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断罪されて返答に窮した公爵令嬢を助けたのは名探偵きどりの伯爵令息の迷推理。屁理屈推理が支持されて罪を認めたのに誰も信じてくれなかった

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「ジェシカ・エスレっ! 貴様は王太子である私の婚約者でありながら、その地位を悪用し、私と懇意にしているというだけで男爵令嬢のニキ・スノールをしいたげ、私物や教科書を盗み、噴水に突き落とし、果ては階段から突き落として殺害を試みたっ! その罪は総て明白であるっ! そのような犯罪者とは結婚は出来ぬっ! よって、ここに私、ディール・オクサリスはジェシカ・エスレとの婚約を破棄し、新たにニキ・スノールと婚約をする事を発表するっ! ジェシカは心からの謝罪をニキにしろっ! それがおまえが減刑を勝ち取る唯一の道と知れっ!」

 とオクサリス王国の貴族学校の卒業パーティーで公爵令嬢の私、ジェシカ・エスレは断罪を婚約者のディール殿下から受けて、遂には婚約破棄まで言い渡されたのだった。

 まさか、総ての私の悪事を殿下が知っておられたとは。

 そう、もう私の運命は決まってしまったのね。

「お願いです、ジェシカ様。私に謝って下さい。そうすれば悪いようには致しません」

 ディール殿下にエスコートされたスノール男爵令嬢がそう私に懇願してきた。

 何やら泣きそうな顔をされておりますが、泣きたいのはこちらですわ。

 公爵令嬢のわたくしが公衆の面前で断罪されるだなんて。

 これで私だけではなく、我がエスレ公爵家もおしまいね。

 お父様、お母様、申し訳ございません。

 総ては私が至らぬばかりに・・・

 などと心の中で両親に話し掛けていると、

「少しよろしいでしょうか、殿下。知的好奇心の観点から確認したい事が少しあるのですが?」

 何故か煙の上がっていないパイプ煙草をくわえて現れたのは、誰でしょう、面識のない令息でした。

「誰だ? 貴様は?」

 ディール殿下も不機嫌そうに質問される中、

「私はしがないビーナス伯爵家の次男坊、シリングと申します。お見知りおき下さい」

「で、そのビーナス伯爵の令息が何の用だ?」

「いえ、今、殿下のお話を聞いていて気になった点が幾つかありましたので、質問をさせていただきたいのですが」

「ふん。まあ、今日は卒業パーティーだ。余興には良かろう。相手をしてやる。何が聞きたい?」

「では、私物の盗難や教科書の破損の件から」

「それならばそこのジェシカ・エスレで間違いないっ! 回数は5回以上。目撃者は10人以上居るのだからなっ!」

 勝ち誇るディール殿下に対して、

「そこなのです、問題は」

 探偵小説の名探偵風の訳知り顔でシリング様が、

「殿下はこれを聞いた時、どう思われましたか?」

「うん? 無論、恥知らずめ、と思ったぞ」

 というディール殿下の感想を聞いたシリング様が、

「なるほど。そちらの側近の宰相令息のキリオ殿も同意見ですか?」

 ディール殿下の側近の宰相令息のキリオ様に質問されました。

「私は、さすがはディール殿下、愛されてるな、と思いましたかね」

 何て事を言われるのですの、キリオ様は。

 聞かされた私の方が恥じ入って赤面してしまいましたわ。

 嫉妬から他人様ひとさまの私物を漁るだなんて、我ながら恥ずかしい真似をしたものですわね。

 ですが、シリング様は、

「ふむ。私と認識が相当違いますね。私はこれを先程聞いた時、殿下が命令した、と思ったのですが」

 と訳の分からない事を言い、黒幕扱いされたディール殿下が不機嫌そうに、

「どういう意味だ?」

「つまりですね、何と説明すればいいか・・・殿下にお聞きしますが、殿下は気に入らない男爵令息の鞄の中の私物を漁ったりしますか?」

「そんな事をする訳がないだろうがっ!」

「絶対に?」

「当然だ。例え、する必要に迫られても、どうして私が自ら鞄を漁るのだ? そんなの側近に命令すれば済む事ではないか」

