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第1章 パッチ盗賊団
4、クラゲの大型モンスター出現事件
クラゲという生物がいる。
海水や淡水でゆらゆらと泳ぐ身体の95%以上が水分の不思議な生き物だ。頭脳も消化器官も極一部。身体の殆どが水分である。
そのクラゲはモンスターにも存在した。
モンスターなので海水タイプだけではない。空中に浮かんだり、触手で大地を踏みしめて自力で歩いたりしている訳なのだが。
そのクラゲのモンスターを殺さずに魔術を使った特殊な方法で身体の水分を干からびさせると、そのクラゲのモンスターは死ぬ事なくカラカラの干からびた状態となった。
そしてお手軽に持ち運べて、水を与えて元に戻す事も可能だった。
どうしてこんな真似をわざわざしたのかと言えば、実験だったり、未知の探究だったり、増えたモンスターの間引きに使ったりした訳だが。
カラカラの乾燥状態から戻すのは簡単だ。クラゲのモンスターの身体に必要な水分を与えればいいのだから。
モンスターなのだ。海水や淡水は関係ない。ともかく水分を与えれば復活した。
とはいえ、死なないように魔術的に干からびさせたので水分を与えて数秒で復活とはならない。
クラゲのモンスターが水を吸って復活するには最低でも5時間は必要だった。
◇
その日の昼下がり。
人気のない水路を跨ぐ小さな橋の上を歩くブラジスは、周囲をそれとなく確認した後、何気ない仕草でコート内側から小型のピザを思わせる白色の寒天のような物体を水路の水面に滑り落とした。
白かったその円盤状の物体は水に浸かると同時に透明になって水と一体化して見えなくなる。
その様子を確認する事なく、内心でほくそ笑むブラジスはそのまま歩いていったのだった。
◆
さて、その日の夜である。
時間にして夕食の時間帯だろうか。
フイロの命令でカータイルの街の貧困街にある本部アジトに暗殺者チームが召集された。
全員ではない。代表者とその護衛だけだ。
というのも、ブラオネア伯爵領の領都カータイルの街を根城とするパッチ盗賊団は犯罪組織である。時には騎士団や警備隊、冒険者とも敵対する。その為、自前の兵力を持っていたが、兵力よりも役立つのが暗殺チームな訳だ。
武力よりも暗殺の方が敵対組織への抑止力となるので。
パッチ盗賊団の幹部フイロの手駒で一番強い暗殺チームは「餓虎の牙」だった。名付けたのはフイロだったが。
全員で8人の暗殺チームだ。
この8人は冒険者や陽兵崩れの暗殺者ではない。アリオス王国の西側、メーゼン公国が秘密裏に組織した暗殺者の育成機関からの脱走した8人だった。
フイロがそれら8人を丸抱えしたのだ。
正直言って他国者なので忠誠心は微妙だが、まあ、そこはお互い様だ。
犯罪組織を信じろ、と言われても信じられる訳がないので。
その暗殺チームのリーダーはグラエスという28歳の若者だった。
黒髪赤眼。前髪を垂らしたキザっぽい男だ。正直、暗殺者には見えない。事実、ブランド店が抱えるデザイナーの一人として表の職業も持っていた。
ギフトは【認識不可】。暗殺者に適したギフトだった。存在を認識出来ないのだから。透明などよりもよっぽどタチが悪い。はっきり言ってチート過ぎる。
「ようやくお声が掛かった訳か。それでどっちをやるんだ? 騒がしてる冒険者の方か、それとも裏切り者のギルマスの方?」
もう組織内でもこの逆らった2人の話は有名なのだ。
「冒険者の方だ。街の警備隊を散らす為に陽動で騒ぎを起こす手筈だ。その動きを待って暗殺してくれ」
暗殺の時間指定? 面倒な事だな。まあ、レベル5なら余裕か。
