妹と、ちょっとお話しましょうか?

夏夜やもり

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朝焼けメダリオン

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 夜の病院を探検する......話の途中で妹が聞いてきた。

「けどさ、夜の病院で本当に出歩けたの?」

 言いながら妹はなぜか涙目である。おそらく、先ほどのコーヒーおかわりで舌を火傷したのだろう。スプーンですっごくかき混ぜている。
 思ったよりもいっぱい飲んじゃったのかな? と私は苦笑を浮かべつつ答える。

「うん、会議のあとに逆転の発想があってさ、ガラケーとか使う策はあったんだよ? でもなんか普通に行けそうでさ、結局はお蔵入りしたね」
「策とやらに関しては聞かない。知ったらヤバそう。でも、なんで大丈夫だったの?」

 うーむ。妹の危機に対しての回避能力は高まっているらしい。私は妹の成長を認めて満足げにうなずき、話を続けた。

「消灯過ぎた時間てさ、詰めてる人も少なくなってたんだよ」
「むう、そりゃまあそうだけど? んー?」
「その日の夜に居たのはね、うまい具合にてきとーさんと、あんま良く解ってない新顔さんの二人だったのだよ」
「ああ、運がよかったのね?」
「そそ。で、二人がまとめてどこかに行っているタイミングがあってね......」
「そんな事あるの?」
「たぶん、何か忙しかったのだと思うよ? あいつがトイレ行く風に装って抜け出してね、で、居ないからって手招きしたのだよ」
「ほほー、なるほどね」

 そうだ、帰りを考えていなかった件は、突っ込まれるまで言わないつもりである。妹が何か唇をむずむずさせている感じから、言わずもがなかもしれない。

「何か、隠してない?」
「えっ、じゃあその先の話を隠そうか」
「それは隠さないで」
「ちぇっ......仕方ないな」

 そして、私は話を続けた。


**―――――
 その日は、偶然も手伝って抜け出すのは簡単だった。しかし、ちょびっと勇気が必要である。
 夜の病院は様相がまるで違っていて、本当に不気味だった......。

 私たちはエレベーターで1階まで降り、暗い廊下を歩く。足音がぞっとするくらい響いて、いちいち私たちの身をすくませる。

「......こっちや」

 自然、そでを掴んでいた。一応足は引っ張ってない。服だからね。

「暗い......ねぇ」
「せやな」

 前を歩くあいつの明るい言い方に反して、声が少し上ずっているかもと、私は感じていた。

「本当に、行く?」
「うん、当然や」

 例の廊下へ続く古い扉は閉じている。
 りガラスの窓から見えないってのに、中を伺いつつ、扉を調べる。
 よくよく思い出してみると、その廊下は渡り廊下としての役目であり、電気はぽつぽつとしかいていない。

 先により深い闇が続いているように思える。簡素な扉にあいつが手をかけた。心の片隅で開かなければいいなと思っていたのだが、あっさりとノブが回って闇へ続く道が開かれた。

「......」

 息をのんで、袖を握った力が若干強くなる。反対の手でガラケーとストラップを確かめた。そちらも心なしか少し強めに握っている。

「いくで」

 了解を得ずに、あいつは進む。握っていたガラケーのライトをオンにした私は、足元を照らす。
 暗がりに一歩踏み出すあいつ。足音が廊下を叩くたびに大きく響き、カツンカツンと耳にまとわりついてくる。
 それらが闇に響くので、私たちの足取りを重くしていた。闇の中をゆらゆらと揺れる頼りない明かりで進む。何もないのだが、何かありそうで、足元がふわふわしてくる。

「............」

 珍しく言葉が出てこない。多分、後で自慢話をするときは威風堂々いふうどうどうとしていた! などと説明するのだろうが、その当時はおっかなびっくり歩いていたのだ。

「あ、ここが階段やな」

 足を止め、その降り口を照らした。ライトにぼんやりと不気味に浮かんできて、私の背筋に鳥肌を立てる。

「ここ、行くの?」
「いやあ、カギ掛かってたしエレベータのが確実やろ」
「......うん」

 当時、そう当時限定ではあるが、表面を取りつくろう事だけは達者だった私は、内心でものすごくほっとしながら、平然と歩みをうながす。

「だいじょうぶや。ほら、明かり見えるで」

 あれ? 見抜かれたのかな? 気配を察知したのかな? あいつがちょっと元気そうに声を掛けてくる。

「......ほんとだ」

 遠くにあるはずの入り口と同じような扉の先から、弱々しい緑色の光が入ってきているのが見えた。勢い、急ぎ足になっていて、明かりに寄っていくのは虫さんだけじゃないんだなぁなどと考えていた覚えがある。

「さあ、いくで」
「うん」

 扉のノブを回すと、ゆっくりと開いた中へ入って行く。人はいない。小さな明かりはついているが、非常灯の緑色の方が鮮やかに見える。
 エレベーターの位置を知っているあいつはすたすたと前を歩き、その後をついていく。

「エレベータまではすぐなんよ」
「ふむ、そうなんだ」
「......」

 声が自然とひそひそになっている。言った通り、エレベーターがある場所にはすぐについた。しかし、問題はすぐ起きた。

「あえ? うごいとるやん」
「え、え?」

 上にあったエレベーターが降下しているらしい。それは誰かが使っているという事であり、使っている以上、もしかしたら今の階で止まる可能性もある。
 もし見つかったら!? というより、こんな夜にエレベータ使うのって人なの!? というか、ここって、駄目な場所へつながるんじゃないかしらん!?

