Over the Life ~異世界変身冒険奇譚~

鳥羽

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第2章 司のあわただしい二週間

第19話 ノーカウントと爆心地

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 ▽

 こんな人でもちゃんと瞳孔は黒いんだなと場違いな感想を抱く。睫毛も髪と同じように白が混じり齢を感じさせた。

『つかさとなかよくしたいんだね!』
『ここの最高権力者だ。気に入られて損は無い』

 飛んでくる念話の温度差よ。我に返って押し返すも力の差が有りすぎるのかびくともしない。女性の胸は柔らかい物だという常識も崩壊した瞬間だった。何とか距離を取ろうとしていたら、ぱっと唇も襟元を掴んでいた手も離れて行った。

「なんでこんな事を?」
 他人の温かさや柔らかさ、生々しい感触は確実に僕の平常心を削っていったが、あの感じだと暴れてもこの人の腕一本で制圧されるだろうし、理由も無くこんな事をする様な人には見えない。

「ダンジョンのヒーラーなら相性もあるんだ、味見くらい普通だろ?」

 心底不思議そうな顔をされた。そして相性という言葉で思い至る。
 ああ・・・この世界はOTLでの裏技使用が普通な世界なのか・・・・そうだよね、命掛かってるもんね。いや希望的観測でこの人周辺だけかもしれない。

 簡単に言うと体液を交換することで一時的に相性が上がって、回復やバフなどが通りやすくなる。
 キスなんかは一部カップルがそれを口実に堂々とやっていた。相性は相手の魔力を心地よく感じたり、体液を美味しいと感じられるほど高い傾向にあった。

 僕は必要に迫られたら、銜えて唾液を付けた指をお互いに舐めるまではやった。そうしないと熊さんにまともに通らないんですよ・・。他人と体液交換はしたことは無い。当たり前でした・・・

「にしても甘いし癖も無い魔力だな。本当に6生か?」
「冷静に批評しないで下さい・・・」

 テーブルに肘を付いて打ちひしがれている所に更なる追い打ち。僕はどんな味だったかなんて覚えていません。

 僕のファーストキスは小6の家族旅行で行ったニュージーランドの羊だ。うん、そう思おう。

 ▽

「マルガリータさん、トトさんからはある程度聞いていますが、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
『つかさ、つかさ、ごめんね。ぼくのせいなんだよね?』
「え、どうしたのコロナ?」
 しゅん、と耳が垂れきゅーんとか細い声が響く。

『ラクリマが、ちがうせかいだからいままでとおなじようにしちゃだめだって』
「司、コロナを甘やかすな。常識は違えど事の善し悪しは教えれば理解できる」

 僕はコロナを甘やかしていたのだろうか? 主人よりも友達に近く、楽しい事だけ共有できればいいという考えが逆にコロナを傷つけていたのか。

 いままでごめんねと腕を伸ばして頭を撫でる。椅子のひじ掛けにぺたりと顎を乗せ見上げてくる甘えたドラゴン。言葉が通じるはずなのに話し合う事をしていなかった。今までとは違うのに。無意識に今まで通りにしようとしていた。

「良く分からんが仲直りは済んだのか?」
「ええ、話をそらしてしまってごめんなさい。コロナも謝りたかったそうです」

 向き直ると特に気にした風でも無く話を続けられた。
「ドラゴンに人の社会を理解してもらおうってのが土台間違いさ。神殿長として謝罪は受け取っておこう。
 ただドラゴンともなれば立派な戦力だ。神殿は他国の領土を借りている以上持ち込める戦力に厳しい制限を掛けられている。ここには私も居るしな。
 そこを使徒の従魔だって事で話を逸らして、面倒にならないうちに聖教国に連れて行けって言うのがトトとレイムを除いた長官の考えだな」

「マルガリータさんはどう考えているんですか?」
「幼いドラゴンの一匹くらい私がいればどうとでもなる。使徒も話に聞いた通り好き好んで問題を起こすタイプには見えん。そこの精霊は主人第一だろうな。私がとやかく言う気はない。
 問題はサールーンの卑怯者どもも組合の軟弱者も力も無いくせに口だけは立派でこちらの事に口を出してくる事だ」

 かつんかつんと人差し指がテーブルを叩く。
 唸る様な声はマルガリータさんから聞こえてくるのか。物騒な音。

「相当ご立腹の様ですね・・」
「はっ、ダンジョンなんてさっさと武力行使で鎮静化すりゃいいのにやれ体面だ、政治的判断だのぐだぐだと話し合いばかり長引かせて英雄様は椅子の上だ。腹も立つ。お前も人が良い事を理由に舐められてるのさ。少しは怒ったらどうだ」
「いざとなったら逃げるだけなので怒るメリットを感じないです」
 マルガリータさんは呆れた様子だったが構うものか。三十六計逃げるに如かずと言うじゃないか。

