兄さんを食べたい僕の話

志子

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前編

注意:このお話はR18で近親(弟×兄)、カニバリズム、グロ・流血表現があります。

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 兄さんの心臓を食べたい。
 そう思ったのは中学一年の時。
 だけどその欲望はずっと前から僕の中にあった。
 きっかけは五歳の誕生日の時。十歳上の兄さんに「何が欲しい?」と聞かれた。

「とって言っても小遣いだから大したものは挙げれないけどさ」

 困ったように笑う兄さんに僕は言った。

「お兄ちゃんの心臓の音が聞きたい」と。

 「俺の心臓の音?」と首を傾げる兄さんに僕は頷いた。

「まあ……それでいいなら」

 膝を付いて両手を広げる兄さんの胸元に僕はそっと耳を押し当てた。Tシャツから漂う洗い立ての匂いと微かに感じる兄さんの汗の匂いが混じって僕の鼻を擽る。

 兄さんの心臓の音を意識して聞いたのはこの時が初めてだった。その時、沸き起こった感情を今でもはっきりと覚えてる。



 ああ、これは僕のものだって……。



「……なぁ」
「なに?」

 頭上から聞こえた兄さんの声に僕は顔を上げて兄さんを見ると、兄さんは仰向けになったままスマホを弄っていた。

「暑いんだけど」
「エアコンの温度下げる?」

 そう言うと兄さんはため息をついてスマホから視線を外し、自分の胸元に顔を乗せている僕を見ろしてきた。僕は今ソファに仰向けに寝そべっている兄さんの上にうつ伏せになっている状態だ。

「お前が退けばいい話じゃん」
「やだよ。僕の誕生日だよ? 僕の誕生日の日は好きにしていいて言ったじゃん」
「いや、言ってねぇし。ってか6年生にもなって…………恥ずかしくないのかよ?」
「全然? 兄さんがここにいるって実感できるから」
「……」

 じっと兄さんを見ると兄さんは一瞬視線をさ迷わせた後、もう一度ため息をついて再度スマホのほうに視線を戻した。僕も定位置に頭を戻して再び兄さんの心臓の音を聞いた。

 あの日を境に僕は自分の誕生日がくる度に、兄さんに心臓の音を聞かせてほしいと強請った。兄さんは「変なやつ」と言いながらも僕に胸を貸してくれた。今だって文句を言うだけで僕を退けようとしない。

 僕は知っている。兄さんが僕の顔に弱いことを。

(蒸発した母さんの顔に似ているから)

 兄さんは僕に母さんの面影を重ねている。そして兄さんは僕を可哀想な子だと思っている。母さんが蒸発した時、僕はその時六歳だった。だから僕が心臓の音を聞きたいと強請るのも、置いていかれる恐怖から来るものだと兄さんは思い込んでいる。

(……ほんとバカな兄さん……)



 夢を見た。
 兄さんをバリバリ食べる夢。
 長いテーブルにはアンティーク調の蝋燭台や色とりどりの果物が乗った皿が置かれている。
 そして僕の真正面には銀の皿に乗せられた兄さんの首。
 兄さんはじっと僕のことを見ている。
 僕の前に食材の乗ったお皿が運ばれてきた。
 左手首。右足首。輪切りにされた腿。細かくカットされた胴。胃。肺。大腸。肝臓……。
 それらを僕はフォークとナイフを使って綺麗にカットして口に運ぶ。

 バリバリ。ごっくん。バリバリ。ごっくん。

 口元や手や袖口、テーブルクロスが赤く染まろうが気にしない。
 兄さんの目の前で僕は兄さんの身体を余すことなく食べ尽くした。

 デザートは兄さんの心臓。

 脈打つ心臓にナイフを入れると、中から新鮮な血が溢れ出した。兄さんの心臓を咀嚼し飲み込み、皿に残った血を残らず全部啜った。
 
 そして僕は兄さんを見て笑った。

「ご馳走様」

 目が覚めた。
 心臓が痛いほど早鐘を打っていた。……夢に対する恐怖じゃない。これは高鳴りだ。
 僕はどうしようもないほど高揚していた。
 ……と、同時に下半身に不快な感触があった。
 起き上がって布団を捲り、下着の中を見た僕は深く息を吐き出した。

