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第2章 司のあわただしい二週間

第65話 ファンタジック痴話喧嘩、第一幕の終焉

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 ぱしゃりと水が跳ねる。凍った水面は司が踏みしめるとぴしっと音を立ててひび割れた。一足に間合いを詰め、大鎌の刃が横なぎにアルフリートを襲う。手近にあった手ごろな大きさの両手剣を手にそれを迎え撃つ。湾曲した刃(やいば)を退き躱し、それめがけて刃が翻り、また振り下ろされる大鎌。

 重さが無いかのような速さで攻撃が繰り出されるが、身の丈よりも長いそれは大振りになりがちで隙も大きく、内側の湾曲した刃先は取り回しが不便で武器としての利便性はとても低い。
 アルフリートは迫りくる刃を弾き、適切な間合いを測る。舞う刃先と重力に従って頭に付いた赤い鎖が宙に踊る。その先に付いた鏢には青白の炎が不気味に灯っている。

「ゲームとはどういう事だ!」
「そのまんまですよー」

 ひょいひょいっと司が後ろに跳ぶ。左に持った鎌の刃先がアルフリートに向いた状態で下ろすと、カツンと冷えた音がした。

「よくも僕を組み敷いてくれましたね・・・僕にだってプライドがあるんですよ。しかもあれだけ犯しておいて忘れるなんて・・・・それなら僕だって好き勝手していいと思いません?」
「忘れる? 何の事だ。私の夢だろう」
「ですよねー。忘れたことも忘れ。夢なんてそんなモノです・・・忘れる夢ならいっそ、ね」

 意味が分からないと首を振るアルフリートに司は顎を引き口角をゆっくり上げた。瞳はどこまでも冥く、真意も底も窺えない。
 空いている右手が肋骨から腰、太ももを撫でる。トガの裾を手繰り寄せ、それを演技がかった仕草で上へ引き上げる。見せつける。てらてら光る内ももと、徐々に晒されていく右脚の付け根の近くには白いガーターベルト。

「ほら・・・貴方の出したモノでこんなに汚されちゃった。こんなにしておいて忘れるなんて酷いと思わない? さっきまで組み敷いていた相手が刃向かってくるご感想は? 同じモノなら勝ち取ったものの方が価値があるって思えるでしょう? 僕を倒したら、僕を好きにしていいよ」

 アルフリートが怒りに吼える。歓喜に打ち震え司は高い声で笑う。

「何故私を誘惑する! お前が現れてから私は!」
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ~」

 裾がふわり、血の赤と白。手がくるりとアルフリートを差し招く。くすくす、くるり、ぐしゃり、睡蓮を踏みつぶして追いかけっこ。
 距離を詰められ司は鎌を槍の様に突く。アルフリートは剣を投げ捨て柄を握り引き寄せた。「うわっ」とたたらを踏む司を捕まえようと伸ばされた手に鏢が襲い掛かる。間一髪で手を放し回避し、落ちたそれは青白い炎を上げて水面を凍らせた。
 鎮火したその先に睡蓮から違う炎がゆらり乗り移る。先ほどから睡蓮が少しずつ増えている。増えていく睡蓮と下がる気温。アルフリートの息が白い。

「この鎖自由に動くんですよ! 器用でしょ! その勘は当たりです。睡蓮のは大丈夫ですけど」

 炎の攻撃を貰うとアルフリートはその部分が氷結してしまう。特にこの鏢の炎の氷結判定は効果が大きく設定されている。通常であればアルフリートは自己治癒できただろうが、この空間では一部の行動が制限されていて、回復も特定の方法しか許されていない。これはゲームである以上、その制限は司にも適用されている。

「ヒントです。凍っちゃったら僕を攻撃してダメージを負わせてください。僕の血でその呪いは解けます」

「ってヒントでもなんでも無いですね」とお気楽な声。

「氷結しちゃって動けなくなったらアルフリートさんの負けですからねー。この世界のコツは、自分が自分であることを選択していると思い出す事で――おわっとぉ!」

 実体無き光の剣が司の足元に突き刺さり爆発。鏡面がくわんと揺らぎ、散る飛沫と睡蓮の花の舞い散る姿は鏡の欠片よう。鬼ごっこは殺気と罵声を増して再開した。

「創造神は勝手だ! 私に問題のみを提示し、答えなど示さない! お前が、心をかき乱すお前が憎い!」

 波が立つ。血を吐くような絶叫。アルフリート本人の剣以外にも、四方から剣が司めがけて飛び掛かる。それは司にはあまりダメージを与えられないが、最初に提供した武器も投擲される為油断は出来ない。

