Over the Life ~異世界変身冒険奇譚~

鳥羽

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第2章 司のあわただしい二週間

第20話 見て麗しく食べておいしい

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 思いっきり当てが外れてしまった。気晴らしどころか逆に鬱だ。このまま帰るのも嫌だし思い出深い土地に行ってみよう。大陸を横断するように走るヒーセント山脈。ルーツィア都市国家連合の国境南西から南東に広がる晶濫の森の標高約2000mに在る泉に。

 この場所はそこらかしこに河川や湖があり、氾濫で地形が変わる雨期は危険だが、それ以外の季節はとても清らかで美しい。魔獣も棲息し、冒険者としての適正レベルは初心者から中級者向け。水や大地の精霊を見つけたい時にプレイヤーがよくお世話になるエリア。

 更に山を登り高原地帯まで行くとコロナが前言っていた遺跡の有るシルカ大高原。大高原自体がエンドコンテンツの一つと言われるほど危険なエリアで、その中に聳え立つ遺跡は結界が張られていて立ち入り禁止だった。ゲームでは未実装のコンテンツだろうと言われていたが正体は不明。
 こちらでは立ち入りは出来、中には解析不可能な装置らしき物があるらしいが、場所が場所なだけに研究は進んでいないみたいだった。ラクリマが居た泉は大体同じような位置に在った。

 ▽

 晶濫の森の事を説明し、そこで食事と採取をする事にした。数時間の空の旅はアルフリートさんに明日から行くダンジョンの事や、持っていく物の話をしていたらあっという間だった。

 上空から探した泉の辺(ほとり)に着地。身を低くしたコロナからアルフリートさんが飛び降りる。僕はふわりと着地。

 湖畔は人気は無いがざわざわした初春の活気に満ちている。夜には怖気が走るほど美しい夜光虫とマナの共演が見られるから本当は夜に来たかった。

 ラクリマは既にユニコーン姿で苛立たしげに水面を走り回っている。ラクリマの趣味その一、水の浄化。正確にはラクリマが気に入る水質にしたら人から見て綺麗になっているってだけ。そんなに広い泉じゃないから少し待てば終わるだろう。

 汚れた水じゃないと生きられない生き物はどうするの? と以前聞いたら知らんと答えられた。人も大概エゴイストなので責める事はできない。コボルトや狼が探知に引っかかったが警戒しているのか距離を取っている。

 コロナは久しぶりに来た土地が嬉しいのか遊んでくると犬姿で森の中に突撃していった。これで周囲は大丈夫だろう。そう思っていたらさっそくコボルトらしき悲鳴が聞こえた。コロナもお食事タイムだろうしこっちも食べよう。さて、どうしよう。清浄な空気の中肉のにおいは気が引ける。なんか寄って来ても困る。ラクリマに魚を獲ってもらうのも産卵時期過ぎてたら身が痩せているだろうしなー。

 清酒も飲みたいので作り置きで許してもらおう。白が基調のシャビーシックな6人用食卓と椅子を二脚収納から取り出す。先に食べておいてくださいと言い、稲荷ずしと太巻き、大葉入り鰻巻き卵、清酒と食器を並べておく。

「食べられない物は残してください。食べ方とか大丈夫ですか? 他に欲しい物があれば善処します」
「いや、大丈夫だ」

 食卓から少し離れた水辺にお猪口一杯の清酒と艶やかな赤いワイルドベリーを一握り小皿に盛り、低い三方に並べ献上。こういう時はいつも気分的に手を合わせている。
「精霊様の分です。よろしければどうぞ」

 いつの間にか無くなってたり残ってたり。精霊は基本目に見えない状態で存在している。人の前に姿を現してもらうにはこうやって気に入ってもらえるだろう物を地道に貢ぎ続けるのが一般的。今回は別に縁を繋ぎたい訳ではなくて、ラクリマの縁の地だからってだけ。

「食べておいてて良かったんですよ?」
「そういう訳にもいくまい」

 席に戻り清酒を注ぐ。自分好みのフルーティな純米酒。余裕ができたら買い出しに行きたいなぁ。アルフリートさんのフルートグラスにも酌をして軽く掲げ形だけ乾杯。大皿から三種類を一個ずつ取る。

