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第2章 司のあわただしい二週間
第69話 全身お絵かき
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アルフリートさんの左手を持ち上げ、目を閉じてそれに頬ずりすると、しっとりとした掌の温かさが安心を運んでくる。
「ここに居てもいいって、言ってくれませんか?」
「・・・ここに居ればいい。ここに居て欲しい」
「ありがとうございます・・・」
静かで熱い言葉で繋いでほしい。僕はこの世界に居ていいんだって。誰かに愛着を抱いて、それが大事で、維持したり守る為に時間を捧げコストを払い、お互いが居ていい存在で、そんな当たり前の営みに憧れているんだ。OTLのクランで少しそれが分かって、だからそれをこの世界でも作りたいと思う。
触れる手が短い爪の指先に気づく。重い武器を扱う手、それを支える筋力、今ここに居てくれている事。頬から外して左手で持ち手の甲を重ねる。白と黒の少し混ざった銀色の毛並みに従って手首から指先を撫で、深爪気味のそれにそっと触れるか触れないかのキスを落とす。小さな祈りにも似た仕草。
手を下ろしてアルフリートさんを見ると、目を見開いて僕を凝視していた。首を傾げてどうしたのかと問うと、数秒後長い溜息と共にもう片方の手で顔を隠すように項垂れた。
「お前の世界ではそうするのは普通の事なのか・・・?」
「どうなんでしょう? 普通とかどうとかよく分からないです。ただやりたかったからやっただけで・・・。もしかして嫌でした?! こっちの世界だとしたらまずい事だとか・・でもアルフリートさんもさっき似たような事したじゃないですか」
「嫌では無い。恥ずかしいやつめ・・・」
そうか、恥ずかしがっているのか。さっき自分もやった癖に。・・・あれ、そうだった僕も似たような事されたんだ。別れに怯え、何言われるか構えて感情抑えてたから。チカッ、チカッっとシーンが再生される。勝手に置いてけぼりにした僕を咎めずにこの人は迎え入れてくれた。
びくっと体が意味不明な反応を示し、口を隠すように顔に触れた手が思わぬ熱さを感じた。
「あっ・・・あぁ」
頭に血が上る。嘆息とじわじわと満ちる実感、恥ずかしくて仕方ない! 僕のおかしな様子に気づいたのかこちらを見る瞳に勝手に羞恥が募る。
「かっ、片付けますね!」
お酒も一気に飲み干して晩酌を強制終了。わたわたと片付けお部屋に逃げ帰った。
※
「サティヤさんいらっしゃい」
「お邪魔してます」
月の無い夜空、白く瞬く星の喧噪。出演者は司とサティヤと豹と鳥。羊は貝に引き籠ってお休み中。ひんやりした芝生の上にしゃがみ込んでいるサティヤの横に豹が横になっている。鳥は司の頭の上にばさばさと着地した。
「おい豹さん、何も無かったような素振りしてるけどこの前の事忘れてないからね?」
「それはそれはごめんにゃさい。僕の正直さと美しさに免じて許して?」
豹はごろんと白い腹を見せ、顔を隠すように両手を上にした。くねくねと尻尾がうねる。
「ボクよりあからさまにあざとい・・・」
「くうっ・・・」
ごめんねー、ゆるしてーと可愛らしく鳴かれ腹を見せられればそれ以上責めるのも気が咎め、司は豹の腹を撫でる。そうこうしているうちに顔も緩み、でれでれとなった所で豹おしまいーとさっと身を翻す。
「司、今日はサティヤさんとのお話でしょ?」
「この・・でも許す。先ずは改めましてこんにちは、僕は司と言います。実は異世界から来ました」
「最初からぶっこんできますね・・・ボクはサティヤです。この前は、その、色々とごめんなさい。それと手伝ってくれてありがとう」
向き直り言葉を交わし軽く頭を下げる。一人は茫洋とした顔で、もう一人は眉尻を下げて。
「あれ、異世界から来たって信じてくれるんですか?」
「だってこんな夢の世界を持っていて、こんな風に向こうと変わらずに話せる人、あなたが初めてなんです。異世界から来たからなのかなって」
「あはは、信じてくれてありがとう」
「異世界ってどんな所なんですか? どうやって来たんですか?」
宇宙を見上げ、目を閉じ光を想う司。ゆっくりと開いた眼で興味津々に身を乗り出すサティヤを眺める。
「神様から招かれてこの世界に来たよ。自由を齎す使徒らしいけど立場に固執してないし、神殿に身を寄せているただの人間。だからご大層な扱いはしないでね。僕の居た世界を並行世界だとある人は言っていたね。この世界と似てるけど、違う世界」
「へぇー・・異世界旅行とか楽しそう」
「こっちに来たときは手持ちのお金が使えないって分かって色々苦労したよ・・・」
「神殿に保護された使徒なのに?」
「こっちの常識も社会通念もさっぱり分からないから、あんまり借りは作りたくなくて」