 光の魔術を集めた炎の壁で防ぎ、炎を消費した分睡蓮から輝きが失せる。しかし、消費される炎より繁殖する睡蓮から生み出される炎の方が多い。それに気付いたアルフリートは睡蓮を処理しようかとも考えたが、どこまで続いているか分からないこの場所の全てを刈りつくすのは不可能だと思い、本体に集中した。
 交わされる刃先に力で押し負けた司が、形勢を整えようとまた同じように燃える鏢をアルフリートの腕に差し向け、逃走を試みる。その目論見は見透かされていて、炎が前腕を覆うのにも構わずアルフリートは手を伸ばす。握った状態で氷結した手の中で司の結った髪が捕まった。

「くっ!」
「逃がさん! 鬼ごっこは終わりだ!」
「まだ終わりじゃないです!」

 鏢が舞い髪を切り裂く。髪を捨て司は逃げる。

「まあ、このゲームのルールの解説には丁度いいですね」

 アルフリートの手にある髪がどろりと溶けて温かな血になる。最初に受けていた足の先と、先ほどの前腕の氷結の呪いが解かれた。

「僕から離れればそれが血になります、こんな風に」

 司は大鎌の刃を自分の手首に添え、すうっと引いた。手首がばちゃっと水面に落ち、そこで血に変わった。手首の断面はただ冥い。血が流れることも無く、筋繊維も骨も何も見えない。

「死んだりもしませんし、手加減しなくていいですよ」

 髪と手首の先、失われた部分に赤黒い何かが形成される。それはすうっと色を変え、継ぎ目も無く、先ほどの欠落など存在しなかったかのように司は再生された。

「もっと僕を感じて。どんな答えでもいいから」

 目を瞑り、祈りにも似た静かな声が反射する。司の胸元の赤い薔薇の花びらが二枚散った。開かれたその瞳は笑みなのか、嘆きなのか。ただ自分を使って答えを欲しがっているようだとアルフリートは腹の底から唸った。

 ※

 アルフリートはこのゲームの答えを見つける事ができず、睡蓮はなお増え続け、水面は青白い炎で覆われていく。本気の攻撃も回避・防御され、状況は膠着したまま推移した。

「タイムアップですかね」

 青白き炎が睡蓮から吐き出され撃ちあがる。その一瞬に鏡面と夜空が光の柱で繋がり、水面は空気が重く感じるほどの静寂と闇に満たされ赤い月が怪しく映る。
 全天に星が花開く。そして花粉をまき散らすかのチカッっと弾け、細い、針ほどの大きさの炎が振りそそぐ。一面白く眩しい炎で覆い尽くされた。

 炎が消え、そこに残っていたのは白く氷結したアルフリートだった。

 司はきゃっきゃとその氷像の周囲を回り、しゃがんだり、後ろから見たり、楽し気に観察する。
 ひとしきり観察した後「よいしょ」と言いながらアルフリートを水面に大事そうに横たえた。指の先を噛んで血を流し、それを腕にかけて氷結を解く。

 大鎌とアルフリートの持っていた剣をぽいと水面に投げ捨て、鎌の頭に繋がった長く赤い鎖を外し、アルフリートの腰に跨る。鏢を握り、力いっぱい水面に突き立てる。しっかりと埋め、凍り付いたのを引っ張って確認している。
 アルフリートの腕を頭上に持ち上げぐるぐる巻きにして結び、腕の動きを封じた。

「つまらないし、可愛そうなので、解いてあげますねー?」

 まだだらだらと流れる血を口元に。ぱりん、ぴしぴしと氷結は解けた。代わりに司の胸の赤い薔薇の花びらがはらはらと散っていく。アルフリートの武器も防具も司は片付けた。

「起きましたー?」
「これはどういうことだ」

 ぺろりと指先を舐めると流血は止まった。いきなり防ぎようも無い全体攻撃で氷結し、目が覚めたら鎖で繋がれ全裸だったアルフリートは当然の様に鼻に皺を寄せている。

「さっきまで散々好きにしたんですから、僕だって好きにするんです。ゲームの敗者は勝者が好きにしていいんです!」

 司はゆっくり腰を前後に動かし始めた。既に硬くなっているアルフリートの男根に自分の性器の両方を擦りつける。まだ濡れたままだったそこはすぐにくちゅくちゅと音を立てた。