 中学一年の茹だるような夏の日、僕は子供ではなくなかった。



「朝比奈君、一緒に帰ろ?」
 
 帰り支度をしていると隣のクラスの女が話かけてきた。

「いいよ」

 僕が笑うと女は嬉しそうに僕の腕に絡みついてきた。女は学年で美人だと有名らしい。恋人関係になったつもりはないが、今ではすっかり僕の彼女面だ

(まぁ、僕も好きなようにさせているわけだし……)

 カモフラージュに丁度良かった。

 僕が中学二年の半ばあたりから兄さんが僕を避けるようになった。僕の誕生日も。
 大学生の時はレポートだとか就活だとか言って、社会人になればなったで今度は残業だとか飲み会だとか言って僕を避けた。

 一度だけ兄さんを問い詰めたことがあった。
 そしたら。

「いつまでも兄弟べっだりなのもおかしいなと流石に思ってな。だから少し距離を置こうかと……」

 視線をさ迷わせる兄さんに僕は腹の底から殺意が湧いた。絶対兄さんに余計なことを言った奴がいる。

 誰だ 誰だ 誰だ 誰だ 誰だ 誰だ 誰だ?

(僕から離れるなんて許さない。兄さんの心臓を食べるのは僕だ。誰にもやらない)

 誰かに奪われる前に今ここで兄さんを殺して食べてしまうか?
 何度も、何度も繰り返し見たあの夢のように……。

(……いや、落ち着け。兄さんの心臓を食べるのは今じゃない)

 食べるのは十八歳の誕生日だって決めたじゃないか。
 僕は深く息を吐き出した。

「そうだね。僕も兄さんに甘え過ぎていたよ。ごめんね」

 僕は笑った。少しだけ寂しそうに……。
 すると案の定、兄さんは僕を傷つけたと後悔の表情を浮かべた。

「待……」
「宿題をやらなきゃいけないから」

 兄さんが何かを言う前に僕は背を向けた。込み上げてくる笑いを隠すために。
 その日から僕も兄さんと距離を置いた。時折兄さんは何かを言いたげに僕のことを見ていたけど、僕は気づかない振りをした。

 高校生になった僕は幅広く友人関係を作った。
 前までは兄さん以外の人間と関係を持とうとしなかったし、必要ないと思っていた。だけど他者から見てそれは異様な光景だったようだ。

 明らかに兄弟の距離じゃないと。

 だから高校では適当に友人を作って、適当な女を傍に置いた。
 いい人のふりをするのは、兄さんを食べたい衝動を隠すことよりずっと、ずっと簡単なことだった。

「そういえばこの前の日曜日、朝比奈君見たんだけど、隣にいた男の人誰?」

 この間の日曜日? ……ああ、兄さんと夕食の買い出しに行ったな。兄さんのほうから声を掛けてきたんだ。あの時の兄さん凄く気まずそうだった。自分から距離を置いといて「買い出し一緒に行かないか?」ってさ。ほんと笑いを耐えるの大変だったよ。

「僕の兄さんだよ」

「え?! お兄さん!? 全然似てないし、地味じゃん! それに老けてない?!」
「十歳離れてるからね。でも兄弟仲はとても良いし、自慢の兄さんなんだ」 

 敢えて兄弟仲が良い、自慢のという部分を強調すると、女は「そ、そうなんだ……」と視線をさ迷わせた。きっと僕も「そうだね」と同意すると思ったんだろうね。

(バカな女だ……)
 
 そして他の連中も……。
 兄さんを見た目だけで判断して勝手に見下して。

(周りもそうだ)

 勝手に兄弟の定義を決めつけて、その定義から外れた僕らをおかしいと非難して……。
 
(ああ、全部……)

 全部消してしまいたい。



 夢を見た。
 あの女を食べる夢を。
 首だけになった女の前で僕は皿に乗った女の心臓をカットして口に運ぶ。

 不味い。

 咀嚼してなんとか飲み込むが、最悪な味に吐き気が込み上げた。
 兄さんの身体はあんなに美味しかったのに。
 不意に皿の中の血だまりに蠢くものがあった。
 蛆だ。
 気付けば皿に乗っていた心臓にも大量の蛆が湧いていた。
 僕はそれを無感情な目で見下ろす。
 いつの間にか女の首も腐って蛆が湧き、僕の足元には腐敗し蛆の湧いた人間の死体が無数に転がっていた。

 ああ……。

「不愉快だ」


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