「分かった。報酬の振り込みはいつも通りに頼んだぞ」
「今回は更に条件がある」
「ん?」
「冗談でしょ。時間指定だけでも迷惑なのに。命を賭けるのは私達なのよ」
と答えたのはグラエスの護衛として一緒に本部アジトに参上していた25歳の女、アリエナだった。
アリエナは長い赤毛の8頭身。美しく顔でスレンダーなボディーには新作のドレスを纏っていた。ヒールも高い。どう見てもファッションモデルで戦闘には不向きそうだったが、ギフトは兇悪な【爆ぜる蝶】だったので問題はなかった。魔力で作った蝶を放てるのだが触れたら爆発するという代物だったのだから。完全に攻撃系のギフトだったので。
今も空中に数匹の魔力の蝶が舞っている。そのギフトのお陰で武具は必要ない。
というか、このアリエナが暗殺チームの中で一番好戦的な性格をしていた。
「まあ聞け。その冒険者が宿泊してる場所が問題でな。城の門前なんだよ。派手な騒ぎは組織としても困る」
「了解。粛々と始末するな」
不機嫌なアリエナを制する形でグラエスが大人の対応をして先に了承したので、フイロは暗殺の成功を確信した様子で、
「頼んだぞ」
暗殺命令を受けて本部アジトを出たグラエスとアリエナは貧困街を歩く。
貧困街の建物は他とは違い、2階建てだ。
時間帯は夕食時だが貧困街では食事にあり付けない子供も多い。同じような幼少期を過ごしたアリエナが過去を思い出して不機嫌そうに眼を細めつつ、
「ねえ、リーダー。いつまでここの連中に付き合うつもりなの?」
「脱走しても身分証がないからな。アリオス王国ではどうしても後ろ盾が・・・」
グラエスの声を遮るように、ザボォォォォンッと水から大きな何かが出てきた音がした。
音がした方向に視線を向けると高さ4階に相当する12メートルのサイズのクラゲのモンスターが出現していた。
「えっ、モンスター?」
街の中で大型のモンスター? あり得ない。絶対に大事になる。というか調査の為に騎士団が乗り込んでくるに決まってる。「騒動を起こす」とは言っていたが、まさか大型のモンスターをカータイルの街に放つなんて。頭がイカれてるんじゃないの、あの男?
アリエナは「フイロがモンスターを放った」と確信し、そう呆れ果てた。
グラエスも「あの男がここまで知能が低いとは思わなかったが」と考えながらも巻き添えは御免だったので、
「ここまでだな。連中と手を切って、街からズラかるぞ。魔道具で全員にそう伝えろ」
「了解。次はどこに行きます?」
「東だな。メーゼン公国からは離れた方がいいだろうから」
こうしてフイロ自慢の暗殺チーム8人は暗殺の仕事をする事なく、さっさとカータイルの街からとんずらしたのだった。
◆◆
この日の夜に騒動が起こる事はフイロからの事前の通達のお陰で、パッチ盗賊団の幹部にしてカータイルの街の警備隊のナンバー2の副長職にあるサマギースも知っていた。
だが、それでも、
「大変です。貧困街にクラゲタイプの大型モンスターが出現して住民を襲っています」
「既に20人以上が体内に取り込まれてるとの情報が」
ただの警備隊の陽動で大型モンスターをカータイルの街の内側に放つなんて。さすがにあり得ない。何を考えてるんだ、フイロの奴?
「動ける警備隊は直ちに出動だ。貧困街もれっきとしたカータイルの街なのだからな。水棲系のクラゲなら炎に弱いはずだ。火魔法が使える兵士を主軸として戦うからそのつもりでいろっ!」
副長として的確に命令を下す。
サマギースは茶髪茶髭の50代。長い人生の中で修羅場も経験済みだ。冷静に対応した。
警備隊に命令を出しながら、器用に魔道具の通信を使い、内心で、
――フイロ、おまえ、何をやってるんだっ!