 と口走ってからディール殿下は遅蒔きに真相に気付いた推理小説の登場人物のように真面目な顔でハッとされて、シリング様を見てから私の方に視線を向けられました。

「そこです、殿下。この話の問題点は」

 煙の出ないパイプで殿下を指し、探偵小説の名探偵特有のドヤ顔のシリング様が、

「この貴族学校で最も地位の高いのは言わずと知れた王太子殿下ですが、では、次は? そこの宰相令息のキリオ殿? いいえ。先程まで王太子殿下の婚約者であられたこちらのエスレ公爵令嬢です。取り巻きも学内に居るその公爵令嬢が5回以上、自らの手で下位貴族の鞄を漁る? あり得ない事もありませんが、その場合、考えられる理由は2つのみです」

「何だ、言ってみろ?」

「1つは自らの意思ではない。つまりは上位者の命令。ですが、公爵令嬢に命令出来る上位者となると、この貴族学校では・・・」

 シリング様はそう言ってディール殿下を見て、ディール殿下も理解しながら、

「なるほど。それで先程の私が命令したという話に繋がる訳か?」

「はい。ですが先程の殿下との会話でそうでない事は分かりました」

「では、もう1つの方であろう。因みに何なんだ?」

「自らの意思です」

「なら、何の問題もなかろう。自らの意思でそこに居るジェシカはニキの鞄を漁ったのだ」

「お待ちを、殿下。公爵令嬢が自らの意思で下位貴族の令嬢の鞄を漁る? 余計に訳が分からぬではありませんか」

 どうしてですの?

 嫉妬に駆られて嫌がらせでやったのですけど。

「嫌がらせなら取り巻きにやらせればいい事ですのに、それをせずに自ら動くなどーー」

 と言ったシリング様が殿下達を見て、突然ハッと、

「噴水ーーそうか、私とした事が、そういう事だったのか」

 真面目な顔で何かにひらめかれました。

 そしてドヤ顔で私を見ながら、

「エスレ公爵令嬢。私物の盗難や教科書の破損は真の目的を隠す為の偽装で、アナタ、本当は鞄から手紙、またはメモの回収をこころみようとしてましたね?」

 はい?

 何を言っているの、この人?

 私が無言で居ますと、

「どういう意味だ? 私にも分かるように言えっ!」

 とディール殿下が問われ、
 
「殿下の手ですよ」

「うん?」

「殿下がそちらのスノール男爵令嬢をエスコートされる時、殿下は必ずと言っていいほど左側にスノール男爵令嬢を置かれます。そのエスコート姿は貴族学校では最早、誰もが見た事がありますが、その際に殿下の手がどこにあるのか。それがポイントだったのです」

「うん? こうであろう」

 今もディール殿下が左腕を構え、スノール男爵令嬢が腕を組まれていますが、

「それは立ってる時の場合です。中庭のベンチに並んで座られている時などはどこに手を置かれておられましたか?」

「そんなのーーうん? もしやニキの腰に手を回した事を言っているのか? 別にやましい事はしていないぞ?」

 婚約者でもない令嬢の腰に手を回すなど十分やましい事ではないですか、とツッコミたかったのですが、

「いいえ、違います。この話のポイントは殿下が腰に手を回す危険があるので、スノール男爵令嬢は制服のポケットの中にやましい物は何も入れられなかった、という点です」

「やましい物だと? どういう意味だ?」

「殿下の性格から制服のポケットの中に手紙やメモが入っていたのに気付いた場合、見せろ、と言われる可能性が高いので持ち歩けない、という事ですよ」

「無礼な。私がそんな事をニキに命令する訳がなかろうが」

「おや、ですが前にスノール男爵令嬢がどこぞの貴族令息からラブレターを貰った時はーーいえ、話が逸れました。重要なのはスノール男爵令嬢がそれらの書類を持ち歩けないと判断した事です」

「それで?」

 ディール殿下が興味をそそられたのか質問すると、

「では、どこにそれらの物を隠すのか? 聡明な殿下ならばお分かりでしょう」

「鞄の中か」

「はい。少なくとも当初はそうエスレ公爵令嬢も判断されたのでしょう」

 はい?

