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Chapter 2 山奥の別荘
第二十五話 絵の中④
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「連れてくるなら金髪のほうよ。この黒髪の人は、絵を欲しい、盗みたい、なんて心から思っていないわ」
それを聞いたオリバーは、絵の女をキッと睨んだ。
「ふざけないでください。旦那も坊っちゃんと同様に、絵を盗みたいと思っているはずだ」
「そんなことないわ。この黒髪の人は、私に魅入られていないもの」
「そんな証拠、どこにあるんだ!!」
「私に魅入られると、熱にうかされたようになるけれど、この人はそんなことないでしょう?」
(熱に浮かされる……?)
アーサーは、その言葉を聞いて、ふとジョージの不審な様子を思い出した。
(でも、結局さっきから二人が何を言っているのかさっぱりわからねぇ)
「……分かりました。それなら今すぐあの坊ちゃんを連れてきます」
「無理だと思うわよ? 彼、気づいちゃったから、逃げられるわよ」
金髪の女はクスクスと笑った。アーサーは状況が理解できず戸惑っていたが、一方で身体は鉛のように重たくなってきていた。
(残された時間は、少ないな……。こうなりゃ、やけだ!)
アーサーは直感でそう判断すると、一か八かの賭けに出た。
「ちょっといいか?」
「何かしら?」
彼女は青色の瞳をくるりとアーサーに向けた。
「人違いって言うなら、ここから出してもらえないか? そろそろ身体が限界みたいだ」
アーサーはぐちゃぐちゃになった右肩を抑えながらそう言った。すでに足には力が入らなくなっていた。
「……分かったわ」
彼女はアーサーに近づきながら話し続けた。
「貴方の罪は私の専門外だから、このまま出してあげる♪」
「俺の罪……? 何を言っているのかよく分からねぇが」
(だが、手ぶらで帰るわけにはいかない)
「一つだけ聞きたいことがある」
「どうしたの?」
彼女はこてんっと首を傾げた。
「あんたと同じような絵画、現実世界にいくつあるんだ??」
「……ごめんなさい、それは私には分からないわ。でも、あの画家は、だいぶ長生きしたそうだから、作品数はそこそこあると思うわよ」
「そうか」
(噂の絵画は、複数あるっていうことか……)
「……それにしても貴方、なんだか不思議な人ね」
「何がだ」
アーサーはぼんやりとした頭でそう答えた。もうすでに身体の感覚はなく、根性で立っているに等しかった。
「貴方、人殺しって顔、してないんだもの」
――アーサーの脳裏に一瞬過去の記憶が蘇った。
地面に転がって事切れたアイツが虚ろな目で見つめてくる。
そして恐怖で顔を歪まて、今にも泣きそうな顔の、今より幼いジョージの顔。
アーサーはどんな顔をしたらいいのか分からなかった。
それに気づいているのか、いないのか。彼女はアーサーの額に手を伸ばした。
「貴方には特別に教えてあげる♪ 私は『見張りの女』。《盗み》っていう罪を犯す者を裁くことをモチーフとして描かれた、選ばれし絵画よ」
その冷たい手が触れた瞬間に強い眠気に襲われて、アーサーは意識を手放した。
「さてと……」
と鈴を転がしたような声で彼女は続けた。
「交渉は不成立ね♪」
それを聞いたオリバーは、何も言わずに足元に捨てたはずの斧を拾い上げた。
「あらあら」
彼女の小鳥のような声が突然、しゃがれた老婆の声に変わった。
「近頃の若い子は、恐ろしいわねぇ」
さっきまでの美しい外見とは真逆の、醜い老婆へと変貌した。
「クソババァ、許さねぇ」
オリバーは斧を構えた。
「五月蠅いぞ、クソガキ」
老婆は指をパチンと鳴らした。
「か、身体が動かねぇ」
オリバーは足を上げようともがいていたが、地面から足が離れることはなかった。
そのとき、彼の足元には先ほどアーサーが出会った、あの肌色の化け物が纏わりついていた。
「うわぁぁぁ!!!!」
オリバーは絶叫した。
「そんなに怖がらないでやってくれ。そいつはお前の兄さんだ」
「なっ」
オリバーは驚きのあまり、それ以上何も言えなかった。
「残念だったねぇ。お前の兄は根っからの盗人だったんだよ」
「これが兄さん……!? じゃあ、兄さんの友達は……」
「もう全部溶けて死んじまったよ」
「……なぜ兄さんだけ残っているんだ?」
オリバーは訝しんだ。
すると老婆はある真実を告げ始めた。
「等価交換って知っているかい? 人間一人救うには、人間一人が必要なんだ。別荘にお前たちが来たとき、あの中で私が溶かして殺せるのはあの金髪の坊やだけだったんだ。だからお前の大切な兄さんだけとっておいたんだ」
「どういうことだ? なんで俺や旦那は対象外なんだ?」
状況をよく飲み込めていないオリバーは、涙目でそう言った。
「私のタイトルは『見張りの女』。絵を盗みに来たやつだけを溶かして殺す役割がある絵画なんだ。お前や黒髪のような、絵を心から欲しいと思っていないようなおまけは最初から要らないんだ……まぁ身体は多少溶けるだろうがね。お前たち二人は初めから殺しの対象外なんだよ」
そういうと、その老婆はさっきアーサーにしたように、オリバーの額に手を当てた。
「さよならだ、坊や」
老婆のしゃがれた声が薄暗い街に響いた。
それを聞いたオリバーは、絵の女をキッと睨んだ。
「ふざけないでください。旦那も坊っちゃんと同様に、絵を盗みたいと思っているはずだ」
「そんなことないわ。この黒髪の人は、私に魅入られていないもの」
「そんな証拠、どこにあるんだ!!」
「私に魅入られると、熱にうかされたようになるけれど、この人はそんなことないでしょう?」
(熱に浮かされる……?)
