転生三男のまったり開発記 ~魔法がなくても、前世の知識とガラクタいじりで世界を便利に変えていきます~

戯言の遊び

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第一部 ヴァンデル領開発編

第24話 森の工房、奇跡の潤滑油

 王都近郊の深い森の奥。
 鉄の匂いと油の香りが入り混じる薄暗い工房の中で、ザムというヘンコツな老職人は、アルトが持ち込んだ『手押しポンプ』の図面を食い入るように見つめていた。

「……なるほど。魔法を使わずに水を持ち上げる仕組みは分かった。だが、これを実現させるには、空気を逃がさないための『垂直な筒』が必要不可欠だ」
「はい。そこが一番の難題で……」
「ついてきな、坊主! 俺の庭に転がってるガラクタを見せてやる!」

 先ほどまでの「帰れ!」という怒声が嘘のように、ザムは少年のように目を輝かせて工房の裏庭へと飛び出していった。

 アルトも嬉しそうにその後を追う。
 残された護衛のフレイヤとガルドは、顔を見合わせて呆れたように肩をすくめた。

「なんだか、アルト様とあの爺さん、すっかり意気投合しちまったな」
「ああ。職人同士、通じ合うものがあるんだろうさ。アタシらは邪魔しないように見守るとしよう」

 庭のガラクタの山からザムが引っ張り出してきたのは、ひどくサビついた分厚い鉄の筒だった。

「こいつは、昔の軍で使われていた旧式の魔導砲の砲身だ。魔力回路が焼き切れて使い物にならなくなった廃棄品だが……筒の分厚さと強度だけは一級品だぞ」
「すごい! これなら水圧にも十分に耐えられますね!」
「おうよ! あとは俺の腕で、こいつの内側をツルツルの鏡みたいに磨き上げてやる!」

 そこからの二人の作業は、時間を忘れるほどの没頭ぶりだった。
 ザムが特殊なヤスリと研磨剤を使って砲身の内側のサビを削り落とし、アルトが横で部品のサイズを測りながら図面を微調整していく。

 半日ほど磨き続けると、魔導砲の砲身は、ポンプの胴体となる完璧に『垂直な筒』へと生まれ変わった。

「よし、筒はできた。次は水を押し上げるための要、ピストンの部分だ」
「俺の持ってきた『水棲魔獣の端革』の出番だな」

 ガルドが差し出した分厚い革を、ザムが鋭い刃物で円形に切り出し、鉄の棒の先端に取り付けた円盤状の金具にしっかりと巻きつけて固定する。

 この革が筒の内側に密着することで、空気を逃がさずに水を引っ張り上げる仕組みだ。

「よし。水棲魔獣の革は水に濡れると適度に膨らむ。こいつで筒との隙間を完全に塞げるはずだ」

 ザムは自信満々にそう言うと、完成したピストンを垂直な筒の中に差し込んだ。
 筒の下半分を、あらかじめ用意しておいた水の張った大きな木桶の中に沈める。
 そして、ピストンを上下させるために仮組みした木製のレバーを、アルトに握らせた。

「さあ、坊主。お前の考えた魔法のいらねえ水汲み装置だ。記念すべき最初の一回目は、お前が引いてみな」
「はいっ……! いきます!」

 アルトは期待に胸を膨らませながら、両手でしっかりとレバーを握り、体重をかけてグッと押し下げようとした。

「……あれ?」

 しかし、レバーはピクリとも動かなかった。

「よいしょっ! ……う、うーんっ!?」

 アルトが顔を真っ赤にして全体重をかけても、筒の中のピストンは岩のように固まり、微動だにしない。
 見かねたガルドが「貸してみな、アルト様」とレバーを握り、傭兵の太い腕の力で強引に押し込もうとした。

 ――ギギギッ……メキメキッ!

