戦国に咲く苧環~秀吉に叛いた夫婦~

あじしおん

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 一 当主

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 吉親は波を伴って、三木の本城を訪れていた。二人は到着後、すぐさま広間へと通され、現在は当主の到着を待っているところである。
 吉親はこれまでのおよそ半年の間、当主である長治へ書状を送り続けていた。けれども、ただの一度としてその返答はなかった。当主としての身のうえであるがゆえに迷っているのだろう、とかれは考えていた。
 ほどなくして、別所家の当主、長治がその姿を現した。
 一重ひとえ瞼の双眸が二人をじっくりと見つめる。
 その瞳には人好きのする温和な光が宿っている。人を惹きつけて放さない魅力を、全身からそこはかとなく放っているように、吉親には思えてならない。
 齢、二十一というには幾分か大人びた印象の男である。それはひとえに、見事なまでの付け髭によるところが大きかった。
 きくところによれば、髭は威厳を表すために付けているということであった。しかし、それが逆に、その心の温かさ、親しみ易さを添えていると言っても過言ではない。
 当主は無言のままで畳に腰を下ろした。かれはどこか居心地悪そうに視線を右往左往させるばかりである。
「息災であられましたかな? 長治様。しばらく見ぬ間に、これまた、より一層立派になられましたなあ」
 吉親は大袈裟なほどに明るい声音で驚いてみせた。
 すると長治は、眉根を寄せつつ困り顔で言う。
「よしてくだされ叔父上殿。長治様などとむずがゆい。昔のように、小三郎こさぶろう、と気軽に呼んでくだされ」
 その言葉に吉親は、思わず頬を弛めた。一瞬弛んだ気を引き締めるようにして言う。
「それはなりませぬ。あくまで、長治様は別所の当主。拙者は一支城の主にすぎませぬ」
 長治は、そうか、と残念そうに呟いた。それに釣られて吉親と波は、同時に破顔する。
 その隙を縫うようにして言う。
「されば、こちらも当主として振舞うことといたします」
 そう言うと、長治は唐突に頭を下げた。あまりに突然のことであったため、これには吉親も波も大層慌ててしまった。
「どうにか頭をおあげくだされ」
 と、諭すような宥めるような声で言う吉親。
「そうですよ。当主がこのような者に頭を下げるなぞ、あってはなりませぬ」
 と、吉親の言葉を継いで言う波。
「このような、とはどのような者かな?」
 と問いかける吉親に、言葉の綾です、と悪びれる様子もない波。
 そんな二人のやりとりなど意にも介さないといった様子で長治は言葉を続けた。
「これまで長らく、書状になんの返答もしないまま、城にまで出向いてもらって、まことに申し訳の次第もない……」
 そこまで言うと長治は、改めて頭を下げた。そうしてのちに、ふっ、と短く息を吐いて続ける。
「ワシは当主として領民や家臣をひとつにまとめあげ、守り、導いてゆかねばならぬ身。むろん、そなたらも含めてな」
 吉親は若き当主の言葉に、ただひとつ首肯を返す。
 その様子を見届けた長治は更に続ける。
「ときに、吉親殿。そなたが先だっての評定の折、筑前守殿から手酷い誹りを受けた、と誰からともなく伝え聞いたのだ……。その件についての是非を伺いたいが、いかがかな?」
 吉親は大いに迷った。一体どのようにして伝えるべきか、と。返答に窮するあまりに途方もない時間を費やした。けれどもうそぶくわけにはいかない。散々っぱら迷った挙句にかれは覚悟を決めた。
「是か非か、と問われたならば、是にございます……」
「不躾なることを訊ねるが、そなた、それに対して腹は立ちましたかな?」
