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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>
第二十四話:奴隷商人はアルノルトからの手紙を読む
しおりを挟むライラから贈られた精霊石は、エルフの力を宿している大変貴重なものだった。
なぜそのような石が雑貨屋の親父が持っていたのか不思議で聞いてみたのだが、要領を得なかった。
親父自身には、この精霊石に触れても何も起きなかったのだという。
そして、売りに来たエルフもこの精霊石にどんな力があるのか知らなかったそうなのだ。
つまり、俺以外はまだ精霊石のポテンシャルを知らないままだった。
実に都合がいい。他人の心を読む石が存在するということが知れ渡ると、逆に交渉ごとに使いにくい。
だから俺は、この事は誰にも言わずにいた。
そして、いろいろと実験をしてみた。
割れた精霊石は、いくつかの塊になっているのだが、どれも効果は似たようなものだった。つまり大きさは関係なく欠片でも問題なく使えた。
ただ、俺は勘違いしていたのだが、この精霊石は人の心をいつでも読めるわけではなかった。
当初、この精霊石を通じて見た相手の考えていることが聞こえるのだと思っていたが、精霊石を頭近くに持ってくることが一つの条件で、もう一つは相手が自分のことを考えていないといけなかった。
つまり、ライラやアーヴィアの心が読めたのは、彼女たちが俺のことを考えていたからだったのだ。
普段、仕事をしている彼女らに向けても、何も聞こえてこなかったのがその証拠だ。
俺は、精霊石を宝飾屋に預けて、ヘッドチェーンを作ってもらった。
頭につけるネックレスのようなもので、精霊石の欠片がちょうど俺の額に来るようになっている。
これを身につけているだけで、俺は相手が何を考えているのかわかるようになるという、恐ろしい魔道具を手に入れたことになる。
「旦那様。その、新しいヘッドチェーンすごくお似合いですわ!」
ライラは、俺がこの装飾品を身につけると褒めてくれた。
心の中で、繰り返し「素敵だわ、カッコいいわ、さすが旦那様だわ」と賛辞を送るもんだから、俺は少々気恥ずかしかったがライラの気持ちは嬉しかった。
他の奴隷たちも、俺の装飾品を見て賛辞を送ってくれる。
その数日後、俺はライラとパオリーアたち専属奴隷にも宝石をあしらったヘッドチェーンやカチューシャを贈った。
「旦那様、ありがとうございます。一生大切にいたします!」
パオリーアが、嬉しそうに破顔し、箱から取り出すと手のひらに乗せて、まるで子猫を起こさないようにそっと抱き上げるように、静かに持ち上げると息を潜めて見ていた。
目が輝いている。やはり、女にとってアクセサリーは特別なものなんだろう。
ライラとパオリーアにはヘッドチェーンを、マリレーネとアーヴィアにはカチューシャを贈った。
肉体労働が多いマリレーネはカチューシャタイプが普段でも身に付けていられるだろうし、厨房での作業が多いアーヴィアもガッチリと髪を固定するカチューシャが実用的だと思ったのだ。
アーヴィアも、心の底から喜んでくれていたし、俺も一安心した。
宝石と言っても、国内で採掘される青い石で、俺の元いた世界ではラピスラズリと言われていたっけ。
こちらの世界では、瑠璃色の宝石は「青眼泉石」と呼ばれていた。
スティーンハン国とカールトン国との間にある、魔物の樹海に生息していると言われる青い目のドラゴンの涙が溜まり、涙の成分が蓄積して石になったのだと言う。
ドラゴンが泣くとは思えないが、伝承とはロマンチックな物語が含まれているものだ。
「青いドラゴンの涙でできた宝石だそうだ。青いドラゴンは誠実で勤勉なのだそうだから、みんなも宝石に負けないように頑張ってくれ」