そう呼びかけると、
『オレじゃないぞ』
――嘘つけ。バカな事をやりやがって。こんな陽動作戦があるかっ! 街の内側に大型モンスターなんて出現したら、さすがに騎士団が飛んで来るだろうがっ!
『だからオレじゃあ・・・えっ、ぐあああああああ』
それで魔道具からの通信が切れた。
――おい、フイロ。どうした、フイロ?
返答が聞こえない。
ったく、あのバカめ。何を考えていやがるんだか。
そう内心で吐き捨てながら出撃準備の為に狼に騎乗していると、
『聞こえるか、サマギース?』
ボスの声が通信の魔道具から頭に響いてサマギースは背筋を正した。
――はい、聞こえております。
『フイロはもう駄目だ。始末しろ。確実にだ』
――はっ。
『頼んだぞ』
その言葉でボスの声は聞こえなくなった。
ふ~。まさか滅多に表に出てこないボスから直接命令を受ける事になるとは。フイロを始末しないとこっちにまで飛び火するじゃねえか。
サマギースは身を引き締めて、
「出撃するぞ」
武装した夜勤の警備隊50人を率いて出動したのだった。
◆
クラゲの大型モンスターの知能は高いかと言えば低能だと言わざるを得ない。
何せ、身体の95%以上が水分なのだから。知能を司る臓器も殆どないので。
よってカータイルの街に出現したクラゲのモンスターは本能で触手を動かして貧民街の住民を体内に取り込んで消化していた。
「消化」と言っても人間を溶かすとなると20分前後の時間が必要な訳だが。それでも体内に取り込まれた時点で呼吸が出来なくて人間は死ぬ。なので既にクラゲの大型モンスターの体内に取り込まれた貧困街の住民50人以上があの世に旅立っていた。
そして。
低能なのでそのクラゲは魔道具で操れる訳だ。
術師(まあ、ぶっちゃけブラジスなのだが)は宝玉の魔道具で遠方からクラゲを操り、パッチ盗賊団の本部アジトをクラゲに襲わせていた。
例え、本部アジトでも貧困街の建造物なんて補強されておらず、簡単にモンスターの体当たりで崩れた。それもクラゲの体当たりでだ。確かにクラゲは大型だが、それでも複数の触手で身体を支えて立っているのでフラフラなのに。
その体当たりで本部アジトの建物は崩れ、サマギースとの魔道具の通信に意識を奪われていたフイロは、
「えっ、ぐあああああああ」
崩れた瓦礫に生き埋めにされたのだった。
その瓦礫の下敷きとなったフイロが死んだかどうかは神のみぞ知る事であろう。
◆◆
カータイルの街の警備隊の基地は一等地に存在する。
それは当然の事だった。街の建設時にばっちりとど真ん中に敷地を確保していたので。そもそも警備隊は街を守る為の組織だが、一番に守るべきは領主のブラオネア伯爵の居城なのだから警備隊の基地は城の近くに存在した。
その基地から貧困街に向かう道順は1つしかない。
なので向かっていると、ピッシャーンッとの雷鳴と共に落雷があり、何故か警備隊の副長の狼に騎乗したサマギースに直撃し、雷を浴びると同時に発火して、
「ぐああああああ」
燃える炎を消す為に転がる事もなくサマギースは一撃で絶命したのだった。
「た、大変だ」
「治療を」
慌てて警備隊の兵士が火を消したが、サマギースは帰らぬ人となったのだった。
◇
警備隊の行列の様子を、インテリ眼鏡を外して遠視の片眼鏡の魔道具で眺めていたブラジスは、
「これで2人」
眼鏡を掛け直してそう満足するように呟いたのだった。
◇
