

 よく見知った顔が数名。それに、知らない人が数人しかいなかった。
 それと、前に一人親父が立っているだけだ。

「さぁ、ニート様。こちらにどうぞ」
「ああ……、ところで他の方達は?」

 俺の問いを華麗にスルーしてくれたアルノルトは、親父の前へと案内した。

「父さん、これはいったい……」
「いいから、そこでひざまずいて待っていなさい」

 カラン、カランと鐘の音鳴り響く。

『これより、当主コンラウス・ソレ様からニート・ソレ様への奴隷商許可の相続の儀を執り行います』

 正装したデルトが、高らかに宣言する。
 俺は、目が点になり、頭の上にはてながたくさん飛ぶ。奴隷商許可の相続?
 跡継ぎになると言ったけど、もしかして今日? 今から?

「ニートよ。今まで、お前はこの小さな屋敷の中で井の中の蛙として育ってきた。私も甘やかしてきたことを悔やんだこともある。だが、わがまましていたお前も近頃は奴隷を大切にするようになり、また商売にも興味を持てくれた。さらに、大きな改革を手がけ、実行した」

 そりゃ、文字通り『心を入れ替えた』わけだから、ドラ息子のニートが、まともになったと親父が感じるのは当然だろう。だが、改革なんて、俺しましたっけ?
 おそらく、奴隷の販売方法などのことを指して言っているのだろう。

 親父は、まだ何やら喋っている。俺は、親父の言葉に耳を傾ける。

「ニートが立派に育った今、私も隠居したいと思っている。そこで、ニートに奴隷商人の許可状を引き継ぎ、奴隷商人ソレ家の当主となって欲しい。いいかな?」
「ま、待ってください。俺はまだ、何も商売のことを知りません。正直、まだ何もかもが未知数で、これから勉強しなければならないことばかりです。そんな俺に、跡を継がせていいのでしょうか?」

 俺は、率直に自分の気持ちを伝えた。

「お前には、まだ覚悟がない、とそう言うのか?」
「はい……覚悟と、突然言われましても……」
「お前は、奴隷たちを大切にしたい、幸せにしたいと願っていると言っていたが、あれは本心ではなかったのかな?」

 確かに俺は、昨日親父にパオリーアたちをそばに置いておきたい。幸せにしたいと言ったが、奴隷全体のことを言ったわけじゃない。だが、奴隷たちが苦しみ、悲しんでいる姿に胸が痛んでいたのも事実。
 俺は、この国の奴隷制度を変えたい。そう思っている。もちろん、すぐにできるとは思っていない。その足がかりにでもなれればと、思っていた。

「俺は……この国の奴隷制度を変えたい。奴隷制度など、いつかなくなってしまう時が来ると思っています。その時に、俺は、この家も奴隷たちも守らなければならない。その覚悟は、あります!」

 にっこりと笑顔になった親父は、うんうんと頷くと俺に言った。

「では、早いも遅いもない。お前にしかできない道があるだろう。成し遂げたいことがあるのなら、奴隷商人ソレ家の当主となってから勉強してもいいのではないか? 遅かれ早かれ奴隷商人にならないとできないことにぶつかる。それなら、今ここで覚悟を決めなければならない。どうだ?」

 親父の言うことはもっともだ。俺が、奴隷商会に入り、そして他の奴隷商人も巻き込んで行く方が、おれのやりたいことがやれるかもしれない。
 もし、これがチャンスだとしたら、今ここで掴んでおくほうが意味がある気がする。

「わかりました! 若輩者ですが、父さんの跡を継ぎ奴隷商人ニートとして生きていきます」
「そうか……よく言ったぞ、ニート」

 デルトが、ニート様は前にお進みくださいと俺を立ち上がらせると親父の方へと案内した。

『これより、奴隷商許可証を授与します』

 デルトの声は、静まり返る大広間に、よく響いた。

「ニート様、コンラウス様から受け取ってください」

 俺は親父の近くまで進むと、膝をつく。親父から許可証となる羊皮紙の巻物が手渡された。
 アルノルトや、コラウス、デルト、そして数名の知らない男たちが拍手をしてくれる。

 俺は、恭しく礼をして立ち上がった。親父が俺を抱擁して来る。うーん、男同士で抱擁とかちょっと勘弁。こっちの世界では、これが標準なのかな。欧米みたいなもんか。

「それでは、ニート様にはいくつかの贈り物がございますので、そのままお待ちください」

 デルトはそう言うと、部屋を一度出たアルノルトが何やら包みを持ってきた。

「ニートよ。このノートをお前に渡す。これは、大賢者のサルバトーレ様に教えていただいた女神様のご神託を承る方法が記載されている。これで、奴隷を選択肢販売することで私は今まで利益を得てきた。お前にも、きっと役立つはずだ。大切にしろよ。そして、これはお前の次の代へと引き継ぐが良い」

 俺は、謎の女神様の神託ノートをありがたくいただく。
 親父がもったいつけていたが、どう見てもただの紙の束。それでも、こういう親から子へ引き継がれるものていいね。

「ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」
「それでは、もう一点、お渡しするものがあるので、目を閉じてお待ちください」