 シリング様は何をおっしゃっておられるのです?

「だが、そうまでして探したその手紙とやらは何なのだ?」

「取り巻きを使わずにエスレ公爵令嬢が自ら動かれた事を考慮して、考えられる可能性は3つ。1つはエスレ公爵令嬢本人、または公爵家にとって不都合な手紙類。ですが、公爵家の致命的な機密文書を一介の男爵令嬢が入手出来たとは思えません。ならば残るは2つ。オクサリス王国の機密文書かーー」

「待て待て待て。そっちの方があり得ぬであろうが」

「そうですか? 王太子殿下に宰相令息、将軍令息に公爵令息、機密に触れられる人物が周囲に居られますが」

「あり得ん。私が保証する」

 ディール殿下がそう言い、

「我々もです」

 側近達も口を揃えてそう言ったので、シリング様が、

「では残る3つ目。スノール男爵令嬢自身が見られては困る物。ですが、エスレ公爵令嬢が自ら動いて入手を試みたとなると、その文書類はスノール男爵令嬢を一撃で葬り去るだけの威力がある物だと推測出来ます。例えば、他国からの指令書とか」

 ほへっ?

 他国からの指令書?

 何をいってらっしゃるの、このシリング様はさっきから?

 スノール男爵令嬢が他国のスパイ? まさかね。

 シリング様の奇想天外な推理を聞いて私が驚く中、殿下も、

「待て。余興にしてはそろそろ笑えなくなってきたぞ。貴様、このニキを他国のスパイ扱いする気か?」

「そんな、私、そんなんじゃありません。酷いです」

 とスノール男爵令壌が涙眼になる中、シリング様は、

「今のは例え話として例を上げたまでですよ。ですが妙な事はまだあります」

「何だ?」

「噴水の件ですよ」

「噴水の件? ああ、これも目撃者が8人居るぞ。冬の噴水にジェシカがニキを突き落としたのを見た者が」

 私は自らの悪行を言われて悔いて赤面しました。

 冬の噴水にスノール男爵令嬢を突き飛ばすだなんて。

 あの日は寒かったですから、きっと冷たかった事でしょう。

 と私が反省しているのに、シリング様が、

「ええ、確かに殿下は先程もそうおっしゃられておられました。ですが、通常、あり得ないのですよ。公爵令嬢ほどの御方が自らの手で他の令嬢を突き飛ばすなんて事は。躾がよっぽど行き届いてない下品な令嬢ならともかく、王太子妃教育を受けていたオクサリス王国最高の令嬢が他の令嬢を噴水に突き飛ばすなど」

 そう嫌味を言われて私は更に赤面しましたが、

「何が言いたい?」

「殿下にお聞きします。王太子として既に王国の執政に携わっておられるのであれば、書き損じた書類はどうされておられますか?」

「そんなの侍従に渡して処分させているが」

 と言われて、シリング様は、

「なるほど、殿下ほどの御方ならばそうですよね。今のは殿下に質問をした私が悪かったです。将軍令息のマルク殿にお聞きします。幼少より騎士教育を受けておられてるのであれば当然、御存知ですよね。戦場等々での機密文書の扱いについても。敵兵に文書を奪われそうになった時はどうせよ、と教わりましたか?」

