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ヒリスの最後の願い⑳
白い花が赤く汚れていく。
俺は目の前に立っている彼女を見上げた。
「その忌々しい姿であの人を騙した挙げ句、あれにも媚びを売って」
血に染まったナイフを握り締める彼女の手が怒りで戦慄いている。
「貴方なんかあの女そっくりに生まれてこなければよかったのよ……」
吐き捨てられた言葉と共に俺は一面に咲く白い花の上に倒れ込んだ。遠退いていく意識の中で、遠くに佇んでいる弟と目があった。
父と同じ……紅い目と。
***********
閉じていた瞼を開き、窓の外へ目を向けた。
そこには荒廃した庭……ではなく、手入れの行き届いた美しい庭が広がっていた。三階の部屋だから遠くまで見ることができる。
俺は窓に反射している自分の姿を見た。そこには少しだけ大人びた十五歳になる俺の姿が映っていた。
肩より伸びた赤茶色の髪。首元まで覆われた飾り気のない藍色のドレス。
一目で男が女物の服を着ていることがわかる、その滑稽な姿に俺は自傷気味に笑った。
二年前。ルシウスに両足首を切り落とされたあの日から俺の日常は一変した。
自ら歩くことが出来なくなった俺は車椅子生活を与儀なくされ、生活も離宮からルシウスの部屋へと移された。
左手を目の前に掲げる。薬指に嵌められたなんの飾り気もないシルバーの指輪。
ひと月前。十五歳の誕生日を迎えると共に俺はルシウスの妻となった。
次期帝王となる男が異母兄弟の男を妻に迎えたことに上の連中は反対したが、帝王だけはルシウスの要望を受け入れたと聞く。
小説でもルシウスは二十四歳のとき一人の女性を妻として迎えている。
(でも、その女性がどんな人物なのか一切書かれていなかった……)
俺は左手を下ろして空を見上げた。青い空に二匹の小鳥が飛んでいく。
一年半前、西の牢にいたベルナルドが忽然と姿を消した。
奴隷の首輪を残して。
聞いた話ではベルナルドが脱走した痕跡も、誰かが侵入した痕跡も一切なかったという。
小説ではベルナルドの母親の生まれ故郷である大帝国カリバヴィバルドの第二王子殿下イーダがこの城にスパイを送り込み、東側にある倉庫と城の一部を爆破させその混乱に乗じてベルナルドの部下たちが彼を救出していた。
一年後に。
(厄介となっていた奴隷の首輪はすでに解除されていた……)
解除したそいつが脳裏に浮かぶ。
(でももうそんなことはどうでもいい………)
もやはこの世界は俺の知ってる小説とは違うのだ。
ベルナルドが……、いやベルナルドに転生した奴が復讐しにくるかどうかなんて分からない。
(もし来なければ、その時は……)
命を絶って母さんの元に行こう。
不意に扉の開く音が聞え、そっちに顔を向けるとそいつが立っていた。
そいつは俺と目が合うと、楽しそうに緑の目を歪めた。
************
俺は末の異母兄弟の車椅子を押してある部屋へと入った。
中は奥へと細長く壁には歴代帝王の肖像画が飾られていた。
ルシウス兄さんは先々代の帝王とよく似ている。
俺は先々代の一つ前の帝王……つまり先々代の父親の前で足を止めた。
漆黒の髪に血のような紅い目。そして慈愛に満ちた笑みを浮かべた男がそこにいた。
「聖人みたいだろ? まあ、実際この男は聖人だった」
最初はな。
戦争狂いの父親を殺し、王座についた男はヴァルトス国との長きに渡る戦争を終息させ、傾いていた国を復興させることに全力を注いだ。
「女狂いでもあった父親とは対照的に男は妻一人だけを愛した」
赤茶色の髪と目をした女を。
「女は美人とは言えなかったが、裏表のない性格と明るい笑顔に男は一目惚れをし何度も女に求婚した。女も最初は身分が低いことを理由に断っていたが、男の熱意にやられて最後は男の手を取った」
そして女は男児を産んだ。
「女と同じ色の子どもをな」
だが、難産が原因で女は子どもを作れない身体になってしまった。周りの連中は「血筋が途絶えてしまう!」と騒ぎ、男に側室を迎えるよう迫った。
「誰一人その子どもを王子と認めようとはしなかった」
塞ぎ込んでいく女のために男は離宮と庭の一角にガラス張りの温室を造った。
「雪を見てみたいと言った女のために男は南国から白い花を取り寄せ、冬の間はその花以外の花を見ることはなかった」
そして七年後。ある貴族が一人の赤子を連れて男の前に現れた。
