転生三男のまったり開発記 ~魔法がなくても、前世の知識とガラクタいじりで世界を便利に変えていきます~

戯言の遊び

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第二部 ヴァンデル領・まったり産業革命編

第33話 商人クロエと、三輪車

 ペダル式の三輪車が広場で産声を上げてから、早いもので一ヶ月が過ぎようとしていた。
 春の陽光はいっそう輝きを増し、ヴァンデル領の街道には色とりどりの野花が咲き乱れている。

 そんなのどかな領地の入り口に、一台の立派な馬車が揺られていた。
 馬車の中で、深いため息をつきながら書類を片付けていたのは、若き豪商のクロエである。

「……ふぅ。ようやく、ようやく一息つけましたわ」

 彼女の目の下には、微かに疲れの隈が浮かんでいた。
 アルトが生み出した『アルトバサミ』
 そしてあの魅惑の調味料『マヨネーズ』

この二つの革新的な商品は、クロエの手によって王都や近隣の都市へと瞬く間に広がり、空前の大ヒットを記録していた。

 注文は引きも切らず、工房の拡張や販路の調整、類似品への対策など、クロエはこの数ヶ月、寝る間も惜しんで働き続けていたのだ。

 事業はようやく安定期に入り、信頼できる部下に現場を任せられるようになった。
そこで真っ先に彼女が向かったのが、自身の最大のビジネスパートナーであり、不思議な発想の宝庫であるアルトの元だった。

「アルト様のことですから、また何か新しいことを始めていらっしゃるのでしょうけれど……少しはのんびりとお茶を楽しみたいものですわね」

 クロエは窓の外を眺め、ヴァンデル領の平和な景色に心を癒やそうとした。
 だが、馬車が村の居住区に入った瞬間、彼女の目は点になった。

「……え?」

 街道の先から、何か『異様なもの』が近づいてくるのが見えた。
 馬ではない。牛でもない。
 それは、木製の椅子に三つの車輪がついた、見たこともない不思議な乗り物だった。

 その上に乗っているのは、村の農夫だ。
彼は慣れた様子で足を交互に動かし、ハンドルを操作しながら、荷台に山積みの菜の花を載せてスイスイとこちらへ向かってくる。

「シャララララ……」

 軽やかな音を立てて、その『乗り物』はクロエの馬車の横を平然と通り過ぎていった。農夫は帽子を軽く持ち上げ、「こんにちは、クロエ様!」と笑顔で挨拶までしていく余裕ぶりだ。

「な……なんですの、今の……?」

 混乱するクロエを置き去りにして、馬車はさらに村の中心部へと進む。
 すると、光景はいっそう奇妙なものへと変わっていった。

 広場では、大きな荷台付きの三輪車で子供たちがはしゃぎながら郵便物を運び、井戸の近くでは、三輪車を止めて世間話に花を咲かせる女性たちがいる。

 村のあちこちで、人々が当然のような顔をして、その『足で漕ぐ機械』を乗りこなしているのだ。

「馬車を止めてちょうだい! 今すぐに!」

 クロエは叫ぶように命じ、馬車が止まるが早いか外へと飛び出した。

 ◇

 アルトの『特別工房』は、村の活気から少し離れた、風通しの良い高台に建っていた。

 クロエが肩を震わせながら工房の扉を勢いよく開けると、そこには相変わらずのホクホク顔で、小さな歯車を磨いているアルトの姿があった。

「あ、クロエさん! 久しぶり。事業の方は順調?」

 アルトはいつものように、隣の村へ遊びに行くような軽い調子で声をかけた。

「じゅ、順調どころではありませんわ! アルト様! 先ほどから目に入ってくる、あの……あの異様な光景は一体なんですの!?」
「異様な光景……ああ、三輪車のこと?」

 アルトは手を止め、窓の外を指差した。

「一ヶ月くらい前に試作が完成してね。ザムさんとバルロさんが頑張って量産してくれたんだ。今は村の共有財産として、みんなで使い回しているんだよ。荷運びが楽になったって、結構好評なんだ」

「好評、などというレベルではありませんわ! 足で踏んで進む馬車……いえ、人車! 魔法も馬も使わずに、あれほどの速度で移動するなんて。しかも、村の方々が魔法使いのようにスイスイと乗りこなしていらっしゃる……! あれがどれほどのビジネスチャンスになるか、アルト様は分かっておいでですの!?」