「問題のダンジョンは政治的な思惑が絡むので行けないとしても、他は大丈夫なんじゃないんですか?」
「一定以上稼いだ冒険者はどこかの国か特定の団体に属さんとダンジョンでの討伐が許可されなくなる。そのあとは階層やら何だかんだと制約だらけ。神官には選ぶ権利すらないから国の方針に従わざるを得ない。
 しかも聖教国はダンジョンの入り口を持っていないしギルドすらもう置いていない。目と鼻の先のギルドも私が使うとなるといちいちお伺いを立てにゃならん。これなら前生の方がよっぽどマシだった」
「英雄って面倒くさいですね・・」

 同意を示すようにはぁ、と溜息をつく姿にはままならなさへの苛立ちが滲んでいる。
 白と黒、世界を照らす神々のステンドグラス。良く言えば静謐で、悪く言えば停滞したこの空間にマルガリータさんは似合っていない。本人の趣味ではなさそう。

 すごく他人事の感想だが功績も戦闘力もあるって大変だな。僕は首輪はできるだけ回避したい。
 このタイミングで言うのはすごく勇気がいるが、ダンジョンに行く事だけは言っておかないと。

「マルガリータさん、僕ちょっとダンジョンに行ってきます。トトさんは変装してれば大丈夫だろうと言っていたので雲隠れみたいな感じです。これからどうなるか分からない以上外やダンジョンの事を知っておきたいので」

「ああ、アルフリートと行くんだって? トトもサールーンに慰問団の裏方として動く予定があるからその間はどっか行っててほしいんだろ。低階層メインとは言えうらやましい限りだ。どっかの使徒様が英雄が動ける口実でも作ってくれればいいんだがな」

 にたりと悪い顔で笑われると確かにこの人は英雄なのだと寒気がする。

「高度に政治的判断が必要な事は僕には役者不足です!」

 膝を叩きながら冗談だと笑い飛ばされても鳥肌は収まらなかった。

 ▽

 なんだか朝からどっと疲れた。魔力(エネルギー)を吸い取られた。火力厨は山のように見てきたが、政治的権力も持った武闘派とは接点が無かった。無くて良かったのに。

 ダンジョンより先に外に行きたい。横にいるコロナの頭に無意識に手が吸い寄せられていた。外はこんなに晴れていて長く白い廊下は眩しいくらいだ。

 最初に開けた扉の外でトトさんとアルフリートさんが心配そうに待ってくれていた。
「待っててくれなくてよかったのに」
「そんなに時間は経ってませんよ。気にしないで下さい」
「何が起こるか分からん。当然だ」

 来た道を三人と一匹で歩く。どこに向かっているか分からないけどとりあえず付いていく。
「神殿長との面会はどうでした?」
「疲れました・・一歩間違えれば戦闘とか洒落になりませんよ」
 余計なことは言わないでおこう。
「あの方は殴れば分かる、分かるまで殴るが基本的な行動理念だからね・・あれで丸くなった方らしいから」

 トトさんが遠い目をしている。力こそ正義、力なき正義は正義足りえないという言葉は理解出来ても人物にしないでほしい。

 ▽

 第二執務室で今後の話し合い。ザーカさんに連絡を取り明日からソックスを連れてダンジョンに行くことになった。

 トトさんはマルガリータさんが言っていた通り、2週間程度サールーンに行かなければならないらしく、今日の夜も会食があるそうで暫くはあんまり会えないかもごめんねと謝っていた。

 聖教国からの慰問団は政治的にも大事な仕事だろう。
 ダンジョンに引き籠ればそれくらいあっと言う間だし、僕の事は気にしないで仕事に専念して下さいと伝えておいた。

 気晴らしも兼ねて外に遊びに行きたいと二人を誘うと、トトさんはすっごく残念そうにまた誘ってください、絶対ですよと念を押してきた。

「どこに行きたいんだ?」
「サールーンとフェルガの国境モーグ山脈大峡谷の海側に行きたいんですよね。ついでに問題の場所も見てこれたならって。コロナなら2時間もかかりません」
「危険すぎる」
「トトさん、見てくるだけでもだめなんですか?」
「冒険者なら自己責任で行っても良い事になってる。哨戒に引っかからない様にサールーン側から行けば大丈夫だと思う」
「ですが」
「ドラゴンの飛行速度に付いてこれる魔獣が早々いるとは思えない。一人で行かれるよりいいでしょ?」
 アルフリートさんは不満そうだが、様子だけでも見ておきたかったので納得してもらおう。