その赤子を見た男は驚いた。赤子は漆黒の髪に、紅い目をしていたのだ。
男は愛する女以外の女を抱いたことはない。可能性があるなら男の父親だった。
「稀に子供ではなく孫に特徴が現れることがある」
まあ、城の外で生まれた奴は相当優秀か、または王族の中に証を受け継ぐ者が現れなかった場合でしか王族の一員として認められることはなかった。
「側室を持つことを頑なに拒んでいた男はその赤子を養子として迎えることにした」
だがその時、その貴族は言った。
「この子の母親は私の娘です。この子から母を奪うおつもりですか? この子を養子に迎えるのであれば娘を側室として迎えてください」
男は貴族の提案を飲んだ。
「まあ、その赤子の母親はそいつじゃなかったけどな。本当の母親は流れ者の踊り子だった。その女の母親が男の父親と肉体関係を持っていたわけだ」
赤子の存在を嗅ぎ付けたその貴族は赤子を奪い、口封じとして流れ者たちを皆殺しにした。
男は赤子が貴族の娘と血が繋がっていないことぐらい分かっていた。だが男にとってそれはどうでも良かった。これで周りも少しは黙るだろうと考えたからだ。
「悲劇を呼ぶことも知らずにな」
側室を向かえて五年後。
女は流行り病にかかって死んだ。
「愛する女を失い絶望した男は何をしたと思う?」
末の異母兄弟に視線を落とすと、そいつは前屈みになってこれ以上は聞きたくないと耳を塞いでいた。俺は笑みを浮かべそいつの両手首を掴み無理矢理耳から引き剥がし、そして耳元で囁いた。
「女と同じ色を持つ息子をその女に仕立てたのさ」
そんな父親に息子は恐怖し逃げ出した。そのことに逆上した男は息子の両足首を切り落とし離宮に閉じ込めた。
「どんなに聖人と謡われても、所詮はセルヴォス家の狂った血を受け継いだ男だ。女を失ったことで心の奥底に眠っていた狂気が目覚めてしまった」
そしてその狂気は息子へと向けられた。
「息子は地獄だったろうなぁ」
末の異母兄弟から荒い呼吸が聞こえる。……いや、もうこいつは末の異母兄弟じゃない。
自分が誰なのか思い出したようだ。
俺は笑みを深め祝福するようにそいつの名を呼んだ。
愛する妻を亡くし狂ってしまった男の息子の名を。
「おかえり、 ヒリス」
俺は目の前に立っている彼女を見上げた。
「その忌々しい姿であの人を騙した挙げ句、あれにも媚びを売って」
血に染まったナイフを握り締める彼女の手が怒りで戦慄いている。
「貴方なんかあの女そっくりに生まれてこなければよかったのよ……」
吐き捨てられた言葉と共に俺は一面に咲く白い花の上に倒れ込んだ。遠退いていく意識の中で、遠くに佇んでいる弟と目があった。
父と同じ……紅い目と。
***********
閉じていた瞼を開き、窓の外へ目を向けた。
そこには荒廃した庭……ではなく、手入れの行き届いた美しい庭が広がっていた。三階の部屋だから遠くまで見ることができる。
俺は窓に反射している自分の姿を見た。そこには少しだけ大人びた十五歳になる俺の姿が映っていた。
肩より伸びた赤茶色の髪。首元まで覆われた飾り気のない藍色のドレス。
一目で男が女物の服を着ていることがわかる、その滑稽な姿に俺は自傷気味に笑った。
二年前。ルシウスに両足首を切り落とされたあの日から俺の日常は一変した。
自ら歩くことが出来なくなった俺は車椅子生活を与儀なくされ、生活も離宮からルシウスの部屋へと移された。
左手を目の前に掲げる。薬指に嵌められたなんの飾り気もないシルバーの指輪。
ひと月前。十五歳の誕生日を迎えると共に俺はルシウスの妻となった。
次期帝王となる男が異母兄弟の男を妻に迎えたことに上の連中は反対したが、帝王だけはルシウスの要望を受け入れたと聞く。
小説でもルシウスは二十四歳のとき一人の女性を妻として迎えている。
(でも、その女性がどんな人物なのか一切書かれていなかった……)
俺は左手を下ろして空を見上げた。青い空に二匹の小鳥が飛んでいく。
一年半前、西の牢にいたベルナルドが忽然と姿を消した。
奴隷の首輪を残して。
聞いた話ではベルナルドが脱走した痕跡も、誰かが侵入した痕跡も一切なかったという。
小説ではベルナルドの母親の生まれ故郷である大帝国カリバヴィバルドの第二王子殿下イーダがこの城にスパイを送り込み、東側にある倉庫と城の一部を爆破させその混乱に乗じてベルナルドの部下たちが彼を救出していた。