貧困街に現れたクラゲの大型モンスターはなかなか退治されなかった。
到着した警備隊は弱いし、冒険者達も弱かった。集まってきても全然役に立たなかったのだ。
縄張りを荒らされたパッチ盗賊団の兵隊を含めて。
本当、働きアリさんって役に立たないよな~。
20分後には見兼ねたのだろう。3体のゴーレムが召喚された。ゴーレムの核を使って召喚したお手軽な簡易ゴーレムだ。サイズは5メートル。
そのゴーレム3体の出現を受けて貧困街の住民やクラゲと戦っていた警備隊や冒険者達は「嘘だろ」「クラゲ1匹でも大変なのに」「どうしろっていうのよ」と絶望したが、信じられない事にそのゴーレム3体はクラゲモンスターに攻撃を仕掛けたのだった。
「えっ、どういう事?」「知るか」「だが助かったな」と冒険者達は口々に言ったのだったが。
クラゲモンスターは12メートル。
対するゴーレムは5メートル。
ゴーレムのサイズはクラゲの半分である。それでも3体だったからか、クラゲモンスターと善戦した。
「そうか、ゴーレムはクラゲに取り込まれない」
「ゴーレムを召還した術師はこちらの味方って事か?」
「なら、この隙にクラゲを倒すぞ」
「おお」
それでもクラゲがデカイ事もあり、なかなか倒せないでいると、
ようやく重い腰を上げたのか、光の女神アルテミーデ教団の聖堂騎士団が参戦し、その聖堂騎士団が精強だった事で、どうにかクラゲモンスターは撃破され、クラゲモンスターの撃破を待ってゴーレム 3体も召喚が解かれて瓦礫に戻ったのだった。
こうしてこの夜のクラケ騒動は決着したのである。
◇
因みに、脳筋で騒動事には必ず首を突っ込む性格のリックは今回のクラゲ退治には参戦しなかった。
何故ならば、
「くか~」
宿屋のベッドの上で熟睡していたからである。
あれだけカータイルの街が騒いでおり、警戒を告げる鐘が鳴っていたのに。
それでも起きる事なく。
これはリックが強制的に睡眠させられていたからで、室外から強制睡眠の煙を使って宿屋全部を眠らせたのはリックの参戦で簡単にクラゲ騒動が収まったらパッチ盗賊団へのヘイトが集まらなくて困る相棒のブラジスだった。
だが、本人が翌朝「昨晩はぐっすり寝ちまったぜ」と結論付けた事で、誰も強制的に眠らされていた事実を知る者は居なかったのだった。
◆◆◆
アリオス王国の王都アクレポリス。
その王都騎士団を預かる騎士団長の名はミオス・アタールである。
45歳。紺色の髪をした頑強な騎士なのだが。
今回のカータイルの街に蔓延るパッチ盗賊団退治を「明るい未来」に依頼したのもこのミオスである。
なので、多少の事情は知っていた訳だが、それでも部下の報告を受けて、
「カータイルの街にクラゲのモンスターが出たのか?」
ミオスは思わずそう聞き返してしまった。
事前の打ち合わせと全く違った報告を聞かされたので。
ブラジスめ。また悪い癖を出したな。クラゲはアジル湖に放ち、その出現を使って騎士団の介入と同時に、難癖を付けてスーパの塔を強制調査する計画だったのに。
だが、一番の問題はカータイルの街に出現したクラゲをブラジスのゴーレムが抑えた事だ。
それはつまり、メーゼン公国から流れた暗殺者どもがクラゲに噛まなかったことを意味する。
逃げたのか? 拙いな。カータイルの街の依頼は第1目標がパッチ盗賊団で、第2目標がメーゼン公国から流れてきた暗殺者どもだったのに。
やはりちゃんとあの2人に伝えて釘を刺しておくべきだったか?
