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1:囚われの姫君と悪魔の姫君
001 魔王の剣
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魔王の剣が振るわれ、私の父が血しぶきをあげて左右に倒れた。
左右に。
真っ二つに。
たったの一太刀で、そうなってしまった。
「……ひいっ!!!」
その断面を見てしまった。
お世辞にも鮮やかとは言えない、無理矢理切断した切り口は、組織がぐちゃぐちゃになっていた。
素人目に見ても、生半可な蘇生魔法は通じないのが分かる。
私と父は、決して仲がいい親子ではなかった。
王妃だった母の死後、若い妾たちにうつつを抜かしていた父を、私は白眼視していた。
父は賢王とも呼ばれた祖父の目指した平和な国家ではなく、覇道を目指していた。
敵対国家を力でねじ伏せようとする姿勢に対して、私や家臣たちが反発したことも一度や二度ではない。
失策の多い父を見限って、祖父の代からの忠臣たちが離れていくのを苦々しく思ったこともあった。
正室の子である私ではなく、生まれたばかりの妾の子を次の王にしよう、という言葉のすべてが酔いに任せた虚言だったとは思えない。
私も父から愛されていたとは到底言いがたいのだ。
それでも──
それでも、目の前で肉塊と成り果てた父王の姿を見て涙を流してしまったとして、誰が責められようか。
私は泣いた。
ボロボロに泣いて、泣きながら吐いた。
「泣かないでよ。せっかく可愛い顔が台無しじゃないか」
ぞっとするほど明るい声が投げかけられる。
涙も引っ込むくらいの恐れが沸き上がってきて、飛び上がりそうなくらいに怖気が走った。
目の前には、血が滴ったままの魔王の剣。
そして、その大剣に不釣り合いの細い体躯。
顔を上げるのが、怖い。
私はその剣がどんなモノか、その剣で父を斬ったということが何を意味するのかを、知っていた。
魔王の剣。
魔王イングベルト以外には使えない、魔王が携えれば星をも砕くと噂される魔剣。
九層地獄の忌むべき緑鋼鉄と隕鉄の合金を、黒小人の死霊王が地の底で三千年かけて鍛え上げた剛剣。
根源の魔竜の血によって焼き入れし、九人の悪魔大公が呪詛と禁術によって祝福したとされる業剣。
魔王が抜けば羽根のように軽く、金剛より硬いとされる老竜の鱗すらもバターのように斬り裂く。
かすり傷でも負わせれば刃の毒は全身に回り、肉体と精神を蝕む。別の魔剣が触れれば、その魔力を吸い、ただの鉄くずへと変じせしめる。
剣を媒介して魔術を行使すれば、その効果を数倍にも引き上げて顕現させる。
その柄に触れれば、日に三度まで致命傷を癒し、敵対的な呪詛も毒もたちどころに消え失せる。
例え地の果てにあっても、たった一言の合言葉を唱えれば、次元を超えてたちどころに手の中に現れる。
錆びることも、砕けることも、曲がることもない。
しかし、魔王イングベルト以外の者が持てばどうなるか。
強化魔法は反転し、持ち主の能力を著しく下げる。
鋭い刃はなまくらへと変じ、特に魔王に向けられたならば一時的にゲル化して、実質上の切断が不可能になる。
重量が数千倍になり、常人の筋力では持ち上げることすら叶わなくなる。しかも、魔王に振り下ろされた瞬間だけは羽根のような重さに変わるのだ。
だから──
その剣が父を……魔王イングベルトを傷つけることは、決してないはずだった。
「イングベルト様! アンネリーゼ様!」
「くそ! 貴様、よくも魔王様を!」
「ものども出会え! この女を捕らえろ!」
ようやく異変に気づいた兵士たちが集まってくる。
いずれも魔王城の警護を任された、選りすぐりの近衛兵たちだ。
……既にその半数以上は玉座の間で血の海に沈んでいるのだが。
「おや、参ったなあ。賓客を曲者扱いかあ。仮にも未来の王妃だっていうのに」
その女は、そんな馬鹿げたことを言って頭を掻いた。
女の手首をつないだ鎖が、じゃらりと耳障りな音を立てる。
何を言っているんだ。
あなたが嫁ぐはずだった王は、あなたが真っ二つにしてしまったじゃないか。
おぞましい冗談だ。
「どうしようかなー。結構手練れみたいだし、あんまり殺したくないんだよなあ。
かと言って、この剣じゃ手加減もできないし」
手加減どころか持つことも叶わないはずの剣を見下ろして、女は笑う。
逡巡したあげく、女は剣を捨てる。
これまでの惨劇を見つめてきた私は、今からその女が投降するつもりだろうなどと、そんな希望を抱けるほど楽観的にはなれない。
「ちょっと待っててね、お姫さま。
全部片付けたら、その後たっぷりと相手をしてあげるから」
女は──
私とさほど歳もかわらない、少女は。
魔王によって攻め滅ぼされた国の王女であり、虜囚となって魔王の妾とするために引っ立てられてきたはずのその女は。
瞬く間に完全装備の魔王とその側近20名を殺害、ないし意識不明の重体にせしめた女は。
ユーディットと呼ばれた、美しい姫君は。
そう言って私にウインクを投げた。
魔王城に残っていた全兵力が玉座の間に殺到する。
迎え撃つのは、丸腰で細腕の美姫が一人。
あまりの展開に、私の思考能力は極限まで低下していた。
だから、私は逃げもせず呆然と一部始終を見守ることしかできなかった。
