斬られ役、異世界を征く!!

通 行人(とおり ゆきひと)

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殴り込み編

妖姫達、バトルロイヤる(後編)

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 143-①

 ……妃の間は、むせ返るような血の匂いが充満していた。

 妖姫達の『話し合い』によって、弱き者は強き者に蹂躙じゅうりんされ、次々とその命を散らしてゆく。
 そんな中、ヨミはうつぶせに倒れ伏している悪魔族の姫、シギャクの頭をぐりぐりと踏みつけていた。
 シギャクはヨミとの戦いで全身に傷を負い、瀕死の重傷を負っている。

「アハハハハ……大口叩いてた割りには、悪魔族の姫も大した事ないねー?」
「くそっ……あ……悪魔を……なめるなぁぁぁ!」

 シギャクは力を振り絞ってヨミの足を振り払って何とか立ち上がったものの、その瞬間に腹部をヨミのさそりの尾に貫かれた。

「悪魔をなめるなですって……? うっさいバーカ!! さっさと死ね!!」
「かは……っ!! はぁっ……はぁっ……い、良い事を教えてあげる……!!」

 シギャクは口の端から血をダラダラと流しながらニヤリと笑った。

「悪魔ってのはね……」
「こ……コイツ!?」

 シギャクはヨミの尻尾をガッチリと握った。

「……タダでは死なないのよ!!」

 シギャクの体が炎に包まれた。

「ちょっ……熱っっっあああああ!? は、離しなさい!!」
「ウフフフフ……アンタも……道連れよ……共に焼け死ねぇぇぇぇぇ!!」
「くっ……このっ!! 離せえええええ!!」

 ヨミは吸命剣・妖月を取り出すと、逆手に持って、シギャクの首筋に突き立てた。
 命を吸う魔剣によって、シギャクは残り少ない生命を吸い尽くされ息絶えた。
 しかし、息絶えてなお、シギャクはヨミの尻尾を掴んで離さない。盛大に焔を上げて燃え続けるシギャクの屍を、ヨミは妖月で滅多刺しにし、何度も何度も斬りつけたが、それでもその手を離さない。

「こうなったら……ぐっ……あああああああああああああああ!!」

 とうとうヨミは自分で尻尾を斬り落とさざるを得なくなった……恐るべき悪魔の執念であった。

「ふぅ……残りは……? 鬼と……機人と……あの狐か!!」

 143-②

「さてと……誰が残っておる……?」

 邪猫じゃびょう族の姫にトドメを刺したケイセイは周囲を見回した。『話し合い』が始まっておよそ一時間、妃の間はそこら中に敗れた妖姫達の屍が転がり、辺り一面血の海だった。

「む……あれは……」

 ケイセイの視線の先では、ヨミとヤシャが死闘を繰り広げていた。二人の足元には、バラバラにされた機人族の姫の手足が転がっている。
 ヤシャの背後を取ったヨミが、自身の両腕をヤシャの両腋りょうわきの下から回してヤシャの頭の後ろでガッチリと組む……いわゆる《フルネルソン》に捕らえ、更にヤシャの両脚に自らの両脚をフックさせてしがみついた。
 ヤシャは背中にしがみつくヨミを振り払おうと、激しく腕を振り回し暴れたが、ヨミは暴れるヤシャの力をいなし、獲物に巻き付く蛇のようにピタリと密着して離れない。

「くっ……離れなさい……っ!!」
「はぁっ……はぁっ……やだー♪ 離してあげなーい♪」
「くっ……ああああああああっ!?」
「ふふふ、いくら強固な妖気の鎧を纏っていても、関節技は効くでしょう? ほらほらほらぁ!!」
「うあああああああああっ!?」

 カブトムシやありは自重の何十倍もの物体を持ち上げる……そして魔蟲達の力をその身に宿したヨミもまた、ヤシャほどではないにしろ、ヤシャの四肢を関節技で破壊するには十分な剛力を持っていた。
 まるで乾いた木がへし折れるような “ぼきり!!” という嫌な音を立てて、四肢をへし折られたヤシャがうつぶせに床に倒れ込む。

「よっ……と」

 ヨミは四肢をへし折られて動けないヤシャを足で仰向あおむけに転がして馬乗りになると、胸に吸命剣・妖月を突き立てようとしたが、四肢をへし折られてなおも妖気の鎧を纏い続けているヤシャの肉体はそれを弾き返した。