いや駄目だ。教えたら最後、リックは眼を輝かせて喧嘩を売るに決まってるし、ブラジスは魔道具を使ってレアなギフトをコピーするに決まってるから。
かと言って、あの2人以外ではメーゼン公国からの流れ者に敗北する危険があったし。
うまく運ばないものだな。
ミオスはそう溜め息をつきながら、グリフォン騎士団をカータイルの街に出動させる命令を出したのだった。
海水や淡水でゆらゆらと泳ぐ身体の95%以上が水分の不思議な生き物だ。頭脳も消化器官も極一部。身体の殆どが水分である。
そのクラゲはモンスターにも存在した。
モンスターなので海水タイプだけではない。空中に浮かんだり、触手で大地を踏みしめて自力で歩いたりしている訳なのだが。
そのクラゲのモンスターを殺さずに魔術を使った特殊な方法で身体の水分を干からびさせると、そのクラゲのモンスターは死ぬ事なくカラカラの干からびた状態となった。
そしてお手軽に持ち運べて、水を与えて元に戻す事も可能だった。
どうしてこんな真似をわざわざしたのかと言えば、実験だったり、未知の探究だったり、増えたモンスターの間引きに使ったりした訳だが。
カラカラの乾燥状態から戻すのは簡単だ。クラゲのモンスターの身体に必要な水分を与えればいいのだから。
モンスターなのだ。海水や淡水は関係ない。ともかく水分を与えれば復活した。
とはいえ、死なないように魔術的に干からびさせたので水分を与えて数秒で復活とはならない。
クラゲのモンスターが水を吸って復活するには最低でも5時間は必要だった。
◇
その日の昼下がり。
人気のない水路を跨ぐ小さな橋の上を歩くブラジスは、周囲をそれとなく確認した後、何気ない仕草でコート内側から小型のピザを思わせる白色の寒天のような物体を水路の水面に滑り落とした。
白かったその円盤状の物体は水に浸かると同時に透明になって水と一体化して見えなくなる。
その様子を確認する事なく、内心でほくそ笑むブラジスはそのまま歩いていったのだった。
◆
さて、その日の夜である。
時間にして夕食の時間帯だろうか。
フイロの命令でカータイルの街の貧困街にある本部アジトに暗殺者チームが召集された。
全員ではない。代表者とその護衛だけだ。
というのも、ブラオネア伯爵領の領都カータイルの街を根城とするパッチ盗賊団は犯罪組織である。時には騎士団や警備隊、冒険者とも敵対する。その為、自前の兵力を持っていたが、兵力よりも役立つのが暗殺チームな訳だ。
武力よりも暗殺の方が敵対組織への抑止力となるので。
パッチ盗賊団の幹部フイロの手駒で一番強い暗殺チームは「餓虎の牙」だった。名付けたのはフイロだったが。
全員で8人の暗殺チームだ。
この8人は冒険者や陽兵崩れの暗殺者ではない。アリオス王国の西側、メーゼン公国が秘密裏に組織した暗殺者の育成機関からの脱走した8人だった。
フイロがそれら8人を丸抱えしたのだ。
正直言って他国者なので忠誠心は微妙だが、まあ、そこはお互い様だ。
犯罪組織を信じろ、と言われても信じられる訳がないので。
その暗殺チームのリーダーはグラエスという28歳の若者だった。
黒髪赤眼。前髪を垂らしたキザっぽい男だ。正直、暗殺者には見えない。事実、ブランド店が抱えるデザイナーの一人として表の職業も持っていた。
ギフトは【認識不可】。暗殺者に適したギフトだった。存在を認識出来ないのだから。透明などよりもよっぽどタチが悪い。はっきり言ってチート過ぎる。
「ようやくお声が掛かった訳か。それでどっちをやるんだ? 騒がしてる冒険者の方か、それとも裏切り者のギルマスの方?」
もう組織内でもこの逆らった2人の話は有名なのだ。
「冒険者の方だ。街の警備隊を散らす為に陽動で騒ぎを起こす手筈だ。その動きを待って暗殺してくれ」
