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第2章 司のあわただしい二週間

第49話 暗闇の中で

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 僕にとってあの交わりはある種トラウマのようになっている。だから、お互いにいつでも引ける逃げ場を残して、ゆっくりと気持ちを確認したかった。

 好きだから許す。自分の中に歪でも受け皿を急ごしらえ。全部見る勇気も無いし周囲を傷つけないように包んで、丸ごとは吞み込めそうにないからちょっとずつ崩して細分化して噛み砕いて。時間と余裕が欲しかった。この世界を知っていくための。

 理性は話し合えと主張する。こんなに暗いんだ、逃げるなら今だ。恐怖からくる惰弱さを押し込めてこの人が何を考えているのか分かりたかった。こんなに冷えた怒りを直接ぶつけられるのは初めてで、緊張から鼓動がバクバク鳴り目の前が揺れる。

 友情すら育めていない状況で恋人になって喧嘩別れしましたって、もう離れるしか無いのは僕でも分かった。

 圧し掛かる熱と共に直接耳に吹きこまれる乱暴な睦言。表面的なもふもふを楽しむ自分勝手な動きでは無く、毛並みを搔き分ける手は僕を性的に高めようとする傲慢さで満ちている。寒気がするのに息も体温も勝手に上がってくらくらする。

「お前のこのご立派な毛を刈って肌に私の名前でも書いてやろうか? あんな姿でケラケラと笑っていたのだ。それくらい平気だろう?」
「んぁっ、しっぽやだっ・・・」

「それとも靴下とネクタイだけ付けて吊るされる方が好みか? 今のお前に似合う縄が無いのが残念だ。人ではなく家畜のように扱われたいなら首輪を付けて繋いでやろう」

 失敗して戦犯として吊るし上げられてるシーンの事か。羊が赤い縄で亀甲縛りで吊され、今日の戦犯と刺繍されたネクタイを首から下げ、白い靴下は半分脱げてるとてもシュールな場面だ。数秒しか無かったのによく見てるな。

 耳をいじっていた右手が顎の下にの柔らかい部分に回る。優しく撫でてる筈なのに怖気が走る。

「何を話していたのか全く分からなかった。喘ぎながら撫で回されてられて平然としていられるのがお前の本性なのか? 今も心の隅で私を嘲笑っているのではないだろうな?」

 首に力がこめられると嫌でも自分の鼓動の速さが分かる。

「ふっ・・・千波はただのビッチでっ、っん!」
「経験が無いなど嘘だろう。あれだけ肌を寄せ合って臆面もなく愛撫しておきながら何も無い? 信じられるものか」
「だから、トムも千波もっ、ただの友だ・・」
「私以外の名前を口にするな。・・・本当は全部計算だと言われた方が余程納得できる。嫉妬に狂う私を見るのは楽しいか。お前が欲しくて頭がおかしくなりそうだと言えば満足か?」
「あっ、先、やぁ・・・っ、んん・・!」

 尻尾の先が甘く噛まれる。温かな口内。痛みになる寸前の牙からの圧と柔らかい舌が繰り返し繰り返し。自分以外にそこをいじられるとどうしても意識が集中してしまう。どんどんと思考はぼやけるのに、その刺激には過敏になっていく。くたんと力無く倒れた尻尾が解放された時には、先はびっしょりと湿って僅かに重い。誤解を、誤解を解かないと。

「あああぁぁーー!!」
「本当は誰彼たぶらかして遊んできたのではないのか? 無意識なら真正の性悪だ」

 指が勢いよく奥まで入り込んで抜き差しが始まる。触られてもいないのに溶けた膣内その強引さををぐぷぐちゅと悦んで受け入れる。びくびくとのけぞって頭を固い地面に擦り付け、頭を振って嫌がってみるが、押さえつけられているから大した抵抗にはならない。足が空しく宙を掻いた。

「やだ、ちがぁっ! あっ、あぅっ、あぁ・・」
「何が違う。脱がす事は許さないのに裸にシーツ一枚で背中を預けて何もするななど、正気を疑う。撫でまわすのを許すのは私だけでは無いのはもう知っている」
「ひゃぅっ・・!」
「そんな気は無かったに振り回されているのはいつも私だ。何が暇だと? お前の発言一つ一つが私を振り回していることを自覚しろ」

 抵抗する力が失せたからか、柔らかい毛の流れの中で勃っていた前の方に手が伸ばされて、先っぽばかりをくにくにと弄られる。指が増やされて、勢いは変わらないどころか速く、突き上げる力も腹の奥に響いて無意識に力が入る。ぎゅうっと内壁が指に絡みついて、その中をかき回されるとパチパチしろい光が明滅する。