「僕はこれだけで十分です、あとはどうぞ。これからダンジョンとかで一緒に食べることも有るでしょうけど、僕の事は構わず食べてください。準備でいなかったり、他の事をしている事は多いと思うのでいちいち待っていたらキリが無いです。これ食べ終わったらここら近辺採取に行ってきます」

 泉の水は僕位の高さしかない小さな滝から流れ込んでおり、連なる浅い小川は寝転ぶには丁度いい深さだろう。見える位置に茗荷もあるし、果実や水草、ハーブも期待できる。スライム類でもいれば狩っておこう。木材も調達して・・採取が一通り終わる頃にはラクリマの浄化も終わっているはず。この時期この場所で採れる物を脳内でリストアップしながら何を作ろうか考える。調理用具は持ってきているが、製造設備も場所もないのが悩ましい。

「手伝えることはあるか?」
「んー特に無いのでゆっくりしていてください。コロナやラクリマと遊んでくれてもいいですし。そんな遠くには行きません。一人では手に負えない魔獣が出たら呼ぶかもしれないですけど」

 日本酒といい、寿司といい米ばっかりだったな。まあいいか。食べ終わったらこのまま置いといてくださいと声を掛け、初採取だーと文字通りに浮かれながら上流を目指した。

 ▽

 おかの採取が終わったので、腰下まである外套や邪魔な装備を収納し、下はショートパンツに裸足になって小川に寝転がる。枕はさっき仕留めた瀕死のスライム。数は十分狩れた。丸みを帯びた石が川底に広がり、太陽が白く眩しい。標高が高い分空が近い。

 あの汚染地が嘘のような青く澄んだ空。目を閉じて深呼吸すると、日で温んだ清浄な空気が肺に満ちる。水が岩に当たり分かれていく音や、鳥の騒がしい鳴き声、梢の音。ドラゴンコロナの歓声はご愛敬。

 OTLではスタンピードはよくある事だった。ダンジョンはこちらのようにきっちりとした管理はされていなかったから。プレイヤーもイベント程度に考えていた。でもそう考えられたのはスタンピードで来襲するのは基本雑魚~中堅がメインで、ボスレベルは数えるほどしか出現しなかったから。

 でもあれは違う。軽く見ただけでも低階層ならフロアボスとして通用する悪質な魔獣がうじゃうじゃいた。同じ種類の魔獣であるならばだけれど。

 悲劇は今も続いている。さっさと出撃して鎮圧したがっていたマルガリータさんの気持ちが分かる。僕だってあれに一人で立ち向かえる力があればそうしたいと思うだろう。考えてもこの世界の知識や常識の無い僕では最善の策など分かりはしない、展開も読めない。ごろ寝も満喫したのでスライムの魔石を抜き去り収納。死体はほっとけば水に溶けるだろう。
じゃぶじゃぶと歩きやすいルートを選んで川の中を歩く。川は途切れ滝となり泉に打ち付ける。眼下に広がる泉はラクリマが浄化して透明度が上がっている気がする。

 肘上まであるいつもの黒手袋だけ装着して滝つぼに飛び込む。水面を潜るとそのまま水底に向かって泳ぐ。大きさの割に深さはあるんだよね、ここ。ゴーグルとか無くてもはっきり見えるからこの体は便利。透明な水の中で僕を避けて魚が泳ぐ。沈黙とは違う静けさの中、自分の脈動が形を教える。おっと、考え事をすると水の中に居れる時間が短くなるからさっさと水草集めしないと。

 良く分からない代物も取り合えず拾って、水草を抱え光あふれる水面を目指す。ぷはぁと息を吸うと体中に呼気が満ちる。長時間潜れる口に銜えるタイプの酸素生成魔道具ももちろん持っているが、短時間潜る分にはいらない。

 一度陸に上がって収集した物のチェック。綺麗で魔力の豊富にある湖にしか生えないゼーベル草。痛んでいる部分を捨て、若い部分を選り分けてそれぞれ収納。かなり癖が有るけどぷちぷちした食感が楽しい、魔力を十分に含んだ食材兼素材。
 以前確認したら植物は大体はOTLと同じだった。見たことが無かったり、呼び方が違う物もかなりあったけど。

 うーん、と背伸びをしてどうしようかなと考えていたらばしゃぁと水が浴びせかけられた。馬装も無い半透明のユニコーンが尻尾をゆらりと一振りし、顔をぐいぐいと摺り寄せてくる。

「ラクリマ、終わったの?」
「終わった。こちらの精霊はやはり総じて大人しいというか無個性というか・・仕事はするが自分の良い様に進んで環境を変えたりは余りしないようだ」
「ふーん? そうなんだ」
「涙を寄越せ」
 人間風に言うと働いて疲れたからご飯って所だ。

「はい、ラクリマ用エリクサー」
 ちょっと人様には言えない液体なみだの入った小型の試験管を出す。
「掛けろ」
「はいはい」
 ガラスの蓋を取って顔に掛けると滴る事も無く吸収されていく青い液体。それはラクリマの中で透明に解けていった。固体もこんな感じに融けるからスライムみたいだと言ったら一緒にするなと怒られた事がある。

「うむ、問題ないようだ」

 手袋も収納し、裸足で水面を駆ける。浮遊を調整すれば難しい事ではない。振り返って手を上げラクリマを呼ぶ。

「ラクリマ、遊ぼう!」
 呼んだら振り返らずに泉の中央にダッシュ。ぱしゃ、ぱしゃと僕に合わせて跳ねる水。

「そーっれ!」
 小走りに駆け寄ってくるラクリマに向かって足元の水を掬って掛ける。構わず頭を低くして突進してきたのでそれを抱き込む。角とかは触れば引っ込む位の堅さにしてくれているので痛みはない。

 首をぐいんと持ち上げられて、ぽいっと後方に放りだされる。抵抗せず浮遊も切って水面に飛沫とともに背中から叩きつけられた。一度潜水しラクリマの下を取る。急浮上して足に前足にしがみつく。
 上体を持ち上げ勢いよく引き上げられたと思ったらラクリマが融けて水面にばちゃっと腰から落ちる。浸かっている手に水が規則を以て流れるのを感じた。ぐぐっと座っている付近の水が盛り上がり、僕をざぶんと呑み込む。
 水球が僕を捕まえたまま宙に浮いている。水牢はとても恐ろしい術だがラクリマが遊びで使う分には怖くない。

 ぱちゅんと水が弾ける。また空に放りだされた。ここから先は術もオッケー。ラクリマがその気になればここの水くらい制御下に置けるから、僕がこの泉の水を使って術を使えるのはラクリマが遊ぶ事を受け入れてくれるからに他ならない。しばらくそうして水とラクリマと遊んだ。ラクリマと思いっきり水遊びできる機会は貴重だから、この機会に堪能しておこう。

 ▽

 岸辺の食卓の上を片付け、立ったまま置きっぱなしにしていた酒を注ぐ。アルフリートさんは水遊びしていた僕たちを見ていたのは気づいていた。

「どうした? 水遊びはもういいのか?」
 気晴らしに一緒に遊びませんかと言いたい所だが、監督対象が言うのもなんだし、どうした物か。言い出せなくてもじもじしていたらふわり、青色の蝶が僕たちの前に滑り込む。
「珍しい。精霊ですね」

 ラクリマが居る所為か、貢物が気に入ったのか。翅はメタリックで見る角度によって色を変える。ふわりふわり飛び回り、清酒の入ったグラスの縁に止まる。赤い種の様な物を酒の中に落とし、風に乗って何処かに飛んで行った。

「あ、宝石草の種だ」
 艶やかな赤はワイルドベリーの様だがこちらは宝石の様なカットと輝きを持つ種子で、火山が近くにある草原に咲いている。
 清酒を種子を残し飲み干す。空のグラスを机に置き、丁度いいやと泉の聖地の水を1センチ程入れる。魔力耐性も発芽に必要な魔力要求も高いから多分大丈夫、だと思う。

 ラクリマに協力してもらおう。
「ラクリマ、促成させたいんだけど手伝ってもらえる?」
 ステムのあるグラスの底に沈む宝石包むように両手を添える。

 ふわふわと飛んできたラクリマにアドバイスをもらいながら緑魔術を発動。オラクル等の神職が得意な属性は基本的に命に係わる物。水も緑も聖も光も。緑魔術と言っても本当に発現した魔術が常に緑な訳ではない。することもできるけど面倒だししない。量を調整したりすると勝手に色が変わる。今は赤っぽいピンク。炎も条件で色は変わるし変なことではない。

 ラクリマ第二の趣味はガーデニング。こっちには庭も無いし手持無沙汰かもしれない。花盗人は即私刑がモットーの過激な管理精霊。アトリエの庭の植物を採取するのにもラクリマの許可が必要だった。僕のアトリエにも関わらず・・
 あのワイルドベリーも品種改良は僕も手伝ったけど、世話はラクリマがしていた。

「絞れ。発芽までは雑多な魔力はいらん。尖らせるな。包み込んで種に吸わせろ。与えようとするな」
 魔力を糸の様に絞り繭の様にグラスの外からくるくると覆う。

「極小の火魔石を準備しろ。火薬石の粉末でもいい」
「粉末はどれくらい?」
「一つまみでいい」

 収納から小分けにしてある粉末のパックを取り出して机に置いておく。
「緊張するな。揺らすな。そのまま、ふむ、発芽したな。粉末を混ぜろ。光で水に蓋をする様に。完全には閉じるなよ」
 赤い宝石に亀裂が走り、双葉がしおしおと芽を出す。粉末をぱらりと落とす。水面上に白くてぼんやり光るドーナツを浮かべる。そろそろ繭をどうにかすべきだろうか。

 そんな風に指示を細かく聞いて調整していたら、ようやくグラスの三分の二まで成長した。ラクリマがやればと思うかもしれないが、オーダーメイドの超促成をするのはラクリマでも観察と計算で神経を使うらしく「一個の生命を速やかにこちらにとって理想的な状態に導くのがそんなに簡単な筈ないだろう」と叱られた。好き勝手成長させるだけならそこまで気を張らないそうだ。専門職はならもっと楽なのかもしれない。ラクリマは同じ種類の植物でも個体によって要求が違うし、それが自分の育てたい方向とは限らないと言っていた。

「困ったな」
「どうしたの?」
「聖地の水を独り占めしてオーダーメイド超促成で育った所為かわがままが過ぎる。こちらがそこそこの成長で花を咲かせる事が目的だと見透かしている。術者の血液が欲しいとはな」
「どれくらい? たくさんはきついなぁ」
「・・数滴でいい」

 新しい芽は枯れる気配は無いが成長する気配もない。なんだろう、わがままっこってやつか。一本一本の葉脈が輝いて見えるほど麗しい葉は、与えられることを当然と享受している様にも見える。結界を尖らせ針上に形成。さくっと指先を突いて出てきた血が滴って芽に落ちる。

「あ、見てください! 蕾ができましたよ!」
 成功だ! うれしい! 手を叩いて成功を喜ぶ。アルフリートさんは何か頭を抱えているけどどうしたんだろうか。

 するすると伸びた蕾がグラスの口から頭を出す。密集した美しい花びらが蕾からちらりと顔をのぞかせ、ぷるぷると震わせながらゆっくり花開いていく。なんか色おかしくないか? 普通種と同じ真っ赤な色の筈なんだけどなんか縁が白い。こんな事もあるのか。

 中央は深紅、縁は白のグラデーション。貴婦人のレースを思わせる薄手の繊細な花弁が重なり毬の形になっている。
 あー・・おいしそう。じゅるり。

 はっ。羊の味覚だとこれがすっごく美味しく感じるんだ。人の味覚より植物の苦味と甘みの構成が良く分かるんだよね。人間形態で食べてもにっが、青くさっ! となるだけなんだけど。

 細い白いリボンを蝶結びでドレスアップ。グラスから花を抜き取る。
「アルフリートさん、これどうぞ。ほんの気持ちです」

 お世話になりっぱなしの僕からのせめてもの贈り物をしよう。消え物だし処分には困らないはずだ。
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