君は神様。

志子

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異世界転生・完

 ぼやけた視界に天井が映る。がその天井が自分の知らない天井だと気付くまでぼうと見上げていると「バシャッ!」と水の音が聞こえた。鉛のように重い頭を動かし音のするほうを見ると、そこには両手で自分の口を抑えたメイド姿の女性が立っていた。そしてその人の足元には金属製のタライが転がっている。は? メ、メイド? なんで?

「奥様っ! 坊ちゃまがっ! 坊ちゃまがっ!」

 その人はそう叫びながら俺の前から姿を消した。坊ちゃまって……え? なに? 混乱する俺の耳に慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、びっくりするほど綺麗な外人さんのお姉さんとお兄さんが俺の前に姿を現した。

「ああ、マルク……目を覚ましたのね。良かったわ」

 俺の傍に来た綺麗なお姉さんが心底安堵した表情を浮かべて言った。マルク? え? マルクって俺のこと? ちょっ、待って。え? どゆこと?

「マルク、苦しい所はないか?」

 綺麗なお姉さんの後ろからこっちを覗き込む綺麗なお兄さん。「あの、どなたですか?」と聞こうと口を開いたが出てきたのは酷い咳だった。喉がガッサガサでめっちゃ痛い。

「ああ、すまないマルク。無理にしゃべる必要はない」

 綺麗なお兄さんが謝り、綺麗なお姉さんがサイドテーブルに置かれた水差しからコップに水を注ぎ、俺の身体を起こし口元にコップを添えた。一人で飲めますと言おうとしたが言葉も出なければ、身体も全然動かなかった。「ゆっくり飲みなさい」と綺麗なお姉さんに言われるがままちびちびとぬるい水を飲んだ。喉が痛みが和らいでほっと息を付く。

「熱があるわ。今日は一晩私が傍についているわ」
「だめだ姉さん。二日も碌に寝てないじゃないか。僕が代わりにいるから」
「貴方だって全然寝てないじゃない」

 もしかしてこの二人は姉弟なのか? 確かによく見れば似ているな。って、いやいやそうじゃない。この現状を誰か説明してほしい。そう思うのに頭がぼぅとしてきて瞼が重くなっていく。

「マルク? マルクっ!?」

 綺麗なお姉さんの声がなんだか遠い。俺は「眠いだけ」と言おうとしたが言葉にならず、そのまま意識を飛ばした。



(オーケー、落ち着け俺。現状を整理しようか)

 再び目を覚ました俺はベッドに横たわりながら頭の中で整理する。俺の現世の名前はマルク。年は三つ。流行り病に罹り生死を彷徨った後、なんとか生還した。で、あの綺麗なお姉さんが現世の俺の母ちゃんで、もう一人の綺麗なお兄さんが叔父さんにあたる人だ。

 んで、恐らくだけど俺は転生……とやらをしたと思う。夜遅くまで残業していた後輩の仕事を手伝っていた時に突然目の前が真っ暗になった後の記憶が全然ない。えー、待ってー、こんな転生小説みたいな展開あるぅぅー? 

「マルク入るよ」

 ノック音がしたかと思うと綺麗なお兄さん……いや、ヴィレ叔父さんが部屋に入ってきた。

「気分はどう? 苦しいとか、痛いとかあるかい?」

 俺の元に来たヴィレ叔父さんが俺の額に触れて熱があるか確認する。

「もうどこもいたくない。はやくベッドからでたい」

 自分は普通に喋っているつもりだが、口調が子ども特有の幼さがでる。決してワザと言っているわけではない。素で出るのだ。

「ごめんね、マルク。お医者さんがもう大丈夫ですって言うまでは無理なんだ」

 申し訳なさそうに眉を下げるヴィレ叔父さん。

「ぶー。びれおじさん、ほんよんで! まほうのほん!」

 俺は小さな両手で掛け布団をポスポスと叩いた。なんとこの世界は魔法が当たり前にある異世界なのだ! つまりおれは転生は転生でも、異世界転生というやつなのだ。

「分かった。本を持ってくるよ」

 ヴィレ叔父さんはフッと笑って俺の傍を離れた。

「マルク?」

 立ち去ろうとしたヴィレ叔父さんが不思議な顔で俺を見下ろしてきた。

(ん? あれ? なんで?)

  気付けば俺は身体を起こしてヴィレ叔父さんの手を掴んでいた。

「えっと、あのね、ちゃんとしたまほうのほんがいい!」

 俺は慌ててヴィレ叔父さんの手を離してそう言った。

「ちゃんとしたって、マルクには難しいと思うよ?」

「いいの! びれおじさんがいつもよんでるほんがいいっ!」

 落ち着け俺っ! と思うが感情が子どもに引っ張られてしまうっ! うわあぁっ我儘言ってごめんなさい! 

「……そうか。じゃあ、僕のお気に入りを持ってくるよ」

 ヴィレ叔父さんは嬉しそうに笑って俺の頭にキスを一つ落とした後、部屋を出て行った。自然過ぎるキスに俺は一瞬それがキスだと分からなかった。うん、慣れない。ポスっとベッドに横になり自分の小さな手を見て、ヴィレ叔父さんの手を掴んだことを思い出す。

(なんとなく……)

 ただなんとなくだった。「この人の手を離してはいけない」って……そう思ってしまった。

(なんでそう思ったんだろう?)

 首を傾げる俺。少しするとヴィレ叔父さんが本を持って戻ってきたので、そのことは後回しにすることにした。
 早く!早く! とワクワクしているとヴィレ叔父さんにくすくす笑われた。はっず。

 さて、医者に「もう大丈夫」とお墨付きを貰った俺は、転生小説みたいにチート能力に目覚めたり、前世の知識をフル活用して革命を起こした……なんてことはなく、ただただ平々凡々に暮らした。俺にとってはそれだけで十分だった。だって前世になかった家族が現世にいるのだ。これ以上一体何を望むというのだ?
 
 ふとした瞬間にヴィレ叔父さんの手を握ってしまう。ヴィレ叔父さんを見ると「この人の手を離してはいけない」という衝動に駆られる。なぜそうしてしまうのか未だに分からない。ただ他のみんなにはそんな感情は湧かない。ヴィレ叔父さんだけだ。

 もしかして俺はヴィレ叔父さんのこと恋愛的な意味で好きなのか? と本気で悩んだ。前世では誰かを好きになったことはないし、生きていくのに精一杯でそんな余裕なかったから、この衝動がそういったものなのか判断できなかった。

 しかし、俺は一人の少年を見た瞬間、ヴィレ叔父さんに対する衝動よりも遥かに超えた衝動に駆られた。

 エルトリオン。

 全身の血液が沸騰し心臓が大きく跳ね上がり、頭の中で警鐘がガンガンと鳴り響いた。

 ああ、だめだ。

(こいつの手は絶対に、絶対に離してはならない)




「俺はどんなことがあってもエルの手を離さない。絶対に。だからエルもさ、俺の手を離さないでほしい」

 エルの蜂蜜色の目が揺れ動き、くしゃっと顔を歪め俺の腰辺りを抱きしめた。

「……うん。……うん。僕もどんなことがあってもマルクの手を離さない。絶対に……絶対に」

 ああ、絶対に。
 
(この先どんなことが起きようとも……)

 こいつの……エルの手を離しちゃいけない。


 完

 
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