「んんっ・・・挿れなくても、きもちいい・・・」

 この司は呼吸を必要としていない。それでも息を乱しているかのような言葉を紡ぐ。血と共に失われていく自分の熱を他人に求める。

「あっ・・・はぁっ・・・、あ、ふっ・・・ねえ、挿れたいですか?」
「挿れたいに決まっているだろう!」

 最初はこの展開に呆然としていたアルフリートも、事態を把握してからはどうにか状況を打開しようともがく。
 ガチャガチャ金属の擦れる耳障りな音が響き、それに気をよくした司はふふふと笑い、裾を持ち上げて局部を晒した。

「だめです。僕が好きにするんです。黙って見てればいいじゃないですか・・・ふ、んんっ・・・あっ、んッ」
「くそっ!!」
「あぅ・・・っ! 暴れたら絶対挿れさせませんからね・・・!」

 腰を跳ねさせたアルフリートを言葉一つで封じ、好き勝手に司は動く。裾を口に咥え、割れた腹筋に手をついて、空いた手で司は自分の男性器をいじった。
 硬い肉塊を入口に擦り付け、柔らかな部分でぐちゅぐちゅといたぶる。どくどくと蠢く熱を下敷きに、自分のペースで動ける事に愉悦を覚える。歯を食いしばり、フーッフーッと息を吐く姿にもっと虐めて余裕を無くさせてやりたくなる。

 そんな考えも、自分の欲望を追いかけているうちに頭の隅に追いやられ、ただ自分がイくためだけの動きになっていく。気持ちいい、でも足りない、ぐちゅぐちゅと鳴り響く淫猥な音と熱、これは夢だからと欲を擦りつけながら普段言えない事を言う。

「ねぇ・・、っ・・・オネダリ、してくださいよ」
 ぱさりと裾が口から落ちる。挑発的な笑みを浮かべ、狼の耳を引っ張り、寒さと興奮で尖ったアルフリートの乳首を捏ねる。うぅっと上がる喘ぎに笑みが深まる。

「挿れたい・・・挿れさせてくれっ!」

「ふぁ、んん・・・んっ・・・いい気分っ、いい、ですよ・・アっ、あああぁぁッ!!」
「あ、くうッ・・!!」 

 散々嬲られていた場所に司は自ら硬い熱を招く。背をのけぞらせ、その熱と大きさを奥まで使って味わう。無意識にきゅんと締め付け、挿入した衝撃で射精し、なおも足りない足りないと腰を前後に動かす。
 卑猥な装いと、初めて見せつけられる司の積極的な動きにアルフリートはもう我慢の限界だった。

「く、んっ! んんっ・・・! もっ、だめ・・・っ! う、動くなっ! 鎖っ、外しませんからねっ・・・!」
「これ以上耐えられるか!!」
「あっ? ふぇっ! ああぁーーーっ!! あぅっっ! イっちゃう! イっちゃう・・・!!」
「イけ! 私の上で腰を振って!」
「あうっ! いくっ! イくイくいくっ、ああぁぁーーっっ!!」

 知ったばかりの奥ばかりを突き上げられ、どろどろと融けて行くのに目の奥でちかちかと光が散って、硬い肉が腹の奥でごんごん暴れ、その感覚だけが自分みたいだと司は熱を締め付けながらまた絶頂した。

「ああっ! え、あ? あ、ああああっっ?!! なっ、んでええ?!」
「はぁっ・・! くそがっ・・、よくも好き勝手してくれたな・・・!」

 アルフリートは半分融けた氷を力づくで砕き、上体を起こし封じられたままのその腕を司の首に回して体勢を入れ替えた。両の手首を纏められ、肘を突いた姿勢で強引に腰を使うと水が跳ね、その中で司が踊り狂う。

「ぎゃぅっ・・! ひぅっ、あっ、あっ、イってるからっ! あぅっ! アアぁっ! いやぁっ! やっ、きもちいぃのいらなっ・・あぁっ!!」
「はっ!! これが好きなんだろう?! 支配していた相手に支配されているご感想は?!」
「好きっ! すきぃ・・・っ!!」
「!! いつか孕ませてやる・・・! 覚悟しろ!!」
「アっ! あああぁぁーーっ!!」