一年後に。
(厄介となっていた奴隷の首輪はすでに解除されていた……)
解除したそいつが脳裏に浮かぶ。
(でももうそんなことはどうでもいい………)
もやはこの世界は俺の知ってる小説とは違うのだ。
ベルナルドが……、いやベルナルドに転生した奴が復讐しにくるかどうかなんて分からない。
(もし来なければ、その時は……)
命を絶って母さんの元に行こう。
不意に扉の開く音が聞え、そっちに顔を向けるとそいつが立っていた。
そいつは俺と目が合うと、楽しそうに緑の目を歪めた。
************
俺は末の異母兄弟の車椅子を押してある部屋へと入った。
中は奥へと細長く壁には歴代帝王の肖像画が飾られていた。
ルシウス兄さんは先々代の帝王とよく似ている。
俺は先々代の一つ前の帝王……つまり先々代の父親の前で足を止めた。
漆黒の髪に血のような紅い目。そして慈愛に満ちた笑みを浮かべた男がそこにいた。
「聖人みたいだろ? まあ、実際この男は聖人だった」
最初はな。
戦争狂いの父親を殺し、王座についた男はヴァルトス国との長きに渡る戦争を終息させ、傾いていた国を復興させることに全力を注いだ。
「女狂いでもあった父親とは対照的に男は妻一人だけを愛した」
赤茶色の髪と目をした女を。
「女は美人とは言えなかったが、裏表のない性格と明るい笑顔に男は一目惚れをし何度も女に求婚した。女も最初は身分が低いことを理由に断っていたが、男の熱意にやられて最後は男の手を取った」
そして女は男児を産んだ。
「女と同じ色の子どもをな」
だが、難産が原因で女は子どもを作れない身体になってしまった。周りの連中は「血筋が途絶えてしまう!」と騒ぎ、男に側室を迎えるよう迫った。
「誰一人その子どもを王子と認めようとはしなかった」
塞ぎ込んでいく女のために男は離宮と庭の一角にガラス張りの温室を造った。
「雪を見てみたいと言った女のために男は南国から白い花を取り寄せ、冬の間はその花以外の花を見ることはなかった」
そして七年後。ある貴族が一人の赤子を連れて男の前に現れた。
その赤子を見た男は驚いた。赤子は漆黒の髪に、紅い目をしていたのだ。
男は愛する女以外の女を抱いたことはない。可能性があるなら男の父親だった。
「稀に子供ではなく孫に特徴が現れることがある」
まあ、城の外で生まれた奴は相当優秀か、または王族の中に証を受け継ぐ者が現れなかった場合でしか王族の一員として認められることはなかった。
「側室を持つことを頑なに拒んでいた男はその赤子を養子として迎えることにした」
だがその時、その貴族は言った。
「この子の母親は私の娘です。この子から母を奪うおつもりですか? この子を養子に迎えるのであれば娘を側室として迎えてください」
男は貴族の提案を飲んだ。
「まあ、その赤子の母親はそいつじゃなかったけどな。本当の母親は流れ者の踊り子だった。その女の母親が男の父親と肉体関係を持っていたわけだ」
赤子の存在を嗅ぎ付けたその貴族は赤子を奪い、口封じとして流れ者たちを皆殺しにした。
男は赤子が貴族の娘と血が繋がっていないことぐらい分かっていた。だが男にとってそれはどうでも良かった。これで周りも少しは黙るだろうと考えたからだ。
「悲劇を呼ぶことも知らずにな」
側室を向かえて五年後。
女は流行り病にかかって死んだ。
「愛する女を失い絶望した男は何をしたと思う?」
末の異母兄弟に視線を落とすと、そいつは前屈みになってこれ以上は聞きたくないと耳を塞いでいた。俺は笑みを浮かべそいつの両手首を掴み無理矢理耳から引き剥がし、そして耳元で囁いた。
「女と同じ色を持つ息子をその女に仕立てたのさ」
そんな父親に息子は恐怖し逃げ出した。そのことに逆上した男は息子の両足首を切り落とし離宮に閉じ込めた。
「どんなに聖人と謡われても、所詮はセルヴォス家の狂った血を受け継いだ男だ。女を失ったことで心の奥底に眠っていた狂気が目覚めてしまった」
そしてその狂気は息子へと向けられた。
「息子は地獄だったろうなぁ」
末の異母兄弟から荒い呼吸が聞こえる。……いや、もうこいつは末の異母兄弟じゃない。
自分が誰なのか思い出したようだ。
俺は笑みを深め祝福するようにそいつの名を呼んだ。
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