妹と、ちょっとお話しましょうか?

夏夜やもり

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朝焼けメダリオン

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 妹が自分のチーズケーキをいくつかに分け、その姿ををまじまじと観察しつつ、呟く。

「でさ、夜の探検の後始末はどうなったの? 大変だったんじゃない?」

 対する私はコーヒーカップを眺めている。そして、言った。

「うん。まあ......その......」
「なによ、歯切れが悪いわね?」

 そう、後日談がある。ただ、ちょーっと恥ずかしくて、言いにくいんだよなぁ。

「えと、翌朝に怒られて、白い目で見られたんだけどね」
「うん」
「その日の午後にさ、私、熱だしちゃったんだよ」
「あらまあ、都合の良い事に?」
「都合よくないやい」

 目を丸くした妹であるが、雰囲気で言いたいことがわかる。『ひっどい迷惑さんだよねえっ』て感じだ。当時は本当に情けなくて、申し訳なくて......頭がグルグル回っていた。
 不調ってどうやら身体だけでなく、精神をもむしばむようである。

「私ってば......最悪だったよ」
「どういう風に?」
「ふっちょさんは、まあ良いんだけどね、他の方々の表情がね......『ほら見た事か!』が4割で、『何でこう、迷惑ばかり!?』が6割的なね......」
「その通りだもんね」
「はい......これに関してはねぇ......もう言葉もないよ」

 こういった経験から、私は自分の身体が自由にはならないって思い知った。しかし、同時にそういう自己嫌悪ってのは、弱っている時にしか出てこない。
 これ以後も、私は頻繁ひんぱんにやらかし、恥の上塗りと同時に、思い出すのだ。

「んでんで?」
「えーっとね、あの時は......」



**―――――
 探検翌日の夕方過ぎ、私は熱が出てしまい、唸っていた。

「うう、ぅう」

 耳の中で音がして、全身のあちこちが酷く寒い。震えていたと思う。夢だったような気もするのだが、誰かが声を掛けた気がしてそちらを向いても暗いだけ。
 何もない。目を閉じると目の奥で光が見える。

「さむい、さむい、さむい...」

 ずっとそう呟いていた。ガラケーとストラップを取り出し、なぜか握りしめる。少しは辛さがまぎれるかなとも思ったのだが、あまり効果はないらしい。

「なあ、どしたん?」

 遠くから声が聞こえた。そんな気がして返事をしたのだが、震えが大きくて声になっていない。奥歯の方からカチカチと音がして、多分それが聞こえたのだろう。少し低いトーンで声が聞こえた。

「だいじょぶなん?」

 額に暖かくて小さな手が触れた。

「ぅんー、さむい、さむい、さむい、さむい...」
「あっつ!?」

 その手と声の温かさを感じとる余裕は無い。震えが大きくなっている。耳の奥でキーンと鳴り響く。その音が気持ち悪かった。

「ふっちょさん、すぐくるからな、だいじょぶ! だいじょぶやで」

 閉じた目の奥、遠くの方でナースコールを押した感じがあり、その後握った両手の上からすっと手が触れられる。温かく感じる掌であった。暗い闇の奥で、自分の状態が解らなくて頭の中で問答している。

『どうしました?』

 天井から声がした。

「なんかな、さむいんやって! めっちゃ熱いねん!  はよきてぇ! はよな!」

 目を閉じたままだったが、どうも注目を集めているぽくて、ネガティブに感じてしまう。しかし言葉は一つであった。

「さむい、さむい、さむいぃ」
『すぐ行きます』

 コールが切られ、ふっちょさんが本当にすぐ来てくれた。何か道具も色々持ってきていた。私の方は何か色々といじくりまわされて、肘にはいつもと違う点滴が付いていた。

「つらかったね。うん、すぐよくなるからね」

 元気であれば気の利いたことが言えたかもしれないが、当時はそれ所でない状態だった。

「さむい、さむいぃ、さむい......」
「ゆっくりおやすみ。大丈夫。もうちょっと我慢がまんだよ」

 ひんやりした手が額に触れる。点滴の刺さった方にはガラケーとストラップが、刺さってない手には小さな掌が握っている。ん? 掌?

「だいじょぶ、だいじょぶや。今日はずっと手にぎったげるからな」
「んー? んうー......さむい」

 私の手を握る事で何か変わるのかいな? などと、失礼なことをぼんやり思いながら、そのまま目を閉じた。

「つらいとき、おかんがな、こうしてくれるんや。楽になるんやで」

 遠くから聞こえてくる声に、『そうなのかしらん?』 なんて、声にならなかった呟きをだして、すとんと意識が落ちた。

「......うー」


 熱の出ている時には嫌な夢を見る。
 何か吸い込まれるような音が小さく小さく響いて、ふと気づいた瞬間大きくなって近づいてきて、私は悲鳴を上げる。

「あああ!」

 自分の声で目が覚めた。

「ゆめ......」

 病室は闇の中である。手の感触からいまだ、握ってくれているようだが、あやつは椅子に座ってうつらうつらしている様に見えた。

「......りちぎだなぁ」

 そう思って、少しだけ落ち着きが戻り再び眠りにつく。発熱で、ふわふわした感じが頭の奥にあって、口の中がにゅぐにゅぐして、握られている手が結構熱く感じる。少し私は考えて、やはり握ったままで目を閉じた。握った手が少し動く。