「むろん、はらわたの煮えくり返る思いでございました」
 今思い出しても、沸々と怒りがこみあげてくるのであった。吉親は、必死にそれを押し留めんとして、深々とひとつ息を吸って吐き出した。
 長治は困ったように笑って、深々とため息をついて言う。
「それならばそうと、書状にしたためていただければよいものを……」
 そう言うとまたひとつ、当主が困り顔でため息を吐いた。
 するとそこで、波が半ば呆れたような声音で問う。
「あなたさま、書状にはなんと認められたのです?」
「羽柴筑前守秀吉殿、信用するに価せず。ゆえに当方、離反の意、固め候。と、認めた」
 と言う吉親。かれは加えて、それゆえ、別所家当主たる長治様におかれましても翻意に同意いただきたい、と記したことを告げる。
「それから?」
「それだけじゃ」
「他には?」
「なにも」
「よもや、毎度毎度、同様の書状を送られたのではあるまいな?」
「さよう。一貫して同様の書状を送りもうしたが……」
 なにがいけないのだ、と言わんばかりの表情で宣う吉親を前に、波は嘆息気味に言う。
「それでは伝わるものも、伝わろうはずがないというもの。なにゆえ、誹りを受けたとさえも記さなかったのです? 一度目で駄目なら手を変え品を変え、説得するものでしょう?」
 波の言葉に、今度は吉親が呆れた声で言う。
「そのようなことなどできるものか。拙者が誹りを受けたこと、すなわち、当主たる長治様が誹られたと同義。それを打ち明けるは、貴方様は陰でこのような誹りをうけておられた、と伝えるようなもの。そのようなことは断じてできぬ」
「されど、それゆえに翻意を抱かれたのでしょう? さすれば……」
「それはそうだが、ならぬものはならぬ」
 吉親は口を真一文字に結んで目を瞑る。そのとき、波のため息がかれの鼓膜を揺らした。途端に長治の吹き出し笑いが聞こえる。
 それからしばらくののち、笑いを収めた当主が言う。
「なんともまあ、義理や道理をなにより重んじる叔父上らしい話ですなあ。そう臍をお曲げなさるな」
 その言葉を受けて、吉親はようやく瞼を起こした。
 それを見届けた男は真剣そのものといった表情で続ける。
「お心遣い、まことに感謝いたしまする。されど、なにとぞ評定におけることの仔細を、容赦なくこの長治に聞かせてはいただけませぬかな」
 当主にそこまで言われてしまっては、吉親も断るに断れなくなってしまった。そこで、吉親はだんまりを続けることを諦めた。その言葉のとおりに一切の容赦も偽りもなく、評定における問答などをつまびらかにした。
 すべてを聞き届けた長治はしばし瞑目し、内容を吟味していた。たっぷりと黙り込んでいた男は、ひとつ頷いて開眼し、その口を徐に開いた。
「そなたにはまことに損な役回りを追わせてしまったこと、申し訳の次第もないのお」
 それに応じて吉親が言う。
「拙者のみが誹りを受けるのなれば、一向にかまいませなんだ」
 その言葉ののちに拳を握り、行く先のない怒りを飲み込もうとでもするかのように、ただただ震わせているのみであった。当主や家臣、領民らを軽んじられたことが我慢ならなかったのだということは、言葉なくしても伝わっていることは吉親にも充分に理解できた。
 長治は、あくまで当主としてではなく一人の人間の言葉として聞いてほしい、と前置きをしてから私見を述べた。
何人なんぴとよりも敬愛したてまつる叔父上を冒涜ぼうとくせしめた羽柴めは、まこと赦し難きことこのうえない。こればかりは、いかように言葉を尽くそうとも足ることはありますまい。我が身ひとつとあらば、その首、今すぐにでも打ち捨ててやりたいところ。そのためなれば即刻、刀槍を手に馬を駆って出るところであります」
 そこで半拍ばかりの間をおいて続ける。