暗殺の時間指定? 面倒な事だな。まあ、レベル5なら余裕か。
「分かった。報酬の振り込みはいつも通りに頼んだぞ」
「今回は更に条件がある」
「ん?」
「冗談でしょ。時間指定だけでも迷惑なのに。命を賭けるのは私達なのよ」
と答えたのはグラエスの護衛として一緒に本部アジトに参上していた25歳の女、アリエナだった。
アリエナは長い赤毛の8頭身。美しく顔でスレンダーなボディーには新作のドレスを纏っていた。ヒールも高い。どう見てもファッションモデルで戦闘には不向きそうだったが、ギフトは兇悪な【爆ぜる蝶】だったので問題はなかった。魔力で作った蝶を放てるのだが触れたら爆発するという代物だったのだから。完全に攻撃系のギフトだったので。
今も空中に数匹の魔力の蝶が舞っている。そのギフトのお陰で武具は必要ない。
というか、このアリエナが暗殺チームの中で一番好戦的な性格をしていた。
「まあ聞け。その冒険者が宿泊してる場所が問題でな。城の門前なんだよ。派手な騒ぎは組織としても困る」
「了解。粛々と始末するな」
不機嫌なアリエナを制する形でグラエスが大人の対応をして先に了承したので、フイロは暗殺の成功を確信した様子で、
「頼んだぞ」
暗殺命令を受けて本部アジトを出たグラエスとアリエナは貧困街を歩く。
貧困街の建物は他とは違い、2階建てだ。
時間帯は夕食時だが貧困街では食事にあり付けない子供も多い。同じような幼少期を過ごしたアリエナが過去を思い出して不機嫌そうに眼を細めつつ、
「ねえ、リーダー。いつまでここの連中に付き合うつもりなの?」
「脱走しても身分証がないからな。アリオス王国ではどうしても後ろ盾が・・・」
グラエスの声を遮るように、ザボォォォォンッと水から大きな何かが出てきた音がした。
音がした方向に視線を向けると高さ4階に相当する12メートルのサイズのクラゲのモンスターが出現していた。
「えっ、モンスター?」
街の中で大型のモンスター? あり得ない。絶対に大事になる。というか調査の為に騎士団が乗り込んでくるに決まってる。「騒動を起こす」とは言っていたが、まさか大型のモンスターをカータイルの街に放つなんて。頭がイカれてるんじゃないの、あの男?
アリエナは「フイロがモンスターを放った」と確信し、そう呆れ果てた。
グラエスも「あの男がここまで知能が低いとは思わなかったが」と考えながらも巻き添えは御免だったので、
「ここまでだな。連中と手を切って、街からズラかるぞ。魔道具で全員にそう伝えろ」
「了解。次はどこに行きます?」
「東だな。メーゼン公国からは離れた方がいいだろうから」
こうしてフイロ自慢の暗殺チーム8人は暗殺の仕事をする事なく、さっさとカータイルの街からとんずらしたのだった。
◆◆
この日の夜に騒動が起こる事はフイロからの事前の通達のお陰で、パッチ盗賊団の幹部にしてカータイルの街の警備隊のナンバー2の副長職にあるサマギースも知っていた。
だが、それでも、
「大変です。貧困街にクラゲタイプの大型モンスターが出現して住民を襲っています」
「既に20人以上が体内に取り込まれてるとの情報が」
ただの警備隊の陽動で大型モンスターをカータイルの街の内側に放つなんて。さすがにあり得ない。何を考えてるんだ、フイロの奴?
「動ける警備隊は直ちに出動だ。貧困街もれっきとしたカータイルの街なのだからな。水棲系のクラゲなら炎に弱いはずだ。火魔法が使える兵士を主軸として戦うからそのつもりでいろっ!」
副長として的確に命令を下す。
サマギースは茶髪茶髭の50代。長い人生の中で修羅場も経験済みだ。冷静に対応した。
警備隊に命令を出しながら、器用に魔道具の通信を使い、内心で、
――フイロ、おまえ、何をやってるんだっ!
