君は神様。

志子

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最後に見た光景

 瓦礫の山と化した王都。

 あちこちから黒い煙幕が立ち昇り、人々の叫び声や呻き声、泣き声が聞こえる。

 その中で僕は半壊した王城の上に立つ男を見上げた。金色の髪を風に靡させたその人は一瞬天使様かと思った。でもそれは違うとすぐに分かった。その人の剥き出しになったミイラみたいな右腕がゆっくりと動き、手に持っている物を掲げた。

「…………ッッッ!」

 それは魔塔主でありこの国の王様の弟でもあるグルモア大公の首だった。

「ああああああああっ! 大公っっっ!!!!」

 女性の……イレナさんの泣き叫ぶ声が背後から聞こえたかと思うと、彼女は真っ直ぐと男の元へ飛んで行った。

「きさまぁぁぁぁぁっ!!!」

 イレナさんがその人に向かって攻撃魔法を放つ。が、攻撃魔法は男の目の前で飛散し、それと同時にイレナさんの身体が黒い炎に包まれた。イレナさんの絶叫が辺りに響き渡る。

「……あ……あ、あ……あぁ……」

 真っ黒に焼け焦げたイレナさんの身体がどさっと地面に落ちる。助けなきゃって思うのに身体が動かない。

 その人は王城の上から風魔法を使ってゆっくりと地面に降りてきて、虚ろな目で地面に座り込む僕を真っ直ぐと捕らえた。

「アルトッ!」

 第一王子殿下が僕を庇うように前に立つ。殿下だけではない、殿下の側近たちもそれぞれ剣や魔法の杖を構えた。

 その時だった。

「ヴィー!!!!!」

 馬の鳴き声と共に女性の声が背後から聞こえた。

「ヴィ! 私だっ! お前の姉だっ!」

 その人と同じ髪色をした女性が馬から降り立ち僕らの前に立った。

「目を覚ませヴィー! そんなものに飲み込まれるなっ!」
「……ねぇ……さん」

 その人は女性……ううん、自分の姉を見て笑った。その笑みはゾッとするほど不気味だった。

「ヴィー?」
「姉さん、凄いよ。今、僕は何も怖くない。怖くないんだ。……なんで、なんで、あんな男の影に怯えてたんだろう」
「ヴィー……」
「あの……日記に書いて……あったんだ。この力は……恐怖を……消してくれるって」

 その人は愛おしそうに自分の右腕を撫でた。

「あはは。本当だった。この腕が言うんだ。僕に恐怖を与えるものは全部消してあげるって。………だからソレも消さなければならない」

 僕を指差す。

「ヴィ、頼む。目を覚ましてくれ。お前は今ソレに言い様に操られてるだけだ」
「僕は操られてなどいないっ! 僕の意思でこの力を受け入れたっ!!」
「大公は言っていた。ソレは人の心を弄び破滅させるものだと。だから……」
「ああ、そうか。姉さんもこの力が欲しいんだ。だからそんなデタラメを言うんだ」
「違う! 私はっ!」
「うるさいっ!」

 彼が叫ぶのと同時に女性の上半身が吹き飛んだ。残された下半身が地面に倒れ込み内臓が地面に広がった。

「うっ……げぇぇっ!」

 咄嗟に皆が僕の視界を遮ったが、わずかに見えた光景に僕はたまらず吐いた。

「………ふっ、あはは………アハハハハハッッッ!!」

 その人が声高らかに笑い声をあげた。

「はー……こいつ、自分の姉を自ら手にかけたことに絶望して精神がぶっ壊れちまったわ」

 その人が髪をかき上げた途端、金色の髪が漆黒色へ、青い瞳が緑色へと変わった。

「英雄気取りに、紛い物の聖人か」
「アルトは教会が認めたれっきとした聖人だ!」

 その人の言葉に殿下が声を荒げる。

「あはははっ! そいつらの戯言を信じてるのか!? おっかしぃぃっ! 」

 ゲラゲラ笑ったその人は僕を見て楽しそうに緑色の瞳を歪めた。

「そいつは教会の連中が勝手に祭り上げただけの存在でしかない」
「戯言はお前のほうだっ!」
「じゃあその崇高なる力をぜひっ! この場でっ! 見せてみろっ! さぁっ!」

 その人は両手を広げて高らかに言う。僕は震える足を叱咤して立ち上がり聖なる力を使おうとした。………が、まったく力がでない。

「な、なんで?」

 僕は唖然と自分の両手を見下ろした。

「お前は紛い物でしかない。本物はお前らが殺した」
「ほん……もの?」
「アルト! こいつの言葉に耳を貸すなっ!」

 騎士団長の息子であるバルダ伯爵令息が叫ぶ。

「いやぁ、あの綺麗な人形の精神をちょっと弄っただけで転げ落ちるように堕ちていって実に面白かったっ! まぁ、最後は地下牢で舌を嚙み切って死んだわけだが」

 剣を握っていた第殿下の手が震えた気がした。その人は真っ黒な指で僕らのほうを指さすと、僕以外の皆の影から黒いモヤが出て身体に絡みつき、まるで上に引っ張られるかのように皆の身体が空高く舞った。

