ヒリスの最後の願い

志子

文字の大きさ
10 / 40

ヒリスの最後の願い⑨

 ルシウス兄さんがいつものように末の異母兄弟を連れてくるよう侍女に告げ、侍女は温室を後にした。
 ……が。
 その侍女が半ば駆け足で温室に戻ってきた。酷く青ざめた表情を浮かべて。

「何があった?」

 俺が問うと侍女は震える声で答えた。

「……だ、第六王子殿下が自室でた、倒れられ……っ」

 カチャ……。

 ソーサに置くティーカップの音が温室の中に響き、ドッと鉛のような重い沈黙が落ちた。
 
 俺は後ろで組んでいた両手を強く握りしめ、ルシウス兄さんの動向を伺った。
 ルシウス兄さんは無言で席を立つとそのまま温室を出て行った。俺は詰めていた息を吐き出しルシウス兄さんの後を追った。

 末の異母兄弟が居る離宮は日中にも関わらず薄暗く、窓から見える庭は酷く荒れていた。
 ルシウス兄さんが部屋に入ると中には二人の侍女と初老の侍医の姿があり、末の異母兄弟はベッドに横たわっていた。
 ルシウス兄さんの姿に侍女たちと侍医は青ざめ、ベッドの傍からサッと離れた。
 ベッドの脇に立ったルシウス兄さんは無言で末の異母兄弟を見下ろした。
 俺は少し離れた場所から末の異母兄弟の様子を伺った。末の異母兄弟の顔色は酷く悪く、ぐったりとしていた。

「一体何があった?」

 俺は侍女たちに視線を向けた。

「……へ、部屋を整えるため、ノックしたのですが応答がなく、失礼を承知の上扉を開けましたら、第六王子殿下が床に倒られ嘔吐するお姿があり急ぎ侍医を……」

「嘔吐?」

 俺は眉を寄せ侍医のほうを見た。

「しょ、症状からして恐らく食あたりの可能性が大きいかと……」

「毒物の可能性は?」

「私が知る限り、その可能性はほぼないかと……」

「そうか……。なら原因がなんなのか詳しく……兄さん?」

 末の異母兄弟を見下ろしていたルシウス兄さんが不意に踵を返し部屋を出て行った。俺は一瞬呆気に取られたが、ハッと我に返りルシウス兄さんの後を追うため部屋に出た……が、廊下にルシウス兄さんの姿はどこにもなかった。

 困惑する俺は不意に廊下に僅かに残ったルシウス兄さんの魔力の気配を感じ取った。

 その瞬間、ゾッと背筋が凍った。

 城内でルシウス兄さんの魔力の気配を感じたのはこれで二度目……。
 
 脳裏にルシウス兄さんがラルス兄さんを殺した光景が浮かんだ。
 
 俺はルシウス兄さんの魔力の残存を追って本殿へと駆け出した。




 一体何が?
 目の前で起きてる光景に言葉が出ず、床にへたり込んだ身体ががくがくと震えていた。
 甲高い悲鳴と共に壁や食器、調理器具や食材に真っ赤な血が飛び散った。
 また一人、切り落とされた首が宙を舞う。
 
 どうして……。

(どうして、王太子殿下が……)

 私は剣を振る王太子殿下の後ろ姿を見上げた。

 それは突然だった。

 夕食に出す料理の下拵えをして居た時、厨房に王太子殿下が姿を現した。厨房にいた者たちは驚き慌てて頭を下げようとし……誰かが「ひっ!」と短い悲鳴をあげた。

 誰もが固まった。

 姿を現した王太子殿下の右手には血の付いた剣が握られ、左手には切り落とされた女性の首がぶら下がっていた。

 そこからは地獄だった。

 気付けば血に染まった床に首と胴体が離れた死体があちこちに転がっている中、生きているのは私一人だけだった。
 王太子殿下が振り返り、あの恐ろしい紅い瞳が私を捉える。

「あ……あ……、お、おゆ……お許し……を……」

 私は震える両手を胸の前で握り締め、王太子殿下に許しを請うた。
 一体何が王太子殿下を怒らせたんだろう……私には分からない。
 王太子殿下は私を一瞥した後、その場を去って行った。あの女性の首を持って……。


 血まみれの部屋の中に一人残された私は頭の中で何かがブツリと切れる音がした。



感想 3

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

事なかれ主義の回廊

由紀菜
BL
大学生の藤咲啓嗣は通学中に事故に遭い、知らない世界で転生する。大貴族の次男ランバート=アルフレイドとして初等部入学前から人生をやり直し、学園で出会う無愛想で大人顔負けの魔法の実力者であるヨアゼルン=フィアラルドと親友になるが、彼に隠された力に翻弄され次々と襲ってくる災難に巻き込まれる。終いには、国家の存続を揺るがす大事件にまで発展することに・・・

悪の策士のうまくいかなかった計画

迷路を跳ぶ狐
BL
いつか必ず返り咲く。それだけを目標に、俺はこの学園に戻ってきた。過去に、破壊と使役の魔法を研究したとして、退学になったこの学園に。 今こそ、復活の時だ。俺を切り捨てた者たちに目に物見せ、研究所を再興する。 そのために、王子と伯爵の息子を利用することを考えた俺は、長く温めた策を決行し、学園に潜り込んだ。 これから俺を陥れた連中を、騙して嵌めて蹂躙するっ! ……はず、だった……のに?? 王子は跪き、俺に向かって言った。 「あなたの破壊の魔法をどうか教えてください。教えるまでこの部屋から出しません」と。 そして、伯爵の息子は俺の手をとって言った。 「ずっと好きだった」と。 …………どうなってるんだ?

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。