アーサーは、その言葉を聞いて、ふとジョージの不審な様子を思い出した。
(でも、結局さっきから二人が何を言っているのかさっぱりわからねぇ)
「……分かりました。それなら今すぐあの坊ちゃんを連れてきます」
「無理だと思うわよ? 彼、気づいちゃったから、逃げられるわよ」
金髪の女はクスクスと笑った。アーサーは状況が理解できず戸惑っていたが、一方で身体は鉛のように重たくなってきていた。
(残された時間は、少ないな……。こうなりゃ、やけだ!)
アーサーは直感でそう判断すると、一か八かの賭けに出た。
「ちょっといいか?」
「何かしら?」
彼女は青色の瞳をくるりとアーサーに向けた。
「人違いって言うなら、ここから出してもらえないか? そろそろ身体が限界みたいだ」
アーサーはぐちゃぐちゃになった右肩を抑えながらそう言った。すでに足には力が入らなくなっていた。
「……分かったわ」
彼女はアーサーに近づきながら話し続けた。
「貴方の罪は私の専門外だから、このまま出してあげる♪」
「俺の罪……? 何を言っているのかよく分からねぇが」
(だが、手ぶらで帰るわけにはいかない)
「一つだけ聞きたいことがある」
「どうしたの?」
彼女はこてんっと首を傾げた。
「あんたと同じような絵画、現実世界にいくつあるんだ??」
「……ごめんなさい、それは私には分からないわ。でも、あの画家は、だいぶ長生きしたそうだから、作品数はそこそこあると思うわよ」
「そうか」
(噂の絵画は、複数あるっていうことか……)
「……それにしても貴方、なんだか不思議な人ね」
「何がだ」
アーサーはぼんやりとした頭でそう答えた。もうすでに身体の感覚はなく、根性で立っているに等しかった。
「貴方、人殺しって顔、してないんだもの」
――アーサーの脳裏に一瞬過去の記憶が蘇った。
地面に転がって事切れたアイツが虚ろな目で見つめてくる。
そして恐怖で顔を歪まて、今にも泣きそうな顔の、今より幼いジョージの顔。
アーサーはどんな顔をしたらいいのか分からなかった。
それに気づいているのか、いないのか。彼女はアーサーの額に手を伸ばした。
「貴方には特別に教えてあげる♪ 私は『見張りの女』。《盗み》っていう罪を犯す者を裁くことをモチーフとして描かれた、選ばれし絵画よ」
その冷たい手が触れた瞬間に強い眠気に襲われて、アーサーは意識を手放した。
「さてと……」
と鈴を転がしたような声で彼女は続けた。
「交渉は不成立ね♪」
それを聞いたオリバーは、何も言わずに足元に捨てたはずの斧を拾い上げた。
「あらあら」
彼女の小鳥のような声が突然、しゃがれた老婆の声に変わった。
「近頃の若い子は、恐ろしいわねぇ」
さっきまでの美しい外見とは真逆の、醜い老婆へと変貌した。
「クソババァ、許さねぇ」
オリバーは斧を構えた。
「五月蠅いぞ、クソガキ」
老婆は指をパチンと鳴らした。
「か、身体が動かねぇ」
オリバーは足を上げようともがいていたが、地面から足が離れることはなかった。
そのとき、彼の足元には先ほどアーサーが出会った、あの肌色の化け物が纏わりついていた。
「うわぁぁぁ!!!!」
オリバーは絶叫した。
「そんなに怖がらないでやってくれ。そいつはお前の兄さんだ」
「なっ」
オリバーは驚きのあまり、それ以上何も言えなかった。
「残念だったねぇ。お前の兄は根っからの盗人だったんだよ」
「これが兄さん……!? じゃあ、兄さんの友達は……」
「もう全部溶けて死んじまったよ」
「……なぜ兄さんだけ残っているんだ?」
オリバーは訝しんだ。
すると老婆はある真実を告げ始めた。
「等価交換って知っているかい? 人間一人救うには、人間一人が必要なんだ。別荘にお前たちが来たとき、あの中で私が溶かして殺せるのはあの金髪の坊やだけだったんだ。だからお前の大切な兄さんだけとっておいたんだ」
「どういうことだ? なんで俺や旦那は対象外なんだ?」
状況をよく飲み込めていないオリバーは、涙目でそう言った。
「私のタイトルは『見張りの女』。絵を盗みに来たやつだけを溶かして殺す役割がある絵画なんだ。お前や黒髪のような、絵を心から欲しいと思っていないようなおまけは最初から要らないんだ……まぁ身体は多少溶けるだろうがね。お前たち二人は初めから殺しの対象外なんだよ」
そういうと、その老婆はさっきアーサーにしたように、オリバーの額に手を当てた。
「さよならだ、坊や」
老婆のしゃがれた声が薄暗い街に響いた。
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