「ちゃぁんと見てなよ? 選択を間違えた愚か共の末路を」
「! やめっ………!」

 頭上から皆の呻き声が聞こえ顔を上げれば、皆の顔が見る見るうちにやせ細り、最後はミイラのような顔になってしまった。

「………っっっ!」

 動かなくなってしまった皆の身体から黒いモヤが離れ、支えを失った皆は軽い音を立てながら地面に落ちていく。

「あ……あ……あ……」

 皆の変わり果てた姿に僕は言葉を失った。

「あは、あの綺麗な人形を死へ追いやらなければ、こんな結末にならなかったかもしれないのになぁ」

 直ぐ背後から声が聞こえ、後ろを振り返るとその人は歪んだ笑みを浮かべて僕の事を見下ろしていた。

「あははは、いいねー、その絶望しきった顔。……安心しな。愚か共のものへ送ってやるから」

 その人の真っ黒な手のひらが僕の視界を覆った。

「バイバイ、さよーなら」

 その人の楽し気な声と共に何かが折れる音を聞いた気がした。




**********************

 

 閉じていた目を開くと辺りは真っ暗だった。

「へあっ!? 停電!? 宮部、大丈夫かー!?」

 後輩の名を呼ぶが返事がない。何度か呼んだが返ってくる様子がない。まさか停電の時にどっかに頭をぶつけて気を失ったのか?

 しゃがんで地面を探るがそれらしいものはない。……いや、何もない。デスクもイスもない。そもそも非常灯が点いてないのがおかしい。

「待って、なに? この状況……」

 訳が分からず混乱していると、不意に背後から何かの気配を感じてギクリと肩を跳ねあげた。恐る恐る背後を振り返ると小さな男の子が立っていて、俺は声にならない悲鳴をあげた。待て! 待て! 待て! 何っ!? 何っ!? 幽霊っ!? 幽霊なのっ!?

「おじさんなの?」

 男の子が首を傾げてそう言った。おじ……っ! 俺はまだそんな年じゃないっ!  俺は咳払いをしてその子に目線を合わせた。さっきはびっくりしたけど、今は不思議と怖くはない。子どもだからか? 

「俺はおじさんじゃない」
「おじさんだ!」
「おい」
「おじさん、こっちきて!」
「ちょっ……!」

 その子はパッと表情を明るくしたかと思うと俺の手を掴み駆け出したので、俺は慌てて立ち上がってその子に引っ張られる形で半ば駆け足になった。

「おい、待って! どこに行くんだ?! そもそもなんで会社にいるんだ?」

 誰かが無断で連れてきたのか? 立ち止まって聞こうとするが、見た目に反して子どもの引っ張る力が強くて止まれない。真っ暗闇で何も見えないのに、子どもの足取りに迷いがまったくない。

 ふと前方に小さな白い光がぽつんと見えた。

「かみさまがね、おじさんだって!」
「いや、おれはおじさんじゃなくて……はい?」

 今、神様って言わなかった?

「かみさまがいったの。おじさんがみんなをたすけてくれるって!」
「は?」
「おじさんならあのちからをわるいことにつかわないからだいじょうぶだって、かみさまがいったの!」
「いや、あの、えっと……っっ!」
 
 待って、話がまったく見えない。そう思った瞬間、あの小さな光が一気に大きくなって目の前が真っ白になった。

「へ?」

 真っ暗闇から一変して真っ白な空間になった。

「あ、かみさまがよんでる。いきなきゃ」

 その子は真っ白な空間を見上げてそう呟いた。俺も見上げたがそこには何もなく、何も聞こえなかった。

「おじさんにおまじないをかけてあげる!」

 その子は俺の手を両手で包んで手の甲に自分の額を付けた。

「おじさんがてをはなしちゃいけないひとがだれかわかりますように……」
 
 呟くようにそう言って俺の手を離すと、その子の身体がふわっと宙に浮かび、そのまま昇っていった。

「ちょっ! まっ!何がっ!」

 俺は必死にその子に手を伸ばすが全然届かない。次第にその子の身体が小さな光の粒へと変わっていく。

「ぼくねっ! みんなにわらってほしいのっ! いっぱいわらって、しあわせになってほしいっ!」
「は?」
「あのこもわらってほしい。こわいひとにこころをふかくきずつけられたってかみさまがいってた。だからねおじさん、あのこをすくって」
「いや、待て! 意味がっ……!」
「ぼく、いっぱい、いっぱいちからをつかったから、つかれちゃった……」
「おいっ! 行くなっ!」
「ごめんね……おじさん………。おじさんも……しあわせになって」
「…………ッッッ!!!!」

 目の前が眩しくなって俺は思わず両腕で顔を覆った。

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