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用心棒編
斬られ役、きれる
しおりを挟む29-①
沈みゆく夕日を背に、武光とミトは対峙していた。
武光は重心を深く落としてイットー・リョーダンを正眼に、ミトはカヤ・ビラキの切っ先を下げて、下段に構えている。
二人の後ろにはそれぞれ赤装束と白装束……二組の荒くれ者集団が控えており、目を血走らせながら、口々に『ぶっ殺せー!!』やら『殺っちまえー!!』などと喚いている。
「おい、逃げるなら今の内だ……今度は泣いても許さねぇぞ?」
「ふん、泣いて命乞いをするのはそちらの方です!!」
二人が、じりじりと間合いを詰める。二人の間に、ひとひらの枯れ葉が舞い落ちた。
「……………だぁぁぁぁぁっっっ!!」
「……………はぁぁぁぁぁっっっ!!」
刹那、二つの影が交差した。
暫くの間、二つの影は地面に縫い付けられたように、微動だにしなかったが、不意に一つの影が崩れ落ちた。崩れ落ちた影を塗りつぶすかのように、地面に赤黒い染みが広がってゆく。
ミトは、地面に倒れ伏し、ピクリともしない武光を一暼すると、武光の後ろに控えていた赤装束の荒くれ者達に襲いかかった。赤装束の荒くれ者達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、ミトの後ろに控えていた白装束の荒くれ者達が、逃げた赤装束の荒くれ者達を血眼で追いかけ回す。そこは正に修羅場であった。
……話は、およそ二週間前に遡る。
29-②
リヴァル達の活躍により、イクロ山を占拠していた魔物達は一掃された。それにより、側面を突かれる心配の無くなったクツーフ・ウトフ城塞の軍勢は、魔物に占拠されたクラフ・コーナン城塞奪還に向けて動き始めた。
クラフ・コーナン城塞は時計の文字盤で例えるならば、時計の中心と1時と3時を結んだ三角形の中心辺りに位置する巨大な城である。
クツーフ・ウトフ城塞の軍勢によるクラフ・コーナン城塞奪還作戦に先立ち、武光一行にはクラフ・コーナン城塞の周囲の街を魔物の手から解放するべく、周囲の街の調査と偵察が命じられた。
命を受け、セイ・サンゼンを出発した武光達は、セイ・サンゼンの東南東……時計の文字盤で例えると、2時のあたりに位置するボゥ・インレという街にやってきた。
ボウ・インレは、街全体が高さ2m程の石造りの壁に囲まれており、壁の周囲は深さ2mほどの空堀が掘られ、空堀の底には隙間なくビッシリと乱杭が挿し込まれている。
「ナジミ、ここが……ボゥ・インレなんか?」
「はい」
武光は周囲を見回した。西・東・南と三カ所ある入り口の内、西門を抜け、武光一行は街の大通りにやって来たのだが、大通りの脇はどの建物も固く戸が閉められている。
「……誰もおらんけど。まさか街の人達はもう……」
守備隊が壊滅し、魔物に占拠されているはずのボゥ・インレだったが、街には魔物どころか人っ子一人見当たらなかった。
「隠れているだけかもしれないわ、探してみましょう」
ミトは、そう言って仮面の位置を直した。素顔のまま行動するのは流石に人目につき過ぎるので、ミトは再び仮面を装着し、ジャイナ=バトリッチを名乗っていた。
宝剣カヤ・ビラキも目立ち過ぎるので、柄には地味な茶色の紐、鞘にも黒い布を巻き、鍔には木製のカバーを被せて偽装してある。
「ん? あれは……?」
武光は誰かが物陰からこちらの様子を窺っているのに気付いた。どうやら子供のようだ。酷く痩せこけていて何日も食事をとっていないように見える。
「あっ!? ちょっと!!」
話を聞こうと少年に近付こうとした武光だったが、少年は酷く怯えた様子で、一目散に逃げ出した。
少年を追いかけ、大通りの辻を曲がった武光達は先程の少年が、見るからにガラの悪そうな男に捕まっているのを見た。
男は左手で少年の服の胸倉を掴んで持ち上げ、右手の短刀をチラつかせている。
「この糞ガキが……リンゴ1個とは言え、この俺様から盗みを働くたぁ良い度胸してるじゃねぇか……あぁ!?」
「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
男の非道な振る舞いに、武光は声を荒げた。
「な、何しとんねんコラァ!!」
「あぁ……何だテメェは!?」
「子供相手に何さらしとんねんこのボケが!! その子を離──」
言いかけて、武光は声を失った。男が何の躊躇も無く泣き叫ぶ少年の腹に短刀を刺したのだ。短刀を伝って、少年の血が地面に滴り落ちる。
「へへ……そんなに離して欲しけりゃ離してやるよ」
男はぐったりとしている少年の体を、ゴミでも投げ捨てるかのように放り投げた。武光は少年の身体が地面に落ちるギリギリでスライディングキャッチした。
「おい!? しっかりしろ!! おい!?」
必死に声をかけるが、少年の顔からはどんどん血の気が引いてゆく。
「武光様!! その子をこちらへ……早く!! ジャイナさんはこの子身体をしっかり抱いて少しでも温めて下さい!!」
ナジミが少年の傷口に手を翳す。心なしか少年の苦悶の表情が和らいでいる気がする。
武光はゆらりと立ち上がると、ゆっくりと男に近付いた。
「お前……何しとんねんコラ」
男はニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。
「けっ、糞ガキをちょっと刺したくらいでギャーギャー騒ぐんじゃ──」
“すん”
武光は背中のイットー・リョーダンを抜き、男の両腕を斬り落とした。凄まじい勢いで血が噴き出し、男は悲鳴を上げた。
「う……腕が……俺の腕があああああっ!?」
「ちょっと腕を斬り落としたくらいで……ギャーギャー騒ぐなッッッ!!」
自分でも驚く程に冷静だった。激しい怒りを感じているのに、心の芯のような部分が氷のように冷え切っている……武光は思った。
(俺には人間を斬るなんて絶対にでけへんと思とったけど……相手が腐れ外道やと……簡単に斬れるんやな)
武光は命乞いを無視して、男を袈裟懸けに斬り捨てると、男の服でイットー・リョーダンに付着した血を拭い、背中の皮鞘に納めた。
「あんた達、こっちだ。早くしないとそいつの仲間が来ちまう!!」
どうしたものかと武光が思案していると、誰かが声をかけてきた。声のした方を見ると、さっきまで閉まっていた飯屋の戸が少し開いている。声はその中から聞こえてくるようだ。
武光達は刺された少年を連れて飯屋の中に転がり込んだ。
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