上 下
41 / 74
第2章 司のあわただしい二週間

第41話 若葉マーク未満

しおりを挟む
 
 ▽

 リードしようとしてもやっぱり最後で締まらない。しょぼんと座りながらアルフリートさんのベッドの上で後ろから腰にまわった腕に抱きかかえられている。

 もふもふも無いし、毛皮が足りない。早くランクアップしたい。
 この部屋のこのベッドで約12時間前に認識の齟齬から自分基準で最後までしてしまったなんて、そんな事を考えてしまうとシーツの肌触りすら恥ずかしくて身の置き場がない。

 小さな挙動一つに過剰反応。めまぐるしく思考が飛び交う。

「そこまで緊張されると、逆に楽しいな」
「なんて人でなしなんだ」
「私の事を意識しているのだろう? これが楽しくなくて何なのだ」

 クククと喉で笑って、お互いの寝間着越しに温かさを感じる。鼓動の速さの違いが不公平だ。

「ねぇアルフリートさん、放してくれません?」
「何故だ?」
「だってまだしないといけない事がありますし」
「何がしたいんだ?」

 ザーカさんへの連絡もしてないし、知らない事も一杯あるから調べてみたい事もたくさんあると言ったら、以前薦めた本は読んだのかと聞かれ、うっと言葉に詰まる。

「調べ物の前にこの世界の常識を覚えるのが先だろう?」
「はい・・・その通りです」

 タグの画面を開いて、サイズを大きくする。この画面は多少サイズを変更する事や変形させる事も出来た。タップして薦められた本を開き、さくさく読み進める。初めてのシリーズはパステルな可愛らしいイラストに騙されたが、中身は本当はこれ性教育の児童書じゃなくて性技の指南書なんじゃないのかと首をかしげるほど直接的で、女性同士編と女性と両性編にはペニスバンドの使い方まであった。

 3つの性別の組み合わせ6計通りの本が平等に扱われていて、それぞれの性器の洗い方に洗浄の仕方やマナーまで描かれている。性に対するタブーの違いをひしひしと感じる。

 やはり核合わせは別格らしく、教えてもらったシリーズとは別のシリーズのようだった。性器の描写が入ったら18禁の扱いになる僕の世界とは性への感覚が全く違い、その違いを感じるたびにうへぇっとなる。

「核合わせについて、詳しい説明が無いんですけど」
「それがどうがしたのか?」
「いや、みんな僕みたいになるなら、ちゃんと書いてないとだめだろうなって思って・・・」

 顔が熱い。思いだすほど言葉が弱弱しくなっていく。

「・・・ああ、あれは6生まで身綺麗でいた所為と相性が良いからだと思うぞ?」
「え、関係あるんですか?」
「あるだろうな」

 どうやら転生回数が少ない内は子供が出来にくいが、結魂できる相手が広い。転生を重ねると子供は作りやすくなるが、相性が良い悪いがはっきりしてくる為結魂できる相手が少なくなる。転生回数が離れる事も相性に絡むが、これはその魂核によって変わって来るらしい。

 しかも僕は今の今まで無論子供など作ったことも無く、その経験の無さもあったのだろう推測だがなとアルフリートさんは零す。やはり体液交換と性的興奮があの衝動のトリガーだったらしく、相性が良いとあの状態になってしまう事があるそうだ。

 相性の良し悪しがはっきりしない初生の初めてするセックスで核合わせしたくなる事はとても稀なそうなので、そのシリーズには書かれていないのだろう。

「お前が6生、私が2生。体の関係は持つ事が出来ても結魂できない可能性は十分にあった」

 あれか、長く生きても経験値が底を打ってるとああなるのか。子作りさっさとしろという生物的本能か。子供はノー、番になるかは保留と言っているが、この体は僕の理解を超えた反応をする。

「まぁ、お前のあの様子で杞憂だと分かったから今は安心している」

 肩口に顔を寄せ頬を摺り寄せる仕草に多少の申し訳なさを覚える。
 そのままの体勢で他愛も無い話をしながら明日の予定を話し合って、この話の続きでまた色々と注意を受けた。

「少しはこの世界の常識が分かっただろう? だから魂核は見せびらかすな」
「しつこいですよ。しませんって」
「人前で脱ぐな。あの背中も足も出している姿も駄目だ」
「えー・・・脱いだ方が動きやすいんですよ。誰も見てませんって。あれくらいいいでしょ?」
「駄目だ」
「街にはもっと過激な服装の人もいましたよ?」
「足や胸を出しているのはセックスワーカーだぞ?」
「へ? じゃあズボン一枚の男性とか、ホットパンツの人って・・・」
「だから、セックスワーカーだ。国や街によって違うがな。あとは露出が少なくても尖ったヒールを履いている人間には近づくな」
「ピンヒールに何か意味ってあるんですか?」
「それも性風俗産業従事者の意味だ」
「性別関係なく?」
「もちろん」
 露出や服装に関する感覚が大分違う。ただ露出していた人達は全員綺麗にしていて、いやらしい感じは受けなかった。

「水着とか、どうなってます?」
「下は隠すのがマナーだな」
「わお・・・」

 混浴が普通ならそうもなるか。OTLでヌーディストフェスティバルなる奇祭が18禁エリアで開催された事があり、協賛者の千波に連れられ強制全裸参加したが、全員全裸だと特にエロさとか感じ無かった。
 みんな服着てるから着るし、着ないなら僕も着なくていいか、僕にとって服とはその程度の物だったのかと認識した。もちろん装備品は別だ。