「ストォォップ!! 馬鹿野郎、そのまま力任せにやったら持ち手の木がへし折れちまう!!」

 ザムの慌てた声に、ガルドはピタッと動きを止めた。
 三人がかりでなんとか筒からピストンを引き抜くと、そこには予想外の光景が広がっていた。

「……こりゃあ、ダメだ」
「革が、パンパンに膨らんでしまっていますね……」

 ザムとアルトが、困惑した顔でピストンの先端を見つめる。
 ガルドが提供した水棲魔獣の革は、確かに水を吸って隙間を塞ぐという役割を完璧に果たしていた。
 だが、あまりにも水を吸いすぎたせいで限界以上に膨張し、筒の内側にガッチリと張り付いてしまっていたのだ。

 これでは空気を逃がさないどころか、摩擦が強すぎて上下に動かすことすらできない。

「くそっ! まさかここまで大きく膨張するとは計算外だった! これだから新しい素材ってのは厄介なんだ!」

 ザムは頭をガリガリと掻きむしり、忌々しそうに革を睨みつけた。

「俺の腕なら、水を吸って膨らむ分を計算して、革をミリ単位で削り直すこともできる。だが、それじゃあ使っているうちに少しずつ革がすり減った時、すぐに隙間ができちまう」
「ええ……。水に溶けなくて、革を傷めず、しかも長期間滑りを良くする『潤滑油』のようなものがあれば解決するんですが……」

 アルトも腕を組み、前世の知識を必死に引っ張り出してウンウンと唸った。
 機械の摩擦を減らすためには、油を塗るのが鉄則だ。
 だが、一般的な動物の脂や植物油では、ポンプの中に水を通した瞬間に水と混ざって流れていってしまう。
 水に強くて、滑りが持続する都合の良い素材。
 そんなものが、この世界のガラクタの中にあるのだろうか。

「ええい、クソッ! やり直しだ! もう一度別の革の端材を探して……」

 ザムがイライラと足音を荒立てて工房の中を歩き回った、その時だった。

 ――ツルンッ!!

「うおぉわっ!?」

 ザムの足元が突然派手に滑り、小柄な体が宙に浮いた。
 彼は慌てて空中で腕を振り回し、近くにあった作業台にガバッと抱きついて、間一髪のところで転倒を免れた。

「ザ、ザムさん!? 大丈夫ですか!?」
「い、いててて……っ。腕の筋を違えちまった……ッ!」

 アルトが慌てて駆け寄ると、ザムは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「ええい、忌々しい!! 誰だ、こんなところにスライムの廃液を入れた樽を置きっぱなしにしたのは!!」

 ザムが指差した床には、どんぐりほどの大きさの青緑色をしたドロドロの液体がこぼれていた。

「昨日、ポーション屋のババアが魔石だけを取り出した後のゴミを押し付けていきやがって! 床にこぼれたからちゃんと水拭きしたってのに、全然滑りが取れねえじゃねえか!! こいつの粘液は完全に水を弾きやがるからタチが悪りぃんだよ!!」

 ブツブツと文句を言いながら足の裏を拭くザム。
 だが、その愚痴を聞いた瞬間。
 アルトの脳内に、雷のような閃きが落ちた。

「……え?」

 アルトは目を見開き、ザムと、床にこぼれたスライムの粘液を交互に見つめた。

『水拭きしても滑りが取れない』
『完全に水を弾く』

「……ザムさん。今、なんと言いました?」
「あ? だから、このスライムのゴミ液は、水で洗っても滑りが落ちねえから厄介だって言ったんだよ!」
「ザムさん……っ! あなたは、天才です!!」

 アルトは弾かれたようにザムの手を取り、ブンブンと上下に振り回した。

「て、天才!? おい坊主、急にどうしたってんだ!」
「それですよ! その『厄介な性質』こそが、今の僕たちに必要な最高の潤滑油なんです!!」

 アルトはすぐさま床にしゃがみ込み、指先にスライムの粘液を少しだけすくい取った。
 指と指の間でこすり合わせてみると、驚くほど滑らかで、しかも嫌なベタつきがない。
 さらに、隣にあった水桶に手を入れて洗ってみても、粘液は薄い膜となって肌に残り、水を完全に弾いてツルツルの状態を保っていたのだ。