「ねえ、だいじょうぶだからさ、もういいよ?」
「ほんまぁ?」
「......うん」

 夜だからか、ひそやかな声が掛かる。答えを返さずに私はきゅっと握り返した。そしてあやつは額に触れる。

「うん、だいじょぶや。すぐによくなるわ。だいじょぶ。だいじょぶや」

 手の奥に伝わる熱が、心地よかったと言うべきか、嬉しかったと言うべきか、今でもよくわかんないや。

「もう、大丈夫だって」
「寝るまではみたげるわ」
「もう......」

 熱っぽい息を吐き、私はムリに目をつぶると、点滴の効果があるのか、すとんと眠りに落ちた。

  ・
  ・
  ・

「......まぶしい」

 そして翌日、熱が引いた。顔は少し赤く、息苦しさがあるのだが、まあ何とかなるみたいだ。

「おはよう。昨日は、ありがとね」
「ああ、おはよー。気にせんとき。おかんの教えやもん」
「いやいや、とにかくありがとう」
「どういたしまして。からだはどうや?」
「うーん、まあまあ?」

 あやつは小さく首を傾げる。

「そや、そっちの手は何持ってるん?」
「......おまもり」
「おまもりって?」
「これだよ......目貫めぬきっていうの? ストラップにしてくれたんだってさ」

 ちょっと自慢気じまんげに見せたストラップは、ひいお爺さんの何からしい。巡り巡って私のストラップというのも結構おかしな話ではある。ちなみに黒っぽい銀で出きた花? の細かい細工である。

「ほーほー」
「金と銀だよ! 本当かどうかわかんないけど、良品だってさ」
「そかそか、でも、元気になってよかったわ」
「まあ......誰かが手握っててくれたからね。義務感で良くなった感じ?」

 ちょっと恥ずかしいなあと照れる私、あやつも少し上ずった言い方をする。

「んー、何か、はっずいな! でもおかんの教えやもん。お隣さんはたいせつにしいやってね。しっかり守るんよ」
「......ありがとね」

 私は、ほんと小さく礼を言った。あやつは私の逆向いて頷いた。確かそんな感じだったと思う。



**―――――
 懐かしい記憶だなぁ。当時の感覚も追体験して、少し恥ずかしいと思ってしまう。妹への説明には、発熱を強調して言ったのだがね。

「あの時の熱って、結構高かったんじゃないかなあ?」
「辛かった?」
「ずっとね、さむいしか言えなくなっちゃったね」
「でもさ、寒かったの?」

 ん!? 気になる部分って、そこなんですか?注目点に違和感を感じ、私は答える。

「え、うん、寒かった。というか、風邪ひいたこと、ないのけ?」

 やっぱり、何とかは風邪ひかないのかな? 私は心の中のメモ帳開き『妹は風邪ひかない......あれだから』と深く刻み込んでおいた。

「なに? 普通にあるけどさ、寒かったのって......んー? あったかな」
「無かったっけ......?」
「どうだったかな?思い出せないわ。あたしの場合、頭痛くなって、節々痛くなって、熱くてしょうがなくなるかなぁ?」
「ふむ。まあ痛いほうが思い出に残るから嫌だなよね?」

 むむ、寒くなった事ないのかな? あれ? でも昔看病した時震えてなかったっけ? そんな事を考えていると、妹がにやにやしながら言った。

「まあ、辛い記憶は良いからさ......それよりもさぁ、手はどうだったの?」

 促されて私は、少し首をひねる。

「手、んー、私と同じくらい......って感じ?」
「えー、でも、ドキドキしたんじゃないの?」

 何言ってるんだろう?

「どうだろうね? 熱出てる時だしね」
「いやいや、熱下がってからも顔合わせてるでしょうに」
「さて? 純粋な善意だと思ってたよ? 私」

 これ以上は言わないよんとの意思表示に、妹が眉を片方上げる。

「あれ、黙秘すんのぉ?」
「あやつの行動はさ、家訓見たいな感じだよ? 分け隔てなく手を握ってるんじゃないかな?」
「それ、見たの?」
「いやぁ、想像?」
「だったら風評被害ふうひょうひがいがひどいわよ?」
「でも、優しいなぁって思ったよ」
「そかそか、ありがたいことだね」

 感心した様に言った妹に、私は軽くうなずいた。

「そそ」
「はりがねさんも背中さすってくれるし、あのこも手握ってくれるってさ、優しいのね」
「うん。本当に、あったかい家族だね」
「いいなあ」

 優しい表情浮かべたその後、妹は目を細める。

「でも......ねえ、よくだましたもんだと思うわ」

 え、勝手に色々面倒みてくれたのを、だましたと言うんですか妹さん? 私は口をとがらせる。

「だましてはないよ? あっちが勝手に理解しただけだよ?」
「うん、当時は天然で誤解するようにしたんでしょ? 今は計算も入ってさ、本当タチが悪いわー」
「なぬっ!?」

 何か言い返そうと私は思考を巡らすが、今回は口が回らない。仕方なく私はうそぶく。

「ま、天然でもなんでもさ、人を傷つけるよりはいいかな?」

 暗に私を物理的に傷つける妹への当てつけなのだが、あまり効果はない様だった。

「まあ、それはあたしも同意見だけど、天然で迷惑かけてるじゃない」

 その言葉には、ぐうの音も出ない。

「......当時の人達、本当にすみませんでした」

 あの時言ったお礼のように、小さく呟く私をみて妹が下を向いた。

「あっはははははは!」

 そのままはじけた大笑い。今に見ておれ......。
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