「ありがとうございます。一生この身を旦那様に捧げ励みたいと思います」
いちいちライラは重たいのだが、この時はパオリーアも同じように、一生を捧げますと誓った。
これで、俺がヘッドチェーンをしていても、ソレ家の者はみんな頭に装飾品をつけているんだと思ってくれるだろう。
◆
ある日の午後、のんびりと中庭で過ごしていた時だった。
「旦那様! アルノルトさんからお手紙が届いています」
パオリーアが、小走りに俺に近づいて来て言った。
中庭のテラスでうたた寝していた俺も、アルノルトから手紙が届いたと聞き、飛び起きる。
「本当か! 早く見せてみろ。アルノルトが俺に手紙を寄越すなんてどういうことだ?」
俺はパオリーアから手紙を受け取ると、筒状に丸められた紙を見た。
ご丁寧に封蝋で止められていた。
急いで自室へと戻ると、手紙を読んだ。パオリーアもついて来てそばで覗き込む。
『ニート様へ
ずいぶん名を売っておられるようで、こちらまで噂は聞こえて来ています。
さすがニート様です。
この手紙を書いているのは、ご主人様の生まれ故郷を旅立つ前日です。
お伝えすべきことが二点あります。
一つ目は、コンラウス様は先日再婚されて、こちらで永住されることになりました。
第二の人生を楽しみたいから、ニート様はご主人様のことは忘れてくれていいとのこと。
ご主人様は、とてもニート様のことをご心配されていて、毎日ニート様の名を言わない日はないくらいでした。
しかし、今は最愛の人ができ、余生を静かに過ごしたいそうです。
二つ目は、コラウスとデルトは残りますが、私はそちらに戻りニート様にお仕えするようにと仰せつかりました。
明日、こちらを出発いたしますので一ヶ月後には戻れる予定です。
是非とも、私をニート様のお側に置いていただければと願っています。
急ぎ、戻りますのでどうぞよろしくお願いいたします』
読み終わると、俺は目を閉じる。
そして、大きく息を吸い、そして息を吐く。心を落ち着けるためだ。
親父が再婚するのはいいとして、息子に忘れてくれていいとは親父らしい。
独り立ちした息子より、愛する女性だけを思って生きていきたいということか。
そして、アルノルトが戻ってくるという。男奴隷も増やしていきたいと思っていたので渡りに船。
親父には感謝しなければならないな。
パオリーアが、不安そうに俺を見ている。何か良からぬ知らせと思ったのだろう。
「アルノルトが戻って来るそうだ。デルトとコラウスは引き続き親父の面倒を見てくれるらしい」
「まぁ、アルノルトさんが戻ってくるんですか? そうなると旦那様のお世話はアルノルトさんがされるのでしょうか?」
嬉しそうに笑顔になったと思ったら、急に顔が曇るパオリーアを見て、俺は言った。
「俺の身の回りの世話係りは、ずっとお前に任せたいのだが、ダメかな?」
首を振って、ううん、ダメじゃないですと言うとパオリーアは大きな胸に俺の腕を押し付けた。
ふわふわの感触……これされると、なんでも許してしまいそうになる。ダメだ、籠絡されてしまう。
「今まで通りだ。アルノルトが戻ってから役割をもう一度考えるが、俺の世話はリーアがしてくれ」
「はい。仰せのままに!」
潤んだ瞳で、見上げられるとキュンと胸が痛くなる。なんて可愛いんだ……
俺は、そっとパオリーアの頬に手を当て、唇を重ねようと顔を近づけ、キスをした。
――――コン、コン、コン
ノックの音とともに、ライラが入って来た。
「あの……、旦那様っ! わっ、ごめんなさい」
俺はパオリーアと体を離すと、気を使って部屋を出て行こうとするライラを呼び止めた。
「申し訳ありません、旦那様。お楽しみのところ……」
「いや、いいんだ。俺はいいが、お前は大丈夫か?」
ライラは俺の顔を見て、首をかしげる。何か、俺おかしなこと言いましたっけ?