 そう質問されて、将軍令息のマルク様が、

「無論、燃やして読めなくするようにと」

「火がない場合は?」

「そんなの水に浸けて文字を読めなくするに決まって――」

 そう気軽に証言しようとしたマルク様がハッと何かに気付いてから、無言でいぶかしげにスノール男爵令嬢に視線を移されました。

 マルク様が無言の中、シリング様が探偵小説の山場の推理ショーの最中の名探偵のような得意げなドヤ顔で、

「そう、マルク殿が言われた通り、水に浸けて読めなくするのですよ、殿下」

「それがどうした?」

 と問うディール殿下に対して、シリング様は、

「ここからはまだ証拠が一切なく、私の推理の域を出ていませんが、スノール男爵令嬢の鞄の中にエスレ公爵令嬢が探し求めていた文書は存在しなかった。それは最低5回も改めた事から明白で、かといって制服のポケットも考えられない。ですが、それがスノール男爵令嬢が文書を所持していない証明にはならないという事です。男の我々には想像も付きませんが、女性の中にはメモくらいなら胸元の下着の中に押し込む者も居るとか? そしてそのメモを奪おうと試みた者が現れた。無論、奪われたら致命的なメモを奪われる訳にはいかない。だが、燃やそうにも火が無く、そこで・・・」

「ジェシカに突き飛ばされたように見せてニキが噴水に自ら飛んだというのか? ふん、あり得ん」

 とディール殿下が切り捨てる中、シリング様が、

「ですが、階段の件もありますので」

 とおっしゃりました。

「階段の件は間違いないぞっ! 私自身が目撃者なのだからなっ! 私が降ってくるニキを受け止めなければニキは大変な大怪我を負っていたところなのだからなっ!」

 そう言われて私の心は落ち込んだ。

 まさか、誰も居ないと思ってスノール男爵令嬢を階段から突き落としたら、殿下が下に居て、受け止めるだなんて。

 お陰でその場では言い訳も出来なかったわ。

 私はなんて浅はかな事をしたのかしら。

 と思っていたのですが、シリング様がまたしても屁理屈をこね出して、

「その階段の件が一番の問題なのですよ、殿下。殿下のおっしゃってる階段とは玄関を潜った先にある大階段の事なのですよね?」

「そうだ」

「あの階段が手すりによって何レーンに分かれてるか御存知ですか、殿下は?」

「確か5レーンであろう」

「そうです。因みに殿下はその中でどのレーンをお使いになられてます?」

「中央だな。それを使うように側近達が言うから。それがどうした?」

 と答えたディール殿下に対して、殿下の側近の御三方が真面目な顔でハッと何かに気付いて、

「んん? そう言えば、あの時・・・」

「あれ、どうしてだ?」

「信じられん。そうだ、どうして今まで気付かなかったのだ」

 と騒がれ、

「どうした、おまえ達?」

 ディール殿下が怪訝な様子で側近の皆様に視線を向けられました。

 我がエスレ公爵家と双璧のネスカエ公爵家の令息ピーワン様が、

「殿下、その者の指摘は総てが理に適っております。と言うか、エスレ公爵令嬢の総ての件をもう一度、精査するよう進言致します」

「待て、ピーワン、何を言っている? ジェシカの罪は明白ではないかっ!」

「いえ、その者が指摘した通り、説明のつかない点が多々ありましてーー」

「どこがだっ! ニキが階段から降ってきた時にはそのほうらも居たではないかっ!」

 というディール殿下に対して、ピーワン様がディール殿下にも分かるように、

「殿下、あの大階段の5レーンは校則等々には明記されておりませんが、実は暗黙の了解で使用制限がありまして、警備上の観点から中央のレーンは、殿下や我々側近、それに王太子妃候補のエスレ公爵令嬢とその取り巻きが使用する専用レーンとなってございます」

