私の勝手な恋物語

花散風

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心さわぎ

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 私は、夢を見た。
 それは私の不安な心を見透かしているように、突然やって来たんだ。


「俺たち結婚します」

 朝、校内に放送が流れた。それはもちろん例外なく、私たちのいる教室にも入ってきて。でも私は、流れてきた放送を気に止めることなく、今日提出の課題をやっていた。

「今から結婚報告会を行うので体育館に集まって下さい」

 機械にのせられてくる言葉を聞き流しながら、目の前の課題を解き続ける。
 へー、先生の誰か、結婚するんだ。
 勝手に耳に入ってきた放送について、脳の片隅でそんなことを思った。


「終わったー...」

 最後の一文字を書いて埋められたプリントから目を離し、私はぐーっと伸びをする。すると突然友達に声をかけられた。

「もうみんな移動始めてるよー、早く行こ」

「オッケー、行く行く」

 そういえば誰か結婚するって言ってたな。さっき流れてきた放送を頭のなかで反芻して、そんなことを思い出す。えっと、誰だっけ。

「結婚報告会ってさー、誰先生?」

 廊下を歩きながらふと、友達に聞いてみる。

「__先生だよ」

 ほとんど間もなく返された返事に、私はつい足を止めた。
 嘘、でしょ.....

「なにしてんのー、遅れるよー」

 突然止まった私を急かすように、友達は振り返って声をかけた。
 まさか、先生が?結婚?まだ思いを伝えてないのに。まだ、私、なんにもしてないのに。働かない頭がぐるぐると回る。
 友達は焦れたように、動かない私の手を引っ張って体育館までの廊下を急いだ。
 体育館の扉を開けるとそこには、たくさんの生徒がそろっていた。ステージの上には先生と、彼の奥さんになる人が立っていて。
 胸が締め付けられるような感覚が私を襲う。

「俺たち結婚します」

 本人の口から告げられた言葉。そんな彼の薬指にはキラリとシルバーが輝いていた。


「幸せに、なってください」

 私は先生にそう言った。今の私は、この空気に耐えられそうにない。

「うん、幸せになるよ」

 ぐしゃっ、と大きな手が私の頭を撫でた。先生はいつもと同じように笑顔で返してくれる。でも、その優しさで乗せられた手は、光るリングのせいか、とても重く感じた。

「ありがとう」

 彼は最後にそう言って、ゆっくりと私に背を向ける。
 あ、まだ、まって...、


 目を開くと、そこは見慣れた天井だった。伸ばされた手が虚空を掴む。

「夢、」

 ちゃんと考えてみると、それは確かに夢だった。
 校内放送された結婚の挨拶。体育館で行われた結婚報告会。周りはそれを気にしないで。
 しかも彼は学校の先生じゃないのに。
 でも、この心に残る不安は何だろう。
 虚偽に包まれた夢の中でも、私の心だけは本物だった。とても夢だとは思えないくらい現実味があって、怖くなる。
 もしかして、先生に彼女ができたとか.....。これが正夢だとしたら、あり得ない話じゃない。

 ああ、夢にまで出てくるってことは、やっぱり私が彼を大好きだから、なんだろうな。
 だけど、見るならもっと幸せな夢がよかったなあ。こんな思いを伝える勇気がない、悲しい結果みたいなやつじゃなくてさ。

 だって、私と彼の間にある見えない壁が邪魔をするから。先生と生徒。大きな年の差。いろんな障害が私の勇気をギュッてつぶす。

 誰かは「恋は障害が多いほど燃える」って言ってたけど、実際に目の前にしてみると相手の対象にすらなれてない現実を突きつけられて、とにかく苦しい。
 いっそのこと、はっきりと告白して振られてしまえばいいんだろう。でも、それできる勇気があるならもうやってる。できないからこうやって悩むんだって。
 片想いは楽しいけど、その先の一歩が踏み出せない。はあ、恋に振り回されてるな、私。もう、どうしようもないけど。

 朝から憂鬱な気分になった自分をどうにか立て直す。
 今日、先生に会いに行って見ようかな。できれば、彼女ができたか聞いてみたり。
 夢なら夢でいい。違ったならそこまで。だけど、思いを伝えないで終わるのは、絶対後で後悔する。そこまでわかっててできないのも、恋してるからなんだけど。

 朝の冷たい空気を吸い込んで、ゆっくりと息を吐く。
 起きなきゃ。
 私は体を起こして、カーテンの隙間から覗く朝日と目を合わせた。
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