恋愛と愛情と依存と

花散風

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失恋、そして

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「俺に興味なくなったんでしょ」

 桃音は、仲のよかった人から突然関係を切られた。いや、関係を切られたというよりも、相手から別れ話を切り出された感覚に襲われた、という方が正しい。
 桃音は涙をこらえる。彼が好きだった。ただ、毎日のように要求してくる電話やビデオを煩わしく感じていたことも確かで。俺との関係を切ればいい、気を許している人からそんなことを言われてしまえば、悲しくなっても仕方がないのかもしれない。

 春菜と一緒に遊んでいるときに送られてきたメール。桃音は「ごめんね」と声をかけて返事をしていた。
 突然慌てたようにメールを打ち始めて、明るかった表情が曇り始める。熱心に文字を打っているはずなのに、その雰囲気は重く、なにかに悩んでいるようだった。春菜はそんな桃音の様子を見て声をかけた。

「どうした?」

「なんでもない」

「なんでもないわけないやろ、そんな顔して」

「ん……」

「いいから、話してみ」

 桃音は、渋りながらも少しずつ話しはじめた。

 この人は辛いことがあったときに支えてくれた人だった。一緒に話していて楽しかった。お付き合いを始めたのも、それがきっかけで、もっと一緒にいたいと思ったから。でも、最近は毎日の連絡を要求するようになって。好きなのに一緒にいると辛い感覚があるの。
 桃音は、話しているうちに別れたという現実を直視することになって、嗚咽が出始めた。

「最近はあんまり連絡とってなかったけど、でも、嫌いになった訳じゃないから。それで、好きじゃなくなったらはっきり言ってって……好きじゃないわけない、もん」

「そうだな」

「自分から切るの苦手なのに、なのに」

「よく頑張った、ももちゃんはよく頑張ったよ」

「他に好きな人がいるんだろ?って…だから連絡とらなくなったんだよなって……」

「うん」

「確かに最近ははるちゃんと一緒にいて楽しいし、相手に依存しなくなってたよ」


 つらいときに一緒にいてくれた彼に桃音は依存していたのかもしれない。はじめは毎日の電話も辛くなんてなかった。でも、最近は大学生活に慣れ始めて、友達も増えて、出掛けることも多くなって、お決まりだった毎日3時間の電話の時間を作ることが苦しくなった。

『別れたいならそう言って』

『俺のこと、嫌いじゃないっていうけど嘘だよね。俺、嘘は嫌いっていったの覚えてないの?』

『他に好きな男ができたんでしょ、それで俺に興味がなくなった、違うの?』

『俺に連絡とるほどの魅力がなくなったんでしょ。だから、別れたいんなら全部自分で切って、俺よりもっと好きな人と幸せになればいいと思うよ』

 すぐに返事をしないと連続して鳴る着信音。
 送られてきた言葉は、なんですぐに連絡を返してくれないのか、という文面から、他に好きな人ができたんだろ、に変わっていっていた。短くてもいいからすぐに返事をしてほしい。スマホを見る時間くらいいくらでも作れるんだから、休憩中にでも返してよ。
 付き合ってから何度も言われていた言葉は、桃音を縛り付けていた。

 他に好きな男なんてできてない。自由な時間がほしくなった。
 彼の言葉が胸に刺さる。嫌いになった訳じゃないのに、それは違うってわかってほしいのに、言葉を重ねれば重ねるほど言い訳がましく聞こえて。
 関係を切りたいなら、自分で切るように促してくる。ただ、桃音は辛いときに支えてくれた彼のことを好きだったし、すべての関係を自分で切れるほど彼を嫌いになれなかった。
 だから、悲しくなる。苦しくなる。
 ただ、時間を拘束されて、自分の時間を好きに使えなくなって。友人と遊ぶ時間や親と話す時間の間にも返事をしなければならないというプレッシャーが嫌だった。それだけなのに。
 友達と遊ぶ、というと、友達の情報を聞きたがった。あまり頻繁に遊んでいると俺との時間より大事なの?と聞かれた。比べられない、そう言うと彼を傷つけると思ったから、授業だ、とか、サークルだって言って誤魔化した。どんな友達と今日は何をして遊んだか、根掘り葉掘り聞かれるのが怖くなって、返事をしなかったり、嘘をついたりしていた。
 それもこれも、彼との関係を切りたくなかったから。人を傷つけることが怖くて、嫌われることが怖くて、必死に取り繕っていた。嫌いに離れない、だから、一緒にいられる方法を尽くす。それが仇となった。
 桃音は、愛する彼との関係を崩さないためにと、とった行動が亀裂を生んだことに気づいていない。

 
 ただ、これ以上関係を続けることはできない。嫌いになれないけれど、友達と遊ぶときにいつも返事をするとこっちの精神が持たない。
 桃音は最終的に別れを切り出したけど、自分から誰かを突き放すことが怖くて、仕方がなかった。自分が彼を傷つけたことに対する罪悪感があった。

『別れてください』

『やっぱり嘘をついていたんだね、正直に言ってくれてありがとう』

『他に好きな人ができていないのは本当です。ただ、今のような束縛関係が辛くなったので』

『それは本当って、それ以外は嘘をついていたんだ。俺、嘘が嫌いだって言ったのに』

『ごめんなさい』

 二人の関係と行動は変わっていない。変わったのは桃音の心情と、心の余裕だ。

 桃音は涙をこらえて返事をしていた。今目の前にいる友人ともっと気軽に話がしたかったから。このままの関係を続けることはできないと悟ったから。だから、嫌いではない人を自らの手で切った。その事実が、とてもつらい。


 今起こった愚痴のような話を、春菜は静かにうなずいて聞いてくれる。桃音はそんな春菜に認められたように感じて、こんな自分でも受け入れてもらえたように感じて、涙が止まらなくなった。

「はるちゃん、ずるい」

「ん?」

「目の前で泣くつもりなんてなかったのに」

「そうか」

「明るいももねちゃんでいるはずだったのに」

「我慢しなくていいんやで。泣きたいときは思い切り泣け。ももねちゃんを嫌ったり、離れたりせぇへんよ」

「だから、すき」

「そりゃどうも」

 涙と嗚咽が止まらない桃音の頭を春菜はぽんぽんとなでた。
 安心感、嬉しさ。はるちゃんと一緒にいるのは楽しいから好き。まるで依存の相手が変わってしまっただけなような気がするけれど、そばで私を包んでくれる彼女にはかなわない。一緒に遊んでるときなのにいきなり泣き出してごめんね。こんなこと迷惑だってわかってるけど。

「よく頑張った。えらいなぁ。ぎゅーしてあげようね」

 そう言って春菜は腕を広げる。そんな風に言われたら、されたら、好きだって感情が止めどなく溢れてくる。友人として、人として、大好きになっちゃう。桃音は春菜の胸に飛び込んだ。春菜は桃音が泣き止むまでずっと抱き締めてくれていた。


 春菜は知らない。その帰り道、桃音に告白されることを。
 桃音は知らない。自分を受け入れたてくれる春菜が、人から愛されることに恐怖を抱いていることを。
 二人は知らない。桃音に押されて付き合い始めた関係が、恋愛のいざこざをきっかけに、友情というかけがえのない関係を崩壊させることを。

 男性的な春菜は、傷ついた人に優しくする。ただし、同じ愛情が自分に向けられると、なにか対価を求められる恐怖が勝り、相手を傷つける。本人にその自覚はない。
 桃音はそんな春菜の心を知らずに依存する。二人の関係は、ここから始まった。
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