「くどいと思われるやもしれませぬが、何度も申すとおり拙者は一族の当主であります。さればこそ、民を家臣をたっとび、守り、ときとしてその願いを聞き入れるべき存在であるからして、私怨にまかせて勝手をいたすことなどあってはならぬと心得ておる。まして、守るべき者らを危険に晒し、挙句に多くのものを死にいたらしめてしまいかねぬ行為はなんとしてでも避けねばならぬ。ゆえにおいそれとは承服するのはいかがなものかと……」
 お館様はまこと立派になられおった、と、吉親は感嘆の声をあげた。そうして、
「この背に跨り、馬術の真似事などしておった幼き日が、まるで嘘のようじゃ」
 と呟きながら双眸を細めて虚空を見つめている。
 感傷に浸る吉親をよそに波が言う。
「お二人の他人を思う心、まことに素晴らしゅう思いまする。されどここはひとつ、その思いゆえに兵を挙げられるべきと存じます。女の身分で偉そうに、と思われるやもしれませぬが、申しあげたき儀がござりまする」
 波の視線が長治の双眸をまっすぐに射抜いた。
「たとえ女であろうと子どもであろうと、申したきことあるというなれば、拙者は身分に一切の垣根なく聞いてみたいと思うておりまする」
 と長治は言い、それも叔父上の教えのひとつにござりまするゆえ、と付け加えるようにして言葉を続けた。
「されば、遠慮なく申しあげます」
 と宣言して居住まいを正す波。彼女はそうしたのちに続ける。
「此度のこと、家臣に限らず城の女子供、延いては城下の民百姓にいたるまで、そのことごとくが知るところとなっております」
 長治は、左様にござりまするか、と相槌を打つ。
 波はひとつ首肯を返す。
「して、その者らは、どのように申しておられるのです?」
 波は尚も長治の目をまっすぐに見据えて、嘘偽りなく言葉にしてみせた。
「私の知る限りでは、そのすべてがことごとく、不平不満を口にしておりまする」
「なんと……」
 当主の声音には驚きめいた色合いが多分に含まれているように思えた。しかしそれが単に驚きから発せられたものなのか、どのような、という意味合いのものなのかは波には判別が難しかった。正直彼女にとってそれは取るに足らないことなのだろう、と吉親は思う。
 どうやら波は都合よく、後者であると解釈した様子で、更なる言葉を紡いだ。
「現状、皆一様に、羽柴打つべし、織田滅ぼすべし、と口を揃えて申しております」
 そこで一度言葉を切った波は、懐から複数の紙の束を取り出し、それらを広げてみせた。
「これは……?」
 と、目を丸くして不思議そうに問いかける長治。その紙面には美麗な文字や、みみずののた打ち回ったかのように、解読に難を極める文字列が無数に並んでいる。
 波は、これらは三木の地に住まう者たちの声にございます、と言った。それは、いわば嘆願書であった。
「文字を知らぬ者や書けぬ者たちが、噂を聞きつけては城に集って教えを乞い、見よう見真似で必死に書き記した名がいくつも連ねてあるのです。嘆願の内容はどれも、主を蔑ろにされては黙ってはおられぬ、戦をする心づもりはとうにできている、という者たちによって署名されたものにござりまする」
 と、波はその双眸に光るものを溜めて説明した。
「これらすべてがでござりまするか?」
「はい」
 それからしばらくの間、沈黙が続いた。
 長治は何十枚、何百枚という紙を一枚一枚、食い入るように読み耽っていた。その間、かれの玉のような双眸から、幾筋もの涙が零れていた。やがて、すべてを読み終えた若き当主は声高に宣言する。
「拙者は決め申した……。我ら別所はこれより、織田信長の麾下より離れ、羽柴との戦も辞さぬ! 即刻、反織田を掲げる諸将らと手を携えて、一戦交える覚悟である!」
 その双眸は、声音とは反対に、静かなる闘志で爛々と光っていた。
「よう申してくださりましたな」