「おーおー、足掻あがくねぇー」
「お前なんかに……殺されてたまるか……!!」
「あー、はいはい無駄な抵抗、無駄な抵抗」

 ヨミは自分の手の甲から魔犬族の双子姫を屠った猛毒を吸い出し、口に含むと、ヤシャの口を無理やり開いた。

「あ……ぐ……」

 ヤシャの目が恐怖と絶望に染まる。何とか逃れようと、いやいやと首を左右に振るヤシャを見て、ヨミは毒を口に含んだままニヤリと笑った。
 ヨミは、ヤシャと鼻先が触れ合いそうになる距離まで顔を近づけると、ゆっくりと口を開けた。

 つぅ……と、糸を引きながら、ヤシャの口内に猛毒を含んだ唾液が流し込まれた。

「むぐっ……!?」

 今度は無理矢理口を閉じられ、猛毒を飲み込まされたヤシャの身体がビクンビクンと痙攣けいれんを始める……毒が身体に回っているのだ。
 ヨミは再び妖月を振り上げた。意識が飛びかけ、妖気鎧を維持出来なくなっていたヤシャの胸に、今度は妖月が深々と突き刺さった。

 ヤシャが死に、あれほどいた妖姫達の中で立っているのは、ヨミとケイセイの二人だけとなっていた。

「へぇー、アンタが最後かぁ……」
「フン、そなたで最後か……」

「「ブッ殺す!!」」

 143-③

 死闘に次ぐ死闘で、二人共ボロボロだった。両者共に全身傷だらけの血塗れで、衣服もボロボロ、ヨミなどは、両手首の蟷螂カマキリの鎌はへし折られ、蜂の毒針は撃ち尽くし、さそりの尻尾は自ら斬り落していた。
 二人共、立っているのが不思議なくらいの重傷である。
 両者は覚束ない足取りで歩み寄ると、至近距離でにらみあった。

「はぁっ……はあっ……私をブッ殺す? そんなボロボロの体で? 笑わせないで……うっ!?」
「はぁっ……はぁっ……ボロボロだと……その言葉……そっくり返してくれる……くっ!?」

 両者は一歩前に踏み出した瞬間に崩れ落ち、四つん這いの体勢となった。

「く……くたばれ……《九尾飛槍陣きゅうびひそうじん》!!」

 先端に妖気を纏い、鋭い槍と化したケイセイの九つの尻尾がヨミを刺し貫こうと迫る。

「さ……させるか!!」

 それに対してヨミも背中に蜘蛛くもの脚を生やし、迎撃する。
 まるで獰猛どうもうな野獣同士の戦いだった……二人共、四つん這いのまま、互いが互いを刺し貫こうと、両者の頭上で狐の尻尾と蜘蛛の脚が激しく打ち合う。
 一本……また一本と、尻尾が千切れ、蜘蛛の脚が吹き飛ぶ。両者の力は全くの互角だったが、ケイセイの尻尾が『九』本なのに対し、ヨミの蜘蛛の脚は『八』本だった。
 死闘の果てに、ヨミの背中の蜘蛛の脚は全て千切れ飛んだが、ケイセイの尻尾はまだ一本残っていた。
 ケイセイはゆらりと立ち上がると、四つん這いのまま動けないヨミを見下ろした。

「く……うぅ……」
「わ……私の勝ちだ……このケイセイこそが最も強く……美しく……魔王の妻に相応ふさわし──」

 “ドスッ!!”

「ぐ……ふっ!?」

 ケイセイは仰向けに倒れた。ヨミが四つん這いの体勢から物凄い勢いで突っ込んできたのだ。ケイセイが視線を落とすと、胸には深々とヨミの妖月が突き立っている。

「ば、馬鹿な……」

 ケイセイはゆらりと立ち上がったヨミの両足に視線を移した。ヨミの足先が……いつの間にか飛蝗バッタのものへと変化している。

「はぁ……はぁ……切り札は最後までとっておくものってね……」
「お……おのれ……おのれ……おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………ぐ……はっ!!」