「......まさか!?」

 焦った時の発想はひどいものだ。
 私は、なぜか赤黒い包帯ほうたいまみれのナースを、よりにもよってふっちょさん的な美んを想像している。
 そして、そんな状態の人が何かを色々したたらせつつも、私たちに説教食らわせる姿まで妄想もうそうが飛ぶ。

 そして、私は決断を下した。

「よし、逃げるよ!」
「は、え? いや、ちょまっ!」

 回れ右で走り出した私の服を、あやつが引っ張る。

「なんで逃げるん!?」
「......だって、奴が来るよ! きっと来るんだよ!」
「えと......奴って誰なん?」

 そうだった......中々共感を得ることが少ないのだが、私の危機感知能力が作動したのだ。しかし、皆はわかっていないようである。それを説明するべきか迷ってしまった......。

 そう、私はこの年齢までにも、結構いろいろやらかしていたのだ! だからこそ、多くの経験をつちかってきている。つまり、こういった事態に関して、私は経験豊富なひとなのだ!!
 しかし、この躊躇ためらいは失敗だといえる。

 その時間にエレベーターが止まる音がし、無情にも扉は開く。そして、何人かの人と大きなストレッチャーで現れたのだ。

「えっ!? なんで!?」

 先頭に居た目つきの厳しいお姉さん(もちろん赤黒い包帯は巻いてない)が私たちを見るなり声を上げる。続いて、別のお姉さんが冷たい目でにらんだ。

「消灯すぎてんのよ! あんた達は! なんでこんな時間に、こんな所にいるの!?」

 二人の言葉で小さくなった私たちに、白衣にマスクの一人がイライラと言った。

「うん困ったね。誰か、その子らを部屋に戻るように......」

 私たちを見ず、他の人たちはトレッチャーをすごい勢いで運んでいく。上には確か誰も載っていなかった筈だ。あっけに取られている私たちに、背後から声が掛かる。

「うん君たち、お部屋はどこかな?」

 ガラケー? っぽい物を持ったお姉さんが、とても恐ろしい微笑みを浮かべ、聞いてきた。



**―――――
「やっぱり。本っっっ当に、迷惑ばっかかけてるのね」

 妹がしみじみと言いおった。まあ、この件は責められても仕方ない。言ってしまえばしょうもない子供の好奇心で、大変なお仕事の邪魔をしてしまったのである。

「で、どうなったのよ?」
「そりゃもう怒られたよ」
「だれだれによ」
「ふっちょさん以外全員には、長い期間白い目で見られたね」
「え、ふっちょさんは怒ると思ったけど」
「ふっちょさんには次の日ものすっごく怒られたよ。でも、それでおしまいにしてくれたんだ」
「どういう事?」

 何というべきなのだろう? ちょびっと悩んでから、私は短めに終わらせた。

「ふっちょさんは『同じことしたら許さないよ!』で終わりだったのだけど、怒られた方が楽だったって話かな?」

 眉をしかめた妹は、適温となったらしいカップを傾けてからばっさり言った。

「意味がわかんないんですけど?」
「何が悪くて、こういう被害があって、次起こしたら許さないってね、理由までおさえてからガツンとするのがふっちょさんの怒り方なんだよ」
「うんうん」
「で、この件はあたしにとことん怒られたから、終わりっ! てするわけだね......。でも、またやるかもしれないって思う人の方が多いでしょ?」
「またやるもんね」

 っぐぅ、うぬぬ、否定できない所が悲しい。

「だからね、まあ、ふっちょさん以外の人にそういう目で見られ続けたって事だよ」
「まあ、そういう目で見たくなるでしょ?」

 そうだろうね。なんて人の事を理解しておる妹なんだ。

「う、うん。でもね、ふっちょさんは子供はそんなもんだってスタンスだったってことなのだよ」
「迷惑だなー」
「今は笑い話にできてるからね、そのあと、結構身を潜めていたのだよ?」
「本当かしら?」
「ちゃんと、汚名返上しようと......頑張ってはいた、かな?」
「汚名挽回したんじゃない?」
「ぐぬぬ......」

 まあ、私にとっては良い思い出になっているし、お隣さんたちも後々まで笑いあっている。
 しかし、この場で口に出すと結構つつかれそうなので、黙ってはいるのだが......あの病院では今でも伝説として語り継がれているらしい。
 その......仲のいい人から、とても遠まわしに教えてもらう機会があり、恥ずかしさのあまり部屋でのたうち回ったことも内緒である。

「きっと、伝説になってるわね」

 ぐう、妹が無自覚にえぐってきおった。私は平静を装いながら、コーヒーカップを傾けて言った。

「ま、まあねぇ......」

 お代わりが思ったより熱かったため、平静を装えなかったのはご愛敬である。
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