 全部脱がれるとどこに興奮していいか分からなくなる。まるで去勢された気分だと誰かが言い、ビッチはその言葉に功夫が足りないと反論していた。・・・この事は黙っていた方がいいよね、うん。

「逮捕されたりしないんですか?」
「何がだ?」
「その、僕の世界だと売買春は犯罪だったもので」
「ならセックスワーカーは犯罪者で法の保護を受けられないという事か。厳しい世界だな」

 OTL内はもっと適当だったが、時間が加速したあの世界で特定の職業を持つという事は非常に困難で、やれて単発か資金提供をするオーナーぐらい。働くとしても結構特殊な職しか選べない。
 連続ログイン時間と一日の総ログイン時間の制限があったため、ずっとゲームをし続けることは不可能だった。

「遊び相手として人気があるのは両性の、胸も筋肉も有るタイプだ」
「僕と反対ですね。なら余計大丈夫では?」
「経験が少ないと分かっていて誘ってくるのはそれなりに真剣か無責任かの可能性が高い。ちゃんと対処できるのか?」
「・・・対処できる対人スキルがあればそもそもこんな体になっていないかと」

 言ってて悲しくなってきた。首当て一つで面倒が減っていた世界が恋しい。

「ならなおの事勘違いさせる言動は慎め」
「・・・・」
「どうした?」

 世界の違い、常識の違い、認識の違い。その違いが積み重なって心に沈殿する。泥みたいに重くて不定形の不安。
 法制度に躓き、ドラゴンの扱いの違いでトラブルを巻き起こし、蘇生システムの違いに爆散し、繁殖形態の違いと本能にどこまでも翻弄される。
 この世界でやっていけるのか、こんな僕で本当にいいのかと、問うべくもない疑問が次々に湧きあがる。

 くるりと向きを変えアルフリートさんに向き直る。作務衣の紐を解いて合わせを開き、もう一個の結び目も解き、抱き着く。

「なっ」
「ごめんなさい。しばらくこうさせてください」

 あの時とは違うけど、トトさんがしてくれたみたいに。毛皮が無い肌同士の触れあいが僕にもたらすもの。

 どくどくと脈の打つ音。呼吸に合わせて動く体。僕より熱くて大きな体。くっついていたくて作務衣の下の肌を探る。

「・・・不安なんです。考えれば考えるほど良くない未来しか見えてこなくて」
「お前は考えすぎだ」
「だから、今やりたい事をしたいなって」

 もっとと思うけどこの体勢じゃできない。

 両肩を押すとぼすんと抵抗なく倒れてくれた。腰に跨って手をそっと胸に這わせた。

「重くないですか?」
「まったく」

 その言葉に安堵しながら目を閉じ、ゆっくりした動作で掌を当て胸の鼓動を聞いて、魂核に触れる。十字の角が指先を刺激した。下へとずらして割れた腹筋を確かめる。

 僕もパジャマのボタンを外して、肌同士を感じるみたいに胸に飛び込む。耳に伝うさっきより速い音。

 そしてようやく気付く。ああ、僕は孤独感を埋めたかったのか。

 現実(リアル)でもOTL(ゲーム)でもずっと孤独感を抱えていた。埋めたいとも思わない虚(うろ)は暗く寂しくともそこに浸っていれば存外に生ぬるく、自己憐憫は優しい。

 でもこの世界に来て、その孤独がどれだけ本当の意味で生ぬるかったのかを知った。
 同じ国、同じ社会で、価値観が似ている。言葉が通じても価値観の通じない人も居るにはいたし、人間は本質的に孤独だと気取っても僕はあの世界で生きて、どれだけ生きづらくともあの世界を好いていた。

 使徒と言われても要は世界の異物。創造神様がルールを書き換えなければ存在すら許されない本当の孤独。
 ぬくもりこそ欠落を自覚させる。僕をこの世界に留めているのはラクリマやコロナの存在よりも、ザーカさんやソックスへの責任感とトトさんやレイムさんアルフリートさんの存在だ。
 ここでこの世界に居る理由は使命の為だと断言できたらきっと格好良かったのだろうけれど、恋人を自分の部屋に案内すらできないチキンには不似合いだ。

 きっとコロナに執拗に友達を宛がいたかったのも、この孤独感を無意識に投影していたからなのだろう。
 コロナが友達を作る事で間接的に自分の寂しさが和らぐ事を期待したのだ。罪悪感も薄れ一挙両得。なんて自分勝手。

 温かさに浸りながらアルフリートさんの胸に手を当てると、硬い感触がした。
 乳首だったらしく掌でころころと転がす。つんつん押すと指先を押し返す感覚が楽しくて挟んだり捏ねたりしてついつい遊んでしまう。
 こうして触ってみると感触が面白くて、僕の柔らかさの無い胸にある物もきっと同じ理由で触っているんだろうと思った。

 クスクスと笑いならがもう片方の空いた手で反対の胸を撫でる。しっかりした厚みのある体は、僕くらいじゃびくともしない事に深い安心を得る。

「・・・お前はよっぽど手酷く犯されたいらしいな」

「は、ぃっ!」

 がしりと腕が方半身をホールドし、そのまま寝返りを打つようにぐるり転がられる。

 跨ったまま上下が入れ替わったから、アルフリートさんが膝を割る形で僕を押しつぶしている。
 腕と胸板に挟まれて圧迫感が酷い。先ほどの声は薄暗く不機嫌さを隠しもしない物だったから、耐えて様子を窺う。

「さて、風呂場での続きと行こうか。安心しろ、約束は守る」

 約束は守る、その言葉は安心できるものではない事はお風呂場でもう知っている。
しおりを挟む

処理中です...