 ▽

 手間だが郊外で待ち合わせて、そこからこそこそ変装を解いてラクリマで移動後、開けた場所でコロナに乗り換え。OTLでは国を移動するときは転移門、そこからライドが一般的だった。

 郊外の街道から森に少し入った所でラクリマに二人乗りをお願いしたら重量オーバーだと却下された。これくらいの重さくらいどうってことないって知ってるんだからね?

 苦情を無視してひょいっとラクリマに跨る。
 嘶きながら80度近く逆立ち、上半身を捻りながら地面に両足を戻したかと思うと、勢いよく後ろ足を蹴り上げる。それを幾度か繰り返したら体を左右に揺らし振り落とす真似をする。

「司!」
「あっと、だい、じょうぶ、ですって」
 手綱を握って鐙を踏むまで待ってくれている。遊んでいるだけで本気ではない。本当にいやだったらユニコーンの姿になる以前に出てきてくれないし。盛大なツンデレだ。
 しばらく遊んだら大人しくなってくれる。

「おい、そこの犬。さっさと乗れ」
「犬は失礼だよ・・ごめんなさいアルフリートさん」
「いや、もう慣れた」
 慣れるほど言ってたっけ? 言ってもラクリマは聞かないし申し訳ない。

 アルフリートさんに後ろに乗ってもらい僕は慣れているから鞍の鐙は譲る。ラクリマに鐙を別に水で作ってもらいそこに足を掛ける。
 金属同士の擦れる固い音が新鮮だ。腕を腰に回してもらうが僕は支えとして頼りなさすぎるのが良く分かる。

 ラクリマの側面を踵で叩き常歩(なみあし)から少しずつスピードを上げて街道を走る。コロナは森の中を走って付いて来ているだろう。
 事前に聞いていた人のいない開けた場所にはほんの数分で着いた。

 ラクリマは最後に、少しは運動しろ。何故転生するたびに運動量が減っているんだとお小言を言って消えた。

『つかさ! はじめてだね!』
「うん、やっとコロナに乗れるね。行先わかる?」
『わかるよ! あのラベンダーのあるおうちでしょ?』
「そう、サールーンの海辺にアクセスするには持って来いのあそこ。途中の魔力汚染地も様子見したいからそこにも寄ってね。そこの様子によっては目的地に行かないで帰る事もあるから」
『わかった!』
 コロナはとにかく僕達を乗せて飛ぶのが楽しみなようだった。僕もコロナの上からこの世界がどう見えるのか楽しみだ。

 ▽

 そう思っていた時期(約一時間半前)が僕にもありました。
 ヒーセント山脈を横目に風の魔術による防護壁、酸素生成、温度調整は全部コロナにお任せしての気楽な空の旅は汚染地域に近づく程その色を失っていった。

 これはニュースよりひどいなとぼやく声がした。
 高高度から見えた黒い塊は双眼鏡でよく見るとクレーターに蠢く塊は魔獣の群れだった。
 クレーターから這い出た魔獣は四方に散っていき、クレーター中心部は大規模な蠱毒の実験の様だ。
 放棄された畑は無残にも食い荒らされた跡のみが残っている。
 モーグ山脈に程よく近いこの場所で悲劇が起こったのか。

 思ったより上空の魔力は濃くなく地上はどうなっているか気になるが、飛行する魔獣も確認でき、高度を下げればワイバーンが襲ってくるだろう。

 高濃度魔力汚染はダンジョンが外に出てきてしまったと考えると分かりやすい。
 ダンジョン中階層以降の魔力濃度や活性化率だと一般人はオドを乱され錯乱しそのまま留まれば死んでしまう。まぁその前に魔獣に食われるが。一般人をいくら掻き集めてもダンジョンという空間の前には無力だ。

 遠く300km先、フェルガ王国の領土では魔術師によって構築された土壁があるのだろうが、ここからははっきりとは見えない。フェルガはこっちでも強国か。

『つかさ、かえろ?』
「うん、コロナ帰ろうか」

 流石にコロナも気持ち悪かったのか帰りたがっている。海側は無事な可能性も有るがとても行く気にはなれないので尻尾を巻いて撤退。
 再訪はこの問題が解決してからになりそうだ。いつになることやら。
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