 そう言えば、そんな不文律があったような。

 今の今まで気にも留めていませんでしたが。

「待て。ニキとも一緒にあの階段の中央のレーンを移動した記憶があるぞ」

「それは殿下と一緒だったからでございます。殿下と一緒でなければ使えるはずがございません。そして、そのレーンから降ってきたという事自体、不審な点がーー」

 キリオ様が真面目な顔でスノール男爵令嬢に疑いの眼を向けてられておられますが。

 違いますわよ。わたくし、ちゃんとスノール男爵令嬢を突き落としておりますから。

 総てはわたくしの醜い嫉妬がしでかした事です。

 ですのに、何故か、卒業パーティーの出席者達の中では違う印象になってしまっているようで、

「おい、これって」

「ああ、階段の件は明らかに変だぞ」

「ジェシカ様が悪いと思ってましたけど」

「ええ、何か妙ですわ」

 と小声で騒ぎ出す中、

「酷いです、キリオ。私は本当にジェシカ様に突き落とされたのにっ!」

 とスノール男爵令嬢が涙眼になられて、ディール殿下が側近達の様子に驚きながら、

「お、おまえ達までニキの事を疑うのか?」

「私はニキがエスレ公爵令嬢に突き落とされたところを実際には見ておりませんので」

「実はオレも」

「私もです」

 という側近達の言葉を聞き、煙の出ないパイプをくわえたシリング様が、

「では、他の者に聞かれてみては? さすがにあの吹き抜けの大階段ならば他にも目撃者が居るでしょうから」

「いや、あれは殿下が公務でどうしても他国の使者との顔合わせが必要で、その後、王宮から学校に移動した授業中の出来事で目撃者は我々以外に居ないのだ」

 とキリオ様がおっしゃられ、シリング様が、

「まあ、殿下は王太子ですから、そんな事もあるでしょうねーーお待ちを。まさか、スノール男爵令嬢もその公務に参加されていたのですか?」

「さすがにそれはない。ジェシカは参加していたが」

 とディール殿下が否定すると、シリング様が、

「では、スノール男爵令嬢は授業中に大階段で何をされていたのですか?」

 との素朴な質問に、スノール男爵令嬢が、

「殿下が来られるのを待っていただけです。そしたら先に、ジェシカ様が来られて、私は御挨拶したのに無視されて通り過ぎて行かれたと思ったら、突き落とされて。でも、ディール殿下も、キリオも、マルクも、ピーワンも、ちゃんと見てましたわ」

 相変わらず、殿下は名前呼びで、側近の御三方は呼び捨てですのね。

「お三方は見ていないと言っておられてましたが、殿下は?」

「悲鳴を聞いて見上げたら、ニキが降ってきて、皆で慌てて受け止めただけだ。だが、階段の上には確かに青ざめたジェシカが居たぞ? その際に詰問したが否定しなかった」

 確かにあの時、ディール殿下に詰問されて、私は何も発言出来ませんでしたわね。

 だって、本当にスノール男爵令嬢の背中を押して大怪我を負わそうとしたのですから。

 なのに、

「否定をしなかった? その言い方ですと、まるで否定も肯定もしなかったように聞こえるのですが。その場に居た側近のキリオ殿の見解は?」

 シリング様が凄く都合良く曲解をされてキリオ様に質問し、キリオ様が、

「あの階段事件は年明けの後で、その時には殿下の御心はエスレ公爵令嬢から離れており、もし何を言っても信じて貰えないと判断した場合、礼節を重んじる淑女ならば王太子殿下の問いかけに否定の沈黙を貫く可能性も・・・」

「待て、キリオ。貴様、あの階段の転落がニキの自作自演だと言うつもりか?」

 とディール殿下が驚く中、

「殿下、あのエスレ公爵令嬢の細腕では、あんなに勢い良くニキを吹っ飛ばせないかと」

「エスレ公爵令嬢の成績は学年首席。突き落とすにしても、さすがに殿下が下側に居るのにニキを突き落とすのは不自然過ぎます」

 マルク様やピーワン様まで私を擁護し始めました。

 ええっと、擁護されていてなんですけど、私がやりましたのよ、それ。

「そんな、酷いです、みんな。私を疑うなんて」

 とスノール男爵令嬢が泣き始めました。

 あれ? スノール男爵令嬢が悪役になってる?

 私が全部悪いのに。

 何かしら、この罪悪感?