私が "相手をする" という言い回しの奇妙さに気づいてゾッとした時には、ユーディットは最後の兵士を殴り倒し終えていた。
左右に。
真っ二つに。
たったの一太刀で、そうなってしまった。
「……ひいっ!!!」
その断面を見てしまった。
お世辞にも鮮やかとは言えない、無理矢理切断した切り口は、組織がぐちゃぐちゃになっていた。
素人目に見ても、生半可な蘇生魔法は通じないのが分かる。
私と父は、決して仲がいい親子ではなかった。
王妃だった母の死後、若い妾たちにうつつを抜かしていた父を、私は白眼視していた。
父は賢王とも呼ばれた祖父の目指した平和な国家ではなく、覇道を目指していた。
敵対国家を力でねじ伏せようとする姿勢に対して、私や家臣たちが反発したことも一度や二度ではない。
失策の多い父を見限って、祖父の代からの忠臣たちが離れていくのを苦々しく思ったこともあった。
正室の子である私ではなく、生まれたばかりの妾の子を次の王にしよう、という言葉のすべてが酔いに任せた虚言だったとは思えない。
私も父から愛されていたとは到底言いがたいのだ。
それでも──
それでも、目の前で肉塊と成り果てた父王の姿を見て涙を流してしまったとして、誰が責められようか。
私は泣いた。
ボロボロに泣いて、泣きながら吐いた。
「泣かないでよ。せっかく可愛い顔が台無しじゃないか」
ぞっとするほど明るい声が投げかけられる。
涙も引っ込むくらいの恐れが沸き上がってきて、飛び上がりそうなくらいに怖気が走った。
目の前には、血が滴ったままの魔王の剣。
そして、その大剣に不釣り合いの細い体躯。
顔を上げるのが、怖い。
私はその剣がどんなモノか、その剣で父を斬ったということが何を意味するのかを、知っていた。
魔王の剣。
魔王イングベルト以外には使えない、魔王が携えれば星をも砕くと噂される魔剣。
九層地獄の忌むべき緑鋼鉄と隕鉄の合金を、黒小人の死霊王が地の底で三千年かけて鍛え上げた剛剣。
根源の魔竜の血によって焼き入れし、九人の悪魔大公が呪詛と禁術によって祝福したとされる業剣。
魔王が抜けば羽根のように軽く、金剛より硬いとされる老竜の鱗すらもバターのように斬り裂く。
かすり傷でも負わせれば刃の毒は全身に回り、肉体と精神を蝕む。別の魔剣が触れれば、その魔力を吸い、ただの鉄くずへと変じせしめる。
剣を媒介して魔術を行使すれば、その効果を数倍にも引き上げて顕現させる。
その柄に触れれば、日に三度まで致命傷を癒し、敵対的な呪詛も毒もたちどころに消え失せる。
例え地の果てにあっても、たった一言の合言葉を唱えれば、次元を超えてたちどころに手の中に現れる。
錆びることも、砕けることも、曲がることもない。
しかし、魔王イングベルト以外の者が持てばどうなるか。
強化魔法は反転し、持ち主の能力を著しく下げる。
鋭い刃はなまくらへと変じ、特に魔王に向けられたならば一時的にゲル化して、実質上の切断が不可能になる。
重量が数千倍になり、常人の筋力では持ち上げることすら叶わなくなる。しかも、魔王に振り下ろされた瞬間だけは羽根のような重さに変わるのだ。
だから──
その剣が父を……魔王イングベルトを傷つけることは、決してないはずだった。
「イングベルト様! アンネリーゼ様!」
「くそ! 貴様、よくも魔王様を!」
「ものども出会え! この女を捕らえろ!」
ようやく異変に気づいた兵士たちが集まってくる。
いずれも魔王城の警護を任された、選りすぐりの近衛兵たちだ。
……既にその半数以上は玉座の間で血の海に沈んでいるのだが。
「おや、参ったなあ。賓客を曲者扱いかあ。仮にも未来の王妃だっていうのに」
その女は、そんな馬鹿げたことを言って頭を掻いた。
女の手首をつないだ鎖が、じゃらりと耳障りな音を立てる。
何を言っているんだ。
あなたが嫁ぐはずだった王は、あなたが真っ二つにしてしまったじゃないか。
おぞましい冗談だ。
「どうしようかなー。結構手練れみたいだし、あんまり殺したくないんだよなあ。
かと言って、この剣じゃ手加減もできないし」
手加減どころか持つことも叶わないはずの剣を見下ろして、女は笑う。
逡巡したあげく、女は剣を捨てる。
これまでの惨劇を見つめてきた私は、今からその女が投降するつもりだろうなどと、そんな希望を抱けるほど楽観的にはなれない。
「ちょっと待っててね、お姫さま。
全部片付けたら、その後たっぷりと相手をしてあげるから」
女は──
私とさほど歳もかわらない、少女は。
魔王によって攻め滅ぼされた国の王女であり、虜囚となって魔王の妾とするために引っ立てられてきたはずのその女は。
瞬く間に完全装備の魔王とその側近20名を殺害、ないし意識不明の重体にせしめた女は。
ユーディットと呼ばれた、美しい姫君は。
そう言って私にウインクを投げた。
魔王城に残っていた全兵力が玉座の間に殺到する。
迎え撃つのは、丸腰で細腕の美姫が一人。
あまりの展開に、私の思考能力は極限まで低下していた。
だから、私は逃げもせず呆然と一部始終を見守ることしかできなかった。
私が "相手をする" という言い回しの奇妙さに気づいてゾッとした時には、ユーディットは最後の兵士を殴り倒し終えていた。
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