「あ、ああぁぁーーっ! ひぐぅっ! なんでぇっ!!」

 イケたって思ったのに、鈴口を塞き止められて放埓を阻まれる。

「なぁ、核合わせさえしなければいいだけの話だ。いいだろう?」

 取り出された物はもうすっかり形を変え、夜の暗がりの中浅ましい匂いがする。泥濘に猛った熱塊を沈めさせろと渇望の暗くて重い音がぐちゅんと互いが触れた所から響く。

「だめ、だめっ! それは、だめっ!」
「・・・本当に駄目か?」

 入口の浅い部分をぬちぬちと出入りする怒張がゆっくり結合を深めていく。隘路が徐々に拓かれてぞわぞわした電流が背中を駆け上る。距離を取ろうと必死に四肢をばたつかせ、自由になった尻尾でべしべしと背を叩く。

「だめ! 絶対だめぇっ! 嫌です、アルフリートさん!」
「チッ」
「んんっ・・!」

 柄の悪い盛大な舌打ちと共に抜けていく熱。安堵と落胆が混ざった痺れがまた体を駆け巡るのを目を瞑ってぎゅっと体を縮こめて耐える。多分キスされてたら陥落してた。豹で良かった。

 もうあんな醜態を晒したくない。その一心でどうにか守った。

「はっ、ぁっ・・は・・・ん、ふ、アルフリートさん・・誤解です、僕はトムとか千波とか関係を持ったことは一度も・・・」
 あの二人と体の関係とかこの宇宙が無くなってもあり得ない。人類最後の二人になったとしても絶対ノーだ。想像だけで寒気がする。

「黙れ。何度言えば分かる? 挿れられたくないならこの卑猥な穴は塞いでおけ」
「ひうっ! あ、あっ・・・ああぁぁ!」

 短い毛並みがぞわぞわと中を満遍なく刺激する。ぶちゅんと音を立てて湿った自分の尻尾が膣に押し込まれていた。嫌だと自分で抜く暇も与えられず指よりも激しく奥を突いて、完全に抜けるぎりぎりまでの行き来を繰り返す。こっちの事情なんてお構いなしに体はさっきと同じように快楽を貪ろうとする。

 指みたいに複雑に動く訳じゃない。入ってくる時に逆撫でされる毛並みから来るぞわぞわと、硬めの短い毛で撫でられる膣内の感触にびくりと体が無意識に締まる。締めると余計に尻尾の肉と骨の感触が分かる。敏感な尻尾を締め付けられるとまたびくっと体が跳ねて終わりが見えない。終わらせたいのに僕の物じゃない手が勝手に僕の尻尾を使って僕を弄ぶ。

 内側でリフレインして増幅して、体の中で反響する。ぐるおっって声が漏れる。ぐちゃぐちゃになって壊れてしまう。びくびく細かい痙攣が続いて苦しい。涙のせいで視界がぼやける。

 ひぐひぐ喘ぎながらようやくの解放を得ていたらしい。零れた物ごと腹を撫でられ、それを言葉で嬲られる。ぼやけた頭。思考は溶け、言葉は千路に乱れ、口から出るのは獣の声と母音だけ。

 もう終わらせてって懇願したら、暗闇の中黄色く光る月が二つ煌めく。いつもの銀の狼。狼にしてはふわふわの毛並みが好き。僕の豹よりよっぽど撫で心地いいんじゃないかな。

 みっしりと隙間なく圧し掛かられ、重くって速い腰の動きで今までは本当に手加減されていたんだと知る。もう勃つ力を失った僕の性器に重なって、埋まった尻尾や腹に押し付けられる硬い欲。

 手の先がじっとりする。爪を立てて精一杯毛皮にしがみつく。もふもふに過剰に熱が籠って、耳の横ではぁはぁと荒い息遣いが聞こえる。異常な事態でもオーバーヒートした頭では興奮材料にしかならなかった。

 ずっと続くかに思えた事もいつか終わりが来る。大きな顎が喉笛に噛みつく。にゃぅっ! と遠く鳴き声が聞こえた。

 その後どうやって帰ったかははっきりとは覚えていない。普段はどうしていたか過去を漁ってそれを再生していた気がする。

 全然分からないって事しか分からない。嫉妬と言っていたから、それは分かった。でもどこに悋気を感じたのかが分からない。僕の所為でアルフリートさんが性的倒錯の扉を開いてしまったのか? 謝るべきなのか。ただの楽しい記憶なのに? 

 アバターは人間が動かしてようと所詮仮想と割り切れなかったし、コミュ力に難の有る僕はヴァーチャルセックスどころか恋愛にすら臆病だった。それでも人格を軽んじるような事はしてきていないつもりだ。

 アルフリートさんは約束は守ってくれた。その事実は僕の救いでもある。翌日、僕とソックスは揃って体調不良を起こして一日強制的にお休みになった。
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