「使える物は使えばいいのに」
「・・・使っているつもりで使われているのを避けたいんだ。自由を齎す使徒が自由を縛られたら本末転倒じゃない?」
「それもそうですね」
「この前のシオンさんとのお話はどうでした?」
「うっ・・それは・・・」
ぶちぶちと千切られる芝の音。それをもしゃもしゃと豹が食べ気楽な声を上げる。
「まぁ、話し合いが出来るようになったから大分前進じゃない~?」
「あれが本当だって分かるから悲しいし怒るんでしょ?」
ぴょいん、と鳥が頭頂からジャンプし司とサティヤの間で楽し気に首を躍らせる。罅の入った嘴は前のままだった。司はその場で見ていなかったがこの世界に来た時には大体の経緯は把握していた。サティヤはまだシオンにも向かい合いきれていない。向かい合う以前に、自分の力を把握していない。このままじゃいけないと分かっているが、怒りや悲しみに振り回される。千切られた芝がこんもり積み上げられ、このままだと芝が禿げ上がりそうだ。
「ねぇサティヤさん、僕たちと遊ぼうよ。この世界なら壊したって暴れたって構わない。誰も見ていない。現実と思っている世界の価値観をここに持ち込む必要なんか無い」
そう言うと芝が真っ白に染まり、いつの間にかカンバスになっていた。空の端に赤が差す。来訪者に相応しく夜明けの時間の再演。広がる白にきょろきょろ周囲を見渡すサティヤの頭上にひっくり返ったバケツが出現し、そこから赤いペンキをぶちまけ、サティヤの頭にこつんと落ち、カンバスにころころ転がった。
「やっほーい!」
「うわあああっ!!!」
豹が背後からサティヤに飛び掛かる。サティヤがつんのめり、べちょっと音を立てカンバスに真っ赤なサティヤ拓が出来上がる。
「なっ、何するんですかーー!!!」
だんっ! と両手をカンバスに叩きつけながら起き上がる。赤に塗れ、その中でオレンジの瞳が光り、それを司は美しいと思う。
「匂いもしないし、べたべたもしない。舐めると美味しいペンキで全身アートって楽しくない?」
「あ、チョコミント味・・じゃなくって!」
「隙ありー!」
「こっ、このーーー!!」
ぺろりと口の端を舐めるサティヤに、司が持っている水鉄砲から緑のインクが襲う。そうして逃げ出す司を追う。周囲にはインクの入った武器やバケツが散らばり、サティヤは走りながら近くにあったライフルを拾い上げ司に狙いを定め発射するが、後ろに目でも付いているのかのように司はひらりと身を躱す。振り返りざまに反撃し、空になったそれをぽーいと投げ捨てる。
「称賛もしない、貶しもしない。ただこの世界でしか出来ない遊びをしよう!」
そう言い捨て手榴弾をぽいぽいとサティヤに投げると空中で爆発、黄色が撒き散る。風を起こしそれにあたる事を防ぐ。追いかける足跡が白いカンバスを彩る。きゃあきゃあと鳥が多色のきらきらしたビー玉を空から撒く。それを踏みつぶすとぱちんと弾けペンキが溢れ、時々勝手にパーンと破裂する。花が咲く。白い平原に何かした分だけ足跡が刻まれる。バケツを足で蹴飛ばし進む。ちょこまか距離を取っては近づく司にサティヤも負けじと発砲する。
「くそっ! 逃げるな!!」
「あはは、魔術も使っていいよ! 死にはしないんだから思いっきりやればいい」
「言いましたね! って何これ!」
水の槍を数本司めがけ発射したが、その水はいつも通りの透明では無く青い色をしていた。続けて炎の矢を作り攻撃したがそれも黄緑色をしていた。発動する度色を変え、同じ魔術の筈なのにその違いに目を白黒させる。
「そっちがやるならこっちもいっくよー!」
「よーし、僕たちもやっちゃおう」
「魔術合戦って燃えるよね!」
司を中心にピンクの渦巻が起こる。ペンキが重なる。赤に、青、緑、白い部分が失われていく、埋まっていく。鳥が器用にレーザーの色を全部変え同時発射。豹が走りながら金色のシャドーボールを打ちまくる。攻撃は滅茶苦茶で、目についた相手に攻撃をする。もちろん司も豹や鳥に狙われる。
豹が司を押し倒し、鳥がその頭上から黄緑の羽を飛ばす。絡み合って揉み合う二匹に駆け寄ったサティヤは片手に持っていた紫のペンキの入ったバケツをぶちまける。豹は豹的を変え、素早くサティヤの服の裾を噛みカンバスの上に引き倒す。それに司が追撃し3人の手形、足形、あらゆる形がべたべたとちりばめられる。
「負けるか!」
「わおっ!」
サティヤは豹を投げ飛ばし、豹は一回転、その先ですたっと着地。四つの藍色の足形が綺麗にぺたり。次に司に飛び掛かり、その勢いを利用し司は二人してごろごろと転がる。もう全員が全員ペンキ塗れの色塗れ。何色が何色なのかも分からない。いつの間にか太陽は天頂にあり、その頃には皆ただ笑って遊ぶために遊んでいた。
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