そう呼びかけると、
『オレじゃないぞ』
――嘘つけ。バカな事をやりやがって。こんな陽動作戦があるかっ! 街の内側に大型モンスターなんて出現したら、さすがに騎士団が飛んで来るだろうがっ!
『だからオレじゃあ・・・えっ、ぐあああああああ』
それで魔道具からの通信が切れた。
――おい、フイロ。どうした、フイロ?
返答が聞こえない。
ったく、あのバカめ。何を考えていやがるんだか。
そう内心で吐き捨てながら出撃準備の為に狼に騎乗していると、
『聞こえるか、サマギース?』
ボスの声が通信の魔道具から頭に響いてサマギースは背筋を正した。
――はい、聞こえております。
『フイロはもう駄目だ。始末しろ。確実にだ』
――はっ。
『頼んだぞ』
その言葉でボスの声は聞こえなくなった。
ふ~。まさか滅多に表に出てこないボスから直接命令を受ける事になるとは。フイロを始末しないとこっちにまで飛び火するじゃねえか。
サマギースは身を引き締めて、
「出撃するぞ」
武装した夜勤の警備隊50人を率いて出動したのだった。
◆
クラゲの大型モンスターの知能は高いかと言えば低能だと言わざるを得ない。
何せ、身体の95%以上が水分なのだから。知能を司る臓器も殆どないので。
よってカータイルの街に出現したクラゲのモンスターは本能で触手を動かして貧民街の住民を体内に取り込んで消化していた。
「消化」と言っても人間を溶かすとなると20分前後の時間が必要な訳だが。それでも体内に取り込まれた時点で呼吸が出来なくて人間は死ぬ。なので既にクラゲの大型モンスターの体内に取り込まれた貧困街の住民50人以上があの世に旅立っていた。
そして。
低能なのでそのクラゲは魔道具で操れる訳だ。
術師(まあ、ぶっちゃけブラジスなのだが)は宝玉の魔道具で遠方からクラゲを操り、パッチ盗賊団の本部アジトをクラゲに襲わせていた。
例え、本部アジトでも貧困街の建造物なんて補強されておらず、簡単にモンスターの体当たりで崩れた。それもクラゲの体当たりでだ。確かにクラゲは大型だが、それでも複数の触手で身体を支えて立っているのでフラフラなのに。
その体当たりで本部アジトの建物は崩れ、サマギースとの魔道具の通信に意識を奪われていたフイロは、
「えっ、ぐあああああああ」
崩れた瓦礫に生き埋めにされたのだった。
その瓦礫の下敷きとなったフイロが死んだかどうかは神のみぞ知る事であろう。
◆◆
カータイルの街の警備隊の基地は一等地に存在する。
それは当然の事だった。街の建設時にばっちりとど真ん中に敷地を確保していたので。そもそも警備隊は街を守る為の組織だが、一番に守るべきは領主のブラオネア伯爵の居城なのだから警備隊の基地は城の近くに存在した。
その基地から貧困街に向かう道順は1つしかない。
なので向かっていると、ピッシャーンッとの雷鳴と共に落雷があり、何故か警備隊の副長の狼に騎乗したサマギースに直撃し、雷を浴びると同時に発火して、
「ぐああああああ」
燃える炎を消す為に転がる事もなくサマギースは一撃で絶命したのだった。
「た、大変だ」
「治療を」
慌てて警備隊の兵士が火を消したが、サマギースは帰らぬ人となったのだった。
◇
警備隊の行列の様子を、インテリ眼鏡を外して遠視の片眼鏡の魔道具で眺めていたブラジスは、
「これで2人」
眼鏡を掛け直してそう満足するように呟いたのだった。
◇
貧困街に現れたクラゲの大型モンスターはなかなか退治されなかった。
到着した警備隊は弱いし、冒険者達も弱かった。集まってきても全然役に立たなかったのだ。
縄張りを荒らされたパッチ盗賊団の兵隊を含めて。
本当、働きアリさんって役に立たないよな~。