 クロエの商売人としての血が、疲れを忘れて沸騰していた。
 マヨネーズが『味覚の革命』なら、これは間違いなく『物流の革命』だ。

「あはは、クロエさんは相変わらずだね。でもね、まずは僕とお茶でも飲んで落ち着こうよ。リナ、クロエさんに紅茶を淹れてあげて」
「はい、アルト様」

 控えていたリナが、くすくすと笑いながら温かい紅茶を淹れる。
 クロエは促されるまま椅子に座ったが、その視線はアルトの背後にある、製作途中の大型三輪車に釘付けだった。

「……アルト様。この一ヶ月で、一体何台の『これ』を普及させたのですか?」
「えーっと、二十台くらいかな? バルロさんが木枠の作り方を簡略化してくれたから、思ったより早く揃ったんだ。ザムさんも、鉄玉ベアリングを作る専用の型を作っちゃったしね」

 クロエは眩暈がした。
 『ベアリング』、その単語の正確な意味は分からないが、あの滑らかな動きを支える心臓部であることは容易に想像がつく。

「ヴァンデル領は……たった一ヶ月で、別の世界のようになってしまいましたわね。私が王都で必死に書類と格闘している間に、ここでは未来が走り出していたなんて」
「そんな大げさなものじゃないよ。ただ、みんなの腰や足が痛くならないように、ちょっとだけ工夫しただけなんだ」

 アルトは紅茶を一口すすり、まったりとした笑みを浮かべた。
 彼にとって、これは壮大な産業革命などではなく、あくまで『領地のみんなが楽になるための工作』の延長線上なのだ。

「……はぁ。毒気を抜かれましたわ。でも、アルト様。一つだけ約束してくださいませ」
「ん、何を?」
「その……三輪車という人車の販売権だけは、決して他所へ流さないでくださいましね? これから私と、じっくりと……それはもう……じ~~~~っくりと、この乗り物がもたらす富についてお話ししましょう?」

 クロエの瞳には、かつてないほどの野心と、そしてアルトという少年に対する深い尊敬の念が混じり合っていた。

「分かったよ。でも、まずはこの美味しいお菓子を食べてからね。仕事の話は、お腹が膨れてからの方が良いアイデアが出るって、前世……じゃなくて、僕の持論なんだ」

 アルトが差し出した皿には、村で採れた蜂蜜をたっぷり使った焼き菓子が乗っていた。
 クロエは一瞬だけ呆れたような顔をしたが、やがてふっと肩の力を抜き、菓子を口に運んだ。

「……美味しいですわ。本当に、この領地は時間がゆっくり流れているようで……それでいて、恐ろしいほどの速さで進んでいきますのね」

 春の風が工房の窓から吹き込み、二人のテーブルの上を優しく通り抜けていく。
 三輪車という新しい風を得たヴァンデル領の物語は、商人の再登場によって、さらに加速していこうとしていた。

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 是非、続きを読みたいと思って頂けましたら
 いいねとフォローをよろしくお願い致します。
 やる気のバロメーターとなりますので
 頑張って、執筆目指していきます
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感想 17

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みんなの感想(17件)

暁
2026.04.10

三輪車を作ると後に量産することを考えると
魔獣の骨と皮を使って一部を代用品したり
タイヤのパーツとか、スライムの粘液は潤滑油
チェーンの錆止めとして使えばコスト抑えつつ
作れるような…

解除
小次郎
2026.04.09 小次郎

更新お疲れ様です。
m(__)m
おすすめの紹介で読み始めました。
とっても私好みの作品で、30話まで一気に読みました😀
ちょっと気になったのは、長男と次男の出番が無いのが気になるかなー?
続き楽しみにしてます!

解除
暁
2026.04.09

アルトには爵位を与えたほうがいいかも
本人も貴族の三男だからそれで揉め事に発展することもありそうだし本人が乗り気でなくても
結婚して子供が出来たとき子供に後を任せて
自分は物作りに集中出来るからな

2026.04.09 戯言の遊び

ありがとうございます

なるほど……
そのあたりも考慮しながら、執筆進めていきますね

解除

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