 スノール男爵令嬢が泣いてるのを見てスカッとするどころか、嫌な気分なんですけど。

「おまえ達、見損ったぞっ! まさか、ここへきて掌を返して、ニキを悪者にするなんてっ!」

「ですが、殿下。精査は必要です。もし間違っていた場合、取り返しのつかない事に・・・」

 というキリオ様の言葉に、ディール殿下が私を睨みながら、

「ジェシカ、白状しろっ! おまえが総てやったのだろうっ!」

 と問われて、私は今更スノール男爵令嬢に罪をなすり付けるつもりもなかったので、正直に、

「はい、わたくしがやりました。階段からそちらのスノール男爵令嬢を突き飛ばしたのもわたくしです」

 と認め、ディール殿下が、

「ほら見ろ。やはりジェシカが犯人ではないかっ!」

 と勝ち誇られましたが、卒業パーティーの空気が妙な事になっておりまして、シリング様が、

「エスレ公爵令嬢がそこまでおっしゃられるのであれば、これ以上、野暮な事を言うのはよしましょう」

 と困り顔で煙の出ないパイプを銜えて沈黙されましたが、見かねたキリオ様が、

「殿下、お分かりになられないのですか? 今のエスレ公爵令嬢の発言が、満座で殿下に恥を掻かせぬ為にやってもいない罪を被られた嘘の証言だという事が?」

「殿下、この件の追及は後日にした方がいいかと」

「私もそう思います。というか、それが貴族学校を本年度、卒業する全員の総意です」

 との側近3人の指摘を受けて、

「何だと?」

 ディール殿下が卒業パーティーの他の参加者達を見ると、全員が不信感の籠もった眼でディール殿下を見ておられました。

 これは拙いと思った私が、

「皆さん、違うのです。本当に私が・・・」

 言葉を発しようとしましたが、周囲からは、

「エスレ公爵令嬢。アナタがこれ以上、殿下の名誉を守る必要はないかと」

「そうです。浮気をして婚約破棄まで言い渡した殿下を庇うのはお止め下さいっ!」

「あのドレスを見れば明白ではないですかっ! 男爵家があのようなドレスを用意出来る訳がないっ! 絶対に王太子殿下が出してるんですからっ!」

「本当の事をおっしゃってください、エスレ公爵令嬢っ!」

 何故か私を擁護する声が飛び始めました。

 ええぇ~、何なんですか、これ?

 本当に私がやったんですけど、色々と。

 と私が困る中、それ以上に困ってるディール殿下が、

「貴様ら、今の発言は王太子である私に対する不信と取るぞっ!」

 と威圧されて、それでパーティーの参加者達は黙りましたが、パイプを口から離したシリング様が、

「殿下ほどの御方がまだ気付かれておられないのですか?」

 と話し掛けるも、お怒りのディール殿下が、

「黙れっ! ジェシカが罪を認めたのだっ! これ以上の裁定はないっ! この件の蒸し返しは許さんから、貴様もそう思えっ!」

 と一喝されました。

 公正な裁定でしたが、何故か卒業パーティーには白けた空気が流れ、

「畏まりました」

 と大袈裟に一礼したシリング様が、

「そう言えば殿下がエスコートされてる本日のスノール男爵令嬢の御姿は実にお美しいですな。ドレスにヒール、首飾りに髪飾り、総てが完璧で、やはり殿下がお選びに?」

 と世間話を始められました。

 確かにシリング様が指摘された通り、スノール男爵令嬢は着飾っており、本日は信じられないくらい美しかったのは事実です。

「まあな」

「さすがは殿下、センスがおありですね」

「ふん、そんな追従などはいらんわ」

「ですが、1つだけ、そのコーディネートのセンスに似つかわしくない物が混じってますが、趣味の悪い古ぼけたそれは何なのですか?」

「ああ、指輪の事か。それはニキの祖母の物でどうしても付けたいと言って聞かずーー」

 と言おうとしたディール殿下がまたしても遅蒔きに何かに気付いた探偵小説の登場人物のように、真面目な顔でハッとされる中、

「博識な殿下ならば既に御存知だとは思いますが、宝石のターコイズのオクサリス王国内での産出はありません。近隣国で産出されるとしたら隣国のダンデライオン王国でしたか? では失礼します、殿下」