 司はひしっと目の前の体に抱き着き、くしゃっと花が潰れる音を聞いた。

 ※

 座ったアルフリートに跨り司は鎖を外す。氷の残る水面に投げると赤い鎖は静かに沈む。謝る気もあれこれ尋ねる気も起きなかった。
 そんな司の胸元に咲く数枚しか花びらの残っていない薔薇に目が留まったアルフリートは、先ほどの光景を思い出し、衝動的にそれを口にした。

「うわっ! そんなばっちいの食べちゃだめです! ほら、ぺってしてください!」
「美味いな」
「へ?」
「お前は食べた事無いのか?」

 ぐいっと引き寄せられ、生温かい人の舌の上に乗せられ薔薇の花びらが口移された。とろりとした甘ったるい香りと水仙のようなグリーン。
 キラキラとした甘みと、その生きた花の香りが好ましい血の香りと混ざってうっとりと司は陶酔する。しゅわっと夢の様に儚く、香りだけを記憶に残し花びらは融けた。

「おいしい・・・」
 呆気にとられた顔で司は呟く。

「もっとないのか」
「欲しいんですか?」
「ああ、足りない」

「こんなんでよければいくらでもあげます・・・」
 もっとと欲しがる声に顔を真っ赤にして、司は恥ずかしそうに俯いた。上空からごおぉぉっっ・・・っと燃える音が聞こえ、アルフリートはきょろきょろと空を見上げる。

「あ、あれは何だ・・・?」

 赤い月が、すさまじい速度で落下してきていた。いや、その月は赤い薔薇の花で出来ていたらしく、散る花びらが真っ赤に燃え、まるで太陽と星が一遍に輝いているかのように世界を照らす。「だって、欲しいって言ったじゃないですか」と言って司はアルフリートに抱き着いた。

 熱で凍えた水面も融け、青白い睡蓮の炎は一瞬大きく燃え盛った後しゅんと消えた。

 明かりの消えた鏡面に落下する赤い月。逃げる事も出来ない巨大すぎる花束が二人を包む。揃って仲良く薔薇に溺れて圧し潰され、鏡に罅が入る音に世界の外形はぱりんと砕けて解(ほど)けた。

 別れる間際、司に豹の思念が届く。ひょうきんで、どこかゆるやかな声。

「また来るんだよ。僕が僕をモフれる場所はここしかないんだから」

 ひょいっと尻尾の先が振られた気がした。

 ▽

「人の家で夢精とか・・・最悪だ・・・・」

 爽やかな朝を台無しにする下半身の湿った感触。顔を両手で隠して自己嫌悪。恐る恐る捲って見ると被害は下着とパジャマだけだった。それでも精神的なダメージは甚大。
 押し売りセールスマンの様な面倒でしかない朝勃ちの無いこの世界で夢精など初めての事だった。というか、ゲームの世界では夢なんか見ない。回廊に行くだけで、夢は見る事ができない。ゲームの回廊は夢じゃないのかというと、今考えると微妙な問題だ。

 現実で夢見が悪くて起きた時からぐったりしたり、歩き回る夢を見て起き抜けから足が疲れている事もあったが、この夢はなかなかしんどい。慣れないのに連戦した所為か、慣れてないセックスで3Pモドキまでした所為か。

 混沌(カオス)でご都合主義の夢世界。理解できない点、不可解な点がてんこ盛り。この事に関しては皆に聞かなければいけない。自分も色々吹っ飛んでいた。さすが異世界、夢もスケールが違う。
 布団から抜け出し、ベッドの端に腰かけ膝に肘を突き手を組む。組んだ手に額を乗せ深く思索する。

 夢世界に行ったことで比較する対象が発生し、ようやく理解できた。|この世界(ベネルファーレン)は現実だ、と僕は思い行動していた。価値基準をゲームではなく現実(そこ)をベースにしようとしていた。そして、僕の生まれた現実の世界とこの世界の現実のパスが繋がってしまった。