 ケイセイは いきたえた。
 
 屍と化したケイセイを見つめながら、ヨミはニヤリと笑った。

「はぁ……はぁ……か、勝った……!!」
「さぁ……それはどうかな?」

 ヨミは何者かに背中を蹴飛ばされてよろめいた。

「ぐうっ!? あ、アンタは……死霊魔術師の……!!」
「そうでーす!! ミリョウちゃんでーす!!」

 ヨミの背中を蹴飛ばしたのは、『話し合い』への参加を早々に辞退し、部屋の隅で小さくなっていた死霊魔術師の姫、ミリョウだった。

「ヨミちゃんお疲れ!! いやー、なかなか楽しい見世物だったよぉ? ヨミちゃんのおかげで私のしもべがこーんなに増えたしね?」

 ミリョウの後ろで、先程死んだはずのケイセイが立ち上がった……いや、ケイセイだけではない。ヤシャが、ドッカが、フブキが……死んでいった妖姫達の屍が次々と立ち上がる。

「どう? 驚いた?」
「く、くっそ……う……うあああああっ!!」

 ミリョウの死霊魔術によって屍傀儡しかばねくぐつとなり果てた妖姫達に完全包囲されたヨミは、突然がくりと崩れ落ち、凄まじい叫びを上げた。
 四つん這いでうずくまって叫び続けるヨミを見て、ミリョウは高らかに笑う。

「アハハハハ!! そんなに叫んじゃって……悔しい? 悔しいよね? さぁ私の可愛い人形達……アイツをっちゃえ!!」

 ミリョウの命令で傀儡くぐつ達が一斉に飛びかかった。ミリョウは確信していた。ヨミの死を、自分の勝利を…………だが!!

 “どさっ”  “どさっ”  “どさっ”  “どさっ”  “どさっ”  “どさっ”  “どさっ”  “どさっ”  “どさっ” 

 ヨミに襲いかかった傀儡達が一斉に崩れ落ちた。崩れ落ちた傀儡たちの胴体には、もれなく大きな風穴が開いている。

「な……何が起きて……!? あ……あれはっ!?」

 ヨミの尻から尻尾が生えていた。さそりの尻尾ではない、艶やかで美しい純白の毛に覆われた尻尾が……九本である。

「そんな馬鹿な……どうして妖禽族のアンタに妖狐族の尻尾が!?」

 うつむいていたヨミがゆっくりと顔を上げた。その眼には妖しい光が宿っている。

「私の吸命剣・妖月は斬った相手の生命の力を吸って……持ち主に力を与えてくれる……!! 死ぬほど苦痛を伴うけどね」

 そう、ヨミが先程上げていた叫びは屈辱によるものではない。妖月が、吸い取った生命の力を使い手に流し込む際の激痛によるものだったのだ。

「くっ……かかれ!!」

 カーマとセーヌの二体の傀儡が再びヨミに襲いかかる。

 ……ヨミのひたいに、磨き抜かれた真珠のような美しい二本の角が生えた。

 ヨミは飛びかかってきた二体の傀儡の顔面を鷲掴わしづかみにして捕まえると、そのまま高々と持ち上げて、熟れたトマトでも握り潰すかのように、易々と二体の頭部を粉々に握り潰した。

りないわねぇ……弱体種族は引っ込んでなさいって言ったでしょうが!!」
「あ、あれはオーガの角……!? くっ……行けっ、行けーっ!!」

 ミリョウは狂ったように傀儡達に突撃命令を出したが、オーガの剛力を宿したヨミの前に、傀儡達は次々と粉砕され肉塊と化してゆく。そして、あっという間に傀儡達は全滅し、残るはミリョウただ一人となった。

「今度こそ本当に終わりね」
「こ……来ないで!!」
「そう言えば、あの悪魔族のコが言ってたっけ……」

 ヨミの背中から蝙蝠こうもりのような悪魔の翼が生えた。

 ヨミがゆっくりとミリョウに右のてのひらを向ける。

「ひ……ひぃっ!? た、助け──」
「やだ♪」

 放たれた火炎弾が、ミリョウをほのおに包み込み、ミリョウの身体を焼き尽くした。

「……『悪魔はタダでは死なない』って本当ね。こんなに素敵な力を私に与えて死んでいったんだもの♪ アハハハハハ!!」

 ひとしきり笑った後、ヨミは “ふぅ” と息を吐いた。

「さてと……それじゃ、愛しの魔王様の為に、武刃団とやらをとっ捕まえに行くとしますか!!」

 全ての敵を蹴散らしたヨミは、意気揚々と妃の間を出た。
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