50 / 74
第2章 司のあわただしい二週間
第50話 脱走
しおりを挟む▽
晶濫の森から帰った翌日、僕とソックスは体調を崩した。僕は今までのストレスが噴出したとしか言い様が無い。見慣れた、でも別の世界で初めての事がノンストップで来襲、ほぼ四六時中他人と一緒で、その相手は監督者かつ扱いの分からない恋人。内向的な僕の閾値をあっという間に超えた。
発熱に倦怠感の体調不良は無理に治すのではなく自然治癒力でどうにかした。心因性だろうし神性魔法でも対症療法になるだけでいずれ再発する。しかしストレスの原因はすぐにどうにかできる物では無かった。
体からのシグナルを無碍に扱うのは良くない。使わなかった能力は容赦なく落ちる世界なので自分で治せるだけ治して、チキンエスケープを実行した。そして今僕は一人街を散歩している。
▽
2階層の街はダンジョン都市よりも簡素で、パーキングエリアが拡張したみたいな印象だった。現実の世界でも船便や航空便もあるように、こちらの世界でも輸送手段が色々あるみたいだ。
ただ魔導式のトラックに近い物や、僕の背丈の倍はある大型の馬に近い魔獣が引いた馬車などが多く、個人使用というより商業利用の趣が強い。普段人々はこの地点でささやかな休憩を取ったり情報交換をするのだろうが、今は交通規制の情報が街頭モニターに映され、飛び交う言葉には物騒な物もけっこうある。
そうした喧噪の中、一際大きな金切り声が商店街に響いた。
「番ほっといて浮気たぁいい度胸だな?!」
この表現が正しいとは思えないが、幼男がそこにいた。側頭部から下に向かって生えた白い角。黒いホットパンツに上は背中全開の白いセーター。足元は10㎝以上のピンヒールのグラディエーター。現実基準だと倒錯的にも程があります。
その子供は後から飲食店から出てきた大柄な男の人を鞭を振り回しながら罵倒している。店のガラス越しからも興味津々という視線が注がれ、僕も実は野次馬根性丸出しだったりする。
「クソが! そんなにまんこがいいのかよ! こっちはいつでもいいって言ってんだろ!!」
怒りの言葉に合わせて振るわれる鞭が石畳を鈍く不規則に叩く。
「お前が良くても僕が嫌なんだ! 未成年に手を出すのはダメだって分かるだろう?」
「はぁ?! じゃあ浮気するってのか! 性欲処理は外注ですってふざけんな! 番なら法規制無いって何度も言ってるだろ!」
「・・・良心の呵責はまた別というか」
「椅子」
中腰でしどろもどろに話していた男性を幼男が見上げながらねめつけた。びくんと男性の体が跳ねる。
「お前の耳は飾りか? 椅子」
「はい・・・」
地面をびしっと人差し指で指すと、哀れな空気を醸しつつなんとその人は四つん這いになった。そこに幼男が座るかと思ったが、鞭がしなり背を打ちすえ、つま先で脇腹を蹴って転がした。男性の生真面目そうな雰囲気と丁寧にプレスされたシャツ。そこだけが非日常な空間だ。周囲の目は気にならない物なのか。
「椅子は喋らない」
テンプレに庇護欲拗らせやがって。教育が足りなかったのか? それとも忘れたのか? 立ち上がった相手に直立不動の姿勢を取らせ、罵る言葉が愛らしい子供の口から次々と放たれる。
面罵され頬を染め、青ざめつつうっとりした表情を浮かべるという奇怪な顔面を見せられる。怖い物見たさではあるが、正直気持ち悪い。
「狗は狗らしく飼い主に尻尾ふってりゃいいんだ。そのちんこ他に使うってんなら首輪付けてやんねぇと。今はいいのがいっぱいあるからな。一緒に選んでやるから光栄に思え」
「あ、ありがとうございます!」
鞭の柄の底面の部分が幼男の胸の高さに持ち上げられ、そのまま正面の股間に押し付けれれる寸前で、輪になっていた野次馬の後ろから聞こえてきたホイッスルが淫猥な空気をかき消した。
「帰りますよ」
男性はひょいっと番を小脇に抱えて脱兎した。モーセの如く開く道。追うお巡りさんを動かない事でさりげなく妨害する観衆。今日もお疲れ様でした・・・。
番に抱えられた子供の顔はえへへという擬音が似合う、金髪碧眼が宗教画の天使の様で現実逃避したくなるくらいの清らかさだった。鞭が尻尾のように地面で揺れていなければいいシーンだった・・・気がしなくもない。
こういう痴話喧嘩的な物は数日ごとに見かける。街で見かけるエピソードだけで一冊書けそう。お互いの言いたい事言える相手がいるって良いな。僕はあそこまで恋人に正直に向き合えるだろうか。
そうして時間は少し遡る。
▽
昨日の夜から朝まで時間がスキップ。早朝にコロナからの念話で起こされた。
『つかさ、ソックスがきもちわるいって』
『! そっち行くから待って』
こそこそとベッドを抜け出そうとした所でぱしっと手を掴まれた。
「何処へ行く?」
「ソックスが調子が悪いみたいなので様子を見てくるだけです」
「私も行こう」
顔を見る事が出来ない。暗闇の中であの眼が光っていそうで怖い。見られるのが恐ろしい。僕の様子はおかしくないだろうか。
▽
二段ベッドの下段で寝ていたソックスを診る。同調してみると典型的な魔力酔いだった。魔力酔いは筋肉痛みたいな物だから無理やり治したりしないほうが良い。回復する頃には魔力の上限も増えているだろう。僕の加護があっても魔術訓練して風に吹かれたのは堪えたみたいだ。