 過剰な罪悪感と恥。隠し事の所為かと思っていたがそれだけでは無かったようだ。現実の引き籠りの僕の感覚や価値基準が、今のOTLの延長線上にあった幻想上、現在現実の僕に流入している。無論OTLの僕も僕だ。ベースはあくまで現実の僕であり、だから気が付かなかった。

 あの現実では人は空なんか飛べない。OTLに居た時だけ自由に生きている気がした。

 僕は問題の多い家庭で育った。親が死んだときに死んでくれて良かったと思い、親が死んだのを喜ぶなんておかしいだろうと延々自分を責め、認めるまで数年かかった。自分が軽く扱われたり、虐げられている事に気づかない思考になっていた。
 人間関係は利用と搾取と支配で成り立っているもので、感情を扱う商売と友人関係の違いが分からなかった。よくある感謝が大事というお題目も、奴隷が感謝した所で増々惨めに虐げられるだけで救いにならなかった。
 もちろんそんな価値基準では人間関係が上手く行くはずもなく、OTLでも上手くいかなかった。今でも歪んでいる自覚がある。だから他人の距離や感情を必要以上に推し量ろうとしてしまう。人間だという事に拘るのもここに原因がある。

 幼少から中学生のころまでの記憶が殆ど無い。トラウマレベルの物と、いくつかの大きな事を覚えているだけだ。
 中学の一方的な淡い初恋の人の名前も、思い出そうと努力してようやく思い出せた。学友に首を絞められ失神しそうになっても、それを許すどころか何とも思わなかった。
 過去なんて無くなってしまえばいい。僕が覚えていないのだから、誰も覚えていなければいい。生まれた世界の現実の僕は、怒りすら湧かない無気力を抱えている。IOTの発達した昨今、ボタン一つかPCを二日立ち上げなければ自動的に民生委員に連絡が行くようになっている。迷惑をかけないない様に終活は20代にして万全。

 この世界はゲームではなく現実だ。忌まわしき自縄自縛の言葉。引き籠りの価値基準なんてこの世界だとクソの役にも立たない。殻をぶち壊して欲しかった。この望みが”現実の”僕の願望だった。夢の世界でOTLの時に近い感覚を一部得た事でようやく、理解した。
 恋愛も友情も、手の届いて管理できる範囲だけで良かった。夢を見た、支配と被支配の円舞曲。アルフリートさんが本当に覚えていないかそれとなく確認しなくてはいけない。

 思い描く日溜まり様甘やかで温かなの幻想は夢の中で剥がれ落ちた。本当に夢で良かった。アレが現実でコントロールできずに露呈するか、無意識にやってしまていたら破滅一直線だったろう。
 繋ぎとめておきたい、もっと夢中になれ、原始的で野蛮な原初の欲求、僕の根源。支配されたい、そして支配したい。喝采を上げる内なる声、認めたくなくともその答えは本物だと歓喜している。
 恋心を捏造したんじゃないかという疑問も今はもうどうでもいい。心からの欲求を前に、そんなもの些末で矮小な問題になってしまった。自分の一部ではあるが、感情は自分ではなく、心とやらも全てなんか分からない。だから他人の心が多少どろどろしていても支離滅裂でも多少常軌を逸していてもそれが普通なのだと思う。・・・相手の出方を窺おう、まずはそれからだ。

 爪を甲に食い込ませ、悲嘆とも怒りともつかない呻き声が漏れた。そうして思い巡らし外界を遮断していた僕は、ぱたぱたとこちらに近づく足音に気付くはずもなく。

「司さん! 大丈夫ですか?! ・・・ん?」

 ノックも無くサティヤさんが騒々しく扉を開け、怪訝そうにクンクンと鼻を鳴らし「あっ」と何かを気づいた声を上げた。

「出てけーーーー!!!」

 僕は枕を力いっぱい顔面目掛けて投げつけ、サティヤさんはキャッチしたそのままのポーズで後ずさって退散した。

「もうやだ・・僕お家帰る・・・」

 一泊しかしていないのに疲労感で一杯。リフレッシュしてゆっくり考える計画は見るも無残に潰えた。一人きりの時間も思う様に得られず、問題は追加で山積み。
 愛のまやかしは欲望の嵐によって剥がれた。偽らざる欲望に直面し、アルフリートさんとの関係をどうしたいかの糸口を掴めたのはせめてもの救いか。

 この時は気づいてもいなかったが、この日、僕の4つの世界を巡る物語が幕を開けた。
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