「もしかして、パオリーアとキスしていたことを気にされているのでしょうか?」
ライラは、そう言うとプッと吹き出す。
「そのようなことを旦那様が気にされるとは思いませんでしたわ。旦那様は奴隷商人。女奴隷ばかりのこの屋敷で、いちいちそのようなことを気にしていたら身が持ちません。だいたい、私がこの屋敷に来た時にはすでに三人の愛人がっ! 愛人じゃなくて、奴隷をお側に置いていましたもの。そ、そ、そんなの気にしませんわ」
すごく気にしている気がする……。だが、奴隷商人の男が女にだらしないと思われるのは心外だ。
「ライラ、俺はパオリーアたち三人を奴隷だと思ったことはない。それぞれ一人の女性として扱っているつもりだ」
「あっ、申し訳ありません。少し取り乱してしまったみたいで。もちろん承知しています。私は大丈夫ですわ。それに、私は第一夫人、パオリーアが第二夫人になるのでしょう?」
パオリーアが、ハッとして俺の顔を見る。俺は、ハッとしてライラを見る。
そんな俺たちを見たライラが、ハッとして口に手を当てた。
「あああっ、私、今おかしなことを口走ってしまいまして、申し訳ありません」
「あの……私は奴隷なので、第二夫人とかは無理なのでは……そもそも結婚できる立場ではありません」
蚊の鳴くような声でパオリーアがライラに言う。
そうなのだ。奴隷には結婚する権利がないというのが一番の課題。俺は、その問題をどうにかしたいと思っていた。
もともと、ルイとミアのカップル奴隷を手に入れた時から、奴隷同士の結婚ができるのかをあれこれ調べていたが、そんな前例のないことはできないという結論に達した。
しかし、もし、ライラと結婚して三人の専属奴隷をこのまま置いていると、ライラも気が気じゃないだろう。
特に獣人族は妊娠しやすく、子宝に恵まれやすい。
ライラと結婚すると決まったわけではないが、そんな流れに俺は流されている自覚はある。おそらく、この流れは止まらない。
だからこそ、早く奴隷たちのことをどうにかしてやりたいと思っている。その前に、俺がいつの間にかライラと結婚する流れになってるのが腑に落ちん。まだ、おつきあいさえしてないと思うのだが……
「奴隷同士の結婚を認めてもらえるように、元老院に法改正を申し立てようと思っている」
「ということは、やはりパオリーアたちともご結婚されるのでしょうか?」
この国は、重婚は可能。一夫多妻制は認められているが、税金は払う必要がある。金はいいとして、奴隷との結婚が可能かどうか現時点ではわからない。
どう、国王を納得させるか、俺はずっと悩んでいたのだった。
「結婚の話はまだ早い。奴隷たちを守れる法律ができるように尽力する。ライラも、パオリーアたちに期待感を持たせるようなことを言うな」
少し強い口調になったが、ライラはうんうんと頷くと、口を塞いでいた手を離した。
「申し訳ありませんでした。パオリーアも、ごめんね、変なことを言って」
「いいんです……そんな風にライラ先生が私たちのことを思ってくださっていてうれしいです。ライラ先生は、私たち三人の奴隷も旦那様と結婚の可能性があると思ってくださっているってことですもんね。本当に嬉しいです」
ライラは、自分は第一夫人、パオリーアが第二、マリレーネが第三、アーヴィアが第四夫人になると思っているような口ぶりだった。
彼女もまた、三人の専属奴隷を、奴隷とは思って接していないということなのだろう。
なんとか、奴隷の身分で結婚したり、あるいは奴隷の身分から解放してやりたい。
ルイとミアたちのためにも、奴隷の結婚については最優先にして取り組まないといけないと、俺は強く思った。
とりあえず、アルノルトに早く戻ってきてもらって、相談に乗ってもらおう。
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