「これなら、水棲魔獣の革に塗っても水に溶け出さない! しかも革の膨張を程よく抑えつつ、鉄の筒との摩擦を極限まで減らしてくれます!」
「……な、なるほど。この使い道のないゴミ液が、水に強い油の代わりになるってのか……!?」

 ザムもようやくアルトの意図に気づき、ハッとして目を輝かせた。
 二人はすぐさま行動に移った。
 廃棄されるはずだったスライムの粘液を樽からすくい出し、パンパンに膨らんでしまった水棲魔獣の革の表面に、丁寧に、薄く均一に塗り込んでいく。

「よし。これでどうだ!」

 ザムが再び、粘液でコーティングされたピストンを垂直な筒の中に差し込んだ。
 先ほどまではガッチリとつっかえていたはずのピストンが、スライムの粘液のおかげで、スルスルと滑らかに筒の奥へと吸い込まれていく。

「いきますよ、ザムさん!」

 アルトが木製のレバーを握り、ゆっくりと押し下げた。
 驚くほど軽い。先ほどのように全体重をかける必要など全くなく、子供の腕力でもスッと下まで押し込むことができた。
 そして、空気を抜いた状態で、レバーをグッと上に引き上げる。

 テコの原理と気圧の変化。

 筒の中で真空状態が作られ、木桶の中に溜まっていた水が、目に見えない力に引っ張られるようにしてズズズッと上へ吸い上げられていく確かな手応えがあった。

「おおっ……! 重い! 水が上がってきてます!」
「そのまま何度か上下に動かしてみな!」

 ザムの弾んだ声に応え、アルトはレバーをキコキコとリズミカルに動かし続けた。
 一回、二回、三回。
 そして四回目にレバーを引き上げた瞬間。

 ――ゴボッ、ザバァァァッ!!

 筒の横に取り付けられた排出口から、透き通った冷たい水が勢いよく噴き出した。
 飛び散った水しぶきが、アルトとザムの顔を濡らし、工房の土間を黒く染める。

「……で、出た……!」
「出たぞぉぉっ!! ガッハッハ! 魔法陣も魔石も使わずに、本当に水が下から湧き上がってきやがった!!」

 アルトとザムは、顔を油と水しぶきでドロドロにしながら、手を取り合って歓声を上げた。
 廃棄された魔導砲の筒、予備の魔獣の端革、そして捨てるはずだったスライムの粘液。

 誰の目にも無価値に映る『ガラクタ』たちが、アルトの前世の知識という設計図を通して完璧に噛み合い、魔法のいらない便利な道具としてこの世界に産声を上げた瞬間だった。

「す、すげえ……本当に子供の力で水が汲み上がったぞ」
「アルト様、お見事です!」

 後ろで見守っていたガルドとフレイヤも、信じられないものを見るような目で拍手を送っている。

「ありがとうございます、ザムさん! ガルドさんたちも!」

 アルトは息を弾ませながら、満面の笑みで振り返った。

「おうよ! だが、まだ完成じゃねえぞ、坊主。このままじゃレバーから手を離したら、吸い上げた水が全部下に落ちちまうからな」

 ザムは袖で顔の水を乱暴に拭いながら、嬉しそうにニヤリと笑った。

「次は、水を下に落とさねえための『弁』の作製だ。……おい坊主、俺のガラクタの山から、とびきり面白い廃材を見繕ってこようぜ!」
「はいっ!!」

 まったり、しかし熱中する技術者たちのモノづくりは、まだまだ終わらない。
 メイドのリナを喜ばせるための手押しポンプの完成まで、あと少しのところまで迫っていた。


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 頑張って、執筆目指していきます
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