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殴り込み編
妖姫、出撃する
しおりを挟む144-①
『……武刃団を捕らえて我が前に引きずり出せ』
魔王シンが放った一言で、妃の間の妖姫達は諍いを起こし、そしてそれは血で血を洗う殺し合いにまで発展してしまった。
そして死闘に次ぐ死闘の果てに、最後まで生き残ったのは、妖禽族第一王女、ヨミだった。
全ての敵を倒し、妃の間を出たヨミは、血塗れの身体を洗い、ボロボロになった服を着替えた後、出陣の挨拶をすべく魔王シンへの拝謁を願い出た。
一人、謁見の間で跪き、魔王を待つヨミの前に、漆黒の鎧に身を包んだ魔王シンと、冷徹な雰囲気を纏う、長い髭を蓄えた老魔族……魔王軍参謀、カンケイが現れた。
シンが玉座に座り、そしてカンケイはシンの隣に立った。
「……面を上げよ」
「は……ハイ!!」
シンに言われて、ヨミは顔を上げた。
「魔王様……只今より武刃団の討伐に向かいます!!」
高らかに武刃団討伐を宣言したヨミだったが、カンケイは一つの疑問を抱いた。
「そなた……確か妖禽族第一王女のヨミ殿と申したか……そなた一人でか? 他の姫君達はどうなされた?」
「え? 一人残らず死にましたけど……」
「何じゃと!?」
あまりにも呆気なく放たれた、あまりにも衝撃的な回答にカンケイは思わず声を荒げた。
各種族の姫達がヨミを除いて一人残らず死んだ…!? 戦場のど真ん中でもあるまいに、どうしてそんな事態に陥るというのか。まさか、人間共の放った刺客か……いや、警戒厳重な魔王城に忍び込み、数十名もいた妖姫達を殺戮するなど人間如きには絶対に不可能だ。一体何が……
「あいつら全然大した事なかったですよぉー」
「何じゃと!? ま、まさか……!?」
「ハイ、私が全員、葬りました!!」
とんでもない事をにこやかに言い放っておきながら、ケロリとしているヨミを見て、カンケイは唖然とした。
……何故ここまでケロリとしていられるのか……妖禽族とはカエルの魔族だったろうか?
カンケイは再び声を荒げた。
「き、貴様……自分が何をしたのか分かっておるのか!!」
「もちろん!! 魔王様の妃に相応しき者は、このヨミただ一人にございます!!」
駄目だ、コイツ馬鹿だ!! カンケイは目眩を起こしそうだった。目の前の小娘は自分がした事の重大さを何も分かっていない。
この城に集った妖姫達は千差万別、多種多様な魔族を服従させる為の大事な人質なのだ。それを殺したとあらば各種族の反発を招くのは必定、下手をすれば、叛乱すら起きかね──
「ご安心下さいカンケイ殿!! 魔王様に刃向かう輩はこの私が皆殺しに致します!!」
「そ……そなた、儂の思考を読んだのか……?」
「凄いでしょう?」
得意げに胸を張り、微塵も悪びれる様子のないヨミを見て、カンケイはシンに進言した。
「魔王様、この者を速やかに処刑しましょう」
「面倒臭い」
「はっ!? し、しかし……この者は、大事な人質達を殺害したのですぞ!!」
カンケイは食い下がろうとしたが、シンの口から放たれたのは、カンケイの思いもよらない言葉だった。
「……死んだと言っても魔族であろう? 構わん、ヨミよ……行くがいい」
「しかし魔王様──」
「構わんと言っている……!!」
シンの圧倒的な威圧感を前にしては、カンケイも引き下がるしかなかった。
「ヨミよ行け。但し……奴らは、この私が自ら手を下す。生かして我が前に引きずり出すのだ!!」
「かしこまりました、魔王様!!」
それだけ言うと、シンは謁見の間を退出し、カンケイもヨミを一睨みした後、シンに続いて退出した。そしてその直後、跪いていたヨミは “ばたーん” とブッ倒れた。
「うぐぐ……あのジジイ……頭の中で私に拷問を……」
……簡単に言えば『大量の梅干しの画像を見ると、なんか口の中が酸っぱくなる現象』の何万倍も強烈な奴である。
あまりにも繊細かつ、精緻かつ、鮮烈な、自分が拷問される光景を見せられて、実際に拷問されている訳でもないのに、ヨミは痛みを感じてブッ倒れてしまったのだった。
大抵の者が、手も足も出ず翻弄されるヨミの読心能力を逆手に取って、即座に制裁を加えるあたり、流石は魔王軍の参謀といったところか。
しばらくして、痛みから立ち直ったヨミはゆっくりと立ち上がった。
「……よぉぉぉぉぉしっ!! 殴り込み頑張るぞ-----っ……って」
やる気満々のヨミだったが、重大な事に気付いてしまった。
「し、しまったぁぁぁぁぁ!! 武刃団が今どこにいるか聞くの忘れたぁぁぁぁぁ!!」
その後、武刃団が現在いると思われる場所と、目的の武刃団を率いているのが因縁の相手、唐観武光である事を知ったヨミは魔王城を勢い良く飛び出した。
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