 そうシリング様が何やらやり切った感のあるドヤ顔で大袈裟に一礼をした後、私に茶目っ気たっぷりのウインクをして来られました。

 一方、プルプルプルッと怒りで震えておられるディール殿下は、

「ニキを別室に移動させろっ! いや、王宮だっ! 確認したい事があるっ!」

「はっ、さすがは殿下。賢明な判断かと」

 とキリオ様が喜び、マルク様が手荒にスノール男爵令嬢を、

「こっちに来い」

「えっ? 殿下、どういう事ですか? 卒業パーティーで一緒に踊るんじゃーー」

「ほら、こっちだ。早く来い」

 こうしてスノール男爵令嬢は側近達によって外へと連れて行かれ、ディール殿下が私の前へとやってきて、

「すまなかったな、ジェシカ。どうやら、私の眼が曇っていたようだ」

 そう頭を下げて謝罪された。

 えっ? ええっ? えええっ?

 違いますわよ、殿下。

 私が全部、本当にやったんですから。

 あの名探偵きどりの、やり切った感を出して引き下がった伯爵令息が言った事は全部、的外れの戯言たわごとなんですから。

 騙されずにちゃんと私を断罪して下さい。

 でないと、後で本当の事が分かった時に私が余計に恥ずかしい上に、重い罰を受ける事になるんですから。

「いえ、殿下が謝らないで下さい。悪いには殿下の指摘された通り、スノール男爵令嬢をしいたげていた私であって――」

「言うな、もうそれ以上は。総ては私に恥を掻かせない為であろうが。婚約破棄の件だが、なかった事に――いや、それはさすがに恥知らず過ぎるか。この件は後日、正式に公爵家に謝罪する。ではな」

 そう言ってディール殿下も卒業パーティーを後にされ、その後、私は卒業パーティーの参加者達に囲まれて祝福を受けたのでした。

 その祝福を受ける私の様子を遠くからやり切った感を出してパイプを持って満足そうに眺めてるシリング様が居られますけど。

 アナタねぇ~。

 なんて事をしてくれたのよっ!

 これで実はわたくしがやっぱり犯人でしたってバレた日にはわたくしの立つ瀬が。

 ああぁ~。もう。知りませんわ。

 ◇

 後日談として。

 貴族学校の卒業パーティーの参加者全員が私の無実を疑わず、事実を追求して私を断罪した場合、王家が不都合な情報を隠匿した、としか見られない状態になっており、もうオクサリス王国もシリング様の的外れな迷推理に乗るしかなくなり、国王陛下も、エスレ公爵家も、それに乗って無実のスノール男爵令嬢を他国のスパイとして処分してしまいました。

 確かに婚約者が居るディール殿下に近付いたスノール男爵令嬢にも多少の瑕疵かしがなくもありませんでしたが、それでも冤罪ですわ。

 いくら被害を最小限に抑える為とは言え、スノール男爵令嬢が冤罪のスパイ容疑で処刑されて命を落とされるだなんて。

 実家のスノール男爵家も連座で潰れてますし。

 本当に申し訳ございません、スノール男爵令嬢。

 エスレ公爵家が存続する限り、スノール男爵家のお墓には墓守を置いて、お墓を綺麗にしますので、それで許して下さいませ。

 ああ、もう。

 どうしてこのわたくしがこんな罪悪感を覚えないとダメなのですの?

 全部、あの変な推理をしたシリング様が悪いのに。

 私はと言えば、スノール男爵令嬢の調査を陛下直属の親衛隊が引き継いだ為に、真相を知らされていない(わたくしを完全に善玉だと誤解されてる)殿下の再三の謝罪と求婚で、再度婚約して結婚して幸せに暮らしたのでした。



 因みにシリング様は伯爵家を継げない次男坊でしたが、他国の陰謀を暴いた功績によって(本当は違いますけど、政治的判断という奴ですわ)男爵位を得て伯爵家から独り立ちされたそうですが・・・

 もう絶対に会いたくないですわ、あの方にはっ!





 おわり
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