 は? 目を閉じるの?
 俺は、言われるまま目を閉じる。入り口のドアが開く音。そして、複数人の足音が聞こえてきた。誰かが入ってきたようだ。誰だろう。

「ニートよ。お前に贈り物だ。わしからのな。目を開いてみよ!」

 俺は、目を開き、そして俺の目の前にいる女たちを見た。


 目の前には、美しく着飾った、三人の女。パオリーア、マリレーネ、そしてアーヴィアだった。

 みんな、笑顔で俺を見ている。その瞳には涙をため、まばたきすると、頬を伝い涙が流れた。
 それを見て、俺も胸が熱くなり、涙が自然と溢れ出る。

「ど、どうして…… お前たちは商店に連れて行かれたのではないのか?」
「旦那様。私たちは、今朝、部屋を出た後にご主人様から今後はニート様にお仕えする様に命じられました。嫌なら断ってもいいと言われましたが、私たちニート様にお仕えすることに異存はありません」
「お前たち……」

 言葉が出てこなかった。カラフルなマーメイドスカートに、キラキラ光るスパンコールがつけられたブラ。そしてシースルーのサリーをまとっている。

「みんな、とてもきれいだ……本当にきれいだ」

 三人の女たちは、満面の笑みでうなづくと俺に駆け寄り、そして抱きついてきた。

 もしかして会えなくなるのではないかと不安になったが、こんな形で会えるとは、親父の演出に舌を巻く。あの親父、やはり何を考えているのかわからない。

 俺たちは、しばらく抱き合っていたが、改めて親父に礼を言うために離れた。
 女たちも膝をつき、胸に手を当て頭を下げる。

「ありがとう、父さん。この三人を俺に贈ってくれた計らいに感謝します」

 にこりとした親父は、うんうんと頷いている。

「でも、なぜ言ってくれなかったんだ。知っていれば街まで俺は行く必要がなかったのに」
「まぁ、その……お前を驚かしてやろうと思ってな。しかし、わしは努めて隠していたわけじゃないぞ。言葉の端々にヒントがあったはずじゃ。落ち着いて聞いておれば気づいたのに、相当焦っていたようじゃな」

 ヒント? どんなヒントだろ。気づかなかったよ。
 確かに、俺って焦りすぎてたかも。朝からアルノルトの様子がおかしかったら、ひょっとしたら俺に内緒で売られたんじゃないかとか、ネガティブなことばかり考えていた。迂闊だった。

「この屋敷には馬車は一台しかないと言っただろう? それをアルノルトが買い物に使っていると。では、奴隷たちはどうやってダバオの街まで行くのだ? 行けないじゃろ。ここにこの子たちはずっといたのさ」
「それを早く言ってくれよ!」
「言おうとしたさ。しかし、お前が飛び出して行ったんだ」

 人の話は最後まで聞けってことだね。ごめんよ、親父。

「アルノルトは、隣国のアルーナの街のほうへ、この者たちの衣装を買いに行ってもらったが、まさかお前が追いかけて行くとは思わなんだぞ」

 マジか。それくらい言って欲しかったけど、俺が聞いてなかっただけなのかも。
 わざわざ、隣町にまで衣装を買いに行くとは、手が混みすぎだろ。昨日、思いついて、すぐ実行するあたりは、さすがとしか言いようがないが。
 もう一度、着飾ったパオリーアたちを見た。本当に美しい三人だ。
 ずっと、貫頭衣姿しか見ていなかったから、美少女たちがさらに美しさが際立っている。鍛えている肉体がさらに美しさを倍増させていた。

 三人も俺の方を見て頷いている。

「じゃぁ、奴隷を出荷するという話は? ジュンテは、必ず奴隷は出荷されると言っていました。もしかして、この後、パオリーアたちは商店に連れいて行くのですか?」

 親父は、首を横に振ると言った。

「ジュンテにも、今朝の早い時間に伝書鳩で伝えていたさ。別の奴隷を出荷するとな」

 俺は、店主ジュンテの言葉をもう一度思い出していた。
 たしか、俺が「俺が買う、親父とは話がついている」と言った時、「存じ上げています」と答えた。すでに知っていたってことか。
 あの野郎、黙っていやがったのか。
 だが、騙されても少しも腹が立たなかった。

「女神の御神託に逆らうことにならなかったのですか?」

 素朴な疑問だ。あれほど、パオリーアたちの出荷を進めようとしていたのに、なぜ急に俺にくれるってことになるのだ?

「あれか。あれは、もう一度やってみたんじゃ。三回もやったら、さすがに女神様も呆れてしまったんじゃないかな。でも、バチが当たることもなかろう」

「ありがとうございます。こんなサプライズまで用意していただいて。精一杯頑張らせていただきます」

 その後、粛々と引き継ぎ式は進み、俺は晴れて奴隷商人となった。
 実感はまだないけど、なんとかなるさ。

 さぁ、みんなで裏庭で祝杯をあげるぞ! バーベキューだ!
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