20分後には見兼ねたのだろう。3体のゴーレムが召喚された。ゴーレムの核を使って召喚したお手軽な簡易ゴーレムだ。サイズは5メートル。
そのゴーレム3体の出現を受けて貧困街の住民やクラゲと戦っていた警備隊や冒険者達は「嘘だろ」「クラゲ1匹でも大変なのに」「どうしろっていうのよ」と絶望したが、信じられない事にそのゴーレム3体はクラゲモンスターに攻撃を仕掛けたのだった。
「えっ、どういう事?」「知るか」「だが助かったな」と冒険者達は口々に言ったのだったが。
クラゲモンスターは12メートル。
対するゴーレムは5メートル。
ゴーレムのサイズはクラゲの半分である。それでも3体だったからか、クラゲモンスターと善戦した。
「そうか、ゴーレムはクラゲに取り込まれない」
「ゴーレムを召還した術師はこちらの味方って事か?」
「なら、この隙にクラゲを倒すぞ」
「おお」
それでもクラゲがデカイ事もあり、なかなか倒せないでいると、
ようやく重い腰を上げたのか、光の女神アルテミーデ教団の聖堂騎士団が参戦し、その聖堂騎士団が精強だった事で、どうにかクラゲモンスターは撃破され、クラゲモンスターの撃破を待ってゴーレム 3体も召喚が解かれて瓦礫に戻ったのだった。
こうしてこの夜のクラケ騒動は決着したのである。
◇
因みに、脳筋で騒動事には必ず首を突っ込む性格のリックは今回のクラゲ退治には参戦しなかった。
何故ならば、
「くか~」
宿屋のベッドの上で熟睡していたからである。
あれだけカータイルの街が騒いでおり、警戒を告げる鐘が鳴っていたのに。
それでも起きる事なく。
これはリックが強制的に睡眠させられていたからで、室外から強制睡眠の煙を使って宿屋全部を眠らせたのはリックの参戦で簡単にクラゲ騒動が収まったらパッチ盗賊団へのヘイトが集まらなくて困る相棒のブラジスだった。
だが、本人が翌朝「昨晩はぐっすり寝ちまったぜ」と結論付けた事で、誰も強制的に眠らされていた事実を知る者は居なかったのだった。
◆◆◆
アリオス王国の王都アクレポリス。
その王都騎士団を預かる騎士団長の名はミオス・アタールである。
45歳。紺色の髪をした頑強な騎士なのだが。
今回のカータイルの街に蔓延るパッチ盗賊団退治を「明るい未来」に依頼したのもこのミオスである。
なので、多少の事情は知っていた訳だが、それでも部下の報告を受けて、
「カータイルの街にクラゲのモンスターが出たのか?」
ミオスは思わずそう聞き返してしまった。
事前の打ち合わせと全く違った報告を聞かされたので。
ブラジスめ。また悪い癖を出したな。クラゲはアジル湖に放ち、その出現を使って騎士団の介入と同時に、難癖を付けてスーパの塔を強制調査する計画だったのに。
だが、一番の問題はカータイルの街に出現したクラゲをブラジスのゴーレムが抑えた事だ。
それはつまり、メーゼン公国から流れた暗殺者どもがクラゲに噛まなかったことを意味する。
逃げたのか? 拙いな。カータイルの街の依頼は第1目標がパッチ盗賊団で、第2目標がメーゼン公国から流れてきた暗殺者どもだったのに。
やはりちゃんとあの2人に伝えて釘を刺しておくべきだったか?
いや駄目だ。教えたら最後、リックは眼を輝かせて喧嘩を売るに決まってるし、ブラジスは魔道具を使ってレアなギフトをコピーするに決まってるから。
かと言って、あの2人以外ではメーゼン公国からの流れ者に敗北する危険があったし。
うまく運ばないものだな。
ミオスはそう溜め息をつきながら、グリフォン騎士団をカータイルの街に出動させる命令を出したのだった。
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