 と言う吉親に対して、長治が少々困ったような表情で告げる。
「このような者たちを放っておいたならば、なにをしでかすか知れたものではないからの」
 そこでひと呼吸の間をおいて続ける若者。
「下手をすると、一揆や押込み、果ては闇討ちなど、やりそうなことを考え始めたならきりがない……。そのようなことを決してさせぬよう、我らが先頭に立ってときに盾となり、また矛となりて戦う他あるまい。民あっての当主、別所長治にござりまするゆえ」
 かれそう言い終えると、憑き物でも取れたかのような爽やかな微笑を湛えていた。その佇まいは、つい先刻までのどこか頼りない齢二十一の青年としてのそれではなく、歴戦の猛者や豪傑などにも匹敵するほどの気迫に充ち充ちていたのである。

 そうと決まってからは驚くほどに早かった。
 唐突に長治が、こうしてはおれぬ、と言うが早いか立ちあがる。それから誰ぞを呼びつけて二言三言耳打ちをしてから、すぐさま二人の前へと戻った。脇差と太刀をその腰に差しながら二人へ向けて問うてくる。
「拙者はこれより、瀬戸内へ向かい、海へ出ようと考えておりまする。海へ出て、大きく迂回しつつ毛利殿のもとへと向かうつもりでございます。もしよろしければ、両名ともご一緒してはくださらぬか? 武勇に優れるお二方が一緒となれば、なにより心強いのですが。……無理を承知のうえでお頼み申すゆえ、断っていただいても一向にかまいませぬが」
 二人は一度、顔を見合わせて笑いあった。それから一も二もなくその申し出を承服する。そうして三人は手早く支度を済ませ、それぞれに馬で瀬戸内までの道のりを疾駆した。
 吉親と波が並走し、その一馬身先を長治が駆けている。
 その背には、えも言えぬ頼もしさを醸している。
 馬を走らせながら吉親は、十数年前の出来事に思いを馳せた。
 それはまだかれが長治の後見役となるより以前。長治がまだ、幼名である小三郎を名乗っていた頃のことである。
 その頃、ふたつ、みっつばかりになる小三郎を、吉親がその背に乗せて四つん這いになって乗馬の真似事をして遊んでいたのである。
 吉親は口と腹に縄を通して、自らの背に乗る小三郎にそれを引かせていた。すると、小三郎は自らが進みたい方角を口頭で示す。
 吉親がそれに少しでも応じぬとあらば、すかさずその脇腹を蹴り、容赦なく縄を引いては自らが望む方角を向かせていたものである。
 当時の別所家当主であった小三郎の父にして吉親の兄、安治やその妻が、やりすぎなのではないかと言いながら、それはそれは面白いほどに肝を冷やしていた。
 そんな兄や奥方に向かって、吉親は平然と、こう言ってのけた。
「将来、小三郎様はきっと、大層な馬乗りになられるに違いない。きっと兄上を遥かに凌ぐ立派な別所家の当主となられるに相違ござらん」
「そうあれば、なにより嬉しいがのお……」
 吉親の言葉を聞いた安治は、その目を細めながらそう呟いた。
 そんな他愛のないやり取りが昨日のことのように想起される。
 誰よりも心根の優しかった先代が他界して、はや七年。かつて小三郎と呼ばれていた少年の背中はたちまち大きくなり、思慮深くも思いやりの深い青年となった。
 吉親は思った。
 ――もう、後見役などは必要ないやもしれぬな……。
 と。そうして、心のうちで今は亡き兄へ向けて静かに語りかけた。
 ――長治様は、まことに立派な当主となられましたぞ。兄上よ。拙者の見込みのとおり、兄上が足許にも及ばぬほどに……。
 吉親は天に向かって微笑した。その刹那。陽光が、ぎらりと光を強めた。
 ――そう怒ってくださるな、兄上よ。
 天に向かってそう呟いてから、吉親は愛馬にひとつむちをくれた。
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