「魔力酔いだねー。今日は食べられそうな物食べて、安静にしてる事」
『まりょくよいって、つかさがきもちわるいっていってたやつ? つかさ今きもちわるいの?』
「そうそう。筋肉痛みたいなものだし、一日もすれば治るから。僕は大丈夫だよ? ソックス、昨日はよく頑張ったね。偉いよ。今日は一日ゆっくりするといい。みんなも今日はお休みにするから。
アルフリートさん、今日は休みにしましょう。僕は家でゆっくりしますから。一日中誰かと一緒は疲れるでしょう? たまには羽を伸ばしてきてください」
「その顔色で置いていけるはず無いだろう」
「え?」
そうしてくるりと天井が回った。
支えてくれていた手を外し、よたよたと壁に肩を付けて息を整える。鼻の奥で鉄の匂いがする。視界が狭い。熱っぽい。体調が良くない。額に触れた毛並みが温かくて不快。今は必要ない。
「あー・・ちょっと体調が良くないみたいです。お休みにした事ですし、今日は休みます」
「何か欲しい物はあるか? 少しは口に入れた方がいいだろう」
「うーん、食欲が湧いたら食べます。僕の事はいいので、ソックスの看病お願いします」
ぽふんと白い煙と低い視界。ドアを開ける気力が無い。鳥の姿で犬用扉を潜って自分の部屋に行こう。安全で快適な私室に閉じこもりたい。アルフリートさんは神性魔法が使えるから、無いとは思うがソックスの病状が悪化した時も対応できるだろう。いてくれてよかった。
運ぼうとする手を避けてよいしょっと扉を2枚。自室に入ったらスイッチを押して施錠。フローリングがひんやりして気持ちいい。
しばらくそのままでいたら溶けてしまいそうだったので、頑張ってベッドへ。久しぶりに思える広いベッドはどこか他人行儀な張りと冷たさ。会話無きスライムが居れば良かったのだが今はいない。
鍵が掛かっているから思念通話がアルフリートさんから飛んできた。兎に角一人にしてほしいと言い含める。コロナにもラクリマにもだ。
体調が悪くともこれは死なない。一人毛布の中で包まるのが一番。会話は疲れる。誰かが傍にいる刺激はいらない。無意識に呼吸が浅くなるのは良くない傾向だ。それに気づいて、そうして誰もいない部屋でようやく息を吐いた。
早朝から一人寝の時間を数時間得、目が覚めた時には眩暈は収まっていたが倦怠感がまだある。仰向けになって翼を精一杯伸ばす。空を飛びたいし、影にも潜りたい。誰かに・・これはダメだな。
涙が流れてこない。ストレスが掛かっているのに出ないのは経験上かなりの負荷がかかっている時。足りないのは安心か、満足か。まずはエネルギーが欠乏気味。
・・・一人の時間がようやく訪れた。天井の通気口から漏れ聞こえる音と、自分が動くと擦れるシーツの感覚。
本がいい。絵本とか児童書。タグの画像はダメ。質感が無いから。豹になって暗いままの部屋の影を移動する。ものぐさ全開で手を使うのは最小限。
部屋の一角を区切って書庫にしてあるから、そこから何冊か。ここの蔵書はOTLのまま。お気に入りの本が並べられた本棚。著作権とかはゆるゆるだった。タブレットとかはMOCとかWIN-WINとかUIがまんますぎる堂々としたパクリが跋扈していたし。
未来の事を考えるより、慣れた事をしたい。そうして薄暗闇の中豹の視界で本を眺め、動く心のままにしとしとと涙を流す。このまましばらく一人でいたい。その思いが体を動かすのに逆らわず、自室から秘密の部屋を経由して外に逃げ出した。
▽
思念通話を繋ぐ。ひんやりした積雪と日差し。この音はやっぱり好き。本体の熱はパス。
『アルフリートさん、明日には帰るので今日は一人にしてください。あ、今外に出てますんで』
『! どこから出たんだ?! 今どこにいる?!』
『僕の設計ですから脱出ルートくらい作ってますよ』
どれも人間の体格ではまず無理なルートだが。
『ソックスはお願いします。ラクリマとコロナはお留守番として不適当ですし、頼れるのはアルフリートさんだけなんです。だから、僕のお家預けますね』
そこに戻ってくるから。収納できない事は昨日知った。きっと移動させる方法もあるだろうけど、一日くらいなら多分大丈夫。信頼と重荷の裏返しの表面。
『僕が死んでも、創造神様が助けてくれる事になってます。例え魂核が行方不明になっても、次の満月には帰ってきますから』
無償では無いがな。言いたいとだけ言って一方的に遮断。音も切る。着信は届いているが、その音が意識に上らないようにはできる。
この思念通話をした時にはすでに4階層に移動していた。周到な弱虫(チキン)を数日でいいから見逃してほしい。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
サディストの私がM男を多頭飼いした時のお話
トシコ
ファンタジー
素人の女王様である私がマゾの男性を飼うのはリスクもありますが、生活に余裕の出来た私には癒しの空間でした。結婚しないで管理職になった女性は周りから見る目も厳しく、私は自分だけの城を作りまあした。そこで私とM男の週末の生活を祖紹介します。半分